都合の悪い五月十七日
「国東、ちょっといいか…?」
朝の教室に入り、机に鞄を置いたのを見計らっていたクラスメイトに話しかけられた。…誰だっけ…?
「統|いいよ、どうかした?」
「最近新城と仲良いよな?」
「統|ああ、よく話すようにはなったけど」
「だったら…家に連れ込んだりして、やる事やったのか…?」
「統|………」
…は?何を突拍子の無い事を言ってんだ?
「もしそうなら、御蔵にも同じ事したのか?」
「統|いや、ちょっと待って、何でそんな事を聞くわけ?」
「実は…クラスの女子数人に、
号外の記事に書かれてた噂の真相は本当なのか聞いて来いって言われてな…
最近仲良くしてる二人が毒牙にかかってるって噂もあったみたいだから心配みたいで…」
うわ…俺って周りにそんな事するような人間だと思われてるのか…
どんだけ女好きだと思われてるんだよ…
「統|新聞部の力を借りても、変態の疑いは無くならないんだ…」
「新聞部の力を借りてって…まさかあの記事は嘘…!」
「統|違うって!第一、噂の事は新聞部に取材された時に初めて知ったんだし」
「でもなあ…号外の最後に、信じるかは貴方次第…って書かれてたしなあ…」
「統|…俺の名誉のために、噂は嘘だったって説明させて…」
「説明するなら、聞いて来いって言って来たクラスの数人も呼ぶから、それからにしてくれ」
「統|どうぞお好きに…」
噂を聞いてから三日間、誤解されるような言動はしないようにしてたつもりだったけど、
それだけじゃあ誤解は解けないんだなあ…
固まって話をしているクラスメイト数人を見て、悲しい気持ちになっていった。
「美|おっはよ~!」
今日は楽しみにしてた朝の教室!扉を開けてクラスメイト達に朝の挨拶をして、
国東君と一緒に要ちゃんをいじって遊ぼうと思っていた。なのに…
「統|何だよ、この三人の中で彼女居るの一人だけかよ。羨ましいな、おい」
「俺らを惨めな奴らって思ってんなよちくしょう!」
「いや、僕に言われても…」
「統|こうなったら、こいつの惚気を聞いて恥ずかしい思いをさせてやろうぜ!」
「それでもって彼女作る秘訣も聞いて、俺達も女の子にもててやる!」
「えええ…」
あたしと一緒に居る時とは違って、楽しそうに国東君は笑ってる。
…あたしと居る時はあんな風に笑わないのに…
今の国東君を見てると何だかむかむかしてくる。
…でも、今日はあたしの望む通りにしてくれるって昨日約束してくれた。
だから国東君をあの二人から引き剥がしてもいいはず。
そう思って国東君に声をかけようとしたその時。
「新城さん、ちょっとこっち。話したい事があるから」
「美|えっ?でもあたし…」
「最近全然話してないから、久しぶりに話しましょ?皆も話したがってるから、ほら」
そう言ってあたしを国東君から離れるように背中をぐいぐいと押してくるクラスの女の子は、
前に居る四人の女の子に話しかけて、あたしを囲むように話を始めた。
国東君…後で絶対に言う事聞いてもらうんだからぁ…
そんな考えを顔に出さずに、クラスの女の子達と主に国東君との事を話した。
その時にちらっと要ちゃんの様子を何度か見たけど、
本を読んでるばかりで他にはたった一言こんな事を言っただけだった。
「要|今日は何だか平和な気がする…」
朝に噂は誤解だったと説明してから、授業の合間毎にクラスメイトが話しかけに来ていた。
最初は男だけだったが、途中で拓巳が入って来たり、女の子が混じってきていた。
女の子の中には、変な事をしてこないか警戒していたり、
まるで女の敵だと言わんばかりの敵意を向けてくる人も居たけど、
拓巳やクラスメイト達の説得のおかげで、普通に話してくれるようにはなった。
だからなのか、クラスの皆には誤解しててごめん、と口々に言われた。
きっともう俺が変態だと思われることはもう無いだろう。
これでもう当分は厄介な事は起きないだろうと思っていた。
…昼休みになって、弁当を持って俺の机に来た新城さんと御蔵さんを見るまでは…
「美|一緒に食べよ?」
「統|あっ、ああ…うん…じゃあ、好きな所に…」
明らかに不機嫌だと分かる声音をしているのに、笑顔な新城さんは、
何も言わずにいる御蔵さんを促してこの前と同じ場所に座った。
「拓|統次郎、俺も一緒に食っていいか?」
「美|うん、いいよ」
「統|俺に聞いた意味が…」
「拓|誰でもいいじゃないか」
何故か拓巳には不機嫌そうな様子を見せず、普通に話している。…あれ?もしかして気のせい…
「美|国東君には聞かなくてもいいよね?だっていつも一緒に食べてるんだし」
いや、気のせいじゃない!俺だけに刺々しい態度を取っている!
