背筋が寒くなる五月十八日
「統|はあ…」
昨日の事を思い出すと溜め息が出る…それくらい面倒な事が起きているという事なんだろうけど、
何でこうなったのか一日経っても分からずじまいだった。
「拓|溜め息なんて吐いてどうした?幸せが芋蔓式に逃げてくぞ?」
「統|それは嫌だな…」
「いや…普通は溜め息一つ吐くと、一つ幸せが逃げる、だろ…」
「統|幸せなんて、鰻みたいに簡単に逃げるもんだよ…」
「拓|うわ…ネガティブ…」
学校に着いてすぐの朝、久々に拓巳がいつものアレを見せに来ていた。
そこに、ある意味勇気あるクラスメイトが仲間に入りたがったので、いつもと違って一人増えている。
「それにしても…グラビア写真集を見てるって聞いてたけど、
思ってた程キワどいものじゃなかったんだな…」
「拓|仕方無かったんだよ、あんまりキワどいのは統次郎が好きじゃないんだ」
「統|好きじゃないというより、水着に見えないようなものが嫌なんだよ。
前に見せられた貝の水着なんて、布ですらないから何だこれって思ったし」
「いつの時代のグラビア写真なんだよ!」
「拓|いや~あれはプレミア物で、とっておきのなんだよ。
譲ってくれたおじさんの悲しそうな顔は今でも忘れられない…」
「統|時代と奥さんの怒りを感じる写真だった…」
「最後のどういう事!どんな状態の写真なんだ!」
そんな事を三人で談笑していると、クラスの女子に話しかけられた。
「国東君、豊中先生が話があるから呼んで欲しいって言われたんだけど、今大丈夫?」
「統|豊中先生が?分かった、何処に行けばいい?」
「教室を出て、左手にある階段で待ってると思う」
「拓|先生から呼び出されるって…告白か?」
「いや、ここはやっぱり放課後の個人授業だろ」
「統|そんなわけあるか!普通に考えて、生活態度とかの注意とかだろ。夢見すぎ」
「拓|男なら期待するだろ~!」
「エロい妄想はタダなんだからさ~!」
「統|絶対にありえない。大体、豊中先生だぞ?体はいいけど、中身が嫌だ。
もしそうなったら俺は逃げる」
「中身を嫌がるって酷くないか…?」
「拓|体がいいならそういう展開を期待してもいいだろ~!」
「統|無理!絶対に出来ない!」
「…何でこれで国東君が変態って言われてたんだろ…」
…お願い…それは言わないで…
クラスの女の子のその言葉に、少し悲しい気持ちになった…
「早|おっ、来たね」
「統|こんな朝早くから呼び出すなんて、俺何かした覚えは無いんですけど」
言われた通りに階段に来ると、豊中先生が階段の手前で待っていた。
「早|その話をする前に」
「統|えっ?」
豊中先生にガシッと両肩を掴まれる。心なしか怒りが込もってる気が…
「早|体はいいけど中身が嫌だってどういう事だ?」
「統|ひいい!地獄耳!」
聞こえてたのか!まずい…このままだと、俺は大変な目に遭ってしまう…兎に角弁解しないと…!
「統|いや~…先生は生徒からの人望があって、素晴らしい先生なので、
俺には先生に失礼な事は出来ないという意味でして…」
「早|ほう?おべっか使って許してもらおうって算段か?」
「統|人望があるのは本当ですよ!」
怖ええ!言った事を無かった事に出来ないし、これで駄目なら土下座してでも許しを請わなければ…!
「早|まあ、生徒にそういう目で見られるのは困るしね。特別に許してやろうじゃない」
「統|あ、ありがとうございます!ありがとうございます!」
なっ、何とか助かったみたいだ…良かった…掴まれてた両肩から手が離れてほっとする。
「早|早めに聞いておきたい事があってね。前の事があるから、どうなのか本人に聞こうと思って」
「統|聞きたい事、ですか?」
前の事って、もしかして俺の変態疑惑の事かな…というか…また俺が何かしてるって思われてるのか…?
