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東方鼯鼠転空記  作者: 平成の野衾(ノブ)
諏訪の地に根付く神
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第二十五話 力は常に

 留まるところを知らない大荒れの海……僕はその奔流を漕ぎながらたった一つの正解を目指す。波をつかみ、流れに乗り、転覆させられないように舵を切る。

 僕の『命を読む程度の能力』は、そんな情景に例えることができると思う。

 少しの油断が命取りになるという点では特に……


 心を静めるというのは難しい。様々な生き物が生に対する貪欲さで命の歌を奏でている。それはときに力強く、ときにひっそりと、いずれも強かに響く。心を静めるというのはそれをより一層際立たせ、あっという間に僕を同化してしまうだろう。

 心の在り様は意識して変えることができる。ただ、命の在り様は変えることができない。

 命を使うのは心だが、心を操るのは命ではない。


 この能力を使うたびにそんなことを考えずにはいられない。


 僕は虫や獣などの命が歌う便りをもとに、鴉の彼女の通った軌跡を辿った。

 彼女の居場所を知るのに、そう長い時間は要しなかった。


「そう遠くはない……けど…………」


 能力を解き、命の残響がかすんでいくのを感じながら、僕は彼女がなぜ諏訪子の神社なんかにいるのかと、毛並みを逆撫でされたような、ぞわぞわとする不安を覚えた。

 ほんとうに、何がなんだか分からない。信じられるものはなんだ?


 僕はその不安にあおられるように神社を目指した。




 _________

 %〈鼯鼠移動中〉%

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄




 僕は気配を隠し、鼯鼠の姿で木から木へと飛び移っていた。飛膜に風を受けると陰鬱な気持ちが軽くなっていくのを感じた。


 ああもう、僕は何を辛気臭くなってるんだ!!

 そもそも諏訪子を助けたいとそう思って行動しているんじゃないか。相手の事情も知らないのに勝手に気落ちしてるなんてばかばかしいにも程がある。

 前世の記憶に、ジョギングなどの軽い運動は気分転換に最適だのなんだのと紹介しているTV番組があったのを思い出す。

 人間からすれば途方もなく長い時間を生きていながら、こんな些細な記憶が残っている脳の不思議に、僕は懐郷(かいきょう)の情を感じた。


(……覚えておきたいことは他にいっぱいあるのに、なんでどうでもいいことばかり記憶に残るのやら)


 永遠の謎である。まあ、意識と無意識の差みたいなものだろう。


 で、そうこうしているとあっという間に諏訪子の社だ。


 

 ピタリ……と、枝の一つに立ち止まる。

 次の一歩は踏み出さない。


 この期に及んで怖気づいたのか。いや、そういうわけではない。

 ないのだが……


「(なんだか脚が進まないんだよなぁ)」


 どんなに心を取り繕っても結局のところ体は正直というわけか。この気持ちはなんというか、進学や就職の面接に挑む直前のそれに近いのだと思う。大丈夫だと思いたいのに、どこかで不採用を恐れて立ち止まる。自分を言い聞かせてなんとかごまかし、一歩を踏み出す。その感じ……

 僕自身はまだそのどちらも経験したことはないけど、なぜか浮かんできたのはそんな情景だった。


 なら僕は……ここで受かることができるのだろうか。それとも……


 なんにせよ挑まなければ始まらない。


 僕は今、はじめの一歩を踏み出した。




 ――変身したまま乗り込んだのは減点になるだろうか。

 それは諏訪子にとってか、それとも鴉の……いや、継萌にとってか、それとも僕にとってか……


 本殿に近づくほど、人でないものの気配が濃く、重くなってきた。感のいい野生動物たちは皆何処かへ隠れてしまったようで、真冬のような静けさが秋の紅葉を散らそうとしているようだった。


 話し声が聞こえないのもまた不気味だった。

 僕に感じ取れる気配は二人……二人のどちらもそこにいるのは当然で、けれど、二人ともそこにいるのは不自然で、僕はいつの間にか、それこそ無意識のうちに、忍び足で駆けていた。