思い当たる節が無いので理由は分からないが、俺が何かしたのだろうか…?
「拓|それにしても、統次郎が変態だっていう噂って、案外信じてる人が多かったな。
朝からひっきりなしに統次郎の所に何人も来てたし」
「統|ああ、あれはすごく…っ!」
拓巳が俺の右隣に座って話し始めると、正面に居る新城さんの機嫌が見て分かる程に悪くなっていった。
「美|へえ…そうなんだ…楽しかった…?」
「統|えっ?ちょ、新城さん?何を…」
「拓|ああ、とても楽しそうだったよ。
何せ、今迄話しかけて来なかったクラスの女子に話しかけられて嬉しいって言ってたしな」
「統|いや拓巳?それ大事なとこが…」
「美|ふ~ん…そんな事言ってたんだ…」
そう言った新城さんに、俺は何も言えなくなった。
弁解するのを躊躇するくらい、その場の空気が悪かったからだ。
それは拓巳や御蔵さんも同じみたいで、二人共黙っている。
「美|あたしがどう思うかなんて、考えなかったんだね…」
「統|えっ…?今…」
「美|お腹空いちゃったから早く食べよ~!」
「要|そっそうですね!早くしないと時間が無くなりますよね!」
聞き逃してしまいそうな声で呟いた新城さんがどうしてそんな事を言ったのか気になったが、
少し前迄拗ねていたとは思えない明るい様子で弁当を広げる新城さんに、
御蔵さんがかぶせるように同意したため、何も言えずに弁当を食べるしかなかった。
「統|あれは一体どういうつもりなんだ…」
昼休みの時の新城さんの態度が気になってしょうがない。
俺が何かしたからあんな態度を取っているんだろうけど、その何かが分からない!
「統|理由、聞くべきかな…」
今は今日最後の授業前の休み時間。
放課後は俺もやらないといけない事があるから、聞くとすれば今しかない。
だけど、俺が話しかけた途端に機嫌を悪くした新城さんに聞くことなんて出来なかった。
それ以降から新城さんが俺を睨んでくるものだから、
廊下に避難してどうすればいいか考えないといけなくなってる。…まあ…何も思い浮かばないけど…
「統|あたしがどう思うかなんて、考えなかったんだね…か…」
それが何の事でどうして新城さんがそんな事を言ったのか、俺には…
「全然分かんない!」
俺の心の声と同じ台詞が聞こえて、教室の方を振り向いた。
どうやら声の主は、休み時間に敵意を向けながらも話しかけてきたクラスの女子のようだった。
…何なんだ…?驚くじゃないか。
盗み聞きはよくないと思ったが、気になったので扉に身を隠して聞き耳をたてた。
「駄目だよ、新城さんや、国東君に聞かれたらどうするの」
「わたし達で二人がどういう仲なのか探ってるんだから、出来るだけ小声にしないと」
他にも二人居たらしく、一人はクラスで唯一今日話しかけてこなかった女の子で、
もう一人は俺の事を警戒しながらも話しかけてきた女の子だった。
…何か、俺って最近盗み聞きをよくしてるような…
「ごめんって。でも二人共中々尻尾を出さないから苛々して…」
「それはまあ分かるけど…」
「話してみると、噂されてるような変態じゃないって思ったけど…本性を隠しているかもしれないし…」
「あたしは周りに誤解されてただけだって思ったなあ。
よく考えたら国東のことを偏見の目で見てただけだし」
「私は新城さんから国東君の事を聞いただけだけど、噂とは違うんだなぁ、って思ったよ」
「話をしてた男子は、可哀想になるくらい噂されてるような奴じゃないって全員が言ってたしなあ」
「話をした女子皆、噂で聞いてるのとは別人に感じたって言ってた。
…そう言わせてるのかもしれないけど…」
「そんな素振りは無かったんでしょ?だったら噂は間違ってたってことじゃない。
それより、午前の休み時間全部使ってあの二人がどういう関係なのか調べた結果は?」
「国東君は新城さんとは友達って言ってたけど、それにしては距離が近いような…」
「他の皆にも聞いてもらったけど、あたし達とほとんど同じ事を言ってたから嘘は言ってないよ」
「新城さんも同じく友達だって言ってたわ。私が新城さんを、
