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余裕が無くなる五月二十八日

 「統|ああ…放課後になった…帰れるぞ~…」

もう家に帰りたい気持ちで一杯だったんだ~…

昼休みに教室から逃げても、結局教室に戻らないといけなくなるわけで、

放課後になる迄に受けた視線による精神的な辛さがある事は変わらなかった。

「統|家に帰ったら、ちょっと眠ろう…」

一度眠れば気分も変わるだろう…

そう思い、鞄を持って教室を出ていく。

「拓|統次郎、今からお前の家に行ってもいいか?」

帰ろうとする俺を止めるように、

拓巳は俺の前で立ち止まってから話しかけてきた。

「統|何でだよ。今日は帰ってすぐに眠ろうと思ってるんだ、邪魔するなよ」

「拓|ちょっと預けたい物があるんだよ。お袋や姉貴に見付かると大変だからさ…」

「統|またエロ本か…」

前にも部屋にあるエロ本を預けたいと言ってきた事が何度かあった。

家族…特に女性陣に見付かると怒られるらしい。

…まあ…怒りたくなる気持ちも分からなくはない…

隠してあるならまだしも、部屋に入ってすぐに目に付く場所にきちっと置いてあるからな…

しかも複数の箇所に…

「統|そんなの、試験の後でいいだろ…今日中じゃないと駄目なのか?」

「拓|駄目だから言ってるんだろ。姉貴に見付かる前に…」

あ~…早く帰りたいなあ…

そう思っていると、不意に教室の扉に居る御蔵さんを見付けた。

それだけなら別に気にする事は無いのだが、

御蔵さんと一緒に居て話をしているのが、御蔵さんにいじめをしているあの三人組の一人だった。

…どう見ても楽しくお話ししているようには思えないな…

「拓|だけどな、部屋には兄貴から借りてるエロ本もあって…」

「統|あ~そうか。仕方無いんじゃないか?」

御蔵さんの事が気になっておざなりな返答になってしまう。

あっ…御蔵さんが三人組の一人と教室を出ていく…!

