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誰にも話せない五月二十五日

 「統|あいつのせいで…精神的に辛い日だった…」

拓巳のせいで、俺にとって今日の昼休みは最悪なものになっていた。

拓巳が新城さんに俺が怪我をした理由を説明しているのを下手に邪魔すれば、

おかしいと感付かれる気がして、拓巳の話を否定せずにいたら、

濡れた雑巾を踏んで足を滑らせて転んだ間抜けにされていた。

嫌々ながらに話に頷く俺を見た御蔵さんは、明らかに嘘を吐いた俺の事を不審に思っていたが、

俺が拓巳を悪者にしたくないと言ったら、そうですか…と納得してない顔でそう言っていた。

…ああ言う以外にどうすれば良かったんだ…

「統|誰かに相談出来たらな…無理だけど…」

俺一人じゃどうにも出来ないのに、俺一人でどうにかしろって無理難題だろ…

家に一人で帰りながら今日の出来事を振り返ると、気分が沈んでいく。

家に着くまでには気分も浮かび上がっていると思ってたが、家の扉の前でも気分は沈んだままだった。

「統|…扉を開けるのすら…億劫だな…」

このままでいても仕方無いし、やる事があるんだから中に入らないと…

そう思ってはいても、やる気が全く無いから、扉に頭を付けて途方に暮れてる状態から動けない。

「志|あっ、統次郎君。おかえり、何してるの?」

「統|今日は疲れまして…牧園さんは買い物帰りですか?」

「志|ちょっと買い足さないといけなかったからね。それよりも顔色が良く無いよ?」

「統|寝たら元に戻りますよ…多分…」

「志|あんまり無理しないようにね?」

出来るなら俺だってそうしたいですよ…

気遣ってくれてるのは分かっていても、牧園さんの言葉にそう思ってしまう。

「統|俺はまだこうしているので、牧園さんは中に入ってください」

「志|そう?なら、今日はゆっくり休むようにね?」

そう言って、牧園さんは部屋に入ろうとする。

その時、何故か俺は牧園さんに相談しないといけない気がした。

「統|あの…相談したい事があるんですけどいいですか…?」

「志|相談?何かな、話してみて」

「統|…どうすれば既成事実って仕立て上げられるんでしょうか…?」

御蔵さんの誘惑を止めるためには、あの三人組に俺が誘惑されていると思い込ませないといけない。

となると、俺は三人組にばれないように御蔵さんを襲ったふりをしなきゃいけない。

だけども、俺にはどうすれば…いや、どこまでやればいいのか分からない。

あまり過激にすると御蔵さんが傷付くかもしれないし、

だからといって少しだけじゃああの三人は満足しないだろう。

要は加減が分からないから困っているんだ。

だから参考に、誰が見ても明らかにそういう関係に見せる既成事実を聞こうと思ったというわけだ。

でも、何でか牧園さんの表情は信じられないと言っているようなものになっていた。

…あれ?俺、何か言ってはいけない事を言ったかな…?

「志|統次郎君…犯罪は駄目だからね…?」

「統|そんな事しませんよ!」

俺が何をすると思ってるんだ!

あんまりな言われように、悲しいを通り越して怒りが込み上げてくる。

「統|…言い方を間違えました…

どうすれば女の子と…その…キス以上の事をしてると思われるんでしょうか…」

「志|もしかして、経験無いのを馬鹿にされたの?」

「統|言い方どうにかならないんですかねえ!」

そう思うのは仕方無いのかもしれませんけどねえ!

というか、未経験って決めつけないでもらえませんか!事実ですけど!

「統|今…ちょっとそういった事で困ってて…

その子が俺に物理的に迫ってきて周りに誤解されそうなんです…」

「志|物理的にって言うと、距離が近いって事かな?それってどれくらい?」

「統|…やろうと思えばキスが出来るくらいですね…」

「志|それは確かに近いね…」

まあ向こうはキスしようとしてるんだから、近くて当たり前なんだけどね…

「志|でも、それくらいならちょっと近いんじゃないかな?って思われるくらいじゃないかな?」

「統|そうですか。じゃあ念のために、どうなると大変な誤解を与えるか聞いてもいいですか?」

俺としてはやりたくは無いが、

やらないといけない状況になっているので言われた事を御蔵さんにするつもりだ。

…本当にするわけじゃないぞ…?

「志|う~ん…絶対にやっちゃいけないのは女の子に覆い被さる、かな。

襲ってるように見えちゃうだろうから」

「統|そうですか…ありがとうございます。参考になりました」

成程ね…つまりは御蔵さんに覆い被さるようにすればいいのか…

これで次に誘惑された時にやる事は決まった。

「志|別にいいんだよ。それよりもその女の子、もしかしたら統次郎君の事好きかもね」

「統|…それはどうでしょう…?」

「志|そうだと思うよ。でないと統次郎君に迫らないだろうし」

別に御蔵さんは好きで俺に迫ってるわけじゃないけどね…

そう思うと何だか切なくなってくる。

「統|…その子が俺を好きかどうかはともかく、相談したい事はこれで全部です」

「志|じゃあ、もう部屋に入るね。その子に告白されるように頑張って!」

「統|………」

…頑張れって何を?

