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嵐の前の静けさな五月二十三日

 「美|今朝から要ちゃんと話し合ってね、

明後日にあたしの家でお泊りと勉強会する事が決まったの!」

「拓|ああ、それは良かったね。だけど、俺らに言う必要あるのか?」

「美|勉強会に参加してなくても、一応決まった事は報告しようかなって。ね、要ちゃん」

「要|………」

「統|………」

今は昼休み。

俺、拓巳、御蔵さん、新城さんと、教室で弁当を食べているのだが…

御蔵さんはさっきから無言で俺をちらちらと見ているくせに、

目が合うとすぐに目を逸らして顔を伏せている。

…やっぱり、あの時の…誘惑しろって言われたせいかな…

俺に嘘を吐いてる後ろめたさと、罪悪感で、俺の目をまともに見れないのかもしれない。

…見られてるのに気付かないふりをしたかったけど、

そんな反応をされると、意識するなって方が難しいって…

「美|…要ちゃんどうかした?国東君と何かあったの?」

案の定、御蔵さんの様子がおかしい事に気付いた新城さんがそんな事を聞いてきた。

「要|いえ…国東君とは何も…」

「統|思い当たる節は無いよ。今日は朝と今以外は御蔵さんに話しかけてないし」

「拓|それにしては、そんなつもりは無いのに、

勢いで女の子を自分の家に連れてきた一人暮らしの男と、

送り狼に襲われると思ってる女みたいに見えるぞ」

「統|言いたい事は何となく分かるけど…もっと分かりやすく説明しろよ…」

「拓|俺は気を使って暈した言い方をしたんだぞ」

「要|暈した言い方なんでしょうか…?」

「美|…?よく、分からないんだけど…」

「統|新城さんはそうだろうね…」

俺も、多分御蔵さんも、うっすら分かるくらいだし、

それに説明しろって言われても困る例えだから何を言ってるか答えられないんだよ…

「統|何にせよ、俺は御蔵さんと何かあったわけじゃない。聞かれても答えられないから」

「要|私も、国東君とは何もありません。…きっと気のせいですよ」

「美|え~…何もないようには見えなかったけどな~…」

「拓|でも、言われてみたらいつもと変わらない気もするな…気のせいか」

「要|そうですよ、いつもと何も変わっていません」

「統|何かあるように見えたんなら、多分俺がぼうっとしてたのを勘違いしたんだよ」

「美|…そうかも。ごめんね、変な事言っちゃって」

どうにか誤魔化せたみたいだが、今の御蔵さんの様子を見ると、もう一度同じ事を聞かれる気がする。

…またこっちをちらちら見てるし…無意識にやってるんだろうか…?

「美|でも国東君。ぼ~っとして大丈夫なの?勉強しないといけないのに」

「統|心配される程頭は悪くないつもりだけど?」

「美|それでも、勉強して損は無いと思うよ?どうせだから勉強会だけでも来てみない?」

まだ諦めてないのか…きっぱり断わったはずなんだけどなあ…?

