何かが起きている六月四日
気持ちが晴れないまま昼休みになった。
気にする必要は無いと言われればそれまでだが、あの暗い表情がどうしても気にかかる。
…何だろうか、この気持ちは…
「拓|統次郎?眉間に皺を寄せてどうした?何か考え事か?」
「統|………」
「美|無反応…でもお弁当は食べてる…」
「要|考え事に集中しているんでしょうか…」
気になると言えば…御蔵さんに嘘の告白されるまで、
御蔵さんがいじめられてるって聞いた事が無かったけどいつからなんだろう?
ここ最近だったのかな…?
「拓|反応しないなら…落書きでもしてやるか」
「美|あっ、じゃああたしもやるっ」
「要|止めましょうよ、怒られますから」
きゅ、きゅ~っ…
「統|………」
「拓|むっ…これでも反応無しか…」
「美|じゃあ次は額に…」
「統|人が何も言わないからって、いたずらしないでくれない?」
黙っていれば好き勝手に…反応しなかっただけで話は聞いてたからな。
顔に何かを書いた拓巳に、何をしてくれんだ、の意を込めて睨んだ。
「美|きゅっ、きゅっと。上手く書けた」
「統|…新城さん?何をしてるのかな…?いたずらしないでって言ってる時に…?」
「美|額に落書き書いたの。上手く書けてるから安心して!」
「要|安心出来る要素がありませんよ…」
上手く書けてるかなんて関係無いから…!
心の底からそう言いたかった。
怒る気もしないから言う気は無くなったが。
「統|全く…一体何を顔に書いたんだ?」
「拓|知りたかったら鏡を見たらどうだ?」
「美|見た方が面白いと思うから教えないでおくよ」
「要|私の口からはとても言いにくいので…自分で確認してください…」
「統|………」
本当に何を書いたんだ…!
自分じゃ見えないのと、誰も何が書かれたのか教えてくれないのとで気になってしょうが無かった。
「統|…落書きを見に行くついでに顔洗って落としてくる…」
「拓|あ、油性ペンで書いたから、水だけじゃ落ちないぞ?」
「統|油性ペンで人の顔に落書きするな!」
よりにもよって落としにくいもので書きやがって!落ちなかったらどうするんだ!
顔の落書きが残ったまま、
次の授業を受けないといけなくなりそうだと思うと怒りがふつふつとわいてきた。
変なのを書いてたらどうしてくれようか…!
「統|ああもう…!結局落ちなかった…!」
額と頬に書かれた落書きを水と石鹸で洗ったが、
完全に消えず、かろうじて遠目からなら見えない程度に薄くなっただけだ。
額のバカはともかく…頬の女好きは絶対に消したかったのに…!
「統|…あれ?あの顔、もしかして…」
視界にちらっと見えた見覚えのある人物に気付く。
その人物は二限目後の休み時間に見た三人組の一人だった。
「統|…何やってるんだろ…」
ちょっと前に見た時と表情が同じ…いや、より深刻そうな顔をしているように見えた。
…やっぱり気になる…あの表情の理由、何かあったのか?
「統|追いかけてみるか…」
気になるものは仕方無いし、何が起きてるのか当事者として知っておくべきだろう。
そんな言い訳を心の中で誰かにして、俺は彼女を追って階段を昇った。
屋上の手前にある踊り場を昇ろうと思ったら、
そこには御蔵さんをいじめている三人組が居たので慌てて隠れた。
「統|…何か企んでるのか…?」
そう思ってしまうのも無理は無いだろう。
こんな人の居ない場所に集まってる上に、前にも似たような事をしてたんだ。
悪企みしていると疑うのは当然だろう。
「…!…」
「…?…!」
「…?」
「統|…全然何も聞こえねえ…」
下から聞こえてくる様々な音のせいで、上に居る三人組の会話がはっきりと聞こえない。
…何だか言い争ってるように聞こえるけど…
「統|これ以上近付けないしなあ…」
踊り場に居る三人に見られないぎりぎりの場所で盗み聞きをしているため、
聞こえないからと階段を一段でも昇れば確実に見付かってしまう。
「…!」
「…!…?」
「…!…!」
今も何かを言い争っている三人の声が上から聞こえる。
だが、何を言ってるのか全く分からない。
…声色から察すると、悪企みと言うより、仲間割れをしてるのか…?
「…?」
「…?…」
「…?…!」
言い争いの声が止み、足音が近付いて…って、降りてきてる!
さっさと逃げなければ見付かってしまうため、俺は足音に追い付かれないように階段を降りて逃げる。
二階迄来て、人が居ない空き教室に入ると、足音は聞こえなくなった。
…偶然にも空き教室が開いててよかった…
「統|それにしても…何をこそこそと話してたんだか…」
結局、あの三人組が何をしていたのか、それを知る事は出来なかった。
今回は盗み聞き出来無かった…いや、むしろ聞けないのが普通なのか?
