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忘れられない五月七日

 人を好きになるという事、つまりは恋をするという事だが、誰かと付き合えるなら付き合いたい。

または、彼氏、彼女が欲しい。

好きな相手が居ない、誰とも付き合っていない大体の人は恋愛に関して、

こう思っているんじゃないだろうか。

少なくとも俺はそう思っている。

告白されたら、余程の理由が無い限り断るつもりは無い。

「統|………」

何故こんな話をしているかというと、靴箱の中に入っていた手紙を見たからだ。

手に取ってみると、レターセットでよく見る封筒で、丸いシールで封をされている。

…さすがにこの場で開けるのは躊躇われるから、人気の無さそうな教室の外で開けることにした。

「統|それにしても誰からだろう?」

差出人の名前は無く、封筒に書かれているのは国東統次郎様へ、つまり俺の名前しか書かれていない、

差出人不明の手紙だ。

「統|ま、中を見れば分かるだろ」

かさかさと封筒を開けて、中に入っていた一枚の便箋に目を通す。

「国東統次郎君。昼休みに屋上に来てください。待っています」

と書かれていただけだった。

…中身は予想通りラブレターだったけど、結局、誰からなのか分からない。

思い当たる節もまったくない。

「統|…来れば分かるんだから気にする事はないか…」

ラブレターを丁寧に鞄に入れ、教室に向かった。


 教室に着き、教科書やノートを机の引き出しに仕舞おうとした時、何か手に違和感を感じた。

「統|あれ…?何か入ってる?」

机に何か忘れてたっけ?そう思って引き出しの中からそれを取り出してみると、手紙が入っていた。

「統|…また?」

靴箱で見た手紙とほとんど同じ封筒が机の引き出しに入っていた。ただ、

シールはハート型になっていて、宛名も差出人も書いてない所が違うだけだ。

「統|中身を確かめるか…」

たぶん俺宛てだろう。間違ってたら後でこっそり正しい人に届ければいいんだし。

そう思い、教室を出て、また人気の無い所で手紙を読む。

「国東君へ。体育館横にある木の傍に放課後来てください」

そう書いてある。名前は分からないが靴箱のラブレターとは違う人が書いたんだろう。

筆跡も素人目に見ても違うと分かる。…ていうか…

「統|一日に二通のラブレターって…」

どうした俺。急にもて期が来たのか?だとしたら前触れ無いな。顔がニヤけそうになるのをこらえ、

ラブレターを懐にしまう。でも…

「統|困ったな…どうしよう…?」

今まで恋愛事に縁が無かったから、こうなって嬉しいけれど、二人の内一人を選ぶという事が心苦しい。

「統|どうしようかな…」

まだ相手が誰かも分からないのに、どっちと付き合うか考えて、

授業に身が入らなくなってしまったのは言うまでも無い。


 ついに来てしまった昼休みの屋上。相手が誰であれ、一応答えを出すことは出来た。

後は、立ち入り禁止と書いてある扉を開けて屋上に入るだけだ。

「統|はあ…緊張するな」

いや、相手はもっと緊張しているだろうから、尻込みしてる場合じゃないよな。踏ん切りをつけ、

扉を開けて屋上に入る。そこには、広い屋上の真ん中で、一人の女の子がこっちを見ていた。

「あっ…国東君…来てくれたんですね…」

「統|あっ、ああ。靴箱に入ってた手紙を見たから、…君が呼んだんだよね?」

「はっ…はい…」

その長髪の女の子は見た事がある。確か、同じクラスの御蔵要さんだ。いつも前髪で顔を隠していて、

教室で見る印象は暗い感じのものしかない。そんな彼女が何故俺を此処に?

