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目が回りそうな五月十二日

 遂に来た運命の日…と言うのは大袈裟だが、俺にしてみれば、

目の前でトラックが大事故を起こしてくれた方がいいと思う程度には大変な日だ。冗談だけども。

「統|どこで待てばいいのか…」

今は十一時十分前。待ち合わせ場所までもう少しなんだけど…

周囲を見回し、見知った顔が無いか探してみる。

「統|…見当たらないな…」

目印になりそうな躑躅野駅前広場と書かれた看板の隣でまた二人の姿を探してみるが、

それらしい人物は居そうに無い。

早く来すぎたか…そう思った時だった。俺の背後に誰かが近付いてきているのに気付いたのは。

「要|国東君?早いんですね。まだ十一時にはなっていませんよ」

「統|そういう御蔵さんも早いね。いつ頃此処に着いたの?」

「要|電車がこの時間だったので、着いたのは四十分だったと思います」

「統|俺よりも十分は早いね…楽しみにしてたみたいで何よりだよ」

「要|いえ、あの…そうですね…」

あっ…これ、楽しみにしてなかったっぽいな…

心の内はどうであれ、来てくれただけでも感謝はしておこう。…心の中だけで。

「統|…後は新城さんだけだけど、見かけた?」

「要|いいえ、まだだと思いますけど…」

「統|そっか。…それで、何で制服を着ているのかな?今日は休みなのに」

「要|着ていく服があまりなくて…これなら見つかりやすいかなと思ったのもありますけど…」

「統|まっ、まあ…目立ちはするよね…」

ある意味では悪目立ちしていると思うけど…

そこはほら、気にしない方向でいいよね。当人だって気にしてないみたいだし。

「統|とりあえず、新城さんが来るまでは此処で待とうか」

「要|そうですね。他の場所よりも人が少ないので見つけやすくて、見つかりやすいですから」

「統|なら、どこかに座って…」

言い終わる前に、視界に見知った顔が映る。だが、その人物に声をかけるのは躊躇した。

何せそこには満足そうな顔をして、

俺も知ってるグラビアアイドルの写真集やらグッズやらを大量に持ってる拓巳の姿があったのだから。

「統|用事ってあれの事だったのか…楽しそうだな…」

「要|?誰か知っている人が居たんですか?」

「統|いや、何でも無いよ。気にせずに座る場所を探そう」

邪魔をするのも悪いと思い、見なかった事にして御蔵さんと話を続ける。

…両手一杯に荷物があったけど、まだ別なところに行く気か?

あいつの家とは反対の方向に行ってるし…色々と大丈夫か?あいつは。

そんな事を考えながらも、どこに座るか見回す。

「要|えっと…あそこに…あ…」

「統|ん?どうかした?」

変に途切れた言葉を聞き、御蔵さんの方を見る。

そこから御蔵さんの見ている方を見て、言葉が変に途切れた理由が分かった。

そこには、新城さんが小走りでこっちに向かって来ているのが見えていたからだ。

…何故かそれを見て、顔を逸らしたくなったけど、気のせいにしておこう…

そうしなきゃ、これから先が思いやられるし…

「美|やっほ~二人共」

「統|やあ、新城さん」

「要|こっ、こんにちは」

「美|…気のせいかな?国東君の挨拶が心が込もってないように聞こえたんだけど」

「統|気のせいだよ、気のせい」

「美|棒読みにしか聞こえないんだけど…」

「要|私も片言に聞こえます…」

「統|全員揃ったし、これからどこに行くか決めようか!」

「要|会話が噛み合ってませんよ!」

「美|お昼にはまだ早いし、先にあたしが行こうと思ってた所に行こうよ」

「要|私だけが会話から置いていかれてませんか!」

「統|そんな事は…ないよね?」

「美|そんなわけないよ~多分」

「要|二人共私を置いていっている自覚があるんですね!そうなんですね!」

俺は別に置いていくつもりは無かったんだけどね。

まあ、新城さんは自覚無しで置いていこうとしてる気がするけど…

「美|どうでもいい事は一度置いて、早く行こうよ」

「要|確かに、こんな所で立ち話を続ける理由は無いですけど…」

「統|とりあえずは一度落ち着いて、新城さんの言う通りにしようよ」

「要|分かりました…」

ふう…なんとか落ち着いてくれたけど、これから先もこんな事が多々あるのは嫌だな…

言ってもしょうがないのは分かってるけど、思ってしまう。…帰りてえ…と。


 「美|とうちゃ~く。ささっ、此処だよ」

「要|えっと…この服屋、ですか?」

「美|そうだよ~」

「統|………」

着いたのは女性服しか売っていなさそうな洋服店。どうやら此処が目的地らしい。

…俺には入りづらいんだけど…俺も入らないと駄目か…?

