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揺れてしまう五月二十四日

 「統|え~、今日は急に集まってもらってありがとう。これから皆に頼みたい事があるんだ」

教室に着いて早々に、話を始めるために行動して、拓巳を含めたクラスメイト達を集めた。

尚、御蔵さんと新城さんは、話を聞かれたく無かったために、

新城さんに御蔵さんを少しの間教室から連れ出して欲しいと頼んでいる。

だから今この教室には二人の姿は無い。

「拓|朝から何の話をする気だよ?俺は写真集を見たいんだけどな…」

「それに集めた人選がよく分からないし…」

「何を頼むの?私達じゃないと駄目なの?」

「統|色々と言いたい事があるのは分かるよ。

それはこれから話すし、皆には迷惑にならないようにするから」

「拓|俺は別に迷惑とは思ってないけどな」

「統|迷惑をかけないようにしてるのは拓巳以外の皆なんだよ」

「拓|酷い言い草だなおい!」

そんな俺と拓巳の遣り取りを見ていた皆は、どっと笑い出した。

…笑わせるつもりは無かったんだけどな…

「統|頼みたい事って言うのは、今此処に居る皆にだけじゃないんだ。

出来るなら、御蔵さんと新城さん以外の条件に合う人にも広めて欲しい」

「拓|条件?この中の全員がそれに当てはまってるのか?」

「その条件が何なのか、全然分からないんだがな…」

「というか、何で御蔵さんと新城さんには言わないの?」

「統|そのあたりの説明は今からするよ。

それと、俺の頼み事をするかは個人の考えで決めていいよ。強制はしないから」

そう言って、皆に俺がどんな人に、どういった事をして欲しいか説明した。

皆はあっさりと了承してくれたけど…何かよくない事が起こる気がした…


 一抹の不安が残っているが、それでも出来る限りの準備をして、

御蔵さんが仕掛けてくるだろう誘惑の対策はしてきた。

後は待つだけだが、早々に何かしてくるわけはないだろうと油断していた一限目後の休み時間。

「統|…御蔵さんから話しかけてくるなんて珍しいね。廊下に連れてきて何の話をするつもりかな?」

「要|…何も言わずに来てください…」

自分の考えが甘かった事に気付かされた。

人気の無い廊下に引っ張ってくる御蔵さんを見てそう感じた。

「統|こんな所まで来たりして、何か人に聞かれたくない話で、うわっ!」

誰も来なそうな廊下の端に着いた途端、御蔵さんは俺の胸に縋るように寄りかかり、

上目遣いで俺を見つめてきた。

うっ…これは…思った以上かも…

御蔵さんの可愛らしさに、自分でも理性がぐらつくのがよく分かる。

「統|みっ、御蔵さん?何してるのか分かってる?」

「要|嫌なら…突き飛ばしてもいいんですよ…?」

「統|いや…そんな事言われても…」

女の子に怪我をさせるような事なんて出来ないんだけど…それに嫌ってわけじゃないし…

混乱しているせいか、どうやって御蔵さんから離れられるか思いつかない。

このままだと、絶対に誘惑に負けてしまう…

「統|…こんな事をされると、御蔵さんに何かするから…」

「要|…しても…いいですよ…?」

ああ…駄目だ…理性が負ける…

頭の片隅でそう思うも、こらえられなくなった体は御蔵さんにキスをしようと…

「統|御蔵さん危ない!」

「要|えっ?きゃっ!」

肩に手を置こうとして、いきなり飛んできたボールから御蔵さんを守るために壁際へ引き寄せる。

ボールは壁に当たって飛んできた方向…俺がさっきまで向いていた方へ跳ねていく。

「悪い!キャッチボールしてたら、そっちまで飛んでいっちまった。大丈夫か?」

「統|廊下でボールを投げるなよ…」

「ソフトボールだから当たっても平気だって!」

「統|そういう問題じゃないから…」

飛んできたボールを拾って、投げてきたクラスメイトに返す。

クラスメイトは悪い悪いと言いながらも笑っていて、反省している様子は無かった。

「統|ごめん御蔵さん、危ない目に遭った身としては文句を言わずにはいられないから、

話があるなら後にしてくれないかな?」

「要|あっ…はい分かりました…」

「統|ごめんね、先に教室に戻ってて。時間いっぱいまでかかるから」

「要|そっ、そうですか…」

そう言って御蔵さんは教室に戻っていった。

御蔵さんが教室に入っていくのを確かめ、俺はボールを投げてくれた二人に向かい合う。

「統|ありがとう。あのままだと、俺は何をしていたか…」

「頼まれたからな。まあ…あれで良かったのかは分からないけどな…」

「統|危なかったけど…あれぐらいで良かったと思う。気を遣ってもらったし」

「屋内で投げる事になったから、物を壊さないようにって思ってはいたけどね」

「当たってもいいように、じゃなくて当てるつもりだから、

怪我しないようにっていう理由で選んだボールだけどな」

「統|当てる気だったのかよ!」

驚愕の事実だよ!まさか本気で当てるつもりは無かったよね!