話した事なんてまったくと言っていい程無いのに。

「要|…国東君を呼んだのは、話があるからなんです」

「統|話って…何かな?」

「要|私…国東君のことが好きです。…付き合ってください!」

御蔵さんは頭を下げて俺に好きだと言ってくれた。…やっぱり告白をするために呼び出したんだな…

関わりがあまりにも薄いから、もしかしたら別の用で呼んだのかもしれないと思ったけど、

それだと呼び出す必要は無いよな。期待を裏切られなくて安心したが、

返事をしなければいけないと思ったら、急に緊張してきた。

「統|えっと…御蔵さん。気持ちは嬉しいんだけど、急な事で気持ちが追いついてないんだ」

「要|はっ、はい」

「統|だから、返事は一日待って欲しいんだ」

「要|わかりました…」

朝から考えに考えて、出た答えは時間が足りないから先延ばしにする、だった。

二人の女の子に告白されるかもしれないから、一人目で付き合うか決めるのは、

二人目の子に失礼だと思う。だから、明日どうするか決めるべきなんだと思った。

御蔵さんには少し悪いと思うけど…落ち込んでるかもしれないと思って御蔵さんの顔を見た。

前髪のせいで表情は全然見えない。だけど…何故か俺には、彼女がほっとしているように見えた。

…たぶんまだ望みはあるかもしれないと思ってるからだろう。

「統|気持ちが固まったら、伝えるから」

「要|はい。それでは…また明日に」

そう言って御蔵さんは急いで屋上から出て行った。…気まずいのはわかるけど、

そんな小走りで出て行かなくても…

「統|くぁ~緊張した~」

なにはともあれ、やっと昼飯が食べられる。…まあ、まだ告白されるし、

明日返事をしなきゃいけないけどな。

「統|とにかく今は昼飯昼飯っと」

腹も減ってきて、待ちきれないとばかりに腹の虫がなりそうだ。さっさと教室に戻って、

弁当を食べようとした時、下から声がした。

「言われた通り、ちゃんとしたんでしょうね?」

「要|っ…はい…」

そこには、御蔵さんと、同学年の女の子三人が、踊り場で話をしていた。

何となく、出て行ける雰囲気じゃなさそうだから、四人に見られないように、こっそり覗く。

…同学年の女子の内、一人は同じクラスだけど残り二人は見た事がない。違うクラスの人か。

そうやって息を潜めて覗いていると、会話が聞こえてくる。

「にしても、あんたもよくやるわね。好きでもない相手に告白なんて」

「要|あっ貴女達がしろっていったんでしょ…」

「そうよね~でも、いじめられたくないからって、そんな事する?」

「普通はしないわよ。でも、面白かったわ、少しだけいじめなくてもいいって思うくらいは」

「要|もういいでしょ…つきまとこないで…」

「そうね、もういきましょ。…そうやって罪悪感に苛まれた顔をまた見させてよね」

コツコツ…

「要|私は…好きでこんな事してるわけじゃない…」

コッコッ…

女子三人組が去った後、御蔵さんはそんなひとり言を呟いて、階段を降りていった。

…一人残った俺は、さっき聞いたことを思い返してた。

「統|なんだ…嘘…だったのか…」

ラブレターをもらって、舞い上がってた自分がひどく滑稽に思えた。

「統|馬鹿だな~俺…」

真剣に返事を考えてたのが馬鹿馬鹿しかった。

…嘘の告白をされたのに気付かず、真面目に返事をした。十分馬鹿だろ。

「統|返事…考えるまでもなかったな…」

呟きながら階段を降りていく。…心に傷を負ってふらふらになりながら。


 「統|すっかり忘れてたな…」

懐にしまっていたラブレターを眺めながらそう零す。もう一枚のラブレターに書かれていた通りの場所、

体育館横にある木にもたれながら、相手が来るのを待っている。

時間も放課後で、もう来ていてもいい頃だと思うんだけど…

「統|なんか…気が重いような、待ちどおしいような…」

昼休みの時みたいに嫌がらせじゃないだろうかと疑ってしまう。

…でも来て欲しいと思うのは本物だと信じたいからなんだよな…待ち人が来るのを待ちながら、

そんな事を思っていると、誰かが近付いてきていた。

「統|…君がこの手紙を書いた人?」

「…そうよ」

ラブレターを見せて確認すると、どうやらこの手紙の差出人で間違いないようだ。

そのポニーテイルの女の子を見ると、見覚えのある顔だった。

彼女の名前は新城美尋さん。話した事はあまりないが、クラスのムードメーカーで明るい感じの人だ。

…これなら御蔵さんみたいな事は無いかな…

「美|国東君を呼んだのは、伝えたい事があって…」