「統|よし、俺は別な場所に行くから、二人は…」

「美|何を言ってるの、国東君も中に入るんだよ」

「統|いや、俺は…」

この店に入る勇気が無くて、後退りすると、服の袖が引っ張られた。

誰かと思えば、明らかに不安げに怯えた御蔵さんが一人にしないでとばかりに首を振っている。

その様子が、お化け屋敷が苦手な人が、

友達に連れられてお化け屋敷に連れて行かれてる様子に似ている気がする。…そんなに怯えなくても…

「美|ほら、早くしないと十二時になるよ」

「統|分かったよ、行くから急かさないで。御蔵さんも、置いて行かないから大丈夫だよ」

「要|わっ、私一人では、あの人の相手は無理です…!」

「統|…そこまで怯えるような人じゃないよ…」

仕方ないと思いながら、

新城さんに左腕を前に引っ張られつつ、御蔵さんに右腕を盾にされながら服屋に入っていく。

…何だか子供と一緒に居る気分になってきたな…俺は保父さんか…

頭の中で二人を小さくしてみると、

元気にはしゃぐ子と、人見知りで泣きそうな子を世話している自分が居る光景が浮かんでくる。

あまりにも違和感のない想像に、笑えないな…と思ってしまった。

店に入ると、自棄になったからか、喉元過ぎれば何とやらだからなのか、

もう堂々と店の中を歩けていた。

中にはカップルらしい男女二人組がちらほら居て、思ったよりも居心地は悪くはなかった。

「統|案外カップルが居るものなんだね。意外だな」

「美|ああ、此処はよくアベックが来るお店だからね。女性服しか売ってないけど男の人も見るよ」

「統|言い回しが古い!」

「要|それはもう死語なのでは…」

いや、それを通り越してないか…?というか何でその言葉を知っているんだよ、全員が…

「美|時間がないから服をちゃちゃっと見繕わないと、十二時に間に合わなくなっちゃう」

「統|自分の服を買いに来たの?なら、一時間もかからないんじゃ…」

「美|何言ってるの?御蔵ちゃんの服を見に来たに決まってるじゃない」

「要|えっ…私ですか?」

「美|そうだよ~会った時から思ってたもん、いじって…可愛くしてみたいって」

「統|いじって遊びたいって言おうとしてなかった?」

「美|あたしがいつもしてるように、店員さんと相談しながら決めるからね。じゃあ出発~」

「統|安定の無視か…」

「要|私の意思も無視されてます…」

自由すぎる新城さんを先頭にして、店員さんを探しながら服を見ていく。

目当ての人が居るのか、少しの間店内を回っていくと。

「あっ、新城様。またいらしてくださったんですね」

「美|こんにちは~実は今日、友達の服を見に来たんですけど」

目的の店員さんを見付けたのか、新城さんはその店員さんに御蔵さんを見せ、服の相談を始めている。

それを遠くから見ていると、何だか自分が空気にでもなったように感じる。

本当に空気になれたらいいのに…と思ってしまうが、出来ないので、

せめて遠くから眺めて極力関わらないようにする。

欠伸を噛み殺しながら待つ事一時間。御蔵さんが服を持って試着室に入れられていく。

それと同時に新城さんが遠巻きに見ていた俺の所に近付いて来た。

「美|ごめんね~もう少し早めに決めるつもりだったけど、熱が入っちゃって」

「統|ああ、いいよ別に気にしてないし」

「美|…また心が込もってない…」

「統|あはははは」

笑って誤魔化してみたが、その甲斐もなく、不機嫌にさせてしまった。

…一時間も放置されて気にしないわけがないけどな…むしろ俺が不機嫌になる所じゃないか?

