第六話 時代錯誤な地上の都②
何処かの閉鎖的な部屋の一画で、赤と青の服を着た少女と、兵装を身にまとった男が何やら話している。その部屋の隅に置かれたベッドで、一匹の鼯鼠がいままさに目を覚まそうとしているところであった……
……
(うー、痛てて……)
頭がジンジンする。
頭が仕事をすることを拒絶して、まとまった思考ができない。寝起きが悪いことには自信があったが、それでもここまで何も考える気にならないのは初めてだ。目を開けようとしてみたが、それさえもままならないというように、全身を気怠さが覆いこむ。時がたつにつれ、頭の回転が速くなる。しかし、それに反して体の内から湧いてくるヘドロのような感覚が、体を動かすことを断固として拒絶する。
ここは何処だ……ふと、そんなことが気になった。すると途端にそれまで気が付かなかったことが次々と情報として伝わってくる。
なにやらふわふわと柔らかいものに全身埋もれている気がする……この感じは布団だろうか。……少し暑いな。しかしどうして布団なんてものが……
それ以前に、僕はいつの間にこんなところに来たのだろうか……?
思い出せ……たしか、あのとき僕は玄武と名乗った男に連れられ、船に乗ったはずだ。
そのあとしばらく話をして………………
ッハ!と事の顛末が突如として思い出された。
あれは一体何だったんだ……!?急に意識が遠のいて…………ッチ、だめだ、それ以降のことは何も思い出せない。パンクしそうな志向の渦に、思わず悪態をつきたいような気持ちになる。いっそ心の中なのだからだれにも気づかれないことだし、すべての鬱憤を一緒くたにして吐き出してやろうか。その全ての行く当てが自分の不甲斐なさだと気が付いたとき、荒ぶっていた心が静まった。
何であれ早く起きて様子を確認しないことには……そう思ったが、体を動かそうとしても全身に力が入らない。目を開けることすらかなわない状況で、僕は自分が本当にそこにいるのか、それすらもわからなくなってきていた。
どうして動かないんだ!おい、しっかりしてくれとよ!
と、何とかかんとか体を動かそうと四苦八苦しているうちに、体の動かし方そのものが、いったい今までどうやっていたのか分からなくなった来た。
何もかもが無駄に思えて、すべてを投げ出しかけたその時、ふと誰かが話している声が耳に入った。
僕はが最後の望みとばかりに耳を研ぎ澄ませ、その話声に意識を集中する。
片や子供のような幼い声で、片や醜男のような低い声で、ちぐはぐな声の応酬が木霊するように聞こえてくる。男の声は、つい最近聞いだばかりのものだった……
「……さん、こんなものを連れてくるなんて何を考えているのかしら、でも、まあこれは有効活用させてもらうわ」
この少女油断ならない。俺が何とか取り繕わなければコイツの身が危険だ。
そう考えているのは他でもない玄武という男である。
油断をすれば足元を掬われかねないということは、彼女の姿を見たときに気が付いた。確かに、腕の立つ医者の娘で、親の血を色濃く受け継いでいるというのは話として聞いていたし、医学のみならず、頭脳の面においても、大人にさえ追従を許さぬ明晰さだと都で噂になるくらいだった。しかしたとえその噂を知らなかったとしても、その出で立ちを見れば異質な雰囲気に気づかないものはいないだろう。それこそ、本当の能無し以外は……
彼女を警戒していることを表に出さないようにしながら、自然な語調での会話を務める。
「それは構わんのだが、あまり手荒なまねはするなよ」
「どうして?相手は妖怪よ、妖怪に情けをかけるつもりはないわ」
間髪入れずに返された返答に困惑しつつも素早く次の手を打つ。
「こちらから何かしない限りはあいつも何もしてこない、無駄なことをして都を内側から攻撃されたら元も子もないだろう」
もっとも、ここで即答できないということは彼女盤上を逃れる機会を失うこととなる。それだけは避けなければならず、同時に必要以上の手の内を明かすこととなる。上からの命というのもあるが、それ以上に私的な理由からこの妖怪を生かしておくということを、彼女に知られてはいけない。彼女はその聡明さから必要以上に事の本質を見抜く力がある。
彼女も何か上からの命を受けているということは無いだろう。それならばどうして彼女はこの場に姿を現した?その理由をはっきりさせて、速やかに茶鼯から引き離さなければならない。
俺の言い分は筋が通っているから、大抵のものはこの時点で身を引く。
しかし彼女も切り返してきた。即ちこれは何かしら明確な意図があってこの場に留まるということでもある。