「統|何…かな?」

「美|あたし…国東君の事が好きなんだ、…付き合ってくれないかな?」

上目遣いでそう言われて、少しどきっとした。それと同時に、御蔵さんの嘘の告白を思い出した。

…また嘘だったら?そう思うと、うん、わかった。なんて言えなかった。

「統|…少し考えさせてくれないかな。…ちょっと時間が欲しいんだ」

「美|別にいいけど…」

「統|明日には返事をするから」

「美|わかった。それじゃ、また明日ね!」

新城さんは明るい表情でそう言って、校門へ向かっていった。

「統|…気にしすぎだったかな…」

新城さんの態度を見てたけど、嘘をついてるようには見えなかったし、何より、

同じ事がそうそう起きるわけが無い。まあ…だからって安心出来るわけじゃないけど…

「統|っと…新城さんを追わないと見失うな」

疑いたくはないけど、明日の返事に関わるから…そんな言い訳を自分にしながら、

気付かれないように新城さんについていく。見られないように隠れていると、

新城さんはきょろきょろとあたりを見渡してから、こっちに近付いてきた。

「統|うわ、やば…!」

幸いな事に見付かる事はなく、また体育館に向かった新城さんをつけたんだけど…

「統|体育館裏?一体何の用で…」

疑問に思って覗いてみると、そこには新城さんの他に、三人の女の子がいた。

その中で二人は同じクラスの人だけど、もう一人はたぶん違うクラスの同学年の子だ。

って、なんでそんな三人と新城さんが?理由を知るために、俺は音をたてずに話し声に耳を傾けた。

「で、どうだったの?」

「美|ちゃんと告白したわ。返事は明日にするって」

「そうなの、少し残念ね」

「美|ま、あたしは振られない自信はあるけど、別に国東君と付き合いたいわけじゃないのよね」

「負けたら罰ゲームって言って始めたのは美尋ちゃんじゃない」

「しかも、内容も美尋が考えたんだから文句はいえないでしょ」

「美|そうだけど…普通はしなくてもいいって言わない?」

「だったら最初から言わなきゃよかったのに」

「美|うっ…そっそうだ、これからカラオケに行こうよ!」

「話をそらそうとしてるわね…まあいいわ、今日は美尋の奢りで歌うわよ」

「美|えっ…それちょっと酷くない?」

新城さんが自業自得な事を言った後、四人は俺から遠ざかっていった。

見つからずにすんでほっとして壁にもたれる。…そうしてさっきの話を思い出し、

そのままずるずると床に座りこむ。

「統|あ~あ、もうやってらんねえ…」

額に手の甲を乗せながら呟く。…同じ日に二度も同じ事が起こるなんて…ある意味奇跡だな。

「統|これじゃ俺は馬鹿で阿呆だな…」

もて期とか言った奴は誰だ?…いや俺だけど…こんな扱いされる謂われがあるか?

まあ…ラブレターを二通もらって舞いあがってた阿呆だけど…

「統|もう帰るか…やる事もないし…」

ため息をつきながら帰路につく。…ボロボロの心を背負いながら。


 「統|ただいま。…って、誰もいないけどな…」

家に着いてそんな独り言を零す。俺は今、親元を離れて一人暮らしをしている。

別に勘当されてはないし、親と確執があって出ていったわけでもない。

ただ、ちょっと遠い学校に通うために一人暮らしを始めた、それだけだ。

「統|あ~嫌な事ばっかりでやる気が出ない。どうしよう…」

御蔵さんと、新城さんに精神的にボコボコにされて、少しグロッキーになり、

鞄を床に投げ捨てて、ベットへ仰向けに沈み込んだ。

「統|やっぱり…落ち込むよな…」

嘘の告白の事を思い出すと、気分が沈む。告白してきた二人は嫌々だったんだろうな、と思うと余計に。

「統|何も言わずに断るのが正しいんだろうけど…」

こんな事をされて、黙っていられるような性格を俺はしていない。

でも…何かを言える勇気を俺は持っていない。

「統|誰もが納得する答えなんて無いよな…」

少しもったいない期はするけど…二人には断りの返事をするか…そう答えを出して起きあがった時。

「統|あ…いい事思いついた…」

これなら誰も傷付かない…わけじゃないけど、小さな傷で済む。

「統|人に嘘をついたらどうなるか、思い知ればいい…」

元々向こうが悪いんだ。少しくらい痛い目に遭ってもかまわないよな?

そんな事を考えてる俺は、この行動がどれだけ大きく自分に返ってくるか、知る由もなかった。

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