第四話 飛び立とう
「よし、ここなら丁度かな」
そうつぶやくと、僕は眼の前にある巨木を見上げて手をついた。そして、眼下に広がる山並みを見た。詰まる所、この山で一番高くそびえる樹の中ほどまで上って来たところである。
なんだかいとも簡単に上ったような口振りだと思うかもしれないが、そんなもの空が飛べるのだから、これくらい朝飯前だよ。
……と、タンカをきったはいいものの、本当のこと言うと何度かバランスを崩してそのまま地面に落ちそうになったりと、いろいろあってようやくここまで登ってきたのだけど……やはり慣れないことをするのはよくないのか?
そうなるとここまで登ってきた苦労が……
閑話休題
この毛皮、うまく使えば空を飛ぶのにすごく役に立ちそうな気がする。飛膜の代わりとしてこれがついているのなら、これを本当に飛膜の代わりにする事ができるかもしれない……
木の枝に腰を下ろし、僕は思慮を巡らせる。
うーん、この端っこ部分を両足にそれぞれ結び付けて残りの端を手で持つとか、首に留めたのはそのままで、足にだけ固定するとか、はたまたパラシュート風にしてみるとか……
あゝ、僕が一生懸命に考えた末に出てきた案がこれとは、自分自身が情けない。後から考えればこんなのアホ以外に誰が思いつくんだよという気がしてくるのだが、まあその理由は追々。
「さて、どうしようか……どれもパッとしないしなぁ」
とりあえず出てきた案を検討して、しばらく考えてみる……
が、しかし結局最後までその「パッと」する答えが出なかった。そこで物は試しと最初の案から順にやってみることにした。
「よーし、これを足に結んで、ここを手にもって――うん、こんなもんか」
(実際につけてみると想像してたよりずっと動きずらいな、まあでもこれくらいなら……)
僕は毛皮を身に着けて、さしずめ、「今から飛ぶぞ!」といった姿勢で集中する。そして気持ちが高まって最高潮に達した勢いそのままに木の枝を蹴り大空に飛び出だした!!…………と、いけば結果も違っていたかもしれないのに、
『バキッ!!』
あろうことかそれまで全く考慮に入れていなかった事態が発生…… ヒュ――――という風切り音とともに、頭を下にして落ちてゆく。
「えっ……!」
天と地が入れ替わり、ぐるりぐるりと目まぐるしく景色が回る。
さっき自分でやった余計な動作によって身動きが取れなくなったうえに、ソレが滅茶苦茶に気流を乱して、笹の葉が落ちるように回りながら落ちる中で、僕は落下に備えて姿勢を変えることも、足から先に降り立つこともできない。
「あ、」
僕は、「もう駄目だ」と、覚悟を決めた。
走馬灯のように昨日一日の走り回った記憶や初めて空を飛んだ感動が思い起こされる。
それもまた、消えてしまうのか……
――なぜだろう。前にも一度、こんなことがあったような……
『ファサッ……』
柔らかい感触とともに移動の方向が下から横へと変わった。
それと同時に薄らぼんやり何かを思い出しそうになっていたものが遠ざかって消えていく。
呆然とした状態で今、僕がどうやら助かったらしいということに気が付くと、じんわりと胸の内から安堵が溢れてきた。僕の頭が地面にたどり着く前に「何か」が僕を空中で受け止めてくれたようだ。
そこまで理解が追いつくと、僕はその「何か」に感謝の言葉を述べるために顔を上げた。
そして、そこで僕が見たものは……
大量の落ち葉でできた竜であった。
恐怖
葛藤
静寂
……
「はっ!はなせ――――――!!」
得体のしれないものに連れ去られたという恐怖が、安堵していた心を一気に侵食する。そしてその恐怖は、僕をうるさく騒ぎたて、竜の手の中で暴まわさせている。
何でもいい、どんな方法を使ってでも此処から逃げ出してやる!そのあとのことなんか知ったことか!そんな錯乱状態の中で、僕は訳も分からずもがき続けた。
すると、
「これ、そんなに暴れるでない」
と、どこからか聞き覚えのある声がして、僕は花火の火が消えるように平静を取り戻した……
「母さん?」
恐る恐る声を出し、問いかける。
「まったく、馬鹿な事をしおって……もし儂が咄嗟に式を使わせておらんかったらその足に結んだ毛皮を木の枝に攫われて飛べなくなるところじゃったぞ」
その声は、確かにあの少女のものだった。そこまで分かると今度は別のことが気になり始めた。
飛べなく、なる……?もしや、空を飛ぶ力ってこの毛皮から来てたのか!ということはこれをどんな風につけていても飛べる距離は変わらないってこと!?