二人は国東君を足止めしてたから口裏合わせはしてないだろうし」
「つまりは、国東と新城は友達で国東が新城に何かしてないって事?…何か納得いかない…」
「そうだね。最近になって二人がいきなり仲良くなってるのも怪しいし…」
「だからって疑うのは可哀想だよ。信じられなくても、今回は信じてあげないと」
それ以上は聞く気にはなれず、教室から離れて階段の近くまで来た。
「統|成程な、道理で休み時間になるとひっきりなしに人が来たわけだ」
もうこの際、噂がどうのこうのはもうどうしようも無いから諦めた。
それよりも、新城さんが不機嫌になってる事だ。
昼休みに新城さんが言ってた事から考えて、
俺が新城さんを放ってクラスメイトと話していたから不機嫌になったと思ったけど、
さっきの話に出ていた、新城さんが俺に話しかけられないようにされていたのなら、
俺に対して不機嫌にならないはずだ。
もし新城さんが俺に放っとかれて不機嫌になってるなら、理不尽だ。
普通なら足止めしてきた方にそう思う。つまりは、俺の考えが違ってるという事だ。
「統|…考えないといけない事や、やらないといけない事が増えたなあ…」
午前の休み時間にクラスメイトと話した時も面倒だと思ってたけど、
新城さんが不機嫌になった事の方が面倒だ。しかも理由も分からないのだから手に負えない。
「統|あ、そういえば昨日、新城さんの望むようにするって約束してたんだっけ…」
変態の疑いを無くすのに躍起になってて忘れてた。
まあ新城さんもそれどころじゃなかっただろうし、
いくらなんでもこれで約束を守った事にするのは悪いから別の日にしてあげよう。
勝手な言い訳を自分にして、勝手に埋め合わせをする事に決めた。
…まあそんな事より、もっとよく考えるべき事があるんだけど。
「統|昨日の事は関係無いだろうから、今日俺が何かをしたせいなんだろうか…」
それを聞ければ楽だし、早いんだろうけど、どうやって聞けば…
「統|あれ…?御蔵さんだ」
何となく教室のある方へ振り向くと、御蔵さんの後ろ姿を見つけた。
そうだ、御蔵さんに色々と聞いてみよう。
たとえ新城さんが不機嫌になった理由を知らなくても、聞いてもらえないか頼めばいい。
そう思って話しかけようと近付くと、本が一冊御蔵さんの腕から落ちた。
考え事でもしているのか、本が落ちた事に気付いてないみたいだから、本を拾って渡そうとした。
その時に表紙が目に入った。
「統|えっ、これって…」
表紙には、男同士でいかがわしい感じに絡み合う絵が描いてあって、どう見てもBL本にしか見えない。
しかも片方の男の服ははだけていて、露になった肌にもう片方の男が顔を寄せた絵を見るに、
おそらくそういうシーンがあるんだろう。
それに関して引いたりはしない、拓巳に比べたら可愛い方だ。
だけど…見てはいけないものを見てしまった気がする…
そう思っていると、いつの間にか目の前に来ていた御蔵さんに本を取られてしまった。
恥ずかしさのためか顔は紅くなり、泣きそうに見える御蔵さんに何と声をかけるべきか迷っていると。
「要|みっ…見ましたか…?」
「統|あっ…うん…ばっちりと…」
「要|これは、その…廊下に落ちてたのを拾っただけで…」
「統|いや…それこの前一緒に繁華街に行った時に買ってた本だよね…?」
「要|はう…」
言い訳のしようがない事を悟った御蔵さんは何も言えなくなったようだ。
ちなみに、何故落とした本が御蔵さんのものか分かったかというと、
繁華街の本屋で御蔵さんが買おうとしてた本と色や大きさが似ている気がしたからだ。
…ほとんど見てないけど…
「要|あの、その、ええと…うう…」
「統|御蔵さん?俺は別に引いたりは…」
「要|う…いやああ!」
いきなり大声を出して、御蔵さんは教室へと走り去っていった。…逃げられた…
「統|あっ!聞きたかった事聞けなかった!」
あの様子じゃあ、追いかけても逃げられるだけだろうから今日は無理だろうな…
新城さんといい、御蔵さんといい、何で話をしたい時に話が出来なくなるのかなぁ…!
そう思わざるおえなかった。




