第七話 病院
さて僕は今、長くて、いくつもの分かれ道のある何処かの迷宮のような廊下を黙々とただひたすらに歩いている。
……こんな風にいうとなんだか僕が一人だけでいるように聞こえるかもしれない。しかしそうではない。今だって玄武さんが横にいるし、ほんの数分前までは彼といたって普通に会話をしていたくらいである。
ではなぜ、今は何の会話もなく黙々と歩いているのかというと、それは玄武さんが少し前に、「実はな……」と突然切りだした話について考えているのである。
……いや、考えざるを得なかったというべきかもしれないな。なぜなら、彼の話した内容はある意味予想通りで、ある意味全くもって予想外で、そして僕の精神に大きな衝撃を与るような内容だったのだから。
それでは、少しさかのぼってみて玄武さんが僕に、一体何を言ったのかを振り返ってみるとしようか。
それはさも病室のように洗練された部屋の中から始まった。そこで僕は玄武という男が何かの装置を操作しているのを見ていた。
次の瞬間だった。
僕の目の前で、いかにも頑丈そうで無機質な白い壁が、溶けるようしてに消えさっていったのである。
ぽっかりと開いた四角い穴を呆然と眺める僕がいる。
「……」
ただただ声がでなかった。
まさかあの壁が跡形もなく消えようとは、だれが予想したであろうか。当事者である僕だって、精々がそれまで隠れていた扉かなにかを出現させる程度のものだろうと思っていたにのだ。
しかしこれは……この場所の科学技術が僕の知っているものから逸脱して発展しているだろうということは薄々予想がついていたけれど、まさかここまでとは……
僕の理解の範疇から数光年は離れたところにあるこの光景を、僕ただ起こったこととしか認識できなかった。自分でも驚くほどに感情が動かない。この驚くという感情も理性から判断したもので、実際はただ唖然としているばかりであった。
ただ、そのショックゆえの冷静さが、僕に他のことを考える余裕を与えた。
そのおかげか、このとき僕の頭には、この場所についてのとある二つの可能性が浮かんできていた。
一つは、ここが僕の知っている世界よりもはるかに未来に位置している世界かもしれないということ。
もう一つは、アトランティスなどで有名な超古代文明のようなものかもしれないということ。
もしここが未来の世界だとしたら、この科学力の説明はつくかもしれないが、見渡す限りの森林ということろの説明がつかないから多分違うだろう。僕の知るあの世界でこれほどまでに自然をおもんばかっていくとは考えられない。口先では環境問題やその他のあれこれを問題として挙げても、それはあくまで挙げるだけ、実際に何かをするほどの主体性をもっている政界の人がいるとは思えなかった。
そしてもしここが超古代文明だとしたら、科学力の説明と、森林が広がっているということの説明はできるかもしれないけれど、しかしそれだと日本語を話しているということの説明がつかない。
だとしたらやっぱり…………と、話が堂々巡りになっていく。
あぁ、もう! 何が何だか分からなくなってきた!第三の選択肢を模索するところまできて、僕はすべてを投げ出した。
微妙に理解できるとこういうことになるんだよ……いっそ何も考え及ばないほうが気持ちが楽なのに。
ああ、妖怪になっても頭のキャパシティが少ないことは変わらないのか……と自分の思考力の低さにがっかりしつつ、気持ちを切り替えて、「そのうち分かるでしょ」と軽く考えることにした。
そうでもしないと本当にやってらんないって。
「だいぶ驚いてるみたいだが、これくらいのことには慣れてもらわないとな」
そう言って彼は歩き出した。
「慣れろといわれましても……ねぇ」
こんな超常現象じみたことに慣れろと言われても、そんな簡単に慣れられるものではないだろうよまったく。
彼の後を追いかけながら僕はそう呟いた。
まあ、でも、そういえば僕はまだ旅の途中だったんだよな。あるきだしてすぐそのことを思い出した。こうも序盤からこんなにも『ぶっ飛んだ』感じだと、この先に起こりうるもっと『吹っ飛んだ』ことについていけないなんてことになりかねない。ことあるごとにこんな驚いていたら疲れてしまって仕方ないかもしれない。
それこそ、実際に『布団が吹っ飛んだ』という状況が起きたみたいに。
……とはいってもそう簡単に慣れるとは思えないんだよな、やっぱり。
「それで、これから何処に連れて行ってくれるの?」
次は驚かないようにあらかじめ聞いておく。
せめてもの悪あがきだ。
「そうだな、それはついてからのお楽しみかな」
そうやってもったいぶられるとこまる。なんだか怖くなってきたじゃないか。しかし、まあお楽しみっていってるくらいだし、大丈夫だろう。
そう考えるといくらか気持ちが楽になった。
いやぁ~、どんな所に連れて行ってくれるのかなぁ。科学技術が発達してるから、なんかもう機械でいっぱいの施設とかあったりするのかな…ワクワク。←結構機械好きだったり?