驚愕の事実の発覚に僕は頭を抱えた。
……
はあ~、なんかもう疲れっちゃった。
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%〈鼯鼠休憩中〉%
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「それより、いつから見てたんだ」
まったく、かくれんぼで誰がどこにいるか知っていたら反則なんてもんじゃないよ。それじゃ、かくれんぼとして成り立たないじゃないか。
反則反則ルール無視!と心の中でぶーたれていると、
「見てはおらぬ」
と、明らかに矛盾したことをほざく。
いやいやなにを言うか……
「それじゃあどうやって僕を助けたっていうんだよ、見てなきゃできないでしよ」
至極当然の理である。が、しかし彼女はそんな事はないというように。
「そんなもの、常に気配を追っていただけじゃ」
と、真顔で答えた。
「はぁ――……、そうですか」
気配だろうが実際に見てようが変わらないと思うのは僕だなのだろうか……それ以上にそんなチートがあってかくれんぼとか面白いのだろうか。
「じゃがおぬし、なかなかやるではないか。気配はしても姿は見えんかったぞ。いったいどうやったんじゃ?」
はいはいそうですか……分かってますよそんなの……ん?今さらっと褒められたような――
これは……これは、何というか、素直にうれしい!!
チート級の実力がある相手からの純粋な疑問に対してあまりにも自分が無防備なことに、今初めて気が付いた。だが、ここは落ち着け……こういうところで図に乗ると後で痛い目をみるのはこういう場合の常識。だとすればここはいったん落ち着いて……
「えっと、能力を使っただけだよ」
と、すました風に言うのが正解だ!
ハハハ我ながら素晴らしい演技。これならあの実力派鼯鼠女優にも通用するだろう!やはり血は遺伝するのか!?
そんな僕の勝手な妄想をよそに彼女は至極落ち着いた様子で納得する。
「ほう、能力とな。確かにおぬしの能力じゃったら姿を隠すことくらいは出来るのじゃろうな……それにしても便利な能力じゃのう」
確かにいわれてみれば、かなり便利な能力かもしれない、それもチート級に……はぁ。
何だか彼女の煮え切らない態度にすっかりこちらの熱気も冷めてしまった。
こんなに便利な能力があるのに使わないというのはもったいないし、これからはもっと能力で出来そうなことを試していこう。
……ってか、能力使えば空を飛ぶ力も引き出せそうな。
改めて、僕の努力は一体……
僕はため息しか出なない程の脱力感に苛まれていくのであった。
数週間後……
「おぬし、そろそろ、独り立ちしてはどうじゃ」
彼女がそう声をかけてきたのは、僕が毎日の稽古に区切りをつけて休憩をしていた時のことである。
僕が丸太に腰かけて、「この後は何をしようか」と考えていたときに、彼女が真剣な面持ちで近寄って来た。それを見たとき、初めはどんな恐ろしいことが起こるのかと身構えずにはいられなかった。しかし少し身構えすぎたらしく、凄く突拍子もない発言のはずなのに、なんだかそこまで真剣になるようなことじゃないような気さえしてくる。
そもそも、僕とて今は一己の妖怪なのだから、すぐにくたばることなんてないという、そんな思考になっているようでもあった。
少し言い換えれば、自分の能力に少しうかれていた。
「独り立ちねぇ」
何事もないようにそう言う。
「うむ、僮からおぬしに教えられることはもうないと思うのじゃ。じゃから一人で好きなところへ行っても問題は無いと思うのじゃがおぬしはどう思うかの?」
確かに本当のことをいえばさっきのあれも、もうやることがなくなって暇を持て余していただけだしな。
ここで一度旅に出るというのも面白いかもしれない。
「う~ん、そうだねいいんじゃない」
ぼうっとそんなことを考えながら答えた。
「よし、ではさっさと準備をせんかい」
「えっ、今から!?」
「そうじゃ」
いくらなんでも早すぎる!!なんでいつもこうせっかちというかゆとりが無いというか……そんな感じなのかなぁ――。
なんだかんだ文句を言いつつ数分後
「支度できたよ~」
主に心の準備が……
「うむ、では達者でな」
「はい、はい」
相変わらずそっけないな。
実の息子が一人旅に出るという一大事に、なんだか近所のスーパーまでお使いを頼むような口調で……
あれでも本当に親かよ!
あっ、そういやまだ名前聞いてなかった。
名前が気になってからというもの数週間も放置してたのか(笑)
「ねえ母さん」
「なんじゃ」
「名前、聞いてもいい?」
「……まだ言っておらんかったかの?」
彼女は意外そうにそういうと、改まったように姿勢を正して、
「儂の名は、
華飛天じゃ」
と、十分にためを作ってそう、言葉をのこした。
そうか……、彼女は華飛天っていうのか。
それが分かっただけで何だか少し満たされた感じになるのは不思議だ。
「それじゃあ、また会う日まで『華飛天』」
そういうと僕は彼女に背を向けて歩き始めた。
胸に確かな光を宿して……
かくして僕の奇妙奇天烈奇々怪々な旅の道地は、めでたく始まりの一歩を迎えたのである。