俺を説得して勉強会に参加させようとしている新城さんにそう思ってしまう。

「統|…俺が行かなくてもさ、二人で楽しく勉強出来るよね?」

「美|一人より二人、二人より三人のほうが楽しいよ」

「統|いや、そういう問題じゃ…」

「拓|なら、俺と勉強するか?」

「統|…邪魔する気だろ…」

「拓|当たり前だろ。やってもすぐに忘れるし、やる気もないからな」

「要|絶対に一緒に勉強したくないですね…」

たとえ拓巳が勉強を教えてくれたとしても、感覚で覚えてるから、全然参考にならないからな…

一度勉強を教えてもらおうとしたからよく分かってる。

…さらっと教科書の内容を覚えて、覚えた事を使って問題を解くなんて普通は無理だからな…

「美|…榎本君が来ないって言ってくれて良かったよ…」

「拓|ははっ、そうだろうね」

「統|笑って言うところじゃないだろ」

「拓|俺でも嫌だって思うんだぞ?来るなって言われて傷付くどころか、

やりたくない事をやらなくていいんだから笑うって」

「要|…そう思っているなら一緒に勉強するなんて言わないでください…」

きっとこの四人の心の声と同じ事を御蔵さんが言った。

…拓巳も、なのはちょっとどうなんだと思うけど…

「要|ごちそうさま…あの、私行く所があるので失礼しますね」

「統|そうなんだ?こっちはまだ食べ終わってないから、気にせずに行きなよ」

「拓|用事があるなら誰も止めないって」

「美|いってらっしゃ~い」

少し経って、最初に弁当を食べ終えた御蔵さんがいそいそと教室を出て行く。

多分、俺と顔を合わせる気まずさに耐えかねて出ていったんだろう。

「統|…何処に行くんだろ…って…何で、俺を見てるの…?」

御蔵さんが教室を出ていくのを見た後、いつの間にか俺をじっと見ている新城さんと拓巳に気付く。

「美|国東君、本当に要ちゃんの様子がおかしくなった理由知らないの?」

「拓|明らかに御蔵さんの様子が変だったし、それに気付いた上で誤魔化してただろ。

少なくとも何か知ってるんじゃないのか?」

「美|えっ、そうなの?」

「統|………」

思った通り、また御蔵さんの事を聞かれた。

…新城さんは何でもう一度聞いたのかな…?

