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何も解決しない五月十八日

 「美|国東君、あたしに何か言いたい事があるんじゃないかな?」

にやついた顔をしながら、俺の腕に抱きついてきた新城さんがそう言ってきた。

「統|…一限目の授業が終わった途端にこっち来て何言ってるの…?」

教室でこんな事をする理由は?ていうか胸が…柔らかな感触が腕に…

温かな腕の感覚を意識しないように、

まるで押し付けているように感じる柔らかな胸ににやけるのを顔に出さないようにする。

「美|言いたい事、あるでしょ?あたしに、ねえ?」

そんな俺の努力を嘲笑うように、さらに胸を押し付けてくる新城さん。…何がしたいんだろう…

普通なら喜ぶところなんだろうが、嫌な予感が止まらないせいで嬉しいと思えない…

「統|言いたい事なんて、特にないんだけど?」

早く離れてほしくて、新城さんが言っている事に答える。

…文句を言ってもやめないだろうから、話を早く終わらせよう…

「美|本当に?じゃあ、あたしに言わないといけない事があるんじゃないの?」

「統|いや…そんな事…」

いや?あるな。一つだけ言わないといけない事が。

「統|…あるけど…その前に離れてくれない?」

「美|え?離れるの?」

すごく意外だと言わんばかりに新城さんは驚いた表情をしている。

…まさかわざと胸を押し付けてる…?そう思っていると、新城さんが小さな声で耳を疑う言葉を呟いた。

「美|あれ?言われた通りにしてるのに何も無いよ…?というか、これ何してるんだろ…?」

…嘘だろ…何をしてるか理解してない上でこんな事してるのか!

というか、これは誰かの入れ知恵?そういう事に疎い人間にこんな事やらせるなよ!

はっ…前に俺の背中に乗っかった事があったけど、

まさか無自覚であんな事をしてたのか!…なんて恐ろしい子…!

「統|新城さん?こういう事はさ、好きな人にだけするのが…」

「美|じゃあ問題無いよね?」

ああ…言う言葉間違った…そうだよ、

新城さんは俺を好きだって嘘を言ってるんだからこうなるのは当然じゃないか…

「美|国東君はこうやってくっつくのは嫌?」

「統|嫌っていうか…困るかな…」

「美|困るって、何が?」

うっかり本当の事を言いかけてしまい、答えに窮するが、すぐに離れてくれるような答えを思いついた。

…他に思いつかないし、やってみよう。

そう思い、腕に抱きついてる新城さんを引きはがして。

「美|えっ?えっ…?」

優しく、そしてしっかりと自分の胸におさめるように抱きしめた。

「美|うえっ…ええ…」

顔を見なくとも分かるくらい混乱している新城さんから離れる。

「統|今の気持ちは?」

「美|…何だかすごく…恥ずかしい…」

「統|俺が離れなかったら困るよね?」

「美|うん…すっごく困る…」

「統|俺も、新城さんがくっついてきた時は同じ気持ちになったんだ。だから、くっつかれると困る」

「美|うん…分かった…もうしない…」

理解してくれたようで何よりだ。

顔を赤くしている新城さんを見て、もう抱きつく事は無いだろうと確信する。

「統|じゃあ離れた所で本題に入るよ」

「美|うっ、うん」

ちらちらと警戒しながらもこっちを見てくる新城さんに、豊中先生から聞いた話をする。

特に何かを言われる事もなく、話をしていたんだけど…

「美|ふ~ん…話したい事ってそれなんだ…」

終始不機嫌になっていた。…あれ?言いたい事言ったのに、何で…?