「ところで茶鼫」
僕がそんな妄想をしながら歩いていると彼が振り返ってそう声をかけてきた。
僕は彼の横へ行って、「なに?」と聞く。
「お前はいつ生まれたんだ?」
「えっ!ウゴホゲフゲフ!」
あまりに突拍子もない発言にむせこむ。
「ンン!急にどうしたの!?」
咳が出そうになるのを何とかこらえてそう聞いた。
「いや、なに、ただ興味本位で聞いただけだ」
本当にどうでもいいとでもいうように手ぶりを交えて、うやむやにことをすませようとしているのが伝わってくる。
まったく、興味本位か……いきなりそんなこと聞かれてもなぁ。
反応に困るので次からは遠慮してほしい。
普通そういうものはもう少し親しくなってから聞く話題だと思う。
玄武さんって意外とデリカシーながったりして(笑)
というより怪しすぎるだろ。
なぜこのタイミングでそれを聞くのだろうか。
何か裏でもあるのではないだろうか。
そもそも八意とかいうあの少女が言っていた言葉を考えるとこの玄武という男が僕にここまで優しく接する道理がわからない。
今までつい人間同士の感覚で接していたがよく考えてみればそもそもこの状況がおかしいのではないか?
しかし、いつ生まれたかなんてことを聞いたところで一体何になるというのだろうか。
ただ、う〜ん……いつ生まれたか、ねぇ。それについては僕自身興味がある。感覚としてはまだひと月もたってないと思うのだけど、それは僕がこの世界を初めて認識したあの瞬間からだし、もしにこの世界に生まれたその瞬間を基準に考えているならそれはもっと前になる筈だ。そしてどれくらい前に生まれたのかわからない以上本当のところは母さんに聞くまでわからないのではないだろうか。
今すぐにそれを聞きに行くことはできないし、そうなれば必然的に彼の質問に答えることはできなくなるのではないだろうか。
……僕は何を気にしているんだ。
「答えたくなければ答えなくてもいいんだからな」
僕がいろいろと考え込んでいることを話したくないと捉えたらしく、彼は優しくそう云った。
この優しさがやはり怪しい。
これは何かの罠なのではないか?そう疑わずにはいられない。
「ちょっと正確なことがわからないから考えてただけ」
こちらも努めて自然にそう返す。
「そうか」
ふぅむ、この雰囲気はあまりよろしくない。
まあ、この程度の内容なら教えても問題は、無いかな?
「うん、たぶん一から二か月くらい前だと思うよ…」
「それは本当か!」
何をそこまで驚くかなぁ。
別にいつだって良いじゃないか……この期に及んで嘘をつく必要なんてないし、先に聞いてきたのは玄武さんのほうなのだからもうちょっとくらいは信じてくれてもいいと思うのだけど。
それに執拗に真偽を問うあたりますます怪しい……
「妖怪が人の姿をとれるようになるには少なくとも数年はかかると聞いたことがあるんだが」
「えっ、そうなの!」
素直に驚く。
なんと!そんなにかかるものなのか!
いやまて、これだと僕のほうが立場としてからり危ういことに……おのれ図ったな!?