「拓|どうしても処分されたく無いんだ。だから頼む!二十冊のエロ本を…」

「統|悪い!用事があるから帰る。じゃあな!」

「拓|あっ、おい!俺のエロ本…」

「統|後にしてくれ!今は無理だ!」

余程エロ本を捨てられたく無いのか、

追いかけて来そうな拓巳を諦めさせて御蔵さんと三人組の一人を尾行しに向かう。

…二十冊のエロ本を預けられるのも困るしな…しかも読まないし…

「統|やっぱり気になるんだよな…」

聞かなきゃいけないわけじゃないんだが、あんな所を見ると、どうしても無視出来ない。

…知らないよりはいい気がするし…

「統|おっと…もう話し始めてたのか…」

近くの人気の無い廊下で御蔵さんを見付け、姿を見られないように物陰から少し顔を出して話を盗み聞く。

さて…何の話をしているのか…

「いつまで時間をかけてるのよ?わたし達はあんたに時間をかけられないんだけど?」

「要|仕方無かったのよ!今の国東君はそれどころじゃなかったんだから!」

「五月蝿いわね…静かにしなさいよ。人が来るでしょ?」

「誰かに見られて困るのはあんただけじゃ無いのよ?」

「要|そんなの…私には関係…」

「何を言ってるの、わたし達は困らないわよ。ただ恋愛相談をされているだけなんだから」

「ああ!確かにそうよね!」

思っていた通り、御蔵さんと話していたのは御蔵さんをいじめているあの三人組だった。

いや~…これを恋愛相談と言うのは無理があるでしょ…

「でも、今は困ってるのよね…女好きの変態だと思っていたら、まさか男が好きな変態だったなんて…」

「要|…国東君は違うって言ってる…」

「わたしはどっちでもいいのよ。あんたが女好きの変態と付き合おうと、男好きの変態と付き合おうと」

「あんたが嘘を吐いた事に変わりは無いんだから」

「要|っ…そんなの…貴女達が吐かせた嘘なんだから分かってるでしょ…!」

「分かりきってる事をあえて言っているのよ。…分かってるでしょ?」

うわ~…性格悪い~…そして俺への悪口が止まらない~…

三人組の言葉と、関係無いはずの俺の噂に、遠い目で泣きそうになりながらそう思った。

「もう一つ分かりきった事を言うけど、わたしはちゃんとしろとは言ったけど、

手間と時間をかけていいとは言ってないわよ?」

「要|私は言われた事をしようとしたわ!私だって…こんなに上手くいかないなんて思ってなかった…」

「それはわたしも思っていたわ…ここまでくると、作為的なものを感じるわね…」

「だけど、誰かしら…?あたし達がやらせようとしてる事を邪魔するなんて…」

「わたし達は関係無いはずよ。わたし達がやらせているなんて誰も知らないはずなんだから」

そういうわけでも無いんだけどね…

自分の目論見がもう少しでばれてしまいそうになっているのを聞いていると、多少は不安になってくる。

「まあ…誰が邪魔をしてるかなんてどうでもいいわ。

明日までに出来なかったら、別な事にすればいいんだし」

「要|別な事って…何なの…?」

「あら?聞きたいの?」

怯えているのか、御蔵さんの声は震えているように聞こえた。

「でも駄目よ、お仕置きの内容を教えるなんて面白く無いじゃない?

それに何をしようか決めかねてるのよね」

「要|どうせ…私を痛めつけるつもりでしょ…前みたいに…」

「ええ、そうね。だけど、出来ればしたく無いわ。殴ると手が痛くなるし、痕跡も残るから」

「実力行使は飽きてるのよ。たまにはいいかもしれないけど」

「要|だったら!何もしなければ…あうっ…!」

一番御蔵さんと話している三人組の一人が、御蔵さんの頬をパチン!と音を立てさせて叩いた。

思わず飛び出て行きたくなるのをこらえ、聞く事に集中する。

…今は出ていくわけにはいかない…

「口答えしないでくれない?そもそも、こうなったのはあんたのせいじゃない」

「要|私は間違った事なんてしてない!」

「そうかしら?間違ってないなら、こんな事にならないんじゃない?」

「要|貴女達が私に逆恨みしているんでしょ!私のせいにしないで!」

「逆恨みなんてしてないわ。ただあんたをいじめる事にした、それだけよ」

「それにね?あんたが余計な事をしなければ、わたし達はあんたをいじめなかった。

…本当は後悔してるんじゃない?あの時の事を」

「要|っ…そんなわけ…!」

「あら?じゃあその悔しそうな顔は何?説得力が無いんだけど?」

「要|………」

本当の事を言われたからなのか、御蔵さんは唇を噛み、俯いて何も言えなくなっていた。

…何の話をしているのか俺にはさっぱり分からない。

俺に告白する前の話なんだろうか…

「要|後悔してたとしても…何も変わったりなんてしない…!」

「強情ね。素直に認めなさいよ、後悔してますって」

「本当に後悔してなくても、これから先後悔するでしょうけどね」

「要|…何て言われても…私はあの時の事は後悔なんてしないし、間違ってないって思ってる…」

「勝手にしなさい。わたし達にとって大事なのは、あんたが苦しむ所を見る事、なんだから」

う~ん…そんな事を言うなんて、どれだけ御蔵さんの事が嫌いなんだろうか…

聞こえてくる話にそう思っていると、空き教室とは反対側から足音がする。

気になって、振り返ってみると。

「統|げっ…!豊中先生…!」

少し前迄居た自分の教室から、こっちに来ようとしている豊中先生を見付ける。

幸いな事に、俺が空き教室の近くに居る事は気付いてないようだ。

…盗み聞きしている所を見られなくて良かった…

「統|こっちに来られるとまずいよな…」

未だに空き教室では御蔵さんと三人組が話をしている。

その話の内容が段々と聞かれてはいけないものになってきているから、

俺が先生を空き教室から遠ざけないと色々と不都合な事が起きてしまう。

…御蔵さんには悪いけど…

俺の嘘が知られない為にあの三人と一緒に居るという苦行に耐えてもらおう…

「統|そうと決まったら…」

俺は先生を通せんぼするために、御蔵さんの居る空き教室から離れた。

「統|豊中先生、何をしているんですか?」

「早|ああ国東、探してた所だったんだよ。少し聞きたい事があるんだけど」

「統|えっ?俺に用があるんですか?」

「早|そう。だから、あっちで話を…」

「統|あっちじゃなく、そっちで話をしませんか?」

先生が空き教室の方向へ行こうとしたので、怪しまれないように誘導してみる。

「早|向こうにか?別にいいけど…何か隠してないだろうね…」

「統|そんなわけないじゃないですか。さっき通ったら人の話し声が聞こえたので、

あっち側に行くのはやめた方がいいと思って」

「早|…そう…だったら向こうに行こうか…人が居る所で話すのも何だしね…」

「統|どういう事ですか…」

ある程度は予想出来ますけどね…

先生の言葉に、嫌な事を聞かれるんだと分かってしまった。

「早|そこは後で話すから、向こうに行くよ」

「統|はあ…」

釈然としないまま空き教室の反対、階段の近くへと向かう。

…離れてくれたのはいいんだけど、階段に行くのがちょっと嫌だな…

空き教室に近付かれるよりはいいけど…

「統|何を言うつもりか薄々は分かってますけど、念の為に俺に聞きたい事って何ですか?」

「早|ああ、もしかして誰かから聞かれたの?

