誤魔化してばかりの五月二十五日
目が覚めた時、最初に感じたのは痛みだった。
「統|ううっ…」
頭が…いや、首?とりあえず頭の後ろから首の付け根が痛い…
うっすらとしか見えない程にぼやけた視界では、
今何処に居るのかは分からないが、ベッドに横たわっているのは分かった。
「要|あっ…起きたんですね国東君…」
「統|御蔵さん…?居たんだ、見えなかったよ」
「要|…大丈夫ですよね…?目は見えてますか?」
「統|大丈夫だから、目の前で手を振らないでくれない?」
視界も意識もはっきりしてきて、今居るのは保健室のベッドだという事に気付いた。
御蔵さんは俺から見て左側で、椅子に座って俺が目覚めるのを待っていたようだ。
「要|大丈夫みたいですね…良かったです…」
「統|ちゃんと見えてるよ。さっきまでは寝ぼけ眼だっただけだから」
「要|…なら…何が起きたか覚えてますか…?」
「統|…覚えてない…何があったのかな…?」
本当は気絶する直前までの事は覚えているが、御蔵さんの言った事を覚えてない事にしたいのと、
何があったのか知らないから覚えてない事にした。
「要|えっと…どこから説明すればいいのか分からないんですけど…」
「統|多分…御蔵さんは自分を卑下しすぎだよ。から覚えてないかな…」
「要|そっ…そうですか…なら、その後に起きた事を話しますね」
少しだけほっとしたような様子を御蔵さんは見せたが、
何故か俺には残念そうにしているようにも見えた。
…気のせいかな…?
「要|国東君と話をしている時に、私が国東君に近付いたら、国東君の後ろから一斗缶が飛んできて…」
「統|一斗缶!一斗缶が飛んでくるってどういう事!」
避けた覚えがないから、一斗缶が頭に直撃したのか!
十中八九投げられたものだろうから、投げてきた奴には後で何考えてるんだって言っとかないと…
「要|実は…その一斗缶は榎本君が投げてきていたもので…」
「統|あいつか~!」
誰か屋上に来てるとは思ってたけど、よりにもよって拓巳かよ!何で他の奴に任せなかったんだ!
投げられた物のせいか、投げてきたのが一番身近に居た奴だったせいか、
怒りのあまり吠えてしまっていた。
そのせいで頭がじくじくと痛み出した。
「統|ううっ…当たった所が…」
「要|あんまり動かさない方が…保健の先生は打ち所が悪くて、
脳震盪を起こしただけだと言ってましたけど…」
「統|これ瘤になってるかも…それで、一斗缶が飛んできた後はどうなったの?」
「要|一斗缶が国東君の頭に当たって、気絶したんです。
その後、すぐに榎本君が来て一緒に国東君を保健室に運んだんです」
「統|そっか…そういえば、気絶してからどれくらいの時間が経ってるのかな?」
「要|十分も経っていないと思います。此処に来てすぐに国東君は目を覚ましたので」
「統|という事は、まだ昼休みか…弁当を食べ損ねなくて良かった…」
脳震盪といっても軽いものだったようだ。
おかげで今日中に拓巳とゆっくり話が出来る…
「要|そういえばお弁当はまだ食べていないですよね。
私も食べてないので一緒に此処で食べましょうか。私、自分の分と国東君のお弁当を持ってきますね」
「統|ああ…じゃあ、俺の鞄ごと持ってきてくれるかな…?」
「要|分かりました、待っていてくださいね」
いつもだったら言わないような事を言った御蔵さんに驚いている間に、
御蔵さんは教室へ向かっていった。
…怪我の事を気にしてるのかな…?
「統|…御蔵さんが来る迄、横になってるか…」
大した怪我じゃないけど、心配させてるみたいだし、此処でおとなしくしてるか。
そう思って横になろうとしたら、保健室の入口から声がした。
「拓|目を覚ましたって聞いたから来てやったぞ。頭は大丈夫か?」
「統|拓巳か…怪我の事なら大した事は無い。触った感じだと、少し瘤が出来てるくらいだ」
「拓|そうか。平気そうなら何よりだ」
「統|そうだな。…そこに立ってるなら中に入ったらどうだ?話をしたいと思ってた所だったんだ」
一斗缶を投げられた怒りを押し殺して、拓巳に保健室に入ってくるように促す。
「拓|そう言うなら中に入らせてもらうか」
そう言って保健室に入った拓巳は、さっきまで御蔵さんが座っていた椅子に腰掛けた。
「拓|それで?話って何だ?」
「統|何で一斗缶投げてきた?」
何を言うか考えるのも、前置きをするのもまだるっこしかったので、すぐに話を切り出した。
…一斗缶投げられて、恨まないわけないだろ…
「拓|えっ?何でお前がそれを知ってるんだ?」
「統|御蔵さんから聞いたんだ。…で?一斗缶を投げた理由、答えてもらおうか?」
「拓|成程な…何があったかは知ってるのか」
滲み出ているはずの俺の怒りに全く気付く様子も無く、拓巳はあっけらかんとしている。
…何か、腹立たしいなこいつは…
「拓|あの時は近くに一斗缶しか投げられるものが無かったんだ、仕方無いだろう」
「統|だからって一斗缶は無いだろ!」
「拓|中身は空だったんだぞ?大した事になってないんだからいいじゃないか」
「統|そういう問題じゃないだろ!」
一斗缶を投げておいて、反省の色が全然無いってどういう事だ!