「統|…一応聞くけど、どっちが投げてきたの?」

「ああ、あたしが投げたんだよ」

「統|まさかの女子が投げてた!」

「野球部は野球部でも、マネージャーやってるんだよ」

「そうなの。えへへ」

「統|女子ソフトボール部じゃないんだ!」

中々に早かったし、避けなかったら顔に命中してたはずだったくらいにコントロール良かったよ!

「本当はやりたかったんだけど、この学校、

女子ソフトボール部が無かったから…せめてマネージャーをしたかったの…」

「統|そっ…そうなんだ…」

だったら女子ソフトボール部のある学校に行けばよかったんじゃ…と思ったが、

そこまで仲がいいわけじゃないので何も言わない事にした。

「統|とりあえず、他の皆にも偶然を装って…っていう風にしてもらえるように話しておいて」

「おう。やり方が分かれば大丈夫だろ」

「何でこんな事を頼んだのか最初は分からなかったけど、

御蔵さんのためなら皆だって手を貸してくれるよ」

「統|そうなら、嬉しいな」

御蔵さんのために手を貸してくれる人が居る事、

誘惑に負けなかった事が嬉しくて、少し泣きそうになった。

…俺のためじゃないんだ…とは思ってないよ?


 「統|………」

「拓|大丈夫…じゃなさそうだな…何があったんだ?」

「統|世の中…上手くいく事は何かが上手くいかなくなる前兆だって学んだよ…」

「拓|哲学的な事を言われても分かんねえよ」

何処が哲学的なんだよ…

放課後になって、ボロボロな俺は、体が痛むせいで拓巳の言った事に何か言う余裕は無かった。

「拓|服は少し汚れて、額や掌には湿布。

しかも後頭部を氷で冷やしてたんだから放課後になるまでに何かあっただろ」

「統|…何かあったのは確かだけど、これは俺が頼んだ事だからな…」

「拓|お前が頼んだって…あれか?部活をしている奴らにやらせてる」

「統|そうだよ。俺と御蔵さんが二人きりになった時に、邪魔してほしいって言ったやつ」

「拓|それで、何でそんな姿になってるんだ?邪魔する時に何かあったのか?」

「統|いや…あったはあったけど…思った以上に動けなくて…」

「拓|避けるはずが上手く避けられなかったのか。だから上手くいかないって言ったのか」

「統|そういう事じゃないんだよ…」

こんな姿にならないといけないのは、俺が誘惑に負け続けているせいでもある。

だからあまり言いたくは無いけど…

「統|これはな…」


 二限目後の休み時間。

次は移動教室で、俺は一人で次の授業が始まる教室へと向かっていった。

その途中で御蔵さんにグラウンドの近くまで連れてこられた時に、

危機感が足りなかったと思い知らされた…

「要|此処なら…誰にも邪魔はされないはずです…」

「統|御蔵さん?もしかして前の休み時間にしようとしてた話をするのかな?」

「要|…したいのは、話じゃないんです…」

「統|…じゃあ…何を…?」

周りに誰か居る気配は無いが、おそらく誰かが俺を狙っているはずだ。

もし誘惑されたとしても逃げられると思った。

「要|私の…はじめてを…国東君に奪ってほしいんです…」

御蔵さんが俺の手を取った。

俺の左手は、御蔵さんの頬を、顎を、唇を、御蔵さんに誘われるままに撫でていく。

そして互いに目が合い、御蔵さんが目を閉じる。

俺は御蔵さんの唇を…

「統|いだあ!」

「要|きゃあ!」

キスをするのを妨害するために飛んできたサッカーボールが額に直撃した。

そのおかげで俺は仰け反り、御蔵さんは驚いて俺から一歩距離をとった。

「統|ううっ…御蔵さん…大丈夫…?」

「要|あっ…はい。それよりも国東君の方が…」

「統|俺は頭にボールが当たっただけだから。御蔵さんに何も起きなくてよかったよ」

ボールが当たっただけと言ったが、それなりに硬いサッカーボールが勢いよく頭に命中した上、

油断してて無防備だったため結構痛い。

この後で保健室に行っておこう…

「すみません、サッカーの練習で壁に向けてボールを蹴ってたらそっちに行っちゃって…

平気でしたか?」

「統|額に当たったけど、大した事にはなってないと思うよ。…コントロールがいいんだね」

「一応サッカー部なので」

おそらくサッカー部に所属しているのであろう一年生にボールを渡した。

…少しは手加減してほしかった…

「ボールを受け止めてくださってありがとうございます。もう片付けないといけないので失礼します」

そう言った彼はサッカーボールを持って校舎へと向かっていった。

…わざわざ私物を持ってきているんだろうか…?