何かを言う間も無く中へ入っていった牧園さんの言葉にそう思った。

「統|まあ…そこはどうでもいいか…」

やるべき事は月曜。

まだ先の事だけど、やるべき事に向けて英気を養うべきだろう。

「統|そういえば…御蔵さん達は今日勉強会…もといお泊りをしてるんだっけ…」

今頃何をしてるんだろうか…新城さんの事だから、勉強そっちのけで遊んでそうだな…

そんな事を考えながら、俺はやっと開ける気になった部屋の扉を開けた。

その時、ふいに四苦八苦しながら新城さんに勉強を教えてる御蔵さんが思い浮かんで、

大変そうだと笑ってしまった。


 「要|ふえっくち!」

「美|大丈夫?風邪引いた…へっくしゅ!」

「要|美尋さんも大丈夫ですか?」

「美|う~…頭使い過ぎて、熱が出たかも…」

「要|まだ始めてから時間は経ってませんよ…」

約束通り、私は美尋さんの家に来て勉強をしている。

最初は遊ぶ口実なんだと思っていたけど、

来てすぐに勉強を真面目にしだしたのでそうではなかったみたい。

…後で色々と私で遊ぶ気はしてるけど…

「美|休憩したいけど、赤点取りたく無いしなあ…」

「要|そうですか…」

正直に言えば、今の私は勉強どころじゃない。

未だに国東君に…キス出来なくて、どうすればいいのか分からないから。

美尋さんは私に期待しているのかもしれないけど、今は勉強を教えられそうにも無い。

「要|…どうしたらいいんでしょう…」

「美|あたしも分からないから聞かないでよ」

「要|あ…いえ、問題が分からないわけでは無くて…」

「美|んん?問題じゃないなら何?」

「要|…ごめんなさい、言えないんです…」

話せるわけが無い…国東君にキスする方法を考えてるなんて…

しかもそういう事に疎そうな人なら尚更…

「要|美尋さんが気にする程の事じゃないですよ。それより勉強に集中しましょう」

「美|そうなんだ。じゃあ此処なんだけど」

何とか勉強に集中してもらえたけど、

私はやっぱり国東君にキスする方法を考えてしまって集中出来ない。

「要|はあ…」

「美|…ねえ、要ちゃんもあたしも勉強に集中出来てないからさ、ちょっと休憩しない?」

「要|…もしかしなくとも、美尋さんが休憩したいだけなのでは…」

「美|違うってば!あたしは要ちゃんが集中出来てないから休憩しようって言ってるだけだよ!」

どう見ても図星を突かれて狼狽えているようにしか見えない美尋さんに、

誤魔化すのが下手だな…と思ってしまう。

「美|とっ、兎に角、休憩するよ。今日のためにケーキとお茶を買ってるんだ~」

そう言って美尋さんは、キッチンに行くために部屋を出て行った。

…止められなかったし、おとなしく休憩しよ…

「要|やっぱり…止めるべきなのかな…」

こんなに邪魔されるのはきっと、こんな事はするべきじゃないって神様が言ってるのかもしれない。

別に神様を信じてるわけじゃないけど…

「要|それでも…止められるわけじゃ…」

あの三人の言う事を聞かないと、私は酷い目に遭わされる。

それは嫌だから…それに、美尋さんや国東君に心配をかけられたくは無いから。

「要|苦しむのは…私だけでいい…」

誰かに言うつもりは無い…本当の事は私だけが知っていればいい。

それが、私への罰だと思った。


 「美|ん~!美味しい。このレモンケーキ早く食べたかったんだ~」

「要|………」

「美|要ちゃん?食べてないみたいだけど、甘いの好きじゃない?」

「要|あっ、いえそうじゃないですよ。少しぼうっとしてたみたいです」

そう言って私は、お皿の上に乗った羊羹タルトをフォークで切り分けて食べた。

…大好きな小豆を食べているのに、全然美味しいと思えないのは何でだろう…

「美|要ちゃん、何か悩んでる?」

「要|むっ!けほっ!けほっ!」

丁度緑茶を飲んでいたから、驚いて噎せてしまった。

…冷たくて良かった…

「美|ちょっ、平気?今拭くね」

「要|けほっ…すみません…」

「美|いいよ。吹き出させたのはあたしなんだから」

幸いな事に、吹き出した緑茶は少なく、テーブルの上だけにこぼしただけだった。

美尋さんはテーブルをティッシュで拭き、念のためにと台ふきで乾拭きしていた。

「要|あの…何で悩んでいると思ったんですか…?」

「美|悩んでるって分かりやすく顔に出てたからだよ?」

ううっ…そんなに顔に出てたのかな…自分じゃあ表に出してるつもりじゃ無いのに…

「美|悩んでるなら聞くよ?一人で抱え込もうなんてしないでね?」