クラスに広まっていたから誰かが聞こうとしてたとしてもおかしくは無いけど」

階段近くに来てすぐに、何の話をしようとしているのか先生に聞く。

…嫌な話だろうからな…俺の予想が当たっていたら尚更…

「早|あたしとしては嘘でも本当でもいいと思っているんだけど、個人的に気になってね」

「統|個人的に、ですか?」

「早|後は、嘘なら国東が嫌な思いをしてるんじゃないかって思ってね」

…この時点で嫌な思いをしてますけどね…

気遣われるのも複雑だった。

「早|だから国東、本当に同性愛者…ホモならちゃんと言いなさい?」

「統|疑ってますよね?明らかに俺がホモだって心の中で確定してますよね!」

何?俺って気付いて無いだけで、同性愛者だと疑われるような事をしてるの?

「統|俺はホモじゃありません!というか、先生もクラスの皆と同じくホモ扱いですか!」

「早|あたしは生徒の性癖に口を出すつもりは無いよ?だけど、気になるような事を聞いてね…」

「統|…それは何処からか聞いても?」

「早|個人的な事でね。本人の了承無しに話す気は無いよ」

「統|納得出来ないんですけど…」

本当に何処で何を聞いたんだ…個人的なって言ってたから、

学校内で聞いた話じゃ無いのは分かるけど…

「統|誰に何を聞いたかは分かりませんけど、俺は同性愛者じゃありませんから!」

「早|そこまで言うなら本当にそうなんだろうね。分かった、信じるよ」

「統|…本当に信じてますか…?」

「早|本音を言うと、残念だろうけど信じてくれると思う方が間違いだからね?」

「統|そう言うと思ってましたよ!」

あっさりと信じるなんて言うのはおかしいなって疑っていたけれど、

何もすぐに信じてないって言わなくてもいいんじゃないかな!

「早|信じてもらえないって分かってるなら、自分の行動が周りにどう思われているか考えなさい。

でないと、また同じような事が起きるよ」

「統|…俺は疑われるような事はしてないはずなんですけど…」

「早|なら、無意識にしてる事で疑われているんでしょ。そこは自分で考えなさい」

「統|はあ…って、話は終わりですか?」

「早|あたしも忙しくてね。

もうすぐ試験なんだから、今回の事に気を取られ過ぎて悪い成績にならないでよ?」

そう言った先生は、職員室に行くのか階段を下りていった。

心配される程勉強が手に付かないわけじゃないはずなんだけどな…

「統|はあ…俺って悪い噂が広まりやすいのかな…」

前にあった色々な噂も、今回の事も、本当の事じゃないのに事実であるかのように広まっている。

どうしてそうなるのか俺には全然分からないが、理由は何なのだろうか?

「統|そんな事考えるより戻らないと…って…」

空き教室の方を見てみると、ちょうど三人組が廊下に出ているのが見えた。

それから少し経つと、今度は御蔵さんが出てきた。

…何だ、もう終わったのか…

「統|ならもう帰るかな…」

帰ったら眠ろう…

そう思った俺は、思い出したかのように来た疲れを引き摺って帰る事にした。


 帰る事にしたんだけど…

「拓|おっ、統次郎。帰ってくるのを待ってたんだぞ」

「統|………」

家の前に大きなバックを持った拓巳が待ち伏せをしていた。

そのバックは本が二十冊は入りそうな大きさで、見ているだけでも重い事が分かるくらいに膨れていた。

…何で来てるんだよ…

「拓|早く部屋に入れてくれよ、バックが重くて疲れてるんだ」

「統|…何で此処に居るとか、そのバックの中身は何だとか聞くのは愚問だろうな…どうして今来た?」

「拓|言っただろ?今日中にエロ本預けるって」

「統|断ったはずなんだけどな…」

後にしろとは言ったさ、でも今日中に来いなんて言ってない!

「拓|どうでもいいから部屋に入ろうぜ!」

「統|…はあ…」

家の前でああだこうだ言っても仕方無いので、拓巳と一緒に家に入った。

…少しだけでも眠りたかった…

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