第二十話 戦は近いぞ!!
どうにも大和の神々が全国統一を掲げて活発に活動しているという噂が囁かれるようになった頃、洩矢諏訪子は腕を組み、むっとした表情で一柱の神と対峙していた。
彼女は自らを大和の神の名を名乗り、大人しく自分たちに従えば見返りに、より多くの土地と民と与えるというような事を言ってきた。かいつまんで云えば、速やかに降伏しろ。と、そう言ってきているのだ。
この要求をのまなかった場合、どうなるかは伝えられていない。ただ、噂を信じるとするなら、ここで断ることは、即刻大和の神々からの弾圧を受けることとなるだろう。かといって素直にこの話を受けることは今、ようやくここまでやってきたこの国を、そう簡単に手放せはしないし、そんなことは民のほうが許さないだろう。
まったく、こんな時に限ってどうして留守にしてるのよ、あの妖怪は……
套逸が出て行くと言い出したのは何日か前の朝のことだった。ゆったりとして、落ち着いた、なんてことはないありふれた朝だった。珍しく私が朝早く目を覚ましたときには、既に彼に貸した部屋の整理は済ませたあとだった。はなから大した量はない荷物だったとはいえ、いざ片付いて部屋の隅に寄せてあると、どことなく寂しい感じが込み上げてきた。
何事かと訝しんでいると、彼は素知らぬ顔でひょっこりと顔を出した。
「一体これは?」
片付けられた荷物を指差し、問いかける。
彼は私が此処にいることが心底意外な様子で眉を釣り上げ、「今日は早起きだね」と言うと、少し戸惑ったように頭を掻き、なんでもないよというようにささっと話しを始めた。
「最近麓の町で物騒な話をよく耳にする。どうにも怯えて、落ち着かなくなってきたよ」
そう端的に今の洩矢の国の情勢を打ち明けた彼は、面白がるようにニヘラと笑って、それを悪びれる様子もなくこちらの返事を伺っていた。人に紛れて街で気さくに話をするなど到底できない諏訪子にとっては、彼の話す言葉だけが、国の民の心の有様を知るための唯一の手立てであった。民は私のことを、国のどんな些細なことでも見通していると思っている。そして悪事を働くもの、信仰を怠る者には容赦なく祟る。そうも思っている。
事実、それを否定することはできない。ミシャグジたちは、くまなく、容赦なくそれをするだろう。私が使役するミシャグジというものは、即ち祟りの象徴である。それを従える私も、同じ目で見られている。
――誰がそんな相手に心意を告げるだろうか?
直接の関りを控えるようになっていくのは当然の結果だった。……その方が国も安定すると、私もその行為を正当化しようと自分に言い聞かせてきた。私はミシャグジが持ち帰る情報をもとに、啓示という形で国の統治を図ろうとしてきた。
しかし、それがそもそも間違っていたのだ。10年前、套逸が現れたとき、それがよく分かった。暗く淀んだ私の心にとって、彼は一筋の光だった。物怖じせずに垣根を越えて歩み寄ってきた彼はこの国の主観に身を置かず、客観的にこの国の有様を話してくれる。
神は、民に寄り添い、その成り行きを見定め、道を示すはずのものである。しかし私はその神としての役目を放棄して、挙げ句それを正当化までしていた。それに気づいたとき、無性に悔しくなって歯を食いしばる以外に何ができたのだろうか。
ただ、同時にこれまで言い聞かせてきていたことを、もうしなくてもいいと思うと、何かから解放されるように気持ちが楽になっていることに気がついた。
見ているものは同じはずなのに、見ている眼が変わると全く違うものに見える。そんな不思議は誰でも知っていても、本当の意味で理解できることは無いのかもしれない。それは、神であっても、変わらない……
「――飛び火が来そうだと思う?」
こういう状況になるのは珍しいことでもない。この国はいろいろと、悪目立ちする。私の直接の意志ではなかったとしても、この国が侵略じみた方法で勢力を拡大していったことは間違いない。そうして後から入ってきた民の中には、私を畏れているだけでなく、憎しみをもっているものもきっといる。悟られないために胸の内にしまい込めば、それは時間という餌を得て少しずつ深く心に刻まれていく。そんなところに外から力が働けば、場合によっては固く閉ざされた憎悪の樽の、箍を外すことともなりかねない。