そう思うが、この程度の事を気にしていたらそれこそ胃に穴が開くので口には出さない。

「美|まあ、この後で期待通りに驚いてくれればいいよ。楽しみにしてね」

「統|時間をかけた分、自信があるんだね」

「美|元の素材が良かったからね。思った以上の出来になったよ」

…嫌味が効いてねえな…予想はしていたが、少しは堪えて欲しいと思ってしまう。

そんな話をしている間に、御蔵さんの準備が終わったようで、カーテンから顔を覗かせていた。

「美|あっ、もう着替えが済んだみたいだね。じゃ、早速御披露目だよ~」

「要|まっ、待ってください!まだ心の…」

「美|じゃじゃ~ん!」

御蔵さんの制止の声も空しく、試着室のカーテンが開かれた。

その奥には、制服姿で暗い印象の御蔵さんではなく。

前髪を上げて顔がよく見えるようになり、明るい色味の洋服に身を包んだ、誰かがいた。

いや、その人が御蔵さんなのは分かるけど、

別人なんじゃないかと思うくらいには見た目が変わっていた。

御蔵さんがこんなに可愛らしくなるとは夢にも思わなかった俺は、

その出来映えに何と言えばいいか分からず、固まってしまう。

「美|どう?すごいでしょ。御蔵ちゃん、髪をいじるだけでも十分だったけど、

折角だから服も色々選んで一番似合いそうなのを着せてみたの」

「要|あっ、あの…どうですか…?」

「統|うっ、うん。似合って…るよ」

俺にもっと服の知識や、語彙があれば他に言いようがあったんだろうが、

そんなものは欠片程も無いから、この程度の事しか言えない。

そんな俺を見てにやついている新城さんと店員さんに色々と言いたい所だが、

前よりも表情が分かるようになって、頬を赤くして俯きながら、

小声でぼそっと何かを言った御蔵さんが気になって、それどころじゃない。

流れから考えるに、御蔵さんは多分、ありがとうと言ったんだろうな。

「美|そうだ!どうせなら制服じゃなくて、このままで行こうよ。

国東君も似合ってるって言ってるんだし」

「要|でっ、でも私、そんなにお金がないんですけど…」

「美|え~!折角見立てたのに、もったいない!」

「統|それなら俺が出すよ。その服で出た方がいいだろうし」

「要|でも、国東君に払ってもらうわけには…」

俺が服の代金を出すのに遠慮している御蔵さんに、小声で本音を伝える。

「統|これからの事に対する迷惑料だと思って受け取ってくれればいいから…」

「要|…それはそれで、余計に受け取りにくいんですけど…」

「統|気持ちは分かるけど、俺にはこれくらいしか出来ないから…」

そう言うと、少し申し訳無さそうな顔をしながらも、無言で納得してくれた。

…正直に言えば、これでも足りない気はするけど…

「美|国東君がお金を出すなら、あたし達は値札を取ってもらいに行こ。国東君は支払いよろしくね~」

「要|おっ、押さないで下さい!もう逃げませんから!」

「統|いってらっしゃい」

もう一度、試着室に入っていく新城さん達と店員さんの背を見送る。

何故だか気分は子牛を乗せた荷馬車を見送っているみたいだ。

…別に御蔵さんを新城さんに売ったわけじゃないけど…

「統|だけど驚いたな…」

御蔵さんがあんなに変わるなんて。あれなら御蔵さんをいじめていた三人も、手を出しづらいだろう。

新城さんと引き合わせた事が結果的には良い方向に向かっているようでなによりだと思う。

…たとえそれで、俺の事を放置されるようになるとしても…

いいんだよ?嘘がばれさえしなければそうなっても。

元の目的を考えれば本末転倒だけれども、面倒が増えるよりはましだ。

「統|…あれ?もしかしてこのままだと俺…」

服の代金を払いに来ただけにならないか?…そんな事をしに来たわけじゃないのに、

何しにきてるんだ俺は…空気になりたいとか言っている場合じゃないな…

居ても居なくても同じと思われないようにしないと。と、決意を固めてレジへと向かう。

どうすればいいかなんて分からないままで…

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