痛々しい五月十六日
新聞部の号外が張り出されてから翌日の朝。
一昨日とは違って、俺を見る周りの目が変わった。…気がする…
でも昨日から拓巳には号外の事を伝えて、グラビア写真は見せに来ないようにしてるから、
噂は嘘だったって信じてくれると思う。
その代わり、一人になって朝は暇になってしまったが。
やる事も特に無いから、何か考えるべき事が無いか考えてみる事にした。
「統|う~ん…」
新聞部とは、一昨日の取材で上手く誤魔化せたから俺の役目は終わってるし。
御蔵さんのいじめに関しては、新城さんの助けを借りてどうにかなっている。
「統|他に何か…」
気付いてないだけで、放っておいてはいけないような事は…
「要|いやああ!」
「統|ぐはあ!」
あれ?一体何が…
「美|あ、それ楽しそう!あたしも、とう!」
「統|ぐふっ!」
状況を理解する間も無く続いて来た衝撃に苦しめられながら、
何が起きたのか原因を見たら全て分かった。
詳しく説明すると、この教室は縦に六つ、横に五つの席がある。
俺の席は右から二つ、上から三つ目の所にある。
そして御蔵さんは左から二つ、上から二つ目に席があり、新城さんはその三つ下に席がある。
きっと二人は、どっちかの席で御蔵さんの髪をいじっていたんだろう。
だが、新城さんが何かをして、御蔵さんが俺に助けを求めて俺に突撃をして来た。
それを面白がった新城さんが、御蔵さんに続いて俺にのしかかってきたんだろう。
そうでないと、上から新城さん、御蔵さん、俺、の順に積み重なっている理由が分からない。
「統|…とりあえず、何か言う事は無いかな二人共?」
「要|助けてください!」
「美|ところで、これは何してるの?」
うん、俺の上に乗ってる事に対しての謝罪は無いんだね。予想通りだよ。
「統|はあ…念のために聞くけど、何があったの?」
「美|あたしは国東君に言われた通りにしてたよ?」
「要|そうだったとしても、私は嫌なんです!」
「統|説明になってないし…」
俺は何があったのかと聞いたけど、何かしたのかとは聞いてない!
「統|新城さんには聞くだけ無駄だから、代わりに御蔵さんが話して」
「要|うう…」
「統|…まずは、落ち着こうか…」
御蔵さんを落ち着かせる為、鏡餅になった状態から、普通に立って話が出来る状態にした。
その間になんとか話が出来るようになった御蔵さんに、もう一度何があったのかを聞いた。
「要|少し前までは、美尋さんに髪をいじってもらっていたんですけど…
急に美尋さんが整髪料を取り出して来て…」
「美|髪ゴムとピンと櫛だけじゃあ縦ロールが出来ないんだもん。
それに、整髪料は駄目だって言ってなかったし、要ちゃんの髪、クセ付かないんだもん」
「要|私、整髪料は嫌いで…使うと髪の毛がべたつく気がして…」
「美|そういうのは使わないよ?」
「要|それでも嫌なんです!」
成程…俺がちゃんと持って来たら駄目なものを言わなかったから、こんな事になったのか…
確かに、俺がきちんと持って来たら駄目だって説明しなかった事は俺にも責任があると思う。
…でも、せめて持って来ていいか相談して欲しかったな…
「統|はあ…こういう事にならないようにした妥協案なんだけどな…とりあえず新城さんは、
髪ゴムとピンと櫛以外は学校に持って来ない事。使いたいならどっちかの家で使って」
「美|ええ~何で?」
「要|私整髪料は嫌いって言ったんですけど…」
「統|さっき言った三つ以外は先生に没収される可能性が高いから。
それと、べたつくのが嫌なら、すぐに洗い流せばいいでしょ?」
正直、何でこんな事で俺が間に入らないといけないのか分からない。少しは話し合って解決してほしい…
「統|人に頼る事は悪い事じゃないけど、頼り過ぎないようにしないと。自分のためにならないよ?」
「要|ううっ…分かりました…」
「統|だからといって、人に頼らずに自分の判断で考えるのも良くないからね」
「美|は~い…」
御蔵さんは反省出来てるみたいだけど…新城さんは納得出来ないみたいだな…
叱られた子供じゃないんだから、拗ねなくても…そう思わざるを得なかった。
朝の出来事からは何事も無く、平穏な時間が過ぎていった。
差し迫って考えないといけない問題も思い浮かばなかったから、
ゆったりとした気持ちで放課後まで過ごせた。
「統|さて…帰ろうか…」
途中で食材とかを買いに行かないとな~と思いながら、椅子から立ち上がろうとしたその時。
「美|くっにさきく~ん!」
背後から今朝と同じような衝撃が襲い、額を机にぶつけてしまった。
突然の出来事に、何が何だか分からず、何も言わず固まっていると。
「美|あれ?どうしたの国東君?」
「統|…とりあえず退いて?」
「美|えっ、嫌」
「統|………」
色々な意味で頭が痛いので、問答無用で背中に乗っていた新城さんを退かして、椅子から立ち上がった。
「統|何か用?用も無いのに突進して来たんなら、怒るよ?」
「美|用ならあるよ。国東君に頼みたい事があって」
…何だろう…この時点ですでに聞きたくないなあ…
「美|お願い!今からあたしと一緒に繁華街に行って!」
「統|ごめん、他を当たってくれないかな」
「美|冷たい!冷たすぎるよ!」
繁華街に行くなんて、俺の家とは反対の方向になるじゃないか。
ただでさえ新城さんと一緒に行くって言うだけでも面倒なのに、
帰る時の時間が増えるなんて面倒すぎる。絶対嫌だ!