「あら、随分とこの妖怪を信頼しているのね…………そういえばあなた、確か都の警備と結界を管理をしていたはずよね」
急に話の本題を逸らされたことに、腰砕けに話の整理をつけられなくなった。
今その話題となんの関係がある……
胸が緊張したようにドキドキと音を立てているのが自分でもわかった。
「そうだが、それがどう……」
考えがまとまらず、呂律が回らない。
「……なぜあなたはこの二つの役割を同時にしているのかしら」
「それは…………」
彼女は端からこちらに質問をしたつもりはないらしく、俺が話し終える前に言葉を引き継いだ。
「……それはあなたの管理を任された結界がただの結界ではないからよ、この都を覆い隠せるような巨大な結界が今の技術で作れるはずがないわ」
ここで一度考えさせる間を与えるかのように息を継ぎ、
「……だとしたらこの結界はなぜ存在しているのか……結界の管理をしているあなたが知らないはずないわよね」
と畳み掛ける。
このままこの話題を続けるのはマズそうだ。
そう感じた俺は事務的に、「あなたには関係のないことです、八意さん」と、この話題を終わらせにかかる。しかしながら彼女もなかなかにしぶとい人のようで、「そう、それなら単刀直入にいわせてもらうわ」と、まだこの話題を続ける意思を示した。
「今都を覆い隠している結界は人間によって作られたものではなく、妖怪によって作られたものね」
「……」
そう突きつける彼女に対して俺は黙秘権を行使する以外に道はなかった。
話の主権を握るつもりが、彼女にいいように使われる未来が見えて、本当に、噂がかわいいものだという気がしてきた。
「相手が妖怪である以上何の経験もない者にその管理を任せることはできない」
俺の回答いかんに関わらず、彼女はゆっくりと、探りを入れるように話し続ける。
その眼は俺の目を直視して離さない。
「だからあなたが選ばれた、警備隊長として数々の妖怪を相手にしてきたあなたが……そしてその妖怪の名は華飛天」
ここまでスラスラと言ってのけたその情報は、上層部の中でも一部の人間にしか開示されてない機密事項なはずなのだが、どうして彼女がそれを知っているのだか。
少からず動揺が生まれる。
自分でも気が付かないうちに腕を組み、目を細めていた。
「そう、この都の建造に協力したとされる伝説的妖怪であり、今そこで寝ている妖怪の母親、だからむやみにこの妖怪を傷つけるな、そうでしょう?」
途中から確信を持った様に言葉が早巻きになる。
「子供だからって甘く見ないで頂戴」
そんな決め台詞まで言い切った彼女は満足げにその口を閉じた。
はぁ……全部わかっているなら最初から知ってると言やぁいいのに。ま、どうせ何事にも順序がどうたらこうたらってことだろうけど。
彼女を前にすると考えるだけ無駄だと思えてくる。
「まったく、あなたには隠し事をするだけ無駄ということか……そうだ、すべてあんたの読みどおりだよ」
まあ、それだけじゃないがな。
彼女は勝利を確信したように自信家の笑みを浮かべて俺が降参するさまを見ていた。彼女は自信過剰になるあまり俺がまだ俺以外の誰も知らない事実を隠していることに気が付いていない。そのことだけがねせめてもの救いだった。
「理由が分かったなら納得してくれるな」
「いいわ、この妖怪を使っての研究は最低限にとどめてあげる」
よしよし、それでいい。
俺は最低限初めに提示した要件を呑ませることに成功した。彼女の意図を探ることができなかったことが悔いだが、それは強欲というものだろう。
「でも私だって死にたくないわ、何かあったときは容赦なくさせてもらうから」
世の中そんなに甘くはなかった。
容赦なくっておまえ……初めからそれを認めさせたかっただけだろうよ。
あぁもういい……
何もかも、彼女に一歩届かぬところで手を打たれることとなった。
「あー、はいはい、どうぞご自由に」
ここは彼女に譲るとしよう。
なんだか凄いことを聞いた気がする……
そう呟きたい気分なこの鼯鼠はまだ動けないでいた。
母さん、此処のことを知っていたのなら一言云ってくれればよかったのに。まあ旅の始まりに余計な情報はいらないってことか。――なんとも彼女らしい理不尽な理由なんだ。
しかし、僕はどうやら罠に掛けられたらしい。そして今は都とやらの何処かにいるということは確かなようだ。
ここまで冷静な判断ができるのは体が動かないためなのだろうか、自分でも不思議だ。
――どういう道理かはあの会話であらかたの分かった。それに玄武さんのおかげで八意とかいう人にバラバラにされずに済みそうなのはいいのだけど、この八意って人は、本当に子どもか?