怪我をした身としては、その態度には怒りが込み上がってくる。
「統|はあ…じゃあ次、御蔵さんに何か聞かれなかったか?」
「拓|何かって何だよ」
「統|例えば、お前が俺に一斗缶を投げた理由とか」
「拓|もしかして、御蔵さんと二人きりにさせないようにしてる事を聞かれたか知りたいのか?」
「統|まあ…そういう事だ」
一応は余計な事を言ってないかの確認と、言っていた場合の辻褄合わせの為だ。
これを聞いておかないと、後が大変になるからな…
「拓|安心しろよ。投げた理由は御蔵さんに言ったけど、本当の事は言ってないって」
「統|…ちなみに、何て言った?」
「拓|襲われそうに見えたから、咄嗟に近くにあった一斗缶を投げたって言っておいた!」
「統|なんて事言ってんだお前は!」
それを他の誰かに聞かれたら、俺の変態の噂が再燃するだろ!
「統|はっ…もしかしてお前…」
「拓|今度は何だよ?」
今回は少し聞かれてはまずい話をしていたのと、ある程度近くに居たという事を思い出した俺は、
もしかしたら拓巳は御蔵さんと俺の会話を聞いていたかもしれない事に気付く。
「統|…なあ…俺と御蔵さんが話してた内容…聞こえてたか…?」
「拓|いや?聞こえる程近くに居なかったし。何だ?聞かれたくない事でも話してたのか?」
「統|別にそうじゃないけど…少し気になってな…」
とりあえず、話の内容を聞かれて無かった事に安堵する。
…特に最後あたりは、御蔵さんがやろうとしてる事に直結してるからな…
「拓|そういえば思ったんだけどさ、俺が邪魔する時、
御蔵さんからお前に抱きつこうとしてなかったか?」
「統|…そんな事あるわけないだろ。見間違えじゃないか?」
…甘かった…遠目ならどんな状況だったか分からないと思ってたのに…
昨日は誰にも怪しまれる事は無かったから、
拓巳も俺が何かしようとしてるように見えてると思っていた。
「拓|見間違いじゃないと思うけどな…」
「統|はあ…そういえば、もう弁当は食べ終わったのか?」
「拓|ん?いや、お前を運んだ後、目が覚めるのを待ってたんだよ。一緒に弁当食うために」
「統|そうか…なら、御蔵さんも此処で食べるって言ってたから、一緒に弁当を食うか?」
「拓|ああ、そうだな。…って、何の話をしてたんだっけか?」
「統|早く弁当持ってこないと、昼飯を食い損ねるって話だろ」
「拓|そんなに時間は経ってないと思うけどな…でも時間が無いよりましか。
じゃ、弁当取りに行ってくる」
そう言った拓巳は、さっきの会話を忘れて弁当を取りに行った。
…話してる事をすぐ忘れる奴で良かった…
「統|まっ…その場凌ぎだろうけどな…」
今は何とかなっていても、必ず俺の吐いた嘘はばれてしまうだろう。
「統|あと少し…もう少しだけ隠したいな…」
せめて、俺の吐いた嘘は俺の口で本当の事を伝えたい。
…出来るかどうかは分からないけど…
「統|先の事を考えても仕方無い、かな…」
どうするかなんて決まってる。
今は嘘を吐き続けるだけだ、先の事はその時に考えればいい。
そう思ってベッドに倒れ込むと、頭にひんやりとした感覚が伝わる。
どうやら枕は氷枕らしく、考え事をして少し熱を持った頭を冷やすにはちょうどよかった。
「統|…ちょっとだけ眠るかな…」
今は何も考えない方がいい気がするし…
目を閉じてそんな事を考えていると。
「美|国東君大丈夫!」
「要|美尋さん!あまり騒がしくしない方が…」
勢いよく大きな音を立てて扉が開いた。
いきなりの事に驚きすぎて、ガバッ!っと起き上がってしまった。
…人が眠ろうとしてる時に…
「統|新城さん?どうして此処に?」
「美|要ちゃんから聞いたよ!国東君頭を怪我したんでしょ?」
「要|すみません…国東君の鞄を持って行こうとした所を美尋さんに見つかってしまって…」
「統|ああ…新城さんに理由を話したら、あたしも保健室に行くとか言ったんだ…」
何も言わず、御蔵さんはこくりと頷いた。
まあ…新城さんが居ても別にいいか…?