「統|…今は様子見、かな…」
本当に言い争ってるなら、今後の動向を注意深く見て、対処するのが得策か…
「統|まあ…俺から何かをする事は出来ないから、今やってる事と変わらないか…」
現状、何も起こらないようにするのが一番いいから、俺は動くわけにはいかない。
むしろ、周りを見て状況に応じて行動しなければいけない分、
すぐに動けるように何もしないようにしなければいけないんだ。
…逆に言えば…何かをすると自分に返ってくるから何も出来ないんだけど…
「早|誰か居ると思ったら…いくら開いてるからって、勝手に空き教室に入ったら駄目でしょ?」
「統|あっ…豊中先生…」
人の声が聞こえて振り返ってみると、空き教室の鍵を持った豊中先生に怒られた。
…独り言聞かれてないよね…?
「早|空き教室を使うなら、鍵を借りてから使いなさい。
戸締りは先生がしないといけないんだからね?」
「統|いえ、空き教室を使うつもりは無かったんです。ちょっと、一人になりたくて…」
「早|そんな言い訳しても…」
近付いてくる先生に怒られると思ったら、途中で言葉が途切れて続かなかった。
…あれ…?何か起きた…?
「早|…その顔の落書きを見られたくなかったんなら、早く言いなさい」
「統|えっ…?ああ…」
そういえば顔に落書きされてたんだったっけ…三人組の話を盗み聞きしてて忘れてた…
「統|これでも頑張って落とした方なんですけどね…」
「早|完全に落ちる迄時間がかかるだろうから、保健室に行って絆創膏か湿布で隠しておきなさい」
「統|油性ペンですからね…もう隠すしか手は無いですよね…」
額のバカはまだ見られても平気だけど、頬の女好きだけは誰にも見られたくない…!
そう思っていると。
「早|………」
「統|…先生…?俺の顔に何か付いてますか…?」
先生が俺の顔をじっと見ているのに気付く。
俺の顔に気になる何かが…あるな…
「早|国東…まさかとは思うけど、いじめで顔に落書きされたんじゃないよね…?」
真剣な表情でそう言われて一瞬、は?と思ったが、
落書きの内容を見て先生はそう思ったんだとすぐに思い至る。
「統|違いますよ。この落書きは考え事に没頭してたら書かれたんです。
あえて呼び掛けに反応しないでいたので、無視してた俺も悪いんですよ」
「早|まあ…いじめじゃないのならいいんだけど…書かれる前に避けられなかったの?」
「統|まさか油性ペンだとは思って無かったんですよ…
簡単に落ちるだろうからいいか、と思ったのが間違いでした…」
「早|避けられるのなら、避けなさいよ…」
ぐうの音も出ない正論に何も言う事が出来なかった。
…だって反応するのが面倒だと思ったんだよ…
「早|ああそうだ。話したい事があるから、放課後に新聞部の部室に来なさい」
「統|えっ…話ですか…?」
思い当たる事は特に無いんだけど…何かあったかな…?
「早|御蔵のいじめの件でちょっとね。
御蔵には話した事だけど、国東にだけ別に話しておきたい事があってね」
「統|ああ、それですか。大変な事があったので、すっかり忘れてました」
「早|忘れても仕方無いくらい、大変な事があったものね…」
「統|しみじみと言うのはやめてもらえません?」
色々と大変な事はありましたよ?でも、しみじみと言われる程の事では無いですよね?
前に同情された時よりも何故か嫌な気持ちになった。
「早|細かい事は放課後に話すから、今は保健室に行ってきなさい」
「統|はあ、分かりました」
「早|分かったなら空き教室から出なさい。鍵、閉めたいから」
そう促されて空き教室を出た俺は、言われるがままに保健室へと向かった。
「統|くっ…人が居て通れない…!」
空き教室を出た俺は、保健室に向かう…
途中で額と頬の落書きを見られないようにしないといけない事を思い出し、
隠れながら保健室に向かっている。
「統|回り道するべきか…でもそうすると外からになりそうだし…」
誰にも顔を見られずに目的地に向かうにはどうすべきか、階段に隠れながら考えていると。
「要|…何をしているんですか…国東君…?」
「統|あっ…御蔵さん…」
いつの間にか背後に立っていた御蔵さんに不審者を見る目で見られていた。
「要|戻って来ないので心配していたんですよ?落書きは…落ちていませんね…」
「統|薄くはなったんだけどね…これ以上は駄目だった…」
俺の顔に残った落書きを見た御蔵さんは、憐みの目になっていた。
そんな目で見ないで…!
