約束破りの罰のような五月二十一日
涙無しには語れない今朝の出来事は、クラスの皆の目を変えるには十分過ぎたらしく。
「国東…俺、今迄お前の事を最低な奴だと思ってたけど謝るわ…
だけど、さすがにやっていい事とやったら駄目な事の区別はつけようぜ?」
「私…国東君の事を誤解してたよ…ただの女好きじゃなくて、何も分かってなかったんだね…?
友達でも、女の子を抱きしめたらいけないよ?」
「あたし…あんたみたいな奴はぶん殴ってやりたいって思ってたけど…
抱きしめなければ友達になってやるよ?」
等々のお言葉を頂き、二限目が終わった頃には、俺の机は涙で濡れていた。
「統|もう…同情はしないでくれえ…」
「拓|…重症だな…大丈夫か?」
「統|もう…同情はしないでくれえ…」
「あっ…駄目だ、壊れたロボットか、ゲームに出てくる村人みたいに同じ事しか言えなくなってる…」
「拓|微妙に分かりにくい例えだな…特に後者」
心配して来てくれた拓巳と、クラスメイトが、机に突っ伏している俺の前でそんな会話をしていた。
「統|罵られるよりさ…同情される方が心が痛くなる時ってあるじゃん…?」
「拓|いや、そんな状況になってるのお前だけだし」
「此処に居る誰も共感できないって」
「統|俺の味方は居ないのか!」
今、涙腺が緩くなってるから簡単に泣けるんだぞ!
共感して欲しいとまでは言わなくても、せめてそうなんだなくらいは言って欲しかったため、
二人のあんまりな言い方に泣きたくなった。
「統|ああ、もう…落ち込んでる場合じゃないのに…」
「拓|ん?何でだ?何かあるのか?」
「セクハラ事件の事なら、クラスの皆がもうしょうがないって言ってるじゃないか」
「統|いや、そうじゃない…っていうか、蒸し返さないでくれない…?」
「拓|じゃあ何だよ。言わないと分からないだろ?」
「統|言うにしても、俺もよく分かってないんだけど?」
「国東が分からなくても、俺や榎本が分かるかもしれないだろ?」
「拓|話してみろよ。案外簡単な事かもしれないだろ?」
「統|…そんな事はないと思うけどな…」
少しでも新城さんが怒っている理由が分かるならと思った俺は、新城さんが何故か怒っている事。
怒っている理由をちゃんと分かった上で謝らないといけない事。
何かは知らないが、次は無いという事を話した。
「拓|…思った事を率直に言っていいか?」
「統|どうぞお好きに」
「拓|何でこんな事が分からないんだよ?」
「統|えっ?そんな分かりやすい?」
「むしろ分からない方がおかしいって。鶏と家鴨の違いくらい分かりやすいって」
「統|分かりやすそうで分かりにくいな…」
「拓|そもそも、科が違うけどな」
「統|そういう意味での分かりやすさじゃねえよ…」
誰が鳥の種類が違うって話をしてんだ…見た目じゃなくて、例えが分かりにくいんだよ…
「ヒント貰って、それが約束を破られるのが嫌。だったんだろ?なら、最後にした約束がそうなんだろ」
「統|でも、もしそうならものすごく理不尽なんだけど…」
「拓|理不尽でも関係ない」
「理不尽に怒られてる人は沢山居る」
「統|何か…切なくなってくるな…」
じゃあなんだ、俺があの時新城さんの望むようにしなかったから新城さんは怒ってるのか?
…何で俺に対してなんだよ…
「拓|まあ、それだけじゃないと思うけどな」
「統|他にも怒ってる理由があるって?勘弁して欲しいよ…」
「他に国東が何かしたって事か?無自覚に」
「統|その言い方、心にさくっとくるんだけど…」
「拓|四日前の昼休み、新城さんが不機嫌になっただろ?」
「統|ああ…俺にだけ刺々しい態度を取ってたな…」
「拓|俺がクラスの女子に話しかけられて楽しそうだったって言ったら、
明らかに怒ってたろ?きっとそれも怒ってると思うぞ」
「国東…お前…」
「統|大事なとこを抜かして話すなよ…
俺は、クラスの皆と話せるのが楽しかったんだよ。女子に限定するな」
「拓|でも、今迄話しかけてこなかった女子に話しかけられて嬉しいって言っただろ?」
「統|そうだけど、その後に授業の合間合間に、話しかけられるのは面倒臭いって言ったんだけどな?」
「…榎本の説明だけだと、誤解するな…」
「統|新城さんは拓巳の言葉しか聞いてないから誤解してるかもしれないけど…
それでも怒られる理由が分からない…」
俺が誰かと話すたびに新城さんが怒るって、理不尽極まりないな…
話をしたらしたで、余計に頭が混乱している気がした。
「怒られるような事をしてたんだろ?そうじゃなきゃ怒らない」
「拓|当事者じゃない俺達は、理由までは分からねえよ。それは新城さんに聞け」
