気にされてる五月十二日
「要|本当にありがとうございます。服の代金を払っていただいて」
「統|気にしないでいいよ。払える額だったし」
「美|でも、安くはなかったでしょ?よく全額出せたね?」
「統|まあ、今まで貯めてきてたから。使う事も無かったし」
「美|へえ~」
実のところ、それだけじゃなかったりする。
本当の事を言うと、今朝玄関の前でこんな事があったりした。
「統|鍵をかけてっと。忘れ物は無いし、時間にも余裕があるな。よし、行くか」
出かける前に荷物等の確認をする。財布の中身は持って行ける分、全部持っていく事にした。
何をするか知ってるわけじゃないが、出来るだけお金は持って行くべきだろうと思ったからだ。
扉の取っ手を回して鍵がかかっている事を確かめ、待ち合わせ場所の駅前広場入口に向かおうとした時。
「志|何処かに遊びに行くの?珍しいね、統次郎君、休みの日は出かける事があまりないのに」
「統|駅前で待ち合わせをしてるんですよ、牧園さんみたいに用事が無くても外に出ないだけですから」
「志|もしかして…デートかな?」
「統|違い…ますよ…多分…」
ちょうど外に居た牧園さんに出くわした。
…歯切れの悪い言い方になったのは、決して罪悪感のせいじゃない。
三人で行くんだから違うはず…だよね?
「志|あれ?デートじゃないの?じゃあ、誰と行くの?」
「統|とっ、友達ですよ友達」
「志|それって、この前言ってた女の子の事かな?」
「統|…何でそう思うんですか?」
「志|統次郎君って友達少ないでしょ?それに、
私の知ってる統次郎君の友達ってその子しか知らないから」
「統|…そう言われると、認めたくないんですけど…」
特に友達が少ないって所が…いや、事実だけどさぁ…他人に言われたら認めたくないだろ?
「志|違うの?」
「統|いや、当たってますよ。友達が少ないって所まで全部…」
「志|あはは…ごめんね?」
「統|いえ…いいんですよ、事実ですし…」
悲しくても事実は事実、甘んじて受け入れますとも…そんな大層な事でもないけど。
「志|でも、そういう事なら応援しないとね。ちょっと待ってて」
「統|えっ、何をする気なんですか、牧園さん?」
急に部屋に戻った牧園さんに、少しばかりの不安が募る。
二、三分程経った後、部屋から出てきた牧園さんは何かを持ってきていた。
「志|一人暮らしだから、あんまり自由に使えるお金は少ないでしょ?だからこれ、持っていって」
持ってきていた何かは財布だったらしく、そこからお札を俺に渡してきた。…って。
「統|受け取れませんよ!何してるんですか!」
「志|何って、応援だよ。デートするなら、色々と余裕を持って行かないとね」
「統|だからって、普通お金は渡さないんじゃ…それに、デートじゃないですよ…多分…」
それは応援というより、支援じゃ…後、俺が何度訂正しても、
デートじゃないって信じてくれないみたいですね。分かりました、諦めます…
「志|余計なお世話って思うかもしれないけど、先に大人になった私が出来るのはこれくらいだから」
「統|…分かりました…受け取りますよ、一応ですけど」
折角の善意を無下にするのも何なので、余ったら返すという事で折り合いをつける事にした。
「志|帰ったらデートの事色々聞かせてね~!」
「統|………」
…という事で、牧園さんから受け取ったお金があるため、まだ財布の中は余裕があるわけだ。
ただ…牧園さんが応援してくれてるのは、
偏に俺の恋愛事情を聞きたいからだというのは想像に難くないだろう。
…聞いて何が楽しいのか…?とは思うけど。
「要|…やっぱり、服の代金を払ってもらうのは気が咎めます。
こんな事をしてもらえるような事、何も…」
「統|気にしなくていいよ。それに、こういう事をするのに、
見返りとか、お返しとか期待するもんじゃないんだし」
「美|そうだよ。お礼はしたんだし、気にする事は無いよ」
…何故入ってきた…別に新城さんも御蔵さんの洋服代を出したわけじゃないのに…
「統|それでも気にするなら、そうだな…何か一つ言う事を聞いてもらう。なんてどうかな?」
「要|えっ…それは…」
「美|何か変な事言わない?」
「統|信頼してないな!そもそも、嫌だって思うなら気にしなければいいだけだよ!」
大体、俺が変な事を言うわけがないじゃないか!
そんな事をして一番困るのは自分自身だって分かってるのに!
怯えた目と、訝しげな目で見られてそう言いたくなる。
だが、余計な事を言えば、何処から襤褸が出るか分からないから言わない。
「要|へ、変な事を言わないと約束してもらえれば…」
「統|言う気は無いって言ってるんだけど…それで気が済むなら、約束するよ」
「要|お手柔らかにお願いします…」
何でだろう…怯えた目で見られるような事なんてしてないはずなのに…
しかも、一定の距離をとってない?