 近づくほどに伝わってくるただ事ではない圧力――それが誰のものであるかは言うまでもなく……




「諏訪子!!」


 僕はなりふり構わずその真っただ中に飛び込んでいった。


 彼女の身を案じ、一心に。




 そして集まる視線――今にも泣きそうな目で僕を睨みつける諏訪子……彼女と目が合った時、僕はこのまま全てが終わるのかと、本気でそう覚悟した。


「なに、を……?」


 幼く見ていた、見えていた彼女から直接向けられる殺意、それは紛れもなく、洩矢の神として恐れられる像そのものだった。

 蛇の前の蛙……なるほど、そういうことか。ここにきて痛感する現実。生き物は往々にして弱肉強食。それを真っ先にそれを忘れたものが摘まれる。()()はそういう場所だったのだ。この(とし)まで生きてなお平和ボケがぬぐえないなんて、僕は何をして過ごしてきたんだ。


「套おお逸いぃぃぃ!!」


 そんな自問を与える隙もなく。爆発するように広がっていく祟りの嵐。目に見えるほどに濃いそれは、一心に僕の方へと向けられ、帯を引きながら矢のように飛んできた。考えるより早く転がるようにされらをよけ、変身解除と共に懐から取り出した空札の束を掲げた僕は、


「空札!取り込み開始!!」


 そう叫び大股に広げた足で床を踏みしめながら、彼女の発する怒りの気迫を掲げた札に吸い込んでいく。

 けれど、彼女の怒りはとどまるところを知らなかった。


 ハラリと一枚の札が束から落ちる……


 元は白かったなど信じられないほどに赤黒く変色したその札は、時間とともにその数を増やしていった。


「諏訪子!一体どうしたんだよ!」

「あああぁぁぁぁ!!」


 彼女は声を上げて泣いていた。何も聞きたくない、何も考えたくない、そんなふうに僕は感じた。

 その彼女の後ろで、不敵な笑みを浮かべる女性がいることに僕は気づいた。そいつの後ろで顔を伏せている継萌の口が、「ごめんなさい」と何度も、音にならない叫びをあげていることにも。

 そして悟った。


 あれが、全ての……

 全く気配を悟られず、僕を誘導しこの状況を作り出す。諏訪子の怒りも、僕の葛藤も、全て彼女の準備したシチュエーションなのだ。そして盤上の駒を操るようにこの流れを作り出した彼女は今その事実を隠そうともせず高みの見物をしているというわけだ。


 このままでは彼女の思う壺になるだけだろう。多少強引にでも諏訪子を冷静にして、そして色々と吹き込まれたであろう誤解を解くべきか、このまま耐え忍び感情の奔流がおさまるのを待つか……しかし、いま最も懸念すべきは、彼女の怒りがどのようにして現れるかということに限ると思う。僕と彼女が初めてであった時のことを思うと時を待たずして大地震後起こるなんてこともあり得るのではないだろうか。あるいはもうすでに起きているかもしれない。

 仮に今はまだ何ともないとしても、彼女が自暴自棄になってしまわないとも限らない。


 そう考えるとなるべく早く解決しないといけなそうだ。

 僕に感情を操る力はない。我を忘れた彼女に僕の説得が効く保証もない。さてどうするか……

 ――これは半ば賭けのようなものだ。僕の持つ二つの能力、それを同時に使えば不可能も可能になる…………かもしれない。

 こればっかりは理屈というより体力勝負というか、精神衛生的にどれだけ耐えられるかというか、正直僕自身が混乱から覚めない中でやりたいことではない。

 まず、『命を読む程度の能力』で今の彼女を把握する。この時彼女に呑まれたら、僕はそこまでということになる。そして、彼女を把握することができれば、『出し入れを操る程度の能力』で彼女から湧き出る感情を抑え込む。この能力は対象がハッキリと捉えられないと使えない。そのために彼女の命を読み、逐一調整をする必要があるわけだ。ただし、加減を間違えれば彼女の心がその負荷に耐え切れなくなるかもしれない。そしてそれは僕へも波及してくるだろう。