「たしかな……それよりなんで妖怪のお前より俺のほうが詳しいんだよ!!」
うぅ、そんな冷静に……それはその通りだと思けどこれだと疑う気力をそがれるじゃないか。
――しかし人の形をとるのにそんなに長い時間がかかるなんて初耳なのだが……初めからこうだったからこれが普通だと思ってた……
いや、待てよ……そういえば前に母さんが「お前は常に人の……」とかなんとか言っていたような……
すっかり忘れてた(笑)そのときになにかその原因みたいなことも言ってたような気がするけれど……なんて言ってたっけ?
う~ん…………忘れた。
まあいっか、どのみち今の僕にはたいして関係のないことだし、気が向いたら思い出せばいいや……とりあえずは何かしらの原因があってこうなった、それでいい。
「今思い出したんだけど、何かあったらしい」
僕はとりあえずまとめたことを言ってみる。
「俺はその何かが知りたいんだ」
そりゃそうだ、僕だって玄武さんの立場だったら同じことを聞くと思う。
僕だってそんなことが言いたいわけでもない。
「でも覚えてないんだから仕方ないじゃん」
まあ、思い出そうとした努力だけは認めてくれや。
「はぁ……まあいい、あっ、そこを右な」
「ほーい」
本当に、疑う気を削がれる。
ここに来るまでにもう何度か分からないくらい曲がり角を曲がって来たが一向に目的地に着く気配がない。
彼についてきているとはいっても、これからあとどれくらい歩かなくてはいけないのかが分からないこの状況だと、やはり少しばかり不安が出てくるものだ。
まるで巨大な迷路の中に取り残されたような、どこか恐さをはらんだ不安である。
しかし、まあ、まだ話す相手がいるだけでもましだと思うことにしよう。
そんなことを考えていると玄武さんが「なあ茶鼫」と声をかけてきた。
「なに」
「華飛天のことなんだが」
??
急にどうした!?
「あいつ今どうしてる?」
ふぁっ!ますます訳がわからない。そもそもあいつってなんだよあいつって!
「母さんなら元気にしてるけど、どうして?」
うぅむ、答えてしまったのは少し軽薄だったか?此処の人たちは基本的に妖怪のことを嫌っているようだし、あんまりたくさん話すと母さんに危害が及ぶかもしれない。
もう少し気を引き締めていかなくては。
「なんだ、少し気になっただけだ、気にしないでくれ」
「気になるよ」
ここはあえてかるーく聞くことで相手を心理的に自白においこ…
「そこを左」
あっ、逃げたな!!そこまで隠したいことなのか?気にするなと言われて、「はいそうですか」と答える奴はそうそういないだろうことくらい彼も分かっているのではないか?
僕だってずっと受け身なわけじゃないんだ。少しくらいは詮索させてもらうよ。
……それに、さっきからなん怪しすぎるんだよ。目を合わせようとしないし、たまに僕をチラッと見てはすぐに目をそらしてるじゃないか。
ただの興味本位で聞いたことなら少なくともそこまで露骨に僕の視線を避けたりしないだろ。初め船に僕を招き入れた時だって、さっきの部屋でだって、なんだか彼、母さんのことになると少しといわずかなりおかしな反応をする。
これは少し探りを入れてみるしかないだろう。
「ねぇ」
「なんだ?」
「どうして僕を此処に連れてきたの?」
「急にどうした!?」
立場が逆だな。
「いやね、目が覚めた時に玄武さんたちの話が聞こえてきたから、ちょ―――っとだけ聞いてたんだけど、此処の人たちって妖怪のことを嫌ってるみたいじゃん?だからなんで僕のを此処に連れてきたのかなって……ちょっと気になってね」
玄武さんはなんだか少し考え込んでいるようだった。
さてさて、どんな答えが返ってくるかな。そうなれない立場にドキマキしながら返事を待つ。
もし単に実験とかのためだとしたら、僕が毒を無力化した時点で直ぐに殺していただろう。
――平気な顔して毒を盛れるんだ、それくらい造作もないことだろう。
そういうことを考えると玄武さんがすぐに答えられない理由が分かるような気がする。
それにしても、どうして僕は彼とこうやって普通に話しているのだろうか。だっておかしいじゃないか、彼は僕に毒を盛った可能性が一番高いのだから。
普通なら警戒心とかがあって然るべきだと思うのだけど、なぜだろう、彼といると自然と大丈夫な気がしてくる。
なんでかわからないけどこの人のことは疑う気にならないんだよな。
ほんと、なんでだろう……
そんなことを考えていると玄武さんが何やら真剣そうな眼差しでこちらを見つめ、口を開いた。
「お前をここに連れてきた理由だが、実は…………いや、なんでもない」
「教えてくれないのかよ!」
なんだよ、「実は……」なんて真剣な口調で言っておいて教えてくれなとかそれは酷だよ!!