それを踏まえての言葉だった。
套逸はにへらと笑って、「だとしたらどうするつもりー」と普段の会話と何一つ変わらない調子で返事をした。質問に質問で返しておいて、それなのにじっと私の返事を待って、見つめてくる彼の胸の内は測りしれたものではないが、私がなんと言おうと、それを否定することはしないのだろうということだけは分かる。
だからこそ、返事に困るのだ。
妖怪とのやり取りは世俗の常識が通用しないことも多い。そもそも根本的な物のとらえ方が違う。価値観も違うし、その生き方も様々だ。共通していることといえば人を襲うということくらい。あとは何もかもばらばらだ。套逸はどちらかというと――というより、確実に人間に近い思考をしている。少なくとも与太話をするうえでは問題にならない程度に……しかしやはり、こう、時間の感覚であったり命の価値であったりの関わる話になると、本当に他人事という感じで、真剣に取り合うより、その状況を愉しんでいるような感じがする。彼にとっては人の栄枯盛衰のその全ても、単なる一興でしかないのかもしれない。
無言のままに全てを投げ掛けられ、困るのは私の方だというのに……
神といってもまだまだ二流な私は、力では優っているとしてもその力の扱い方が下手だ。だからこそ、手を貸してほしいのに、どうしてそこで笑っているのか。どうにも掴みどころのない彼の生き方に、とやかくいうつもりはないが、ひそかにため息をついてやり場のない気持ちを切り替える。
「もし、そんなことが起こっとしたら……」
そんなものは民の勝手だ。と、昔なら答えていただろう。しかし、今の私にはそんな答えはできない。それはわかる……でもそれならなんと答えれば良いのかは、わからない。
自分がしてきたことを知った今、その責任を放棄し、またあの愚行を繰り返すことは、とてもじゃないが、できない。
(できない、のに……)
いったいどうやってこの状況を収めればいいのだろう。
――答えは、でない。
そんな自分が情けなく、未熟さが際立つように思えて口惜しさが身体を締め付ける。
「少し……」
彼は静かに、けれど不思議なほど通る声で言葉を発した。私の情けない姿に痺れをきらしたというわけではないようだったが、それでも、何を言われるのかが気になって、それで、彼が言うことに真剣に耳を傾けていた。
「少し、バカになってみようよ……そんなにカチカチの石頭になんてならないでさ!」
「ぇ……?」
何を言っているのか分からなかった。明確な答えがあると思っていたせいもあって、私は一時、呆けたように頭の中が真っ白になった。
しかしすぐにいろいろなことが頭の中を駆け巡り、結局また行く当てのない思考の海原に流れていった。
哀愁漂う色づきの中を透き通る風が通り抜け、二人のもとへと木々の梢の擦れる音を乗せてやってくる。終焉をおもわせる香りに包まれているうちに、考え続けることがばからしくなるような胸を占める思いを感じ、静かに目を閉じ、その恋情にも似た感覚に身を委ねると、ふぅっと気が抜けるように全身がほどけていく感覚を覚えた。
「いくら考えたってわからないこともある。それらな、いっそバカみたいに突っ込んでいって、そのあとで、考えていてもいいんじゃあないのかな。そりゃあ泥臭くてみっともない方法だったらいくらでも思いつくだろうけど、でも、それをしたくないから迷ってるんでしょ?――だったら!」
彼は、そういうと、優しく肩をたたいて微笑んで見せた。そしてさっと離れると、淡い光を伴って姿を変えた。鼯鼠の姿となった彼は外へ向かって四肢を動かし、去り際に、
「リーダーってのは、誰よりも明るくて、それで、みんなに未来を見せてあげるものでしょ」
フフフと笑う声が聞こえてくるようなその声の調子に、私も不意に悩んでいたことがばからしくなってきた。彼は日の当たるところへ出ると同時に、溶けるように消えてしまった。
(あれはどうやってるんだろうか)
――そういえば套逸はどうして出ていくんだっけ?