「統|確かに御蔵さんが俺の事を見てたのは気付いてたよ。

でもだからって、何か知ってて隠そうとしてたわけじゃない」

「美|だったら何で誤魔化したの?」

「統|御蔵さんは答えないって分かってたから、無駄な質問責めをさせないようにしたかっただけ」

「拓|それで納得出来るか。本当の事を言わせてやる」

「統|納得してくれよ…」

この後も二人から納得のいく答えを言えと迫られて、昼休みが終わるまで俺は誤魔化し続けた。


 面倒な質問責めに遭った昼休みからずっと考えていた。

もし俺が、御蔵さんに誘惑されて理性が負けそうになったらどうすればいいのか。

「統|ぼえ~…」

それは二時間じゃ思いつかない事がよく分かった。

放課後になるまでずっと悩んだ結果、悩みすぎて頭が考える事を拒否してしまった。

皆が帰り支度する中、俺は頭が再び働き始めるまで椅子に座って呆けているしかなかった。

「拓|何で自分の席から動かないで、

歌が下手な人の歌声みたいな声を出しながら死んだ魚の目をしてんだよ?」

「統|はっ…ようやく頭が再起動した…」

「拓|何言ってんだお前は…」

拓巳の呼び掛けで、かろうじて意識がある状態から普通の状態へと戻る事が出来た。

「拓|漫画だったら口から魂が出るような感じになってたぞ」

「統|幽体離脱なんてしてないって…ところで、何で俺の所に来たんだ?」

いつもなら俺に話しかける事も無く帰るはずの拓巳にそう聞く。

たまに来る事はあるが、それだって事前に話をしてから来るはずで、

今みたいにいきなり話しかけてくる事は無かった。

だから、何か大事な話でもあるんだろうかと思ってしまう。

「拓|ああそうだった。新城さんが一緒に帰りたいから呼んで来てって頼まれたんだよ」

「統|自分で言いに来ればいいだろうに…」

「拓|御蔵さんも一緒に帰るみたいだから、今は御蔵さんと居るんじゃないか?」

「統|ああ…成程…」

御蔵さんが逃げないように見張ってるか、今も説得しているかのどっちかだな…

「拓|二人は靴箱に居るから、断わるにしても行っておけよ」

「統|お前は来ないのか?新城さんから一緒に帰ろうって言われてないのか?」

「拓|誘われたけど、用事があるから断わったんだよ」

「統|用事って、一体何だよ?」

「拓|クラスの奴にDVDを貸す約束をしてんだよ」

「統|…そうか…」

DVDの内容は聞くまでもなくエロいやつだろう。

貸りる奴も早く貸りて帰りたいだろうし、ここは素直に靴箱に行くか。

「拓|ちなみに貸す相手は女子なんだよ」

「統|マジか!ある意味勇者だな!」

拓巳の言った事に驚きすぎて、周りの事に気付けない程自分の考えに没頭してしまった。

一体誰に貸そうとしてんだ…

「拓|ふっ…これでよしっと…」

「統|…?何か言ったか?」

「拓|いや、何も?」


 靴箱まで来てみると、拓巳が言っていた通り、御蔵さんと新城さんが待っていた。

どうやら説得は終わったらしい。

「美|あっ、国東君。榎本君から話を聞いた?」

「統|ああ、聞いてるよ。この三人で帰るんだよね?」

「美|うん。要ちゃんも一緒に帰るよ」

「要|帰り道は大体同じなので。…国東君も帰るんですか…?」

「統|別に一緒に帰ってもいいけど、今日はや…」

「美尋さん、ちょっといい?」

二人と話をしていると、おそらく他クラスと思われる女の子が新城さんを呼んだ。

「美|えっ、あ分かったよ。ちょっと待っててね二人共」

「統|一体何だろうね?」

「要|私に聞かれても分かりませんよ…」

新城さんが他クラスの女の子の所に行くのを御蔵さんと見送る。

しばらくすると、新城さんが戻ってきた。

「美|ごめんね、先生に呼ばれちゃったんだ。二人で帰ってもらえないかな?」

どうやらさっきの女の子は、先生から言付けを頼まれていたらしい。

でもだからって…今、御蔵さんと二人きりで帰らないといけないわけじゃないだろ…?

「統|新城さん、俺は…」

「美|二人で帰らないなら、あたしと一緒に先生に怒られる?」

「統|…先に帰ってるね…」

さすがに無関係なのに先生から説教されるのは嫌なので帰る事にした。

…まあ、校門からは…

「美|言っておくけど、要ちゃんと駅前まで一緒に帰ってよ?一緒に帰ってなかったら、

今後毎日あたしと一緒に帰ってもらうから」

「統|…分かったよ…」

…俺の思考読まれた…?ちょっと怖いんだけど…

考えを読まれた事も、一緒に帰らなかった時の罰も、聞いてて背筋が寒くなった。

「統|じゃあ行こうか御蔵さん。…この場で嫌って言わないでね…?」

「要|あ…はい、嫌というわけではないので…」

「美|ふふふっ…上手くいったね…」

「統|えっ?今…」

「要|どうかしましたか?」

「美|何か気になったの?」

「統|…いや…何でも無いよ…」

新城さんの囁き声が聞こえてきたが、何ともないように振る舞う新城さんを見て、

気のせいだと思う事にした。

…何か嫌な予感がするけどな…


 「統|…新城さんとの勉強会、決まってよかったよ。

俺が話を聞かずに済んだから、何事もなく決まったんだよね?」

「要|そうですね…」

「統|…新城さんの家に泊まるなら、着替えとか持っていかないとね」

「要|そうですね…」

「統|…一千万円で買った土地を、九百万円で売ったら得?」

「要|損ですね…」

「統|あっ、話は聞いてるんだ…」

新城さんに言われて、御蔵さんと駅前まで歩く中、

会話をしようとしても取れない所に打ち返されて全然会話にならない。

…何だか少し前もこんな会話をしたな…

「統|何も無いならいいけど、何かあったなら誰かに話してみない?

