第二話 稽古
彼女が火球を出し始めてから、もうすでに三十分ほど走り続けている。
『ド―――ン』
「あっぶね!」
彼女の飛ばした火球が地面にぶつかるたび、轟音とともに土煙が上がる。
(まったく、当たったらどうするつもりだよ)
『ドゥ――ン』
(もーいやだあああああ)
なぜこんな事になっているのかというと、
時は戻って、数十分前……
「いきなりなんだ!?その火の玉はなんだよ!?」
あまりの急な出来事に思わず叫ぶ。いや、こんなものを見たらきっと誰だって僕と同じ反応をするだろう。
なんだよあれ、いきなり火の玉がボワッと……ってかあれをどうするつもりだよ……嫌な予感がする。
全身を悪寒か走り身震いする。
「これが妖術じゃ」
「妖術?」
何やら聞きなれない単語が飛び出してきた。
「うむ、妖術とはな妖怪が己の妖力を幻や炎などに変えて攻撃や守りなどにつかう術のことじゃ」
(なるほど、それが妖術か……)
つまりはファンタスティックなゲームでいう魔法のようなものだな。で、あれはさしずめファイヤーボールといったところか……って、
「その明らかに攻撃用のものをどうして僕に向けてるんだよ!危ないじゃないか」
「これから稽古で使うからじゃ」
(稽古で使う……だと――やっぱり嫌な予感しかしない)
「稽古なら、もっと安全な方法で出来ないのかなぁ」
云うだけ無駄だろうとは思うのだが、それでも、なにも言わずにはいられないだろうよこの状況は。
悪足掻きだとしても、しないよりかは数倍マシだ。
「安全な稽古など何の役に立つというのじゃ」
これは……なんだか話しが通じなそうな気がする。
でもこれくらいじゃまだ諦めないよー!
「それは、そうかもしれないけどさぁ……でっ」
僕の話を遮った彼女は、
「わかったようじゃな、では続きといくかの」
そう言って僕に向かって情け容赦のない火球を飛ばし始めたのである。
(やっぱりこうなるのか…………)
今この瞬間だけ、僕は彼女の心のうちが読めた様な気がする。
そこにははっきりと彼女がこの状況を「楽しんでいる」ということが書かれていた。
と、そんなことがありまして時は今へと続くわけだ。
「いつまで逃げているつもりじゃ!少しは反撃せんか!」
と、彼女に怒られる。
「そんなこといわれても、いったいどうすりゃ良いんだよ!」
僕の心からの叫びである。
ほんとにどうしろっていうんだよ、小石でも拾って投げるか(笑)
いや、でもホントにそれくらいしかできないんじゃないか?
まったく何も知らない人に対していきなり本気でかかってくるなんて、鬼か彼女は……
「妖術を使って反撃するのじゃ」
「どうやって!」
「おぬしも妖怪なのじゃからやろうと思えば出来るじゃろ、何となくで」
「そんなの無理だよ」
やっぱり鬼だ、間違いない。
彼女が初めて妖怪という単語を口にしたときは正直何かの隠語かと思っていたが、どうやらそういうわけではなく、本当に昔話とかなんかに出てくるあの妖怪らしいということが、時を追うごとに身にしみて分かってくる。
それにしてもどうして僕が妖怪なんかに……ほんとうに、僕が何をしたっていうんだよ。
もう半分自暴自棄を起こしかかっているぼくは、もう何が起きても驚かないような気がしてきた。
そもそも何もかもおかしなこと続きで意外と気づいていないかもなのだけれど、こんなちんちくりんな出来事にあってから、まだ半日と経っていないじゃあないか。
もう何日もこうしているような気さえする。
閑話休題
僕が妖怪ってことはこれから先練習さえすればああいうのが出来るようになるのかな。
だとしたらちょっと嬉しいかも。だって、アニメみたいに自分の思う様に火の玉を出したり出来るんだよ! 凄いじゃないか!