「美|二人がお昼ご飯を此処で食べるって言うから、あたしもお弁当持ってきたの。一緒に食べよ」
「統|うん…そうだね…」
「要|五月蝿くしてすみません…鞄です…」
「統|ありがとう御蔵さん。五月蝿いのは悪い事じゃないから気にしなくていいよ」
「美|そうだよ要ちゃん」
「統|新城さんは、少し静かにしようか…」
自分でそれを言っちゃうんだ…
当然のように話に入ってきた新城さんに呆れてしまう。
「要|軽い怪我とはいえ、頭を打ったんですから静かにしてた方がいいですよね」
「美|そうだよ。国東君頭打ったんでしょ?大丈夫なの?怪我したのこのあたりかな?」
「統|痛たた!瘤に触るのはやめて!痛いから!」
「美|大人しくしてよ。何処を怪我してるか分からないってば」
「統|ちょ…!止めて~!」
「要|あわわわ…」
安静にするどころか、新城さんが瘤に触って来ないように逃れるしかなかった。
御蔵さんは自分じゃ止められないと思ってるのか、
おろおろしてばかりで新城さんが怪我の状態を見終わる迄戸惑ってるだけだった。
…少しは助けて欲しかった…
「美|うん。大してふくれてなかったし、大丈夫そうだね」
「統|痛みが…ぶり返してきた…」
「要|平気ですか…?今、冷やしますね」
新城さんのせいで酷くなった頭の怪我を、御蔵さんが氷枕で冷やしてくれた。
…助かるけど、氷枕は大きいよ…
「要|美尋さん、国東君は怪我をしているんですから安静にさせてください」
「美|ただ怪我の具合を見ただけだよ?」
「統|そのおかげで氷枕を手離せないけどね…」
「美|そんな事よりもさ、何で国東君は頭を怪我したの?」
人の怪我を酷くしたのに、そんな事…?
そう思ったが、本当の事など言えない事を聞かれて、それを気にする余裕が無くなった。
「統|それは…何と言うか…言いにくい事なんだけど…」
「美|何で言いにくいの?」
「統|ええっと…」
困った…新城さんには、一斗缶を投げられたなんて言えない…
今は御蔵さんも居るため、拓巳に言った事も、言い辛い。
「要|…美尋さん。実は…」
「美|えっ?何、要ちゃん知ってるの?」
「統|うっかり階段で転んじゃってさ、御蔵さんはその場に居たんだよ」
「美|今、要ちゃんが話そうとするの邪魔した…?」
「統|気のせいじゃないかな?」
何とか御蔵さんが言おうとしてたのを妨害出来たが、
その代わりに二人に疑いの目で見られる事になった。
…どっちにしたって言えないんだよ…
「統|ほらほらこんな話をするより、弁当を持って来たんなら早く…」
「拓|統次郎。弁当持って来たぞ」
別な話題で話を逸らそうとした時、ちょうどよく拓巳が弁当を持って戻ってきた。
「統|あっ、話すの忘れてた。二人共、拓巳も此処で食べるって言ってるんだけど」
「要|そうだったんですか…なら四人で食べましょう」
「美|榎本君も国東君の怪我の事知ってたんだね」
「拓|その場に居たからな。気絶した統次郎を俺が運んだんだ」
「美|へえ~その話、お弁当食べながら聞いてもいい?」
「拓|ああ、勿論」
話が途切れたのを見計らい、女子二人の意識が逸れているのを確かめて、小声で拓巳を呼び寄せる。
「統|おい、言っておくけど…」
「拓|分かってるって。本当の事は言うな、だろ?話は合わせるって」
「統|…分かってるならいいけど…」
何だか信用してはいけない気がするんだよな…
「美|何を二人でこそこそ話してるの?お昼食べるよ」
「拓|大した事じゃないって。
じゃ、食べながら統次郎がどれだけ恥ずかしい転び方をしたのか話そうか!」
「統|何言ってくれてんだ!」
本当の事を言わないのはいいけど、やってもいない恥ずかしい事を言うんじゃない!
笑顔で嘘の話をする拓巳と、その話を聞いて面白そうと前のめりになる新城さんと、
何が何だか分かっていない御蔵さんとの昼食は、俺にとっては混沌としたものになった。
…もう嫌だ…拓巳の話、どうやって違うって言おう…