 未だかつてこれほど強引に事を解決しようとしたことがあっただろうか……いや、あったな。というより毎度毎度何かと危ない橋を渡っているような気がする。


 今回はそんなことを考えながらできるほどの余裕もないかもしれない。

 深呼吸をして心を静める。

 僕のそんな姿に死期を悟って観念したのだと思ったのだろう。暗がりに潜む不敵な笑みが、より一層深くなったように感じた。

 その後ろで小さく、謝るばかりの継萌の姿は、僕を助けた彼女のしていいものではなかった。


(そんなの……僕が必ず、何とかする)


「傷の手当、ありがとう」


 そう一言言い残し、僕は確かな決意を内に湛え、能力を発動した。


「……ッ!」


 私を取り巻く全てが怒りにのまれていく。手も、足も感覚がない。全身から湧き上がるそれはこの機を待っていたかのように鎌首をもたげ、僕へと放たれる。あの女が語ったことが事実であると、そう思いたくはない。だが、僕が此処に現れたことが彼女の理屈を後押ししている。裏切られた気持ちだった。私と初めて出会ったあの時から、僕は私を貶めるために行動していたのだと、そんなことは信じたくなかった。なのになぜ……僕は私のもとに来てしまったんだ。なぜ……なぜ?私はなぜ僕を攻撃しているんだ?いや、これは僕の裏切りに対する正当な代償だ。私は私のために彼を倒さなければならない。

 僕は私を救った?どれもこれも私を貶めるためのものだった。何も聞きたくない。何も見たくない。どうして僕は来てしまったんだ、どうして私に信じさせてくれないんだ、どうして私が苦しまなければいけないんだ。もう何も考えたく……「僕はただ、助けたいだけなんだ……」知らない記憶?知った声?誰の記憶?何の言葉?助ける?誰を……私を?なぜ……「友達だから」いつの記憶?わからない。友達、友達、友達、友達……それは、彼のこと?私を助けた、裏切者。……違う。彼はまだ私を裏切ってない。それなら、誰が?それは、私?私は彼を裏切った?何が?なぜ?敵?どうして?私は、何を……?




 飛び込んできた彼を見て、私は小さくなって、詫びることしかできなかった。私がもっとしっかりしていれば、そもそもこうなることは避けられたはずだった。


「ごめんなさい」


 私が彼に謝れる資格なんてないのかもしれない。こうなることは心のどこかで分かっていた。套逸さん……貴方の傷を手当てしていた時、私はあなたが悪者だなんて思えなかった。八坂様がいう人喰いの大妖怪だなんて、私にはまったく信じられない。それなのに私の足は、翼は、彼を向いて飛び出せない。

 彼は彼女のために飛び出したというのに、私は……


「……ありがとう」


 え?

 彼は今、ありがとうと、確かいそう言った。ほかの誰にでもなく、私に対して、彼はありがとうと、そういってくれた。

 私のせいで苦しんでいるのに、私は感謝されるより、むしろけなされるべきなのに、どうして?


「しまった!」


 八坂様がそう叫ぶのを聞いて、私はようやく流れが変わったことに気が付いた。

 そして、今度こそ、私は今にも強硬策に踏み出そうとしている師の前に飛び出した。


 翼を広げ、音よりも早く、私は八坂様の前に立ちふさがった。


「……継萌、何のつもりだ」


 冷たく、冷淡な声が、私を向いて放たれる。

 かつて私の命を救った時のような優しい師の姿はそこにはなかった。

 私はここに新たな誓いを立てようと思う。


「私は、一度助けた相手は何としてでも守ってみせます!彼らには、手を出さないで!」


 これが私の出した答え。もう、迷わない。


「継萌、これは戦なんだ。そこをどいてくれ」


 まるで我が子に教え諭すように、彼女は私にそう言った。優しく、強かに……少し前の私であればきっと道を開けてしまっていただろう。

 だが、今は、今だからこそ強く、


「だめです!」


 と、私はこの場を動くわけにはいかない。套逸さんがいま何かをしようと頑張っている。それが私のためでないとしても、私に感謝をしてくれた。ありがとうと言ってくれた。そんな相手を背にして、私は立ちはだかる。