これはあれか、期待させといて結局大したことないとかそういうオチかその前振りなのか!?
「気になるから教えてよ!」
「……」
やはり彼は黙ったままだ。やはり大したことではないのか?
…… いや、ここはもう少し真剣に考えてみたほうが良いかもしれない。
何か、とんでもない事象があって上手く口が回らないのかもしれない。
……言葉の無いまましばらく歩き続ける。
……
「ねえ」
「……実はな」
おお、ようやく話してくれるのか。危うく急かすところだったよ。
「あいつをこの地に止めているのは俺なんだ」
「……どういう事?」
何言ってるんだ?玄武さんが母さんを引き止めてるってどういうことだよ……
というか、やっぱり母さんと何か関わりがあったってことだよな!
彼は一体何を隠してるんだか……僕に言えないようなことなのか? 母さんを引き留めてるって言ってもきっと八意って人が言ってたあの約束とかいうやつだろ。
それくらいのことなら別段驚くようなことでもないし、それ以上に母さんがそういうことを何も言ってくれなかったことのほうが驚きだよ。
まあでも母さんのことだからきっと「忘れてた」とかいいそうだけど(笑)
「約束とか言ってたことなら知っ……」
「信じてもらえないかもしれないが」
なんだ、僕の話は無視か?!
「実はな、俺はお前の父親なんだ」
「……今なんて?」
僕は足を止めた。それに合わせて玄武さんも足を止め、僕の前に向き直った。
冗談にしてはあまりにも質が悪い。
玄武さんが僕の父親…だって?……きっと聞き間違いだろう……玄武さんが父親なんて、あり得ない……だって、その、きっとあれだ、すぐには思い浮かばないけど、きっと何かの言い間違いだろう。そうじゃないと…………あり得ない。
ああもうさっきからその視線止めてくれ!
混乱してる僕に追い打ちをかけるように玄武さんがさっきの言葉を繰り返した。
「お前は、俺と華飛天の間に生まれた子なんだ」
「……」
もうここまではっきり言われてしまっては否定する術はない。
頭の中がが真っ白になった。心臓の鼓動も聞こえないようなきがする。今僕は一体どんなふうに見えてるのだろう。きっとこの世の終わりでも見ているような顔をしているんだろうな。
動揺して何も考えられない意識とは裏腹に、玄武さんが言ったことを冷静に捉えている自分がいる。その自分が玄武さんが「俺はお前が生まれたところを見ていないんだ、だから今までお前が本当に俺の子か自信が持てなかった」と言っているのをを聞いている。
冷静な自分が僕を再び歩かせた。もしかしたら歩いていたほうが何も聞かれないと思ったのかもしれない。
その足は普段より早かった。
少し歩き詰め、混乱していた意識が落ち着き、自然と玄武さんが言っていたことの推察を始めた。歩く足は少し遅くなった。
一方の玄武さんはというと、
「少し急すぎたかな」
とかひとり呟いてゆっくりとあとを追いかけたところであった。
時間がたつにつれ、玄武さんの言っていたことに対して驚く気持ちは薄れていった。だけれども、やはり信じられないことに変わりはなかった。
だってそうだろ?