重要なところを聞きそびれた……というより、
「上手いことちょろまかされたってことか」
小さくつぶやいたその顔は、ちょっぴり微笑んでいたと思う。
「こんな状況で他のことを考えるとは、随分とみくびられたものだな」
「……それは、そちらも同じではないのか」
套逸が出て行ったのが数日前、その時を見計らったかのようにこの神が来た。
私が彼のことを考えていたように、彼女もまた此処には無い何かを考えている。そして、大和の神を名乗っている。噂を信じるとするなら、それは組織的に覇権を広げて廻っているらしい。それならば、こうして各地へ足を運ぶ役回りを担当するのは、あえて上から数えるなら……二番目、いや、三番目の階級くらいだろう。となれば上からの指示も何か出ているはずだから、それが気になっているのだろうと思う。きっと無事に終わらせた後の報告のことも……
随分とみくびられたものだ、という言葉をそっくりそのまま返してやりたいが、それは相手の模倣になりうるということは私でさえ分かる。
「さて、そちらの提案を何の条件もなしに飲み込むと思うか?」
何としても話の主導権をこちらで握らなくては……
ここで引き下がって相手の思惑通りに話が進むことだけは避けたい。そんな一心で食って掛かる。
この返事ははなから想定の範疇であったとでもいうようにあの神は落ち着いた調子で、
「無論、そうしてくれるとこちらとしてもありがたいのだが」
と、肩透かしな返事をした。
まずい、このままではこちらが主導権を握るどころか逆にいいようにこちらの手の内を開示していくことになりかねない。そうは頭の中で分かっていても、どうにも口が思うように動いてくれない。
「ほう?ならば頑としてもそうするわけにはいかないな」
「そうですか」
そうではない、そんなに上から反抗していくだけではだめなのだ……
「降伏など、何があってもしてなるものか!」
私はなぜこんなにも声を荒げているのだろう。
そんなことをしてもどうにもならないのに……
「それは宣戦布告と捉えていいのかな」
ちが……う、のか?いや、その通りなんじゃないか?直接ぶつかることができる機会を探していたんじゃないのか?
――ああそうだ、私は多くの民から畏れられ、何人たりとも歯向かうことを許さない土着神だ。そして今、私に歯向かおうとするのは、目の前にいるいけ好かない大和の神とやら。それに目にもの見せてやりたいんだった…………
「勿論……」
このとき、套逸の顔が頭をよぎった。何処かへ行く前、微笑んでいたその顔を……
(私は、間違っているのか……)
しかし私にはもう自分の口から出る言葉を押し戻す猶予はなかった。
そして、
「私はお前を降す!!」
そう、言い切っていた。
(ああ、また……あの愚行を繰り返すことになるのだろうか)
情けないと思った。この十年の間に套逸と築いてきた物をすべて無駄にすることを私はしたのだ。彼はそのことを知っても今まで通りに優しく接してくれるだろう。ただ、そうだと分かるから、余計に苦しい。
私の行いが傍目から見れば怒りにものを言わせてタンカをきったように見えることは分かっている。事実それを否定することはできない。しかし後に残ったものは強い後悔と、激しい自己嫌悪だけだった。それでも私は自分の行いの責任は果たさなければならない。それはせめてもの罪滅ぼしのようなものだった。私はこれまでも、そして今回も自分の不甲斐なさに民を巻き込んできた。そしてその責任から目を背けてきた。
でも!今回は、たとへ自分が情けない間違いをしたのだとしても、それでも、この責任から逃れるものか!