「あなたのしようとしていることは間違ってる!例え戦のためだとしても、騙し討のようなこと、正しいはずはないでしょ!?」


 戦なんて、どうしてしなければならないのか。話し合いだけで解決することはできないのか。初めに戦う姿勢を示したのは相手の方だと師は言った。てもそうさせたのはあなたなんじゃないかと、今はそう思う。


 何もこれが初めてのことではない……

 この疑問や葛藤は、これまで何度も経験してきた。けれど、優しいあの方が間違いを起こすはずはないと、それ以上考えないようにしてきた。


 でも、今日初めて、師の態度に異議をとなえた。


「継萌、何を肩入れする必要がある……私たちの大義のためにはこの些細な犠牲もやむを得ないことだと分かるだろう?」


 ねっとりと、記憶に残るその声で、師は私をその場から動かそうとする。片腕が私の肩に乗せられる。優しく、押すわけでもなく、けれど重く、道を開けるようにと、その意図が声を介さずとも伝わってくる。

 その圧力に思わず半歩、足が下がる。まるで大型の肉食獣を前にした小動物のように、私は逃げ道ばかり探してしまう自分がいて、それがわかってしまって嫌だった。これでは今までと一緒じゃないか……私はこれ以上進むことができないのか……このまま、また師の下でこれまでのように生きていく他に道はないのか……私は……

 悔しかった。嫌だった。辛かった。だけど私は膝をついてしまった。どうせ敵うはずもないと、そう思ってしまった。




 不意に空気が変わった。


 重く、息苦しかったはずの空気がなくなった。

 私を押していた気迫が、まるでたじろぐように後退りするのを感じた。

 ハッとして後ろを振り向くと、彼が静かに歩いてくるのが見えた。その腕に意識のない彼女を抱え、強かに床を踏んでやってきた。

 そんな彼と、目が合った。一瞬彼の瞳が赤く染まっているように見えたが、瞬きの間になんてことはない空色の目に戻っていた。

 彼は私の前に膝をつくと、「しばらく彼女を頼む」と、洩矢の神へ目をやった。


 言われるがままに彼女を受け取ると、彼は立ち上がり私の後ろにいる存在、つまり八坂神奈子へと向き直った。

 そしてふと、私の頭に疑問がぎった。


「私、に……なぜ?」


 言葉足らずで、それだけでは何のことだかわからないかもしれない。けれど、彼は私の疑問が分かったのか、


「だって、僕等のために戦ってくれていたんだろう?」


 その言葉だけで私は充たされた。腕の中の温もりを今度こそ私が守るのだと、そう決意するのには十分だった。

 


「なああんた、あんた大和の神々とやらの一人だろ?」


 彼は挑発するようでもなく、起こっているようでもなく、ただあっけらかんとするほど気さくに声を投げた。


 自分の身に起きたことが何であったのか察しもついているのだろう。そうでなければこうしてやって来ることもなかったはずなのである。

 わかっていながら、一体どういう神経をしているのか皆目検討もつかない。

 懐が深いとかそういう話ではない。むしろそれとは別な、何かしら意図があるのではと思わずにはいられない。

 きっと、八坂の神も同じことを思ったのだろう。警戒するように少し間が空いて、それから、「いかにも……」と問いに答えた。まるて形勢逆転だ。

 その幼気な容姿からはいささかの作為も感じ取れない。それがまた相手を不安にさせる。ただ、今回は相手が悪かった。知恵にも技量にも秀でた神の前には、その程度のことでしかない。