「美|何でそんな話をするの?あたしがその噂を聞いたから怒ってるって思ってる?」

「統|そんな事思ってなかったし、その言い方だと、怒ってる理由は違うんだよね?」

「美|当たり前だよ。噂の事だって、今日初めて聞いたんだから」

まあ、新聞部が広めないようにしてるんだから、そうだろうね。

「統|実はさ、その噂の事で頼みたい事があるんだ」

「美|頼みたい事?」

「統|今日の放課後に、事実確認って事で、話を聞かれると思うんだけど…」

「美|…途中で出て行ったり、噂がもっと酷くなるような嘘は吐かないでって言いたいの?」

「統|いや?新城さんはそんな事しないって分かってるから」

「美|じゃあ…何なの…?」

「統|聞かれたらでいいから、俺と新城さんは友達だって言ってほしい」

「美|…どうして?あたしが国東君の事を好きって言うのは嫌なの?」

新城さんの声から不機嫌さが無くなり、代わりに訳が分からないと言わんばかりの表情になった。

「統|嫌っていうわけじゃなくて、そう言われると困るんだ」

「美|何で困るの?本当の事なんだから、言っても大丈夫じゃない?」

「統|念のためだよ。新城さんとそういう関係だって思われると、

御蔵さんともそうなんじゃないかって思われかねないから」

「美|そう言われると…そうかもしれないね…だって国東君って、

そういう事をしててもおかしくないって思われてるみたいだし…」

事実かもしれないけど…少しは否定してよ…今日二度目の同情的な目は、

似ているはずなのに前よりも辛いと思えた。

「統|だからさ、頼み聞いてくれないかな…?」

「美|…泣いてるの?」

「統|泣いてない。まだ、泣いてない」

視界はぼやけてるけど、涙はまだ流してない。そう思わないとやってられなかった。

「美|そんなに強がらなくていいのに…しょうがないから、

代わりに昨日あたしが怒ってる理由のヒントをあげる」

「統|…ヒント?というか、別に強がってるわけじゃ…」

「美|あたしは、約束を破られるのが嫌なの」

ああ…人の話聞いてないね…もう反論しないよ…

目に溜まった水分を指で拭いながら、聞くことに徹する事にした。

「美|あと、国東君が謝ってくれるのを待ってるから。

…これで分からないって言ったら本気で怒るから」

そう言った後、新城さんは自分の席に戻ろうとした。

「統|待って!頼み、聞いてくれるよね?」

「美|あれ?言ってなかったっけ?ちゃんと言われた通りにするよ」

「統|そっか、それは良か…」

「美|その代わり、分かってくれるって期待してるから。…次は無いからね…」

言われた通りにすると言った時は不機嫌な様子は無かったのに、

席に戻った時には機嫌が悪くなっていた。

…次?次って何?ヒントの事?それとも分からなかった時の事?

…よく分からないけど、次は無いようにしよう…

「統|これで…今日の放課後は大丈夫かな…」

頭を抱えるような問題は別として、今日やるべき事はやったはず。

後は先生との会話を聞いておいて、辻褄合わせ出来るようにすればいい。

そう思った俺は、後の事を考えるのをやめる事にした。


 「早|急に呼び出して悪かったね。でも、そうしないといけなかった事は分かって欲しい」

「統|………」

「早|一応、国東から大体の事は聞いてると思うけど、

今から話をするのは国東が御蔵と新城に二股をかけているという噂の事なんだ」

「要|………」

「美|………」

「早|それで…」

「統|あのう…ちょっといいですか…?」

「早|国東…今大事な話をしてるんだから、おとなしく聞いてなさい」

「統|それは分かるんですけど…何で俺も呼ばれてるんですか?」

今指導室に居るのは、豊中先生と御蔵さん、それに新城さん。

これだけなら納得出来るんだけど、何故かそこに俺まで居る。

…話があるから付いて来いと先生に言われて来たけど、何で俺まで此処に…?

「早|それは後で分かるから、今はそこに居なさい」

「統|はあ…そういう事なら…」

納得はしてないけど、後で説明があるなら…そう思い、黙って聞く事にした。

「早|話を元に戻して、御蔵と新城はこの噂は本当だと思う?」

「要|国東君と話をしてみれば、こんな噂は嘘だとすぐに分かるはずです」

「美|そうだね。少し前まで、話しかけて来た女の子にセクハラするって言われてたけど、

今は信じられないもん」

「統|俺の噂ってどこまで酷かったの!」

「早|国東、静かにしてなさい」

「統|はい…」

もう口を挟むのは諦める事にした。…今俺が居る意味は…?

「早|噂されている当人達全員が否定してるなら、

今回の噂は根も葉もないものだって新聞部で取り扱えるよ。

早めに否定しておけば広まる事はないだろうし」

「美|広まっちゃったら、他のクラスの人は信じちゃうだろうし…」

「要|新聞部なら、嘘を書いていると思われたりしませんから心配する事はないと思います」

「早|そうだね。じゃあ、確認が終わった所で次の話だ」

豊中先生は、退屈で余所見をしていた俺と向かい合って。

「早|国東が新城にセクハラをしたという話が、

二年生全体で囁かれている事について言う事はあるかな、国東?」

とのたまった。

「統|…えっ…?」

「美|ああそういえば、国東君に抱きしめられた後に色々聞かれたっけ」

「要|私は見ていなかったので、聞いただけだったんですけど…国東君…最低ですね…」

「早|どうやらこれは事実みたいだねえ、国東」

御蔵さんと先生の目が冷たい!間違いなく俺が新城さんにセクハラしたと思われてる!

「統|いや!確かに俺が新城さんを抱きしめたのは本当の事ですけど!」

「美|国東君が抱きしめた時…抵抗できないあたしを更に強く抱きしめて、

逃げられないようにされて…」

「統|誤解を招く言い方はやめて!」

明らかに悪ふざけで言ってるよね!しかも、俺が悪い様に見えるようにしてるし!