少し考え方を替えれば案外悪くもないような……
(しかしどうやるんだ……)
気持ちが変わってもやり方が分からなければどうしようもない。
僕は相変わらず逃げ続ける。
「まったくもって勘の悪いやつじゃのお。僮が一から教えるから足を止めてこちらを向くのじゃ」
と、声がして攻撃が止んだ。
ようやく僕の声が届いたのかとホッとする。
足を止めて後ろを向くと、そこに彼女の姿はなくただ影があるばかりである。上を見れば、彼女が空からこちらを見下ろしている。
……はぁ――何で空飛んでるんだよ!あれも妖術なのか!?
いろいろと突っ込みたいところは多いが、ここでへまをしてまた追い掛け回されたらたまったもんじゃない。そう思った僕は、できるだけ相手を刺激しないように、慎重に話す。
「それではどのようにすれば良いのですか?」
自分で言っておいて違和感しか感じないことはさておくとして、彼女はそれをさほど気にしていないように平然と言葉を続ける。
「うむ、まずは自分の中にある妖力の流れを感じてみることからじゃな。意識すれば簡単に見つかるようなものじゃ」
僕は目を閉じて妖力を感じようとした。見つけるのにどれくらいの時間がかかるだろうか。
しかし、それは案外早く見つかった。
(…………なにかある)
血液とは別に何かが全身を巡って流れているのを感じる。
それは物質的なものではなく、単なる気のようなものというのが僕の感想だ。
「どうやら見つけたようじゃな」
気づかぬうちに言葉がでていたらしい。彼女は間髪入れずに次の言葉を言った。
「ならば、あとは妖術はその妖力を外に出したり、内側で力を制御するだけじゃな。これが出来れば誰でも妖術を使うことが出来はずじゃ。じゃからまずは力を制御して、極限まで小さくしてみるのじゃな」
「わかった……」
……
……
……
「……それってどうやるの」
ズズッ_っと、彼女がアニメのように大袈裟な身振りでずっこけている。
(空中に居るのによくやるなー)
「随分とためたくせにわからないんじゃな……まあよい、そうじゃな、何か自分にとってわかりやすいように置き換えてみてはどうじゃ」
置き換える……こういうのは身近にあるもののほうがいいのだろうか?
そうだなぁ、妖力はよく分からないから煙とかがいいかもしれない。しかしそれだと抽象的すぎて「制御」が出来なさそうだな。う〜ん、何か、なにか他に良いものは……煙、熱い、熱い煙、水蒸気、水……そうだ!水が良いんじゃないか!水だったら制御するイメージもしやすいし良さげじゃないか。
なんか中学の理科の授業手でも、電気を水に置き換えて考えたような気がする……まあいいか。
よし、決まりだ、水に置き換えて考えるとしよう。
そして試してみる。
「こう……かな?」
「よし、できたようじゃな、では次は外に出してみるのじゃ」
どうやら成功したらしい。僕自身も何となくでそれを感じた。
(力を外に出すねぇ。力を外に出す、外に出す、外に 出す、出す…………)
「出し入れを操る程度の能力」
自分の意志とは関係なしに言葉が口から飛び出してきた。
「!!?なんじゃ、急にどうしたのじゃ」
彼女が目を丸くしてこちらを見てくる。
(いやそれはこっちの台詞だよ!何で言葉が口から勝手に出てくるんだよ!?)
驚きのあまり声も出なくなってしまったのか、本気で叫んだつもりの言葉が口から出てこない。
そんな僕をみて、彼女は少し何かを考え込んでいるようで、少ししてこう言った。
「能力じゃな」
「能力?」
またも現実では聞きなれない言葉が出てくる。
そのうち、「HP」とか、「残機」とかいう単語も出てきそうだ。
また少しの間考える間があって、額にシワを寄せ、眉間を軽く揉みながら彼女はこんなことを口にした。
「こればかりは儂は持っていないからようわからんのじゃが、確か稀に能力と呼ばれる力を持って生まれてくることがあるようじゃし、それではないかのう」
みんなが持っているものじゃないんだな。僕ってもしかして特別?