玄武さんは人間なんだ、妖怪じゃない。妖怪と人間の間に子供ができるはずがない。常識的に考えればわかるだろう。
彼の発言を真っ向から否定する意識とは別に、そんなことは分からないじゃないか、知りもしないのにわかったことを言えるのか? 意見する自分もいる。
感情で動く意識と、冷静に考える意識、両極端の意識が僕の中で衝突して、それぞれがより確実な結果を得ようとしている。
そうしているうちに段々と冷静になってきてそれぞれの意見がまとまっていく。
もし玄武さんの話が本当だとしたら、母さんの話題(今になってみると母さんじゃなくて僕の話題だったのかも)でおかしな反応をする理由が説明できるよな。それで、僕を此処に連れてきた理由は僕が本当に自分の子なのかを確かめるためってところか。
なんだか複雑な気持ちだな。
「玄武さんが父親か……」
「何か言ったか」
気がつくと僕の歩くペースはかなりゆっくりになっていて、横にはちょうど僕に追いついたばかりの玄武さんがいた。
「何でもないよ」
「そうか」
「はぁ、なんかすごい疲れた」
玄武さんが頭の上に『?』を浮かべている。が、すぐに何かに納得したらしく「急な話ですまなかったな」と言っている。
確かに急な話だったけど、それよりは考える事のほうが疲れたよ。まさか玄武さんが父親っていうのはねぇ……まだすべてを信じるのには早い気がするけど、とりあえず今はこのままでいいかな?
「ねえ玄武さん」
「なんだ?」
「これから何処に行くの?」
今はもうこれから起こることだけを考えよう。少しは気分転換になるだろう。
「言ってなかったか?」
「聞いてないよ」
なんか、後でみたいなこと言って教えてくれなかったような気がする。今回は教えてくれるかな? やっぱり面白いところがいいな。僕が起きた部屋もある意味では面白かったしね。
「そうだなぁ、それはお前がちゃんと姿を隠せているか確かめたあとで決める」
「というと?」
「いくつかテストをさせてもらう」
「テスト?」
テストって何するんだ? ちゃんと姿が隠せてるってことは見ればわかるんじゃないのか!? それよりも、また返事を先送りにされた気がするんんだけど!!
何さ、そんなに僕をあっと言わせたいの!? それならかなり期待していいってことかな(笑)
今気づいたんだけど、テストってカタカナ言葉だよな……ってことはここは未来の世界か?
「テストって何するの」
「そうだな、鏡にでも移してみるか?」
なんで疑問形なんだよ! これはアレか、テストとかなんか大切なことみたいに言ってるけど、実際はただの思いつきだったのか!?
……でも、こんな状況滅多にない(たぶん)だろうし、当然といえば当然か。
「ずっと気になってたんだけど」
「なんだ?」
「玄武さんって意外とテキトーな所あるよね」
(話を切り出すタイミングだったり、その場しのぎで思いついたことをすぐに言ったり……)
「そうか?」
「そうだと思う」
それはさておき、もし鏡に映してみてうまく隠せてなかったらどうするのだろう? このまま此処に軟禁か!?
それは困る。だってこれからもっと色んな所に行きたいんだからこんなところで立ち往生してる暇はない。
てか、ここ何処だよ?!
というより、僕はここに誘拐されてきてるようなものじゃないのか……?うぅむ、僕はこれから一体どうなるのだろう……
『ぼぅふ』
「すまない」
玄武さんが急に止まったものだから後ろから突っ込んでいってしまった。何処に着いたのかと思えば、相変わらず廊下の途中である。
……よく見れば壁に四角く切れ込みが入っており、そこを押せば開きそうな感じがする。
押してみようかな。
『ギ――___』
あれ?? ちょっと触っただけなのに開いちゃったよ。どんだけ軽いんだよ……ってか軽すぎてこれはこれで不便そう。
風が吹いただけで開いたりしないのか?
「おもったより軽いんだね」
「そうか? これが普通だと思うが」
うん? 今なんて言った、これが普通??