これじゃあ俺が豊中先生に怒られ…

「統|先生…?何ですかその同情的な目は」

「早|国東…女の子に飢えて魔が差したからって、身近に居た新城にそんな事をしたら駄目でしょ?」

「統|優しく諭さないでくださいよ!」

今、同情されるのが一番痛いんですからね!

何だかもう色々と辛いせいか、涙がうっすらと流れていた。

「統|ちょっとした事情…というか、そうしないといけなかっただけなんです…」

「早|…泣きながら言わなくても…」

「要|そんなに不本意だったんですか…?」

不本意というか、こんな事になるとは思ってなかっただけなんだけど…まあ、言う事じゃないよな。

「統|今回の事は、俺の自業自得…なのは認めます…でも、

別にやりたくてやったわけじゃありません!」

「早|だったらなんで新城を抱きしめたの?」

「統|新城さんが引っ付いてきたから、抱きしめれば離れると思ったんです」

「要|どうしてそこまで離れたかったんですか?」

「統|密着してたから。…腕に抱きつかれてて…」

「要|………」

ああ…新城さんを除いた二人の顔がどんどん可哀想なものを見た時と同じ表情になってる…

理解してくれた事を喜ぶべきか、二人の表情に悲しむべきか、どちらにしろ複雑な気持ちではある。

「要|あの…聞いてて思ったんですけど…」

「統|えっ?何を?」

「要|周りに理由を話して、助けを求めれば良かったんじゃないですか?」

「早|まあ、それならセクハラをしたなんて話は広まらなかったかもね」

「統|………」

何てこった…そんな方法、考えつかなかった…教室に居たんだから、

拓巳とかに助けてもらえばよかったんだ。何でそんな簡単な事が思いつかなかったんだ…

「統|そんな…俺のやった事って…」

「早|やらない方が良かったね…」

ゴン、と良い音を立てて机に突っ伏す。…もっと考えて行動すれば良かった…

「要|理由があったとしても、やった事は事実ですし、セクハラは否定出来ませんよね…」

「早|目撃者が居なければ、証拠が無いと言って否定は出来るかもしれないけど…」

「統|…教室で抱きしめたので、見てた人は多いと思います…」

「早|なら無理だね。この話はすでに広まってるから、今更止めても意味が無いし」

そんな…俺はこれから、セクハラをした男だって同級生の皆に思われるのか…?

折角、前に広まってた変態の噂を無くせたのに、このままじゃあ噂を知る前と同じ…いや、

今回は前の時とは違って否定が出来ないから酷くなってる。あ~…もうどうにも出来ないのかな…

「美|待ってください!」

今迄黙っていた新城さんが急に声を上げた。

「美|あたしがセクハラされたって思って無いなら、間違った話だって言えないんですか!」

「早|駄目だろうね。新城がどう思ってるかよりも、皆がどう思うかが重要な問題だから」

「美|でも…!」

「統|もういいよ新城さん」

諦めずに、何とか言い募ろうとする新城さんを止める。

「統|今回の事は俺のせいなんだ。だから、この話が広まっても仕方無いんだ」

「美|国東君だけのせいじゃないでしょ!よく分からないけど、

あたしがくっついたから国東君はあたしを抱きしめたんだから、

あたしがくっつかなければ国東君があたしにセクハラしたなんて言われなかったのに!」

「統|新城さんがくっついたから、抱きしめないといけなかったわけじゃないよ。

俺が抱きしめる以外の事をすれば良かったんだ。

…それに、理由はどうであれ抱きしめた時点で…ねえ、御蔵さん…」

「要|何で此処で私に聞くんですか…まあ…確かに、

付き合ってもいないのに女の子を抱きしめる男の人はどうかと思いますけど…」

「統|…ねっ?こう思われるんだよ…?」

「早|泣くくらいなら聞かなきゃいいのに…」

思ったよりもきつい言葉だっただけです…泣きたいわけじゃないんです…

「美|じゃあ!あたしと国東君が付き合ってる事にすれば…!」

「統|そんな事されて、セクハラの話が無くなっても俺は嬉しく無い。

お願いだから新城さんは余計な事をしないで」

すぱっと、新城さんの提案を斬り捨てる。もう何もしなくていいんだと分かって欲しくて。

「美|なっ…そんな言い方しなくたって…」

でもそれは、俺の勝手な言い分。新城さんが分かってくれるわけがなかった。

「美|国東君の事なんてもう知らない!皆から変態扱いされて泣いちゃえばいい!」

バン!と机を叩いて立ち上がった後、新城さんは指導室を出て行ってしまった。

「早|国東…今のは君が悪いよ。早く謝っておきなさい」

「要|………」

あ~…誤解させちゃったみたいだな…

追いかけて新城さんに言いたかった事をちゃんと説明しないといけないんだろうけど…

「要|………」

御蔵さんにも説明しないといけない気がするな…

さっきから何か言いたそうにこっちをじっと見てるし。…どうしようか…

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