カボチャマン【番外編】
ハロウインにまつわる番外編です。
早くて九月下旬、そして十月に入った頃から世間はハロウィンに盛り上がり始めた。
特に街の店々では雑貨、お菓子、装飾品と様々なグッズが店内を彩る。ついでに店員の衣装や小物もちょこっとハロウィン風になっていて、レジのおばちゃんがカボチャ付きのシルクハットを被っている様は少しかわいらしい。
真由がボランティアで通う図書館でも、先週の土曜日に『ハロウィンお話会』を開催していた。読み聞かせの絵本が秋の収穫祭やハロウィンに関する内容で、最後に子どもたちにお菓子を配っていた。
子どもたちの中には仮装をして来た子も多く、お菓子を配る手伝いをした真由も頬が緩んでしまった。魔女や妖精やお姫様や動物など、まるで絵本から飛び出して来たような姿だった。
しかしそんなハロウィンも、今日十月三十一日が最後でまさに本番だ。
バレンタインデーと同じく、平日であると毎年何人かからお菓子をもらうことが多いので、真由も軽く返せるチョコレートを鞄に入れて登校した。思いきり手作りでパンプキンケーキやプリンを作って来てくれる子もいるが、残念ながら真由が用意したのは申し訳程度にハロウィンぽい包装がされた徳用チョコ袋である。――大事なのは気持ちだと自分に言い聞かせて。
予想通り仲の良い友達からお菓子を頂いた。
「今日くらい学校も仮装パーティーとかすれば良いのにねえ~」
「ホントホントー」
友達たちがそんなことを言うのを聞きながら、心の中では却下を下す。見ている分には楽しいが、自分が仮装をしようとは思わない。
放課後、いつものように図書室に寄った。カウンターには眼鏡を掛けた物静かそうな男子がいる。もう顔馴染みなので真由が軽く会釈をすると、彼の方も軽く返した。
(えっと……あのシリーズの五巻と六巻だっけ)
奥の机の定位置に鞄を置き、真由は文庫本の棚の前に立つ。最近出た本では無いのだが、あるミステリーのシリーズにはまってしまったのだ。
目当ての本を見つけて手を伸ばした、その時。
トントン、と後ろから肩を叩かれた。
「?」
振り返って、ぎょっとした。叫びそうになる声を、寸での所で堪えた。
目の前には三角の目とギザギザの口をしたカボチャがいた。――正確には、カボチャの被り物をした、制服姿の男子生徒だ。
「……もしかしなくても芝田?」
呆れたように言うと、カボチャマンはぐっと親指を突き出した。喋らずジェスチャーだけなのが少しイラッと来る。
やがて被り物を脱ぎ、その下から現れた芝田がにっかと笑う。
「びっくりした?」
「……まあ、ね」
真由は微かに眉を寄せて、改めて芝田を見上げた。正直に言うと、彼がジャージ姿で無いことの方が驚きかもしれない。
「やった」
なぜか芝田は嬉しそうに笑っている。すぐバレたというのに何でこんなに満足そうなのか。
「ていうかそんなのどこから持って来たの」
「あ、これ今日バスケ部のハロウィンパーティーで使うから、ロッカー入れてたんだ」
今日は顧問の都合で部活無いんだーと、若干残念そうで、でもパーティーがあるからか楽しそうな声で言う。制服姿の理由もはっきりした。
「高橋は仮装とかしないの?」
「するわけないでしょ」
即答すると、「ですよねー」と芝田は軽くため息を吐く。そして、
「あ、そうだ。はい、これ」
真由の鞄と比べたらぺしゃんこに近い鞄を開けて――むしろ何を入れているのだろう――芝田は小さな袋を取り出した。プチカップケーキとキャンディがいくつか入っている。袋自体がオレンジ色のポップな感じでかわいい。
「姉ちゃんがバイト先のイベントで貰って来た余りものなんだけど、良かったらあげる」
思わず出していた真由の手の上に、お菓子の詰まった袋が乗った。
「あ、しまったあの呪文言わすの忘れた」
芝田が「くそー」と舌打ちした。ああ、あの例の言葉か。
「じゃああんたが言ってみれば?」
真由はふっと笑って言ってみた。芝田が首を傾げながら、
「え? Trick or Treat?」
以外にも完璧な発音で応じる。
真由は机の方に向かい、自分の鞄の中から徳用チョコ袋をそのまま取り出した。まだ中身は半分くらい残っている。本当は自分用のお菓子にしようと思っていたのだが、仕方ない。
「特別に全部あげる」
芝田の方に差し出すと、彼はポカンとした表情でその徳用袋を見つめた。――分かっている。女子力では完全にこの男に負けたことくらい。
「いらなかったら私のお菓子になるだけだけど」
「! いる!」
芝田がはっとしたように真由の手から徳用袋を奪い取った。
「数もまだ残ってるし、バスケ部の皆で食べなよ」
真由は言いながら、もう既に目は文庫本の棚に戻っていた。先程取ろうとした本に今度こそ手を伸ばす。
「……何で他のヤツらにやんねえといけねえんだよ。下手したらオレも食えなくなるだろ」
芝田がぶつくさ呟いて、鞄の中に袋をしまう。
「意外とケチね」
「そうだよ」
芝田が鼻で笑い、それから携帯で時間を確認して片手を上げる。
「じゃあまたな」
「……さようなら」
また、とは言わない真由に芝田が少し頬を引き攣らせ、それでも次の瞬間にはふっと笑って背を向ける。腕に抱えられたカボチャの被り物が妙にシュールだった。
(そういえばあれ、どこで被って来たんだろう……?)
今さらながら、ふとそんなことを思う。少なくとも図書室の前か、図書室に入ってすぐ真由に気付かれないように被るしかない。カウンターにいた図書委員には大層怪しく見えただろうなと考えずにはいられない。
(まあ、似合ってたけどね)
さすが、あの芝田である。
真由はため息を吐きながら、もらったお菓子の袋を眺めた。
(Trick or Treat.)
彼の前では言えなかった呪文を、心の中でそっと唱えた。
fin.
番外編までご覧くださりありがとうございました。
少しは仲良くなったかなあという感じの真由と芝田ですがいかがでしたでしょうか。
では本当に、ありがとうございました。