「早|新聞部…財部が、国東が御蔵と新城に二股をかけているという話を聞いたらしいんだ」
「統|…へ?」
「早|当然あたしも財部もその話を鵜呑みにしないし、
その事を知った部員達には事実がはっきりするまで緘口令を敷いてる」
「統|ちょ…予想よりも酷い内容で、どういう事か理解出来ないんですけど…」
ええと…つまり、俺は御蔵さんと新城さんの二人と同時に付き合っている最低な男という事か。
…うん、自分で言っててなんだけど…どれだけ酷い奴になってんだよ俺…
「早|前にあった噂が嘘だと分かってる以上、今回の噂を信じるつもりはないけれど…
火の無い所に煙は立たないと言うから一応ね」
「統|要は、俺の酷い噂が流れているから、その理由を聞きたいという事ですか」
「早|何か思い当たる事があったりしない?」
「統|ん~…考えられるとすると…急に二人と話をするようになったから、
色々と怪しい関係になってるんじゃないか…とかですかね?」
「早|話をするようになっただけで、そう思うわけはないと思うんだけどな…」
「統|他には、二人を毒牙にかけた…」
「早|ほう…?どうやら指導が必要な生徒が此処に居るみたいだね…」
「統|俺は何もしてませんって!」
まだ話してる最中だったよ!何でそんな疑いを未だにかけられないといけないんだ!
「早|交際する事は悪い事じゃないよ?
でも、それが教師として見過ごせないものになったら話は別なんだからね?」
「統|俺が何かしたって体で、話を進めないで…」
そう思われても仕方無い事を俺したかな…していたな…
「統|特に思い当たる事は無いんですけどね…」
「早|となると、前の噂が尾を引いて、ありもしない噂が流れたってだけか」
「統|それはそれで悲しいんですけど…」
「早|噂が事実でもそうでなくても、新城と御蔵にも確認をするつもりだけどね」
「統|まあ、二人にも関係ある話ですから、話をするのは分かりますけど…」
ん…?待てよ?何だかまずい事になってないか?
あの二人が先生に話を聞かれるとなると、当然先生に俺との関係を聞かれるだろう。
そうなると、二人はどう答えるか?少なくともただの友達とは言わないとは思う。
そう言ってしまったら、俺に告白してきた事が嘘だと分かってしまうからだ。
…もし、好きな人とか、恋人未満の関係です、とか二人が言った場合、噂は本当だと思われてしまう。
最悪…二人が互いに俺との関係を不審に思って、俺の嘘がばれる可能性が…
「早|どっ、どうした国東?急に黙り込んだと思ったら、顔色が悪くなってるじゃないか!」
「統|い…いえ…いきなり恐ろしい程の不安に襲われて…」
「早|それは…大丈夫なのか…?」
全然大丈夫ではない。だが、それを言う余裕も無く、頭の中ではどうすればと慌てるばかり。
…もう俺だけじゃあどうにも出来無い…!
「統|先生!助けてください!」
「早|本当にどうしたの?頭、大丈夫?」
「統|先生酷い!」
助けを求める生徒に対して、その言い方は無いでしょ!
「統|相談、というか、悩み事があるんです」
「早|…さっき顔色が悪くなった事と関係あるの?」
「統|はい。しかも、先生が新城さんと御蔵さんに噂の真相を確認する事も関わってます」
…先生に助けを求めたはいいけど、よく考えたらどうやって誤魔化せばいいんだ?
先生が二人に俺との関係を聞くのを止められなくても、少しでも時間を稼げれば…
「早|…その悩み事は?何があったの?」
「統|昨日から新城さんが俺に怒ってるみたいなんですけど…俺には覚えが無いんです」
「早|その事と噂の確認をする事のどこに関係があるのかな?」
「統|何で怒ってるのか理由が分からないので、
もしかしたら噂を聞いた新城さんが余計に怒るかも知れないんです。
なので、話を聞くのは理由が分かってからにしてほしいんです」
「早|なるほどね…でも、それじゃあ新城に確認するのを遅らせる理由にはならないよ」
「統|…話を聞いてる最中に怒って出て行ったり、
俺への噂が悪い方向に増長するような嘘を言われてもですか…?」
「早|…分かった。でも、今日の放課後までしか待たないからね」
よかった…なんとか時間は稼げたみたいだ…これなら御蔵さんに説明して、
俺の嘘がばれないようには出来る。
…一番の問題である新城さんにも説明しなきゃいけないよな…
「統|どうにか出来る自信が無いですけど…どうすればいいんですかね?」
「早|本当に身に覚えは無いの?」
「統|…無いわけじゃないですけど、一昨日の事ですし、それに関しては怒っていないと思うんです」