「要|心配してくれてありがとうございます。でも、平気ですから」

「美|平気じゃないでしょ?一昨日から様子がおかしかったもん。友達が悩んでるなら知りたいよ」

言わないようにしているのが分かっているのか、美尋さんは諦めずに聞いてくる。

…もう心配かけさせてたみたい…

「要|本当に言えないんです…個人的な事なので…」

「美|…そこまで言われると聞けないね…分かった、もう聞かないよ」

悩みがある事自体は知られてしまったけど、もう聞かれないだけで十分だと思った。

「美|そういえば国東君は昨日から怪我してたけど、

何であんなに怪我してたんだろ?何か知らない?」

「要|さっ、さあ?私は何も聞いていませんけど…」

「美|今日だって階段で転んで、頭を怪我したんだよ?二日連続でなんておかしいよ」

また答えられない質問…何て言えばいいんだろ…

それ以前に、多分国東君が怪我をした時に必ず居合わせているかもしれないけど、

私だって国東君の怪我が多い理由なんて知らないのに…

「美|そういえば、要ちゃんは今日国東君が怪我した時一緒に居たよね。

その時におかしいと思った事は無かった?」

「要|…状況自体がおかしかったので…それに国東君が気絶してて、

周りの事を気にする余裕は無かったんです…」

濡れた雑巾を踏んで転んだ事でも、一斗缶が飛んできて頭に当たった事でも、

頭を怪我した理由がどっちだとしてもおかしい。

だから本当に周りの事を気にする事なんて出来なかった。

…そういえば、私が国東君を誘惑しようとしている時にばかり国東君が怪我をしているような…

「美|要ちゃんも分からないんだ…じゃあ、どうやって…要ちゃん?」

「要|あっ、ごめんなさい、考え事をしてて…」

いけない…ただでさえ様子がおかしいと思われてるのに、考え事に没頭してたらまた変に思われる…

今は頭の中で考えを巡らせている場合じゃない事に気付く。

「要|…私達に国東君の怪我が多くなった理由を言わないのは、

心配させたくないからじゃないでしょうか」

「美|あたし達が心配しないようにしてるって事?」

「要|理由はどうであれ、私達に隠すのには理由があるんだと思います。

言ってもらえるまで待ってみましょう?」

「美|…そうだね…他に知る方法も思いつかないし、そうするよ」

何とか話を終わらせる事が出来てほっとした。

けど、頭の中ではいろんな事で埋め尽くされている。

国東君が怪我をしているのは私のせいなんじゃ…とか、

クラスの皆はわざと国東君に色々と投げているんじゃ…とか、そんな事で頭がいっぱいになっている。

「美|でも、国東君が理由教えてくれるのかな?言いたくない事だったら余計に」

「要|教えたく無い理由があると思ってるんですか?」

「美|そう。例えば、恥ずかしいとか、かっこ悪いとか。後、わざとやっているとか」

「要|わざと…ですか?」

「美|だって、昨日今日で怪我しすぎてるんだよ?

理由は分からないけど、わざとやってるならありえるでしょ?」

確かに、わざとやっているならおかしくないくらいに国東君は怪我をしている。

でも、わざと怪我をする理由なんてあるのかな…

「美|もし、本当にわざとなら、ボールから濡れた雑巾なのが分からないけどね…次は何だろ?」

「要|次があるんでしょうか…」

「美|次があるとしたら、皆からちょっと熱めのお茶をかけられるかな」

「要|何でちょっと熱めのお茶なんですか…」

「美|火傷しないようにと、皆が持って来れるから!」

そんな理由でなんですか…そもそも、本当は濡れた雑巾では無く、

一斗缶を投げられているんですけど…

それでも次は、お茶をかけられるんでしょうか…?

「美|んしょっと。ケーキも食べたし、勉強を再開しよっか」

「要|もう、いいんですか?」

「美|うん。勉強しないで赤点取ったら意味無いし。お皿片付けてくるね」

そう言ってテーブルの上にあった食器をお盆に乗せて、美尋さんは部屋を出ようとする。

「要|私も手伝いに行きます」

「美|えっ?ただ流し台に置きに行くだけだよ?」

「要|駄目ですよ。食べ終わったなら、すぐに洗った方がいいです。

それに、待っているだけだと落ち着かないので」

「美|そっか、じゃ一緒に行こう」

今は一人になりたくない…一人だと、考えたくない事を考えてしまいそうだから…

そんな本当の理由を隠して、私は美尋さんと一緒に部屋を出た。

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