なんて大人びてるんだ、というか不気味。
……そんなことより、僕には人権なんてものは無いのかよ!……人間じゃないけど。と、安心からかつまらないジョークが飛び出す。口が動かず誰も聞いていないことは幸いだった。
それより気になることが一つ、
いつまで体が動かせないんだ?これは金縛りでは済まされないぞ……彼等の話を聞いている間に心の平静は取り戻した。その時点でパニックから動けないという線は消えた。
船に乗ったとき何か毒でも盛られたのだろうか。だとすれば早く毒を抜かないとならない。話を聞く限りでは命に係るものではないように思う。だとすればあの玄武とかいう男が許さないだろう。しかし自分の身体が他人に捏ね繰り回されるのを、黙って耐えるなんてこと、到底出来そうにもなかった。そうなれば、その毒を抜く方法を考えなければならない。
さて、どうやって毒を抜くかな…………ぱっと思い浮かぶ方法は無かった。そもそも体を微塵も動かさずに毒を抜く方法なんてあるのだろうか……もう少し頭を柔らかくして客観的に捉える必要があるのだろうか……
あっ、そうだ能力で何とかなるかもしれない。僕の身体から毒を『外に出せば』良いんだ。
いつの間にか、そんな思考に至っていた。
相変わらず万能な能力だ。
発想次第では本当に何でもできるような気がする。
自分でも苦笑いするしかない。
んじゃ、やってみるか。
おぉ!なんだか体が軽くなった気がする。これ、うまくいったんじゃないか!!
能力を使うことに全神経を集中させて、それを行使すると、発汗とともに体が現れたような、不思議な感覚が全身を駆け巡った。悪いものを外に出すというイメージが先行しすぎたせいで、代謝が促進されたような状況に陥ったのだろう。
何はともあれ、試してみるとしよう。
「よいしょっと(おっ、動いた動いた……って、この掛け声なんか爺臭いな)」
「あなた!どうして動けるの!!」
何もそんなに驚かなくてもいいと思うんだけどなぁ。
毅然とした態度をとっていた彼女が崩れた声が、僕の行為によるものだと思うと、なんとなく面映ゆいような気がした。
ともかくこのままボーっとしておくのもアレだな……さっき容赦なくとか言ってた時点で敵意を持たせたらいけないことは分かっているし。とりあえず挨拶でもしとくか。
と、どこか毒気を抜かれたような思考で事を進める。お気楽なことこの上ない。
「どうもー、初めまして」
自分で言って自分で馬鹿らしくなってくる。
「は、初めまして…………じゃないわよまったく!!あなたどうしてそんなにピンピンしてるのよ!まだ解毒剤を投与してないはずよ!!」
なるほどなるほど、やはり毒だったのか。
……にしてもおっかないなー。もし能力がなかったら僕この人が解毒剤を投与するまで動けなかったってことになってたんだから。
彼女の見せる容赦ない態度に、ドMな人ならイチコロだろうが、あいにく僕にそんな変態属性はない。
ああ、恐っそろしい。
ともかく、今はこの子を何とかすることが急務だ。
「そこから動かないで!!」
「動いてないよ!」
やばい、つい反射的に強気な姿勢を見せてしまった。
心の中ですごい弱気なっていいることが顔に出たのか、彼女は一度目を伏せ、ニヤリと表情を作ってから、一段と落とした声音で言った。
「そう、ならそのまま動かないで頂戴…………死にたくなければ……ね」
「ひゃ、ひゃい」
な、なんとおぞましい。この少女本当に人間か疑われるよ。親はいったいどんな教育を……
『カチャリ』
「ちょ、それしまって!何もしないから何も言わないから!」
こ、恐ぇ……この子、恐ぇよ~。
彼女には逆らえない。そう覚悟する茶鼯であった。
「さてと、おとなしくなったことだし、これからあなたをたっぷりと調べさせてもらうわよ、フフ♪」
ベッドの上では先ほどまで暑いと思っていた分厚い布団にくるまり、人という名の恐怖に顔を引きつらせながら、一匹の鼯鼠がベッド諸共ガタガタと震えている。抗議の声を出そうと口がパクパクしているが出てくるのはあわあわといった音だけで意味のある言葉が出てくる様子はない。