話を聞く人は御蔵さんの周りに居るから」

「要|………」

こんな事を言っているが、御蔵さんは絶対に話さない事は分かっている。

ただ様子が変だと思っているから言った、そう思わせたかっただけだ。

だが御蔵さんは、俺の予想を超えてきた。

「要|…国東君は…私が酷い事を国東君にしても、許してくれますか…?」

「統|えっ…何を言ってるの…?」

「要|私が、自分のためだけに国東君を傷付けても…私を許せますか…?」

「統|………」

正直、御蔵さんがこんな話をしてくるとは思わなかった。

これじゃあ何かをすると直球で言ってるんじゃあと思ったが、

わざと気付かない振りをすればいいんじゃないかと思い、聞かれた事にだけ答える事にした。

「統|…それは時と場合とどんなやり方でなのかで違ってくると思うけど…」

「要|なら…私が自分が傷付かないように、国東君を悪者にしようとしたら、どうしますか…?」

さすがに誘惑するとは言わなかったが、代わりに悪者扱いされるみたいだ。

どっちにしたって、答えは変わらないけどな。

「統|そりゃあ怒るよ。俺が本当に悪者なら仕方ないけど、違うでしょ?」

「要|はい…国東君は悪くないです…」

「統|だったら怒るよ。濡れ衣着せられたんだから」

「要|そうですよね…私、馬鹿な事を聞きました…今言った事は忘れて…」

「統|でもね、どんな事をされても、御蔵さんが反省して、謝ってくれれば許すと思うよ」

「要|えっ…?」

俺の言葉が思ってもみなかったものだったのか、御蔵さんは困惑した顔になっていた。

「統|誰だって自分の事が一番大事だと思うよ。俺だってそうだし」

「要|…でも…だからといってやっていい事では…」

「統|そうだね。やっていい事じゃないけど、

自分のやった事は悪い事なんだって分かってるなら、責めたりはしないよ」

「要|…たとえ自分を守るために国東君を犠牲にしても、ですか…?」

「統|仕方が無かった。では済まされないけど、だからって御蔵さんが傷付くのは悲しいと思うよ。

自己犠牲は自己満足のための行為なんだし」

「要|…そういうものなんですか…?」

「統|普通はどうか知らないけどね。っと、もう駅に着いたね」

そろそろ駅前に着くという所で話し始めたからか、話をしている内に駅前に着いていた。

「統|ここまでだね。後、あまり話を聞けなくてごめん…」

「要|いえ、国東君のせいじゃないですから。…それではまた明日」

「統|じゃあね」

そう言って御蔵さんは駅のホームまで走っていった。

俺は御蔵さんの姿が見えなくなるまで見続ける。

…今からやる事を御蔵さんが見るのは避けるべきだろうからな…

「統|さてと、居るのは分かってるから出てきたらどうかな?新城さんに、拓巳」

俺がそう言うと、物陰から人が二人出てきた。

「美|何だ、気付いてたんだ。つまんないの」

「拓|何か様子がおかしいから、二人きりで帰らせたら理由が分かると思ってたけど、

そんな事無かった上に、全然面白く無かったしな」

「統|そういう理由でこんな事をしたのか…?」

何か企んでいるのは何となく分かってたけど、そんな下らない理由だったんだ…

ちょっと悲しくなってきた…

「統|ちなみに聞くけど、俺と御蔵さんの会話は聞こえた?」

「拓|聞きたかったけど、ばれそうだったから聞き取れる距離まで近付けなかった」

「美|何か話してるのは分かっても、内容は全然分かんなかったよ」

「統|そっか…ならいいよ」

御蔵さんとの会話は別に聞かれても困るものでは無かったけど、念のために確認はしておく。

「統|もう俺も帰るから、二人もさっさと帰りなよ?」

「拓|何だよ、一人で帰る気か?」

「美|どうせだから一緒に帰ろうよ」

そう言って二人は俺の両隣に並んで歩いてきた。

別に嫌では無いから何も言わずに歩いていると、右側に居た拓巳が口を開いた。

「拓|何かあったなら俺に話せよ。クラスの皆だって助けてくれるさ」

「統|皆…か…」

「美|どうかしたの?」

「統|…明日話すよ」

頭に浮かんだある案は、今言うにはあまりにまとまっていないため、明日の朝に話す事にした。

…上手くいくかな…これは…

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