未だに変な事を警戒しているのか、さっきから微妙に離れている気がする。
「美|お腹空いた。お昼食べに行こうよ」
「統|唐突に何…会話の流れ無視しすぎでしょ…」
「要|でっ、でも、もう十二時も過ぎてますし、早く行かないと食べるのが遅くなりますよ?」
確かに、今は十二時ちょっと過ぎたくらいの時間で、土曜日という事を考えたら人が多いだろうから、
食べられるのは午後一時前後になるだろう。
「統|なら、空いてそうな所を探しながら、何を食べるか決めようか」
「美|そうだね~、あたしは何でもいいよ。あっ、でも今日は和食って気分じゃないな~」
「要|わっ私は、辛いものでなければ大丈夫です…」
「統|…じゃあ、行こうか…」
色々と言いたい事はあったが、それを口には出さず、飲食店探しに向かった。
「美|美味しかった~。でも、ちょっと遠くに来すぎじゃない?」
「統|しょうがないよ、繁華街に近い所は軒並み人が多かったんだから」
「要|繁華街から遠いと言っても、十分もあれば戻れますよ?」
「統|むしろ、繁華街を出たにしては近い方だよ、この喫茶店」
昼飯を済ませて、店を出ながらそんな話をする。
人の少ない喫茶店に入ったお陰か、思ったより早く食べられた。
ちなみに、会計は割り勘にした。さすがに三人分の昼食を出せる程お金は持ってない。
「美|ふ~ん。だったら早く戻ろうよ。折角の休日なんだし、時間がもったいない」
「統|新城さんが言い始めた事なのに、興味無くすの早い…」
「美|だって興味無いし」
「要|自由すぎます…」
「美|それよりも、繁華街に戻ったらどうしようか?今の内に決めておこうよ」
まあ、繁華街に戻ってから決めるより、手間はかからないだろうし、
時間も有効に使えるだろうから、今は流されておこう。
「統|そう言われても、俺は別に行きたい所は無いんだけど…」
「美|そうなの?あたしはさっきのお店が行きたい所だったんだけど」
そう言った新城さんは、視線を俺から外し、御蔵さんへと向けた。
それに倣うように、俺も御蔵さんを見つめる。
すると、一歩後に下がり、御蔵さんは困った表情をしながら俺と新城さんを交互に見た。
それから少しして、自分が何か言わないといけないと悟ったのか、何だか決意した様子で口を開く。
「要|私、本屋に行きたいんですけど…」
最初は勢い良く話していたが、後半になると声が小さくなっていき、最後は囁き声になっていた。
「統|別に文句とか言わないから、段々と小声にならなくてもいいんだよ?」
「要|注目されると、どうしても萎縮してしまって…」
「統|それは、仕方無いのかな…?」
「美|そういう時は、人を野菜にしたらいいって言うよね」
「統|そうだね、緊張する人には…って、
その言い方だと人じゃなくて野菜に話しかける事にならない?」
「美|だって、人と話が出来ないなら、野菜で慣れればいいんでしょ?」
「要|何か普通じゃない解釈をしてませんか!」
そんな、ぬいぐるみを集めて集会を開けば人と話せるようになるわけじゃないんだからさ…
天然なのか分からないが、新城さんの間違った解決法に呆れてしまう。
「統|…とにかく、御蔵さんには慣れるまで頑張ってもらうとして。今は本屋に行こうか」
「要|が、頑張ってみます…」
「美|本屋か~あたしあんまり行かないな~」
「統|うん、そうだろうね」
「美|むっ…その言い方、全然意外じゃないって思ってるでしょ」
「統|というより、活字を見たら頭が痛くなるか、眠くなるかのどっちかだと思ってる」
「要|それはちょっと言いすぎだと…」
「美|む~…確かに、文字だけ見てると眠くなるし、無理して読み続けると頭が痛くなってくるけど」
「要|当たってるんですか!」
「美|それでも、雑誌を買いに来たりはするよ!」
「統|それ絶対月に一回でしょ。しかもそれも、
家族についでに買ってきてもらってるのが大半で、自分じゃあまり買いに行かない」
「美|さあ~早く行こ!楽しみだな~ワクワク!」
「要|…強引ですね…」
「統|まあ、今回は流されてあげよう。ちょっと言いすぎたと思うし」
図星を突かれてぐんぐんと先を歩いていく新城さんに呆れながら後を追う。
その途中、何度か視線を感じた。最初は気のせいだと思ったけど、
二回、三回と回数が増えると流石に気のせいとは思えなくなる。
「統|…?何なんだ…」
「要|何がですか?」
「統|いや、さっきから人の目を集めてるなあ…って思って」
「美|美少女のあたしと、御蔵ちゃんがいるから、人の目が集まってるんだよ…」
「統|否定はしないけど、自分で美少女って言って恥ずかしいと思わない?」
「要|私も、人の目を引いているんでしょうか…?」
「美|全部事実なんだから誇るべきだよ!」
「統|うわぁ…自意識過剰…」
御蔵さんも、新城さんも、人目を引く容姿なのは間違いない。
でも、その人自身がそれを認めるのはちょっとどうかと思う。
…それでも、俺の感じる視線はそういうものじゃない気がする。
何が違うのかは説明しづらいけど、周りの人が、絶え間なく視線を注いでくるというより、
同じ気配がずっとこっちを見ているような…まあ、確証があるわけじゃないけど…
その気配も、視線も、繁華街に着いた時にはいつの間にか消えていた。