「統|じゃあ俺は帰るから、新城さんも…」
早く帰りなよ。そう言おうとした時、新城さんが思わぬ一言を呟いた。
「美|…国東君って、あたしの事嫌い?」
「統|えっ…何でそんな事…」
「美|だって国東君、要ちゃんには優しいのに、あたしには投げ遣りな態度だったよ。今日の朝とか」
「統|そんな、嫌いってわけじゃ…」
「美|あ~あ、折角友達以上恋人未満だっけ?になったのに、国東君は冷たいなあ~」
「統|………」
ぐっ…断りづらくなるような事を…!しかも薄っすら笑ってるのを見るに、絶対にわざとだ!
「美|そんな冷たい国東君にもう一度聞くけど、一緒に繁華街に行ってくれないのかな~?」
「統|…はあ…」
「美|国東君!こっちに行くよ!」
「統|はいはい…腕引っ張ってるんだから、言われなくても行くよ…」
腕に当たる胸の感触を気にしないように心を静めて、新城さんと一緒に繁華街を歩いていく。
新城さんの誘いを断われなかった俺は、
帰りたいと思いながらも新城さんと二人で此処に来た。…というか…
「統|店に入ってないけど、まさか…何の用も無いのに来たのかな…?」
「美|ウインドウショッピングでも十分楽しいから、用が無いわけじゃないよ」
「統|俺の居る意味は…?」
腕に抱きつかれてるのは役得だと思うよ?でも、割に合う気がしないから全然嬉しくない!
来なければ良かった…と後悔していると、不意に新城さんが俺の事を見てるのに気付いた。
「美|国東君って、やっぱりあたしの事嫌い?」
「統|…そんなわけない。って言っても、信じられない?」
「美|ん~…信じられないってわけじゃないけど…何となくそういう気がするかな…?」
ふざけた様子も無く、少し気まずそうにそんな事を言った新城さんに、
いつもとは違う雰囲気を感じて、戸惑ってしまう。
だから俺も、適当に答えずに面と向かって新城さんと話す事にした。
「美|今回の事もね、国東君とあまり二人きりになる事が無かったし、
一緒に居ても要ちゃんに構ってばかりだったから国東君と二人でデートしようかなって」
「統|デートって…新城さんも言ってたけど、
俺と新城さんは友達以上恋人未満だよ?デートって言うのは…」
「美|男の子と女の子が二人で遊びに出掛けたらデートになるの。
それに…要ちゃんと友達になってからは、国東君の事を一人にして友達らしい事も出来無かったから。
せめて恋人っぽい放課後デートをしてみたかったの」
「統|御蔵さんと一緒に居る事は悪い事じゃないし、それで俺が一人でも怒るわけ…」
「美|そう思われるのが、あたしにとっては問題なの」
俺の言葉を遮った新城さんの言葉は、俺にとって考えてもみなかったものだった。
「美|国東君はさ、あたしと二人で居るのと、一人で居るの、どっちがいいと思う?」
「統|それは…新城さんと…居る事、だよ…?」
「美|そこまで悩んで言われたら嬉しくないよ…しかも、心にも無い事を言ってるように聞こえるし…」
嘘か嘘じゃないかと聞かれたら、嘘を言ってる事にはなるけど、
それでも新城さんが嫌いだからってわけじゃないんだけどな…
「美|国東君にとって、あたしは居ない方がいいんだね…」
「統|そんな事は思ってないって。そりゃあ、新城さんに迷惑かけられる度に呆れたり、
いいかげんにして欲しいとは思うけど、だからって新城さんが居ない方がいいなんて思わないよ。」
「美|…じゃあ…あたしが国東君とこうして一緒に居てもいい…?」
「統|えっと…こうしてって、どういう意味かな…?」
「美|こんな風に国東君と二人きりで遊んだり、学校でも今迄以上に話しかけてもいいのかなって事!」
「統|………」
う~ん…そうなると、俺の精神的負担が増えるよね…
御蔵さんを犠牲にして得た平穏な時間を捨てるのは、もったいないというか、
何で捨てないといけないんだと思うんだけどなあ…捨てなきゃ駄目かなあ…?