もう何があっても、負けるわけにはいかない。その決意だけを胸に残し、洩矢諏訪子は、
覚悟を宿したその瞳で八坂神奈子を睨みつけた――
洩矢でのあれこれが落ち着いてきたので一度挨拶がてら彼らに会いに来たのだが、その度に、「あのとき関わり合いにならないほうがよかったのかもしれない」と思う。
なぜなら……
「と~いちぃー、お前も付き合えよぅ…ヒック」
「お~い、ひとじめかぁ?」
「私も混ぜてくれゃなぁ……フヒヒ」
「ええぃ!離れろこの呑んだくれども!!」
いい加減にしてくれ……なんでこう毎度々々凝りもせず纏わりついてくるんだ!
つまるところ酔っぱらった鬼どもが脇目も振らず寄ってたかって……!
「離れろって!」
そう言うと力いっぱい彼らを引きはがそうと試みる。しかし力だけが取り柄の鬼のこと、そう簡単に離れてはくれない。「あぁもう!」と言いながら必死に抵抗するも虚しく、一向に退く気配がしない。彼らは『月行日』と彼等が呼んでいる、八意さんたちが月へ行った日から付き合いがある数少ない仲間たちだ。もう数十年連絡すらしていなかったとはいえ、とても古くからの、貴重な間柄だ。母さんたちとは、旅に出てから一度も顔を合わせられていないのだから、それを考えるとまだマシなものだと思う。
彼等は僕が出行った後、頃合いを見て人里を探して出て行った者たちの一派だ。偶然にも山中で出会って、それ以来不定期ながら交流をとってきている。彼等によればもうあの地に残っている者は皆無で、皆散り散りに新天地にを目指して旅に出たらしい。その中に母さんの姿があったのかは誰も知らないらしい。
「あ!ちょっ!どさくさに紛れて尻尾を揉むな!」
「フベシ!」
まったく仕方ない奴らだと思いながら尻尾を束縛する鬼を振りほどき、また飛びかかろうとするとするそれを尻尾で撃墜した。
ここまでは通例行事。それで次は彼女が来てくれるかどうか……鬼たちの中では唯一まともな存在、鬼子母神の姿を探して頭をまわす。彼女が来てくれたのならとりあえず一安心。彼女の平手打ちを怖れた彼らは言い訳交じりに、僕のことなどそっちのけで小さく身を寄せ合って勝手に反省会をするはずだ。彼女が来なければ……しばらくこの状況が続くことは覚悟しないといけないだろうな。
そうしてあたりに目を光らせていくとついに、
(あっいた!)
その性格に似て、真っ直ぐに伸びた角が特徴的な彼女の姿を見つけて心が躍る。
しかし、そう思ったのもつかの間、彼女の様子がどこかいつもと違うことに気が付いた。何か胡散臭いものを見るようなその目に僕もただ事ではないと、逃れるために振り回していた手をとめた。責任者として、呆れたような態度をとられることはこれまでにもあったが、こうも心を揺さぶられて落ち着かなくなる態度はこれまでなかった。そんな僕の変化に気が付いた纏わりたちも、彼女の姿を見つけるとさっ……と血の気が引いたような顔で僕の後ろに身を寄せた。
「あ、あの……サキさん?どうした……の?」
普段は優しく容赦なく、聡明で頼りがいがある、鬼子母神の異名に霞むことないお母さん的なポジションの彼女、浅紀穂弦のその気質は、よそ者であった僕に対しても母親のように隔たりなく接してくれた。もっとも、鬼というものは一度拳を交えればもはや兄弟というくらいに戦いを好んで、同時に仲間をとても大切にするまっすぐな者たちだ。だから彼女に限らず、ほかの鬼たちも僕に対して家族のように接してくれて、僕が彼らのことを第二の家族のように思っていることは当たり前のことだった(少々荒っぽい飲んだくれな家族ではあるが)
だからそんな彼女にこうやって冷たい視線を向けられることは初めてだったし、何か悪い宣告があるような気がして落ち着かない。
僕がそうして不安に動揺していると、彼女は嘘をつく隙を与えないような声で言った。
「あなたは、本当に套逸?」
彼女の言葉に頭の理解が追い付かない。
「本当も、何も……僕以外に誰が套逸だっていうんだよ……」
それ以外の言葉が出てこなかった。僕のことをよく知っているはずの相手から疑いをかけられた。その事実が頭の中を支配する。なぜ、そんなことを聞くのだろう。僕は僕だ。他に誰がいるというんだ!