 唯一状況をわからなくしているものは、套逸という妖怪が持つ潜在的な能力だ。洩矢諏訪子を抑えたことである程度の強さは保証されたている、そのうえで何が出てくるのか、そこが読めないうちは下手な手が打てない。

 不安定な土壌の上での戦いならば、おのずと動きが鈍るものだ。


 言い知れぬ緊張感が走る中、彼は言った。


「あんたが大和の神なら、すぐにここを離れたほうがいいよ」


 脅しか、願いか、主題の判然といないその言葉に、八坂加奈子は眉をひそめて疑問する。


「……何が言いたい」


 と問われた彼は、チラリと外へ目をやり、


「ここに来る途中妖怪の気配がしたんだ。きっと僕の知る相手へ繋がる者だと思う」


 そう言うと、「もうすぐそこまで来てるかも?」と、付け加えて視線を戻した。


 ……その情報を今開示する理由がわからない。

 ただそれでも、


「ハッタリでは無いようだな」


 それが嘘ではないことは、この場にいる誰でも理解できた。その言葉に説得力があったわけではない。それでも、この期に及んで下手な嘘をつくような愚か者でないことはこの短い時間で知れている。彼女にとっても、この場で一度引いて策を練り直すほうが得策なはずだ。


「継萌、行くぞ」


 ……


 名前を呼ばれたとき、背筋が凍るのを感じた。

 何処かへ意識だけを置いてきてしまったように動けないでいる私を救ったのは、やはり、


「彼女は僕が預かるよ」


 套逸さんはそういうと、私と彼女の間に割って入った。

 うれしかった。けれど同時に苦しかった。どうしてあなたはそこまでのものを背負えるのか、どうして私は彼に守られてばかりなのか、私は何を守れるのか……

 私の腕の中でもぞもぞと動くものがあった。そして理解した。単純なことだった。手を出したからには最後までやり通せと、そういうことなのだ。彼が私に託したのは一人の神だけではなかった。その神が統べる国の、その責任を託されたのだ。


「いいだろう!ただし、それも束の間のこと!」


 私の決意が固いとわかったのか、彼女はそう捨て台詞を吐くと、闇に溶けるように去っていった。いつの間にかすっかり日も落ちていた。暗い部屋の中、全身の力が一気に抜けるのを感じて、それまで自分がどれほどこわばっていたのかを実感した。


「さあ、後は任せて」


 彼の優しい声が頭の中で何度も反芻される。きっとこの瞬間は、いつになっても色あせることなく残り続けるのだろう。緊張から解き放たれた反動が猛烈な眠気として襲ってくる。もう少し彼の顔を見ていたいのに、視界は霞む一方で、私はポツリと、


「きっといつかは……」


 そう呟いて眠りに落ちた。彼の表情が一瞬陰ったことに、この時の私は気づくはずもなく……










 二人の少女が身を寄せ合って眠っているのを見ながら、僕は苦い思いで唇を噛んでいた。『彼女』のことを思い出していたからである。

 忘れるはずもなかった。そもそも僕がこうして旅をしている理由。それはすべて彼女のためだったはずなのだから。


 自分でも嫌になるほどすぐに、僕は彼女を探すことをあきらめていた。理由はいろいろあったと思う。一番はやはり、この世界が楽しかったからだと思う。そして、彼女を見つけたとき、かける言葉が思いつかなかったからかもしれない。どうしようもない自分を誤魔化すために、僕は気負って今日まで頑張ってきた。きっとこれからもそうしていくと思う。ただ、この一瞬だけは……この胸の痛みは、これからもきっと無くなることはないのだろう。僕が彼女を見つけるその日まで。




「さて、布団を出して今日は終いだ」


 彼女たちを起こさないよう、そっとマントをかけると、僕は部屋を出て、月を眺めた。

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