「能力はそれぞれに違っておって、能力やその使い方次第ではとても強力なものになることもあると聞いておる。おぬしもこの稽古が終わったら能力で出来ること探してみてはどうかの」
能力か……たしか僕の能力は『出し入れを操る程度の能力』だったはずだ。いったいなにが出来るのだろうか。
……早く試したい!
「よーし、じゃあどんどんやってさっさと終わらせよう!!」
「……何じゃか急にやる気になったの、まあ何でもいいがその意気じゃ!」
それから日が暮れるまで押しつけという名の稽古が続き、僕は簡単な術なら使えるようになってきた。具体的には手のひらから炎を出したり、10メートルくらいなら空も飛べるようになった。
というのも、どうやら僕は鼯鼠の妖怪らしく、空を飛ぶことに関してはほかの妖怪よりも簡単に出来るらしい。
コツを掴めばどこまででも飛べそうだ。(鼯鼠って滑空してるだけだったと思うけど、まあ妖怪だしいいのか?(笑))
それじゃあ空を飛ぶのはいいとして、手から炎を出すなんて初めての稽古で出来るのか?と思うかもかもしれないが、これには僕の能力が大きく影響している。妖術の中でも身体から近いところで行う術は比較的力の制御がし易く、初めてでも簡単に扱えるらしいのだ。
とはいっても、普通は妖力が足りずに扱いやすさ以前の問題なのだが、ここで役に立つのが僕の能力だ。僕の能力は『出し入れを操る程度の能力』であるから、この能力の『出し』と『入れ』の部分を上手く使って自分の周りにある妖力を自分の中に『入れ』て、自分の妖力として『出す』ことができる。だから初日から炎を出すことが出来たわけだ。
彼女は「流石は儂の子じゃ」と言っていたが、種明かしをしたらどうなるだろうか。非常に気になるところであるがこの場では控えておこう。
ただ、このの方法はいろいろと制約もありそうだ。まず、周りに妖力が無ければこの方法は使えなし、今回は自分に近い妖力(彼女から漏れ出ている妖力)を吸収したので何ともないだけであって、もし全く違う力を吸収したら拒絶反応を起こしてヤバイことになる可能性だってある。
まあ当分はそんな心配なんていらないと思うから気にしてないけどね!
稽古が終って、改めて今日の出来事を振り返ってみると、どうしても笑いがこみ上げてくる。
だって朝起きたら知らない所にいたし、自分は妖怪になってるし、信じられないことばっか起こるんだもの……これ以上はきりがないので止めておくが今日という一日は僕の今までの記憶の中でまぎれもなく一番の怪日だ。
それにしても、ここはいったい何処なのだろうか。空を飛んだとき、周りを見わたしてみたんだけど建物らしきものは全く見当たらなかった。彼女が日本語を話していることからここが日本であることは確実として、建物がないということはどこか都会から遠く離れた田舎ということになるか。このファンタスティックな一日を振り返れば、最近よく見かける異世界転生の可能性も否定できない。ともなればここが人の滅亡したあとの世界や、途方もなく昔であるという可能性も出てくる。
だが、話を聞く限りでは、人がいなければ妖怪も存在していないはずなので、つまりここは少なくとも人のいる世界のようだ。確か、この地に初めて人類が誕生したのは紀元前200万年前だったかと思うが、流石にそれは有り得ないと言い切ってもいい。どんなに昔だとしても精々弥生時代くらいだろう。まあ、異世界なら何でもありだが……
……我ながら論理の飛躍がひどい推理だなぁ(苦笑)
しかし本当にそんなことはあり得るのだろうか……いや、今日はもう信じられないようなことが山ほど起きているから、あながち間違いではないかもしれない。
時代を確かめる方法は一つ、人に会うことだ。僕が今こうして存在しているということは、近くでは無くとも、決して遠くない場所に人がいるはずだ。よし、明日彼女に人のいる所へ連れて行ってもらおう。
とりあえず明日のやることができたので、少なくともあの稽古はしなくてよくなりそうだ。
そう思うとどっと疲れが出て、眠気がしてきた。
そういえばまだ彼女の名前聞いてなかったな……