「統|うわ…急に投げ遣りな言い方…他人事だと思って…」
「当然だろ?」
「拓|俺達無関係だし」
「統|お前ら薄情だよ!ちくしょう!」
結局、新城さんが怒ってる理由が分かったような、分からないような、
そんな微妙な感じで話が終わった。
「美|あのね、あたしどうすればいいか要ちゃんと話し合ってみたの!」
「統|いきなりだね…というか、何の話か全く分からないんだけど…」
昼休みに弁当を一緒に食べに来ていた新城さんが、唐突にそんな事を言ってきた。
ちなみに、一緒に食べているのは俺と新城さんと御蔵さんと拓巳の四人である。
「要|代わりに説明すると、今朝の裁判もどきから、
セクハラの話をどうにか無くせないか二人で話し合っていたんです」
「統|分かりやすい説明をありがとう御蔵さん。
…でも、当事者の一人である俺を話し合いに入れなかったのは何で?」
「美|後で話せばいいかなって。それに、話しかけられないくらい落ち込んでたから…」
「拓|それじゃ仕方無かったかもな…で、話し合った結果は?」
「美|話してて思ったんだけど、クラスの誰もあたしが先に抱きついていたのを見てなかったから、
国東君がセクハラしてるって思われてるんじゃないかなって」
「統|それは…どうかな?先に抱きついたのが新城さんだったからって、
その後に俺が新城さんを抱きしめたんだし…」
「拓|それに、統次郎が女好きだって噂のせいもあると思うけどな」
…忘れたかった出来事を思い出させてくれてどうもありがとう…っていうか、
此処まで尾を引いてるの?その噂…
「美|あたしが抱きしめたのを誰も知らないって事は、
皆先入観で国東君が悪いって誤解してるって思ったの!」
「要|見ていない人は見た人の話を聞いただけですから、
見た人が誤解して間違った話を広めたという事にすれば」
「美|あたしが冗談で国東君に抱きついたら、
誤解されて大変な事になっちゃた!って事になるんじゃないかなって」
「統|なるほど…でも、上手くいくとは思えないんだけど…」
「美|どうして?」
「統|誤解って簡単には解けないから」
「拓|未だに統次郎が女好きだって思ってる人も居るし、
下手すると統次郎が嘘を言わせてるって言われるかもな」
その可能性は考えたくないな…あと、新聞部にも協力してもらったのに、信じてもらえないって…
俺の悪評はどれだけ酷いんだろうか…
「統|上手くいったとしても、新城さんが悪く言われるかもしれない。
だとしたら、俺は別の方法をとるべきだと思う」
「要|悪く言われる、というのは誤解させるような事をした。といった事ですか?」
「統|もっと酷い言い方になるとは思うけど、そんな感じかな」
新城さんが俺の代わりに汚名を被る事になっても困る。
それなら俺がセクハラしたと言われる方が、罪悪感を感じずに済むからそっちの方がましだ。
俺がそう思っていると、何でか新城さんはにやにやしていた。
「美|ふっふ~ん。実は要ちゃんにも同じような事をつっこまれてるから、
対応策はばっちり考えてるよ!」
「統|対応策って…何をするつもりかな?」
「拓|問題点をあげるとすると、当事者が誤解してると言うのと、
他のクラスにどうやって広めるかだな」
「統|他にもあるだろうけど、重要な問題点はその二つか。この二つの問題をどうする気かな?」
「美|ふふふっ。ちょうどその二つの問題点に対応出来る策を考えたんだよ。その対応策はずばり!」
新城さんは自信満々に笑いながら、右手に持ったフォークを、正面に居る俺にびしっ!と向けてきた。
…人にフォークを向けないでよ…行儀が悪いなあ…
「美|このクラスの皆にも手伝ってもらって、
他のクラスの人達に間違った話を広めたって言って回るの!」
「統|………」
「拓|………」
「要|………」
何というか…間違った事は言ってないけど、無理な事は言っているな。
確かに、クラス全員が見間違いしてたと言えば、誤解してたと思われるかもしれない。
だけど、クラス全員でないにしても、半分の人が手伝ってくれるかも怪しいと思う。
きっと拓巳も御蔵さんもそう思っているから、何も言えずに黙っているんだろう。
「拓|…それなら問題は無いと思うけど…」
「統|これ…御蔵さんも賛同したの…?出来ると思ったの…?」
「要|私も、無理なんじゃないかと言いましたよ。
でも…美尋さんが絶対に出来ると聞いてくれないので…」
「美|出来なかったら言ってないもん。あたしに任せておいてよ!」
「統|それが一番不安になるんだけど…」
何も相談せずに行動するよりはいいけどね、
自分の考えをごり押ししたらそれは同じ事になるって考えないかな?