彼女の言葉は冷静な判断が欠き、それ以上の思考ができないほどに僕に大きなショックを与えるには十分だった。
「だが、その纏わり付いた神気はいったい、何」
その言葉を聞いて納得がいった。同時に安堵して「ふぅ」と吐息が漏れる。なるほど、それは彼女が訝しむわけだ。
同時に年の功というのも実感する。さっきまで僕のことを散々弄んでいた彼等だが、実は僕よりもかなり若い。妖としてはまだまだ子供みたいなものだ。僕とて千単位の齢を重ねた身だが、それでもサキには到底かなわない。
そんなわけで若造たちがこの至近距離で全く気が付かなかったものに、サキは十分な距離をおいても気が付くことができたのだ。このまま彼女の問いに対して自分だけが納得するのでは話がこじれる、というより、無言を不審ととった彼女の容赦のない口頭尋問に巻き込まれ、長い時間を拘束されることになってしまうかもしれない。そこで、種明かしというか、諸悪の根源を掲示するべく、僕は、「ええっと、ちょっと待ってね」と言いつつ懐中をまさぐり様々なものを掻き分けながらそれを掴み出す。
「それは……また不可解なものを持ち歩いて」
理解できないというような顔をして肩を落とす。しかしとりあえずは僕の偽物疑惑は晴れたようだった。
僕が取り出したものは一見大したことはない紙きれだった。御札と名前をつけて、万物の力の一片を封じ込めるために日夜鍛錬を重ねてきたそれには、今は洩矢諏訪子から余り出る神力を萃めたものが封じ込められている。本当なら力を封じ込めるために一分の隙もなく鍛錬されているので外からその存在に気が付くということはないはずなのだけど、気高く繊細な神の力を留めておくためには、まだまだ鍛錬が足りていないようだった。少しずづ零れ出るそれに僕も気が付かないではなかった。そこで御札とはまた違った術式で造った二重の防壁の中に保管することで解決したはずだったのだが……
二重の防壁とは僕のオリジナル術式の呼び名で、網目状に造られた小規模結界と、鼠返しのようになっている侵入阻止術式を逆向きに組み合わせることで、中に入れたあらゆるものを外に逃さないようにする「束縛結界術式」のことだ――
「まだまだそれも『あま』かったってことか……それならいっそ媒体を換えたほうが……」
自分が万全を期したはずの術式をこうもあっさり超えられてしまってことに驚かない訳がなかった。僕はすぐに代替策を模索しようとするが、そこへ横やりが入る。
「つべこべ言ってないで早くそれの説明をしてくれない?」
「ん?……ぁあそうだね、忘れるところだった」
いろいろと考えるのは彼女に説明してからでもいいだろうと思いなおし、彼女にこれがどういうもので、これを作るに至った動機と、此処に来るまでの経緯を説明する。
その過程で何度もあきれられたような顔をされたり、酷いときには、「まったく……」と口に出して小言を言われたりいつの間にか集まってきた鬼や他の妖怪たちに話をそらされながらも、話を進めるうちに、結局話に飽きた者たちが気紛れに僕の尻尾やら耳やらを摘まんだり引っ張ったりしだしたことによって中断を余儀なくされた。
そんな中でも最後まで(話すことができたところまで)を聞いていたサキ他数名は大筋は納得したという感じだったが、
「その話を聞く限りだと、あの洩矢の神と友達のような関係になったように聞こえるのだが……」
その中でも一部どうしても腑に落ちないことがあるというように質問してきた。
「っちょ、おま……いい加減に…っえ?、ああそう友達……というか何というか、――だから離れろって!――たまたま仲良くなったみたいな……」
僕としては質問なんかに到底答えていられないほどこのまとわり連中を退かすことに四苦八苦しているのだが、それでも間を縫って返事をしていくと突然、
「ッハハハ!」
と不意に何もかも納得したように笑い始めた。
「そうかそうかっ、納得だよ、そりゃあ套逸だもんね、いつもそんな感じだってことをすっかり忘れてたよッハハハ」
「えっなに、何ていった?」
「解決したって言ったのッ!」
まったく、どういうことだ。ロクな説明だってしていないのに。
ひとにものを聞いておいて勝手に解決するな!と思いながら僕はモフり集団からガムシャラに離脱を試みる。気が付いたらいつの間にかほかの動物妖怪が巻き込まれない程度の距離を置いて笑いこけていた。
まったくなんであいつらは平気で僕だけこんな目に合わなければいけないんだ!理不尽だあぁぁ!