「統|こうなったら隠すしか無いって思って、
保健室に行こうと思ったんだけど…人に見られたく無くて…」
「要|だから隠れていたんですか…すごく怪しかったですよ…?」
「統|返す言葉も無い…」
物陰に隠れていたら、そりゃあ不審者にしか見えないよな…
自分の行動を思い返してそう思った。
「要|人目を避けて保健室に行くのなら…遠回りした方がいいのではないですか?」
「統|やっぱりそうだよね…って、そうだ。御蔵さんも一緒に来てくれないかな?」
「要|えっ…私もですか…?」
「統|此処まで来たのなら協力して欲しいなと思って。
後…保健室に居るだろう先生にも、これを見られたくないし…」
そう言って顔の落書きを指差すと、納得したようにああ…と呟いた。
…まあ…本心は、誰かが来た時の隠れ蓑にしたいだけなんだけどね…
「要|…分かりました、落書きを止められなかった責任をとるために一緒に行きます」
「統|そこまで重いものじゃないから…」
何故か責任を感じている御蔵さんと一緒に、俺は保健室へと遠回りして向かった。
ちなみに、遠回りしたら誰ともすれ違わずに保健室に着いた。
…最初から遠回りすれば良かった…というか隠れ蓑の意味が…
顔に書かれた落書きを隠すために保健室に来た。
…のはいいが、俺はまだ保健室に入れていない。
と言うのも、今御蔵さんが保健室に入って、先生に色々と事情を話しているからだ。
「統|早く…戻ってくれないかな…」
時間がかかっているわけじゃないが、早く顔の落書きを隠したいのでそう思ってしまう。
人目に付かないように隠れるのも疲れるし…
周りを警戒しながら御蔵さんを待つ事数分、保健室から御蔵さんが出てきた。
「要|お待たせしました」
「統|そんなに待ってないから。それで、先生は?」
「要|少しの間保健室を空けるから、その間に湿布を使っていい、だそうです」
「統|そっか、それじゃあ…って、やば…!」
ようやく落書きを隠せると安心した所に、保健室から先生が出てきた。
俺は少し遠くに隠れて御蔵さんの様子を見ていると、
御蔵さんは先生と少し話をして、それからすぐに先生は何処かに行った。
ふう…顔を見られる所だった…
「統|先生も居なくなった事だし、保健室に入ろうか」
「要|…よく自然に振る舞えますね…」
「統|早く顔の落書き隠したいから。ほら行くよ」
がらっ、と扉を開けて御蔵さんと保健室に入る。
誰も居ない保健室なら、人目も気にしない…わけもなく、
外側のカーテンを全部閉めて誰も保健室を見れないようにする。
廊下側は磨り硝子なのでカーテンを閉める必要は無い。
外側のカーテンを全て閉め終えて振り返ると、御蔵さんがびくびくしていた。
…ん?俺、何かしたかな…?
「要|何で…カーテンを閉めたんですか…?」
「統|えっ?誰にも見られないようにする為だよ?」
「要|そっ…それって…」
「統|外から誰か見てくるかもしれないから、落書き隠してる所を見られたくないんだ」
「要|そっ…そうですか…」
理由を言ってもびくついている御蔵さんに変だなと思う。
何でだろ…ってああ。
「統|何もしないよ。終わったらカーテンを開けるし、心配なら離れてていいから」
「要|えっ?あっ、大丈夫です、心配はしてませんから…」
そう言った御蔵さんは、びくびくはしなくなったが、不自然に距離を取っていた。
…信用無いなあ…
そう思いながらも、顔の落書きを隠すための湿布を探す。
「統|えっと…湿布は…」
「要|あっ、それなら此処に。先生が出ていく前に用意してくれたものです」
「統|そうなんだ、なら使おうかな」
机の上に用意されていた湿布と鋏を使って、
顔の落書きの大きさに切った湿布を落書きの上に貼っていく。
鏡を見ないで貼ってるけど、今は大体でいいかな。
「統|よしっと…これで隠れたかな」
「要|あの…湿布が斜めになってて、落書きが隠れてませんよ…?」
「統|えっ?そうなの?」
「要|私が貼り直しますね」
そう言って御蔵さんは俺の頬に手を伸ばし、斜めにずれていた湿布を貼り直す。
その時、必然的に御蔵さんと俺の顔が近付いて、何となく気まずくなる。
…どうしようか…この空気…とりあえず何か話さないと…
「統|…御蔵さんってさ、他のクラスに友達…と言うか、知り合いって居ないのかな…?」
「要|…何でそんな事を今聞くんですか…?」
「統|今、とっても気まずいから…他に聞く事が無くて…」
「要|居ませんよ、そんな人…」
「統|本当に?一人も居ない?」
「要|…この話はもうしたく無いです…」
うっ…これ以上聞くのはまずいかも…
ぱっと思い浮かんだあの三人組の言い争いの理由を探ろうとしたが、
嫌そうな顔をした御蔵さんを見て深く聞く事が出来なくなった。
…まあ…御蔵さんが知るはずないか…
「要|これで…ちゃんと貼れました。落書きは見えませんよ」
「統|ありがとう。じゃあ、教室に…」
「要|あっ、実は先生が戻ってくるまで保健室に居ないといけないんですけど…」
「統|そうなんだ…なら、俺も残るよ」
「要|…いいんですか…?」
「統|大丈夫だよ。とりあえず、カーテンを開けようか」
あの三人組の言い争いの事は忘れよう…うん…
そう決めた俺は保健室のカーテンを開けて、御蔵さんと一緒に先生が戻ってくるのを待つ事にした。