えっ、じゃあ全部の扉どれをとってもこんな風に簡単に開いちゃうのかよ………やっぱり不便そうだ。
「テストといえば、この部屋だ」
そういえば開けるだけ開けて、まだ中を見てなかったな。
どれどれどんなもんかな。チラッ…………これは……僕の目がおかしくなってるんじゃなかったら、ここはどう見ても病院の診察室に見えるのだけれど……なんだか嫌な予感がする。
今は隠れていて見えないが、頭の上で獣耳が落ち着きなく、辺りの些細な音さえも聞き逃さないようにピクピクと動いているのを感じる。
落ち着け……そうだよ、テストっていっても僕がちゃんと耳とか尻尾を隠せてるかのテストなんだから別に診察室でやってもおかしいことなんてない……よね?
「あら久しぶりね」
この声は、
「といっても、さっき会ったばかりなんだけどね」
「八意さん」
どうりで診察室なわけだ。でも待てよ、僕に盛った毒を作ったのってこの子だよな……
「帰る」
「どうして!!」
「なんか危険な予感がする!」
「ひどいわね、ちょっと調べるだけじゃない」
ほんとにちょっとかどうか怪しいなぁ。それより、テストは何処に……この子が此処で待ってたってことは初めから僕がここに来るってことがわかってたってことだよな。なんか、相手の思うつぼになってるような気がする……なんか嫌な感じ。
「調べるったって、具体的には何するんだよ」
「そうねぇ、まずはあなたの血を少し戴こうかしら」
「何にそれ吸血鬼!?」
「違うわよ!ただ研究材料にするだけよ」
渾身の返しの甲斐あってかすかした彼女がすこし動揺する。しかしそりよりも後ろについた言葉が気になる。
いったい何の研究をするんだか。そもそも僕がここに連れてこられたのってこのためだったのかなぁ。まあでも少し血を採られたくらいだったら僕に悪影響はないし、いい……かな?
「他には」
「他にはって?」
「他には何をするの」
「何もしないわよ」
「……」
間違いなく僕が此処にいる理由はこのためだ。ってことはこれが終わったら僕は用済み!?
前には八意さん、後ろには玄武さん、此処は知らない場所、あっ……これ詰んだやつじゃん。
ああ、どうしよう。僕の人生ここで Bad end かよ……いや、そんなのまっぴらごめんだ!! どうしたらいい、どうしたらこの状況を打開できる……考えろ……
よし、重要なのはできるだけこっちが主体になって動くことだ。相手のペースに合わせてたら僕に勝機はない。まず血を採るって言ってただろ?そのとき注射針を使わせたらこっちの負けだ。また毒なんて盛られたらたまったものじゃない。ここは僕の能力で体の中から直接血液の一部を取り出すことにしよう。
そうすれば主導権はこちらにあるし、いざというときすぐに対応できる。残る問題はそのあとどうやって此処から抜け出すかだ。ただ逃げるだけじゃ圧倒的にこっちが不利。何か一瞬でも相手の気をそらすことができれば…………あれ? あそこにあるのは……アルコールか!!そうだあれに火をつければ少しの間は気をそらせるだろう。そのあとのことは……行き当たりばったりでやるしかないか。
それじゃあ、作戦決行。
「ねぇ、採血は僕が自分でやるから容器だけもらってもいいい?」
「いいけど、自分でできるの?」
「いいから、いいから」
「そう、ならこれにお願い」
よしよし、出だしは好調。あとはどれだけ素早くできるかだ。八意さんが僕を見ている視線が伝わってくる。いざ本当にやろうと思うとなんだか緊張してくる。
今更なのだけど加減を間違えて体中すべての血を抜いちゃったらどうしようと、急に不安になってくる……考えなければよかった。なんだか寒気が……
「それじゃあ、やるよ」
「ええ、お好きなときに」
『スッ』
ふう、なんとかうまくいったか。
「はい、これ」
「どうも」
あれっ、急に血の量が減ったからかな、何だか目眩が…………
『バタッ__』
……………………
………………
…………
……
『ピ・ピ・ピ・ピ……』
あれ、僕どうして寝てるんだろう……それになんだか体が重い…………
うっ、眩しい、なんだ……
僕の目の前を白い光が左右に揺れている。ぼやぼやしてよく見えない。あれはなんだ?