そんな様子を見かねてか、玄武はなだめるように両手をかざして言った。
「八意さん、からかうのはもう十分でしょう、そこらでやめにしてあげないか」
「……か、からかう?」
依然として体は震えたままだがどうやら声は出せるようになったらしい。さも行き倒れの人が食べ物を分けてもらったかのような声でなんとか聴き間違いじゃないことを確かめているのがその証拠だ。
「さっきの仕返しよ、でも十分楽しませてもらったわ、自己紹介がまだだったわね、私は八意永琳。ちょっとした医者みたいなものよ。まあ、科学者と呼べなくもないわね」
医者……こんな小さい子がか?どんなに多く見積もってもせいぜい13歳くらいじゃないか。前世の僕と比べてもまだまだこどだといえる。僕がその年のころは、何をしていたか……平均よりちょっとよく勉強ができるだけでこれと言って誇れるようなものはなかったな。あとはいるんな人の視線を気にしてた。
それが医者だなんて……
とんだ眉唾だ。さっきの件もあって、疑り深くなった僕の頭には、いとも容易く彼女のこの発言の真意が理解できた。
「またからかってるんでしょ!もう騙されないからね!!」
そうだ、嘘に決まっている。本当に彼女が医者なのだとしてらこの都とやらはさぞや物凄い世紀末を迎えていることだろう。
「残念ながら今回のは嘘じゃないわよ」
往生際の悪い人だ、素直に嘘だと認めればいいのに。
「これに関しては嘘でも何でもないと保証する」
なっ、玄武さんまでも加担するとは!
「彼女の一族は都きっての薬師一族で、その中でも彼女の才能は随一、薬にかかわらず様々な面ですでに都の発展に協力されてる、これだって」
そういって玄武さんは僕に、箱のようなものを見せてくれた。
(この箱には見覚えがあるなぁ……)
そうだ、僕が船に乗る前に玄武さんが持っていたものだ。きっと探知機とかいうやつだろう。ふむ、医者というのはさておいて、本当にこれを作ったのなら技術者としてはかなりの腕なのだろう。
現物を見せられると急に説得力が増す。
それでもまだ不信感はぬぐい切れないが、この世界に来てからというもの信じられないようなことがたくさんあったし(僕が妖怪になってたり、わけのわからん術があったり、第一僕がこの世界にいること自体が一番おかしいだろ!!)ここは一度信じてみるとしよう。
それだから何ということもないし。
「どうだ信じる気になったか」
俺も初めは驚いたもんだと言わんばかりにハハハと笑いながら言った玄武さんに、
「そうだね、もうそれでいいんじゃない」
と投げやりな返事で答えた。
そんなやり取りを聞いていた彼女は、
「なんだか気に食わない言い方ね」
と、不服そうに腕を組みながら言った。
「そ、そうかな」
震える声で答え、僕は誤魔化すようにそっぽを向いた。
(やば、またやっちまたかもしれない)
彼女の発言が怖い。
これで死因が軽く愚痴をたたいたから……となってしまってはいただけない。
僕が恐々としていると、彼女は、はぁ、と肩をすくませて諦めたように言った。
「まあいいわ、それで?」
よかった……と、胸をなでおろす。
ん?それでってなんだ……
「私は自己紹介をしたわ、次はあなたの番よ」
なんだ自己紹介か……自己紹介?なんか初めの方で「妖怪なんか……」みたいな感じのことを言われてたから意外だな。
意外と信頼してくれて、お近づきのしるしにとかかな?
まあ断る道理もないしもちろん応えるけどね。
「しがない鼯鼠の、え~っと……」
名前……なんて言おう。前世の記憶はあるのだけれど名前とか自分の生い立ちとか、そんな様な感じのことは全く思い出せない。思い出そうとすればするほど自分がどんな人だったのか分からなくなっていく気がする。
なんにせよ何か応えなければ……せっかく彼女が心を開いてくれそうなのに僕のほうから拒絶していると思われたらいやだ。とりあえず玄武さんに茶鼯とか言われていた気がするからそれを伝えておくか。
「名前はまだないですけど、彼からは茶鼫とか言われてます」
なんとも他人事のような言い方になってしまった。しかしこれで一応ノルマは達成したといってもいいのではないか?