「統|…御蔵さん」

「要|はっ、はい。何ですか?」

「統|念のため、俺は保健室に行ってくるよ。御蔵さんは教室に行って」

「要|えっ…でも…」

「統|遅れたら保健室に行ってますって先生に伝えておいて」

「要|あっ…」

御蔵さんの了承を聞かずに、痛む額を押さえて早足で保健室に向かった。

…この他にも御蔵さんの誘惑は休み時間毎にされて、

そのたびに体育館近くではバスケットボールを後頭部に、

校舎の端では籠いっぱいの硬式テニスボールを二階から落とされ、

階段の踊り場では上からバレーボールを顔面にサーブされる事になった。


 「統|っていったわけなんだよ」

「拓|ああ、なるほどな。だから色んな所を怪我してるのか」

拓巳に今日の一部始終を聞かせた。

当然、言えない部分…誘惑されている事なんかは伏せている。

「拓|あれっ?さっき聞いた中で掌を怪我するような出来事は無かったような…」

「統|実は、テニスボールを落とされた時に籠も落ちてきて手に当たったんだよ」

「拓|その程度で済んで良かったな…」

「統|落としてきた女子テニス部の二人は、わざとじゃなくてうっかり落としたって言ってたけど」

本当はどうなのかは分からない。

別に疑うわけじゃないが、本当に危ないのでわざとなら注意しないといけない。

「拓|でも、頼んだわけから考えれば上手く邪魔は出来てるんだろ?」

「統|そうなんだけどさ…このままいくと、身がもたないっていうか…」

いつか洒落にならない怪我を負いそうな気がして怖いんだよ…頼んだの俺だけどさ…

「拓|もしかしたら、次は陸上部の円盤か砲丸が飛んでくるかもな、はは」

「統|まさか、当たったら悲惨な事になるんだからそんな事あるわけが無いだろ」

…さすがに投げてこないよね…

拓巳が言った冗談が本当に起きたらと考えて、苦笑いするしかなかった。

「美|でも、弓道部だったら、矢を射ってくるかもね」

「統|怖いよ…いきなり出てくるのも、発想も…」

「拓|というか、この学校に弓道部は無かった気がするんだけどな?」

「美|このクラスで中学は弓道部だった子がね、家から弓矢を持ってくるって言ってた」

「統|鏃だけは無いものにして!」

本当に起こりうる出来事に慄いてしまう。

後、弓道部だと、偶然当たりそうになったというのは無理があるという理由もだが。

「美|それよりも、何の話をしてるの?国東君が怪我をしてるのと関係あるの?」

「統|あ~…関係はあるけど…」

新城さんには今回の事を知られたくない。

それは、他の皆とは違って、特別な事情、俺が嘘を吐いているからだ。

御蔵さんに聞かれると困る話をするために協力してもらった時に説明したはしたが、

理由があって御蔵さんに教室の外に居てほしい、といった曖昧な言い方をしたので殆ど何も知らない。

さて…どうするか…

「統|今日はボロボロになるような日だったから、

明日は更に酷い日になるんじゃないかって話…かな?」

「拓|かな?ってお前…」

「統|仕方ないじゃないか。他の言い方なんて思いつかなかったんだからさ…」

「美|そっか、だから円盤とか砲丸とか聞こえたんだ。その怪我も何か投げられたの?」

思ったよりも簡単に納得してくれた。

何だか肩透かし食らった感じだな…

「拓|当たったのはボールばかりだけど、頭とか掌に当たっててさ」

「美|えっ?避けなかったの?」

「拓|避けられなかったんだってさ。鈍いよな」

「統|あんまり聞かないでほしいな…」

恥をさらされてる気がしてすっごく嫌。

「美|だったら別の話をするけど、要ちゃん、今日も変じゃなかった?」

「拓|ああ。けど、昨日とは違った様子だったな。今日のは落ち着かないって感じだった」

変えられた話も、続けたくない話だったが、さっきよりはましだと思い話に入る事にした。

「統|言っておくけど、俺のせいじゃないから」

「美|そうかな?」

「拓|御蔵さんと一緒に何度も教室を出ていってるのにか?」

「美|昨日だって、ちゃんと話せてなかったでしょ?

駅前広場の近くまで何もしゃべってなかったんだから」

「統|…それでも俺のせいじゃないって…」

何で俺が悪いって前提なのかな…

「統|昨日御蔵さんが変だったのは、俺にだって理由は知らないし、

御蔵さんが何を考えて俺を教室から連れ出したのかは分からない。

少なくとも、御蔵さんしかわけを知らないだろ」

全部真逆の事を言っているが、こう言わないと俺が悪い事になりそうなので仕方無い。

俺一人で何とか出来ればこんな事にならなかったのかな…いや、同じだったろうな…

「美|むう…そうなると要ちゃんに直接聞くしか無いのかな…」

「統|答えてくれないかもね。今此処で色々と考えても仕方無いから俺は帰るよ」

「拓|そうか、俺も帰るかな。買い物頼まれてるし」

「美|あたしはまだ帰ってない友達に要ちゃんの事を相談するよ」

「統|それじゃあ、また明日」

帰り支度をしている拓巳と、まだ教室に残るつもりの新城さんにそう言って教室を出た。

今日は静かな帰り道になりそうだ…

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