なんだか変な気分だ。
……
……少しずつ見えるようになってきたな。あれは、懐中電灯か? どうしてそんなものが……
「大変! 早く先生を!!」
『スタッ・スタッ・ㇲッ……』
先生? 先生って誰だろう。それより此処はどこだ。今の僕に見えるのは白い天井に白い照明、温かさの感じられない、白で統一された部屋。
体を起こしてもっとよく周りを観察してみたいけど、なんだかものすごくけだるくて起きたくても起きられない。考えるのをやめたらそのまま寝ってしまいそうだ。
あぁ、本当に眠い…………
「大丈夫か?」
この声は、玄武さんか? ……さっきのはいったい何だったんだ……夢、なのか? それにしてはやけにリアルだったような……
「返事がないな」
「頭でも打ったんじゃないかしら」
「かもな」
「……僕は大丈夫です」
「しゃべったな」
「しゃべったわね」
なんだよその未知の生き物と遭遇したみたいな言い方は! ハッ、まずい何をしてるんだ僕は、早く逃げなければ!
しかし何があったのかも気になるし……
「ねぇ、何があったの?」
「覚えてないのか?」
「あんまり」
血を抜いたところまでしか覚えてない。
「お前は血を抜いた後すぐに倒れたんだ」
「そうなんだ」
どうりで覚えてないわけだ。
しかし何でまた……
「ところで、体のほうは大丈夫なのか、倒れた時に何ヶ所かぶつけていたんだが」
そういわれてみれば、立った状態から崩れ落ちたのにまったく痛くないのも不思議だな。
普通ならもっと痛くともおかしくはないとおもう。痣一つないような気もする……
「とくに、痛いところはないけど」
「そうか」
そういえば、僕が今生きてるってことは倒れる前に考えてたことは僕の思い過ごしだったってことか……実際に行動に起こす前に倒れたからよかったけど、もしあのままやってたら……、ふう,危ない危ない。
「それじゃあ、やることもやったし外に出てみるか」
「うん!」
ようやく、この狭い空間から出られる!!
その事実が一切の不安を吹き飛ばした。
やっぱり人って狭いところずっと居られるようにはできてないんだよ……人じゃないけど。
「それで、どうやって外まで行くの?」
「それだ」
玄武さんが指さした場所には何やら扉がある。えっ、診察室から直接外に出られるのかよ! いいのかそれで(笑)ともかく、念願の外だ! 早く行こう。
僕が扉に触ると例のごとくすぐに開く、かと思いきや、いくら押しても開きやしない。
ここの扉はみんな軽いんじゃなかったのかよ!
「それは自動ドアだ、押しても開かないぞ」
「あっ……」
なんか、恥ずかしい。
自動ドアの存在をすっかり忘れてたよ。
そういえばドアもカタカナ……
なるほどこれなら勝手に開いたりしないから不便ではないな。で、この扉はどうやったら開くんだ? この扉の横にある意味ありげな上矢印を押せばいいのか?
……これ、どっかで見たことあるような……そうだ! エレベーターだ!
上矢印ってことは此処は地下なのか!?
地下にこんな巨大な施設を作るってやっぱり此処はやばいな。
まあいいや、とりあえず押しちゃえ!
『ポチ』
……
……
……
『チン、ガラガラ』
やっぱりエレベーターだったな。音声のアナウンスがないのがさみしいけど、でも僕の知っているエレベーターよりもかなりすごいというのが分かる。
というのも、このエレベーター、首を突っ込んで上を見ても、吊るしているワイヤーが一本もないのである。要するに宙に浮いているような状態なのだ。
これはやばいね。
「さあ、そこに突っ立てないで早く乗ってくれないといつまでたっても外には行けないぞ」
「はーい」
ようやく面白くなってきたじゃないか。