胸を張っている新城さんの姿からは不安しか感じない。
「美|じゃあ国東君は他にいい案を出せるって言うの?」
「統|えっ…えっと…本当の事を言って、身の潔白を証明するとか…?」
「拓|それをして、朝辛い思いをしただろ…耐えられるのかお前?」
「統|…なら、何か案を出してみろよ」
「拓|いっその事女好きだと認めて、セクハラは挨拶の延長だって言うとか」
「統|認めたら駄目だろ!」
「要|余計に事態が悪化しますよね…」
「拓|じゃあ最後に、御蔵さんにも案を出してもらおう!」
「要|ええっ!そっ、それじゃあ…国東君をホモという事にして、
あれはセクハラじゃないと言えばいいのでは…?」
「統|それは嫌だ!セクハラの疑惑が無くなる前に、俺の心が耐えられなくなる!」
「美|…?ホモって何の事?」
「統|新城さんは知らなくていい。むしろ知らないままでいて…」
しかし他にいい案が出せないとなると、新城さんの案を認めざるを得なくなる。
別に酷い案っていうわけじゃないけど、
新城さんに任せると、上手くいく事も上手くいかなくなると思えてしまう。
「美|そもそも、何が不安なの?出来るって言ってるのに」
「統|出来ると言ったからって、必ず思った通りになるわけじゃない」
「要|もし、手伝ってくれる人が少ないと、セクハラの疑いは深まりますし」
「美|大丈夫だよ。あたしが頼めば、手伝ってくれるもん」
「拓|本当に手伝ってくれるかはやってみるまで分からない。だから二人は不安なんだろ?」
「統|そうだな。新城さんが言えば手伝ってくれる人がクラスの半分以上は居ないと、
新城さんの対応策は難しいと思う」
「要|私達も手伝いますけど、期待しない方がいい結果になると思いますし…」
俺がこの案を認められない理由。それは新城さんに全部任せないといけなくなるからだ。
御蔵さんは分からないが、さっきの台詞を聞くかぎり、
俺と同じく友達が居ない。…もしくは少ないんだろう。
拓巳だって、俺と同じように友達は居ない。
だから、クラスの皆に頼むとするなら新城さんが頼める人だけになってしまう。
「美|う~ん…そっかあ…じゃあ、どうすれば安心してあたしに任せてくれる?」
「統|そう言われても…すぐに思いつかないよ…」
「拓|統次郎は、手伝ってくれる人がどれだけ居るか分からないから不安なんだろ?
だったら、手伝ってくれる人がどれだけ居るか聞いて回るか?」
「要|それなら、手伝ってくれる人に名前を書いてもらえばいいんじゃないですか?」
「統|署名活動じゃないんだから…」
「美|それいいね!紙とペンを用意すればいいだけだし、
手伝ってくれる人がどれだけ居るかも分かるね!」
どうやら新城さんの琴線に触れたらしく、取り入れるみたいだ。
…確かに、人数が分かれば成功するかどうかの判断はしやすくなるし、
クラスの半分以下になった時は新城さんを諦めさせるのが簡単になる。
「統|とりあえず、手伝ってくれるかどうか聞いてみて、手伝ってくれる人の名前を集めてみようか」
「美|じゃああたし、皆に聞いてくる!」
そう言って新城さんは紙とペンを持って、クラスメイト達に話をしに行った。
弁当はすでに食べ終えてたみたいで、鞄の中に片付けられていた。…行動早いな~…
「統|どうするかくらい、話を聞いてくれてもいいだろうに…」
「拓|俺らの出番は無さそうだな」
「要|元々手伝えたんでしょうか…私は出来無いんですけど…」
「統|俺も無理」
「拓|俺は出来無くは無いけど、断わられるだろうからやらない」
「要|…美尋さん次第なんですね…」
「統|そうだね…」
新城さん以外は誰もクラスメイトに手伝いを頼めないなら、
結果は同じになってたし、もう全部新城さんに任せるしか無いな…
不安は全く消えてくれないが、今は考えないでおこうと決めた。
「拓|そういや、新城さんにあの話をしたのか?」
「統|いや、中々タイミングというか…話そうと思った時に話せなくて…
今もいつ話せばいいのか考え中だ」
「要|あの話?何の事ですか?」
「拓|十七日の昼休み、新城さんが不機嫌になっただろ?御蔵さんも居たし。
あの時に統次郎が何かしたから謝らないといけないんだと」
「統|…理由がまだはっきりしてないけど、謝ろうと思って。…次は無いって言われてるけど…」
新城さんとの事をしゃべった拓巳に、余計な事を…と思ったが、隠す事でも無いので俺も話す事にした。
「要|そうなんですか…私は何も聞いて無いんですけど…ちょっと気になる言葉があって…」
「統|気になる言葉?誰が言ったの?」
「要|朝の裁判もどきの後に、美尋さんが髪をいじっていたんですけど、
その時に、国東君が的外れな事を言ったら、一日と言わず一週間…と独り言を言ってたんですけど…」
「統|…そっか…間違った事を言わずに、ちゃんと謝らないとな…」
「拓|ちなみに、何の事を言っているか分かるか?」
「統|ノーコメントで」
御蔵さんから新城さんの独り言を聞き、間違ったらまずいなと思い、
絶対にちゃんと謝って許してもらおうと心に決める。
…一週間…間違えたら俺は一体何をさせられるんだろうか…考えると寒気が止まらない気がした。