「美|はっ…!もしかして国東君…」
「統|えっ!もしかしてって何!」
「美|あたしと一緒に居るのが畏れ多いとか、あたしとは釣り合わないと思ってるとか?
だから一緒に居るのを躊躇ってるんだね!」
あ~…もう面倒臭いな~…変な勘繰りされてびくついたり、ありえない誤解を解くのに必死になるより、
自分のための平穏を捨てた方が面倒がないか…
項垂れて溜息を吐くのを心の中だけでして、今も間違った考えをしている新城さんの頭を小突いた。
「美|あうっ」
「統|何を馬鹿な事を言ってるんだか…もしそうなら、友達にすらなれないじゃないか。
俺と新城さんは恋人未満だけど、友達以上なんだから」
「美|あ、そっか。でもそうしたら、何であたしと一緒に居るのを悩んでるの?」
「統|だって新城さんと一緒に居ると疲れるし、自分から話しかけたいとは思えないから」
「美|酷いよ国東君!あたしの事そんな風に思ってたなんて!」
「統|まあ、御蔵さんと話してるのを邪魔しないようにしてたっていうのが、
理由の大部分を占めてるんだけどね」
「美|そんな事気にしなくても良かったのに」
「統|御蔵さんと会わせたのは俺なのにって思うと、二人の間に入れなかったんだよ」
「美|だからって、あたしに全然話しかけてくれなかった理由にはならないよ」
「統|えっ、話しかけないといけない理由は無いはずだよね?」
「美|理由が無いと話しかけちゃいけないわけじゃないよ!」
なかなか良いツッコミだけど、これはボケとかじゃなくて本心なんだよな。
「統|そんな怒らないで。今はデートなんでしょ?だったら楽しまないと」
「美|そうだけど…なんか丸め込まれた気がする…」
「統|そんな事ないよ。これからは新城さんの言うように、遊んだり今迄以上に話しかけてもいいから」
「美|本当に?」
「統|心配させてたみたいだからね。出来る限りでもいいんだったら」
「美|だったら、今日は思いっきり楽しむよ~!」
「統|時間はちゃんと考えてくれるよね!」
言ったばかりだけど、前言を撤回したい…精神的疲労が増えるのを確信した。
「美|………」
「統|…もう拗ねるのはやめない?そんな事してても気が変わる事は無いよ?」
「美|つ~ん」
予想してた通り、新城さんは時間も考えず夕食時まで繁華街で遊ぼうとしたため、俺がそれを止めた。
そのせいで新城さんが機嫌を損ねて拗ねてしまい、一人にするとまた繁華街に戻りそうだったのと、
夜道を女の子一人で歩かせるのが心配だったため、俺は新城さんを家まで送り届ける事にした。
そして十分以上続いてる空気がこの現状だ。…どうしたものか…
「美|…此処まででいいよ…」
「統|そう?でも帰る前にさ…明日は新城さんの望むようにするって約束するよ」
「美|…本当に…?」
「統|本当に。だから機嫌直してくれないかな?明日もこんな空気のままなのは嫌だし…」
「美|そうだね…分かった、約束ね」
そう言った新城さんは笑っていて、不機嫌だった様子は無くなっていた。
この分なら明日はいつも通りかな。よかった…
「美|じゃあ、また明日ね」
「統|また明日」
別れの挨拶をした後、俺は来た道を、新城さんは家への道を歩いた。
「統|はあ…やっと帰れる…」
途中で買い物しないとな…明日の事を考えるより、
遅くなってしまった夕飯の事を悩みながら見慣れない帰り道を歩いていった。