「早|じゃあもう新城に怒っている理由を聞くしかないね」
「統|…昨日の態度から考えて、教えてくれるかどうか…」
「早|だとしても、ちゃんと教えてもらいなさい。自分が悪いって分かってるなら、
尚更理由を聞いて謝る事。それがあたしが今出来るアドバイスだよ」
「統|いや…まだ俺が悪いって決まってるわけじゃないんですけど…
やっぱりそうするのが一番ですよね…」
「早|そうだよ。ややこしくなる前になんとかしなさい。
こじれてどうにも出来なくなったら助けてあげるから」
「統|はい。…ありがとうございます」
次の授業の準備をしないと。そう言って豊中先生は職員室へと去っていった。
…いい先生なんだよな…怖いけど。
「統|…俺も戻って御蔵さんに話をしないとな」
俺の嘘を誤魔化すため、御蔵さんの居る教室に戻る事にした。
「美|ふ~ん…面白い事聞いちゃったかも」
話し声が聞こえて出て行こうか迷ったけど、国東君の声が聞こえたからこっそり聞く事にした。
「美|ふっふふ…謝ってくれるなら、謝ってもらおうじゃない」
一昨日の約束の事も昨日の事も合わせてね。
今はもうあんまり気にしてなかったけど、謝ってくれるなら謝ってもらいたい。
ちょっと引き摺りすぎとも思うけどね。
「美|あっ、でもあの様子じゃ、ちゃんと謝れないかも」
一昨日の事は怒ってないって思ってるみたいだし、それを抜きにしても、
昨日の事も、あたしが怒った理由も分かってなかったみたいだし…
「美|…ちょっと相談しに行こっかな…」
国東君があたしに構ってくれるにはどうするべきか、そのついでにこの事を相談してみよう。
そう思い立ったあたしは、罰ゲームの事を知ってる友達三人を呼びに向かった。
「統|あれ…?何か悪寒がする…」
「要|風邪ですか?」
「統|いや、多分気のせいだと思う」
そうでなかったら怖すぎる。
「要|ところで、何の用ですか?こんなに早い時間に話して来るのは珍しいですし…」
「統|ああ、話が最初から逸れてたね。早めに話したい事があるんだ」
話す前に悪寒がしたから、まだ話せてなかったよ。
先生との話が終わった後、すぐに教室に戻った俺は拓巳に用事が出来たから勝手に読んどけと伝え、
席に座ってカバー付きの本を読んでいた御蔵さんに話しかけた。
そうしたら何故か悪寒がしたんだが…振り返ってみても理由が分からない。
…何か嫌な事が起きなきゃいいけど…
「統|さっき豊中先生に呼ばれて…」
御蔵さんにあの噂の事を話した。
最初は普通に聞いていたが、段々と同情的な目になってきて、最後には…
「要|…国東君は浮気性な人に見えるんでしょうね…」
「統|それってどうしようも無いよね!」
見た目のせいでこんな誤解される…?御蔵さんの言葉に泣きそうになった。
「統|話したい事はそこじゃなくて、実は放課後に御蔵さんと新城さんにも話を聞くらしいんだ」
「要|それは、さっき聞いた噂の事でですか?」
「統|そう。それでその時にもし、俺と御蔵さんがどんな関係か聞かれたら…」
「要|聞かれたら…何ですか?」
「統|友達だって言ってほしい。少なくとも、好きな人とか、告白したとかは言わないで」
「要|えっと…何でですか?」
理由が分からなくて御蔵さんは首を傾げた。何で、か…えっと…何かおかしくない理由は…
「統|…もし豊中先生に俺が好きなんだって言ったらどうなるか…分からない…?」
「要|あっ…噂が本当だと思われる、ですか…?」
「統|その上、新城さんが冗談であたしも同じ、なんて言うかもしれない…そうなったら…」
「要|誰が見ても二股をかけているようにしか見えなくなりますね…」
御蔵さんが思いついた理由に乗っかって、何とか納得させる事が出来たようだ。
…自分で乗っかった後で言うのも何だけど…
俺の事を好きだと言ったら噂が本当に思われるって…おかしくない?
後、新城さんが冗談で俺の事を好きって言いそうだって思ってるんだ…
いや、やりそうだから言ったけどさ…
「要|分かりました。豊中先生には国東君とは友達と言います」
「統|うん、ありがとう。…あと、ごめんね。嘘を吐かせちゃって…」
「要|えっ?あ、大丈夫ですよ、他でもない国東君のためですから」
この反応…俺に告白した事を忘れてたな?御蔵さんの取り繕うような態度にそう思った。
「統|気にしてないならよかった。じゃあ、後はよろしくね」
そう言って俺は自分の席に戻って、どうやって新城さんに謝って許してもらおうか考える事にした。