「誰かこいつらをどかしてくれ―――!!」
悲痛な救援要請と、妖怪たちの楽し気な笑い声が、閑散とした夕焼けに染まった野山にこだましていった――
珍しくあきれ顔で対処するサキのおかげで、その場は和やかに収束しつつあった。妖の翻弄から解き放たれた僕は、
「ああ、もう、ダメ……」
そうつぶやくと、僕は地に手をつき、力なく突っ伏した。頬に当たる土の冷たさが疲れた身体を、そして何より心を癒す。汚れることを気にせずにいられる妖怪というのはこういう所で余計な気兼ねをしなくていいので気持ちが楽だ。肌はそもそも汚れ知らずで、服も不思議とはたけばどんなにしつこい汚れでもあら不思議、なんとキレイになるではありませんか!(笑)流石にほつれまでは勝手に直ってくれないのは仕方がない。
そんなくだらないことを考えているうちにずいぶんと体が楽になった。
「そ・れ・じゃ・あっ……!」
そう言いながら僕は、『シュタッ』と飛び起きると、『ストンッ』と落っこちるように座りなおしてサキと向き合った。
「何かしら」
と、残党を払う手を止めて振り返ったサキの態度は冷静そのもので、僕の突然の行動にも眉の一つも動かさない。彼女からすれば僕の奇行などもう慣れたものなのかもしれないが、少しのリアクションもしてもらえないとなると些か精神的にくるものがある。
まあそんなことはいいとして、
「今度はこっちがいろいろ聞く番だね」
僕の方はちゃんとみあげ話を持ってきたんだから(不完全燃焼感は否めないが)今度は彼女に世間の動向なんかを教えてもらわないと釣り合いが取れない。僕ここしばらく洩矢に居座っていたせいで、外の事情が噂程度にしか入ってこない。そしてその噂に気にかかるものが混ざっていたので、その真意を確かめるべく、直接外に赴いて情報収集をしようというわけだ。
妖怪はそれほど人間の世俗に関心を寄せることはないが、それでも自分の縄張りにしている人里が、強力な神のもとで庇護されることになるとなれば話もまた変わってくる。もし本当にそんなことになれば、妖怪にとっては自分が討伐される危険を高め、行動領域を狭めざるをえない条件が整ってしまうわけだ。
こういうときに情報収集をしたいのならば、そこで得をする側より、損をする側に話を聞いたほうがいい。理由は単純で、損をする側はできるだけその損を少なくする方法を探るために情報を集めるが、逆に得をする側はただ話を飲み込めばいいだけだからである。そして今回損をするのは言わずもがな妖怪側で、その妖怪側の知り合いは、サキやその仲間だけだったわけだ。
「なるほど、そういうことなら任せてくれ。多少なりと偏見が混じっているかもしれないがそれでもいいか?」
そういうサキはやっぱり真面目だ。いらないところまで気がまわる。そんな普通の彼女に心底安心しつつ、僕は、
「もちろん!」
と、今日一番に覇気がある声で答えた。
「あはは、それじゃあそろそろ日も落ちてきたことだし場所を移そうか」
彼女は真っ赤に染まった西の空から目を離すと、一言付け加えるようにボソッと言った。
「寒くなる前に、ね」