「茶鼫って、玄武さん、私にはあなたのセンスがわからないわ」
小ばかにしたように笑う少女の目には、あからさまにこの状況を楽しんでいる色が見えた。
「…………(頑張って考えたのに)」
玄武は、大体において心情が顔に出ることが理由でよくいろいろと詮索好きな人物からあることないこと言い当てられる。その事実にまだ気が付いていないのはお人よしなのか頭が悪いのか、何であれ、
「まあいいわ、面白いし」
今回もまた知らぬ間にいろいろ顔に出ていた玄武は、心の中で、
(面白いからいいってなんだよ)
と、不満をたれていた。
そして茶鼯のほうであるが、こちらはまた別のことを考えていた……
兎にも角にも、もう言ってしまったからには此処にいる限り僕の名前は茶鼫になりそうだな。
ふう、茶鼫か~、まあ本格的な名前はまた今度考えるとして、今は茶鼫でもいいか。
目の前で起きた出来事には気が付かないでいた。
「それじゃあ茶鼫、あなたにちょっと聞いておきたいことがあるわ」
「なに?」
聞いておきたいこと?
「その姿、何とかならないのかしら」
姿?ああ、この獣耳とか尻尾のことかずっとこんなんだからすっかり忘れてた。
でもなんでまた急に……
「都を案内するに、その姿じゃね……何とかならないの?」
何とかって言われても、一体どうすりゃいいんだよ……やり方もわからないし。
あれ、案内?そんなことしてくれるのか。さっきとは打って変わって親切だな。
やはり心を許してくれたということなのか!
うれしいことにはうれしいのだが、
「いきなり言われても、そんなすぐには…………」
出来ない、と言おうとしてあることを思いついた。
「もしかしたら出来るかもしれない!」
「どっちなのよ」
「やってみないとわかんないよ」
能力を使えばいけるかもしれないけれど、果たしてほんうとにいけるのかわからないということ。
歯切れの悪い返事にば分でも納得したわけではない。
なんだか能力に頼りすぎだっていわれているような気がするが……
いやいや、これは与えられた力を最大限に活かしているだけだよ。なにも悪いことは無い。
……若干の抵抗はある。
「じゃあ早くやってみなさい」
「はいはい、今やるから、ちょっと待ってて」
まったく、せっかちなんだからなー。
まあでも確かにこの姿で人間の前に出るのもあれだとは思ってたからこの機会に人に化ける方法を覚えておくのもいいかもしれないな。
あれ?僕、化けるって……不思議な感じだ。何を考えるともせず自然と言葉が浮かんできた。まあ、でも間違いではないのか。僕は妖怪なんだから……
「まだできないの?」
(やっぱりせっかちだ、間違いない)
「何かしら?」
「なんでもないよ」
よし、じゃあ前に姿を隠したときの要領で、今度は耳と尻尾だけ隠そう。この方法なら前に全身を隠したやつの応用だからすぐできるだろう。実際に前回はすぐにできたしね。
「どうかな、ちゃんと隠せてる?」
「いい感じねそれなら大抵の人はごまかせそうだわ」
大抵の人ってところが気になるけれど、とりあえず隠せているならそれでいいか。
「よし、じゃあ茶鼫こっからはしばらく俺がお前を引率して都を周ることになる」
玄武さんが引率?この子……八意さんは来ないのかな
僕のそんな疑問を感じ取ったのか八意さんが「私のことは気にしないで頂戴」と言ってきた。
なぜ分かった!?
ハッ、こやつもしや超能力者か!!
今までのことを考えると、そんな人の一人や二人、居たところでなにもおかしくはない……
閑話休題
さてと、どこを案内してくれるのかな。
と、いうよりも、そもそもこの部屋に出入り口はあるか?ドアらしきものが見当たらないのだが…
僕がドアは何処にあるのかとあたりを見回しているのを見て、玄武さんが、「そこから動くなよ」と云い一見何の変哲もない壁を手で押すと、そこがへこんで20センチくらいの穴ができたかと思えば今度はそこから操作盤のようなものがせり出してきた。そして彼はそれをポチポチと操作している。
ふと八意さんを見るとなにやらニヤニヤしながらこちらを見ている。
何か裏がありそうでどうにも気にかかったが、それも行く当てのない疑問として消えていった。
視線を戻すとちょうど彼は作業をし終えたようで、操作盤がまた始めと同じように壁と同化して、それと入れ替わりにすぐ左の壁が溶けるようになくなっていった。
その先には、長く薄暗い廊下が続いていた。