第十四話 月への道は開かれたる
ゆっくりとした歩調の下駄が、河原の細れを踏みしめてシャカシャカと心地よい音を立てる。
少し汗ばむような季節にはこういった音を聞いていると心なしか涼しくなったように感じるのは不思議なもので、風鈴の清涼効果は多くの人に親しまれている……と、思う。
……早い話、熱いから川に涼みに来ているというだけのこと。
季節は夏、生き物の活動が最も活発になる頃である。
好き放題伸びていながらも整っている草木に、さらさらと流れる川、その景色には何一つおかしな所はない。静かな中で川のせせらぐ音が程よいリラックス効果を醸し出しているのだが、どういうわけか僕はこの場にいても一向に落ち着けない。
これ以上ない位の静かな場所でどうしてなのだろうか?本来あるべきものが無いからなのだろうか?
それは虫の音がしないからだろうか。
夏の虫の代表格である蝉が鳴いていないだけでうんと静かになるものだ。
それは鳥の囀りが聞こえないからだろうか。
チュン、チュッ、チュチュッそんな鳥の歌声が聞こえないだけでどうして寂しさを感じてしまうのだろう。
虫がいない、鳥がいない…………
あたり一面に生い茂る草木の中に生き物の気配を見いだせないだけでどうしてこんなにも落ち着けないのだろう。
生き物がいない。
生き物のいない世界で自然だけが昔と何ら変わりなく存在している。
昔といったのには訳がある。かつては多くの生き物の営みでかえって煩く感じるくらいに多くの生き物であふれかえっていたのだ。
ある日を境にそれは180度反転した。この地上から生き物がいなくなったのである。
しかし、突然生き物だけが消えてしまったわけではない。生き物の消滅と同時に自然も破壊された……
あれから一体どれくらいの年月が経ったのだろう。
この地球が始まって以来最も強い力を持った生き物によって初期化された世界……それが此処まで復元するまでに要した時間はそれこそ途方もないものだった。
「とても長かった」だけでは足りない。しかし、ここからの変化はあっという間だろう。
それでは、あのとき……今日のように暑い夏に、一体何があったのか振り返ってみるとしようか……
『スタ、スタ、スタ……』
そのとき彼は走っていた。
何かから逃れるように、時折後ろを振り仰ぎながら一生懸命に走る。
実際に彼はそのとき逃げていた。
ハアハアと息を切らし苦しげな表情をしながらもなを走り続ける。
(逃げないと……もっと早く、もっと……)
だが、そんな彼の必死な逃亡も、ポン……と、肩を叩かれたことで終了を告げる。
「ツカマエタ」
もしこれがホラーゲームならきっと赤文字で画面いっぱいに余白もなく表示されることだろうこの言葉を追跡者にかけられたというのに彼は全くそのことを意に介さず、
「捕まつちゃつたかー、参った参った、降参だ」
と、苦笑いを交えて言っている。何も知らない人からしたらこれは正気の沙汰とは思えないだろう。彼はそっち系の人だったのだろうか……というレッテルを張られるのがオチである。
と、いうのは冗談で、まあここからは彼……というより当時の僕の視点でことの次第をみていくとしよう――セルフナレーションが疲れたからっていうのは内緒な――
「……降参だ」
アッチャー、今日こそは逃げ切れると思ったのに……
「もう、弱すぎだよ! 今日はこれで何戦目?」
「じゅ、十戦目です……」
「勝ちは?」
「……」
うう、泣きたい……どうして僕はこんなにも運動音痴なんだ……たしかに前世でもほとんど運動なんてしてこなかったけれど、そんなの今はもう関係ないじゃないか。
それ以前に女子に勝てないってどうなのさ(涙)
ま、まあ気配を隠す稽古と言われてホイホイとやり始めたというだけだし、それにこれ、何度考えてみてもただの隠れ鬼なんだよな。
うん、まあ子供の遊びってことで割り切っていくしかないか〜(でないとすごく屈辱的だ)
それより、
「あのさー、そうやってホラーテイストで捕まえに来るのやめてくれよ」
このセリフ一体何度目だろう。
「別にいいじゃん実害ないんだし」
そういう事じゃないってば! と、初めこそ反論していたけれども今はもうそれすらも面倒になって、はぁ……とため息をついて忘れることにする。
いつかはこのくだりさえ無くなるのかな?……まあいいか。
「今日はもうこれくらいにしない?」
「えー、まだまだいけるよ~♪」
ちょ、おまっ、グルングルン肩を回しながら言わないでくれ!
だだだ、誰かー!誰か来てくれー!
「おーい、今日の宴会はどうするー?」
「あっサキ!」
ちょうどいいところに来てくれた!
なんて気の利く人なんだ、空気の読める人なんだ!
「助けてー!志佳に殺される――!」
僕はサキの影へと全力疾走しながらそう叫ぶ。
「うぉっと、どうした?……ああ、なるほど。ちょっと待ってて、話をつけてきてあげるから」
「おお、ありがとう」
僕の様子を見て、それだけですべてを察したように彼女は、承ったといった感じに頷きながら彼女は志佳のほうへと歩いていき、志佳と話し始めた。
やっぱりサキはわかってるー。
初めにサキが何か言って、それに志佳が答える。それに頷きながらサキがまた話す。そんなことを時折僕のことを横目でチラチラと見ながら続けている。
その光景を見ているうちになんだか自分が情けなくなってきた。
ハハハ……バッカみたい。
少ししてサキが突然頭を抱えたかと思ったら志佳と二人してこちらに向かって不可思議に優しい笑みで歩いてきた。
なに、怖いんだけど……
僕は思わず後ずさりをする。彼女らは依然として歩調を変えず歩いてくる。
サ、サキ、裏切ったな!!
「うわぁっ」
木の根に躓いて尻餅をつく。
(あっ、さようなら)
人生最後の時が目前に迫ったならば、貴方は何をしますか?
とはいってもその選択をするのは今回じゃあ無いのだけれど。
「ほら大丈夫?」
と、意外にも志佳が手を差し出してくれた。どういう風の吹き回しか知らないけれど、ここはありがたく手を取ることにする。
サキに感謝だな。
『パシッ!』
湿った空気に乾いた握手の音が響く。
和平交渉成立ってか(笑)
「よっこらせ!っと……それじゃあ帰りますか」
僕は相変わらずの爺臭い掛け声とともに起き上がる。
しかしアレだな、家が完成するまでは宴会をお預けにするっていう約束をとりつけておいたはずだから、となるともう完成したということなのか……?いや、いくら何でも早すぎるでしょうよ……普通にあの規模の建築を手作業でするとなれば数十年単位で時間がかかる筈なのに、まだ全体的な構想を伝えてからから数年間しか経ってないと思うんだが……これは一体どうしたものか。
さてはて、もしこれで完成していないようなら一発ぶちかましてやろうか? まあ、所詮弱小妖怪の繰り出すパンチなんて、鬼には通用しないだろうけど……それどころか返り討ちにあって大変な目に合いそうだ。ふむ、それは嫌だ。やっぱり一発ぶちかますのはやめてたらたら説教をすることにしようか。しかしそれでは再犯の可能性が……
世間の諸君、妖獣(優柔)不断な人の思考はこのようになっているのだよ。よーく覚えておきたまえ。<ここ、テストに出るぞー
それはともかく、少し引っかかるところなのだが僕に宴会の存在を知らせたのはサキなのだ。彼女は鬼としては珍しく酒に溺れたような生活は送っていない。だから普段の彼女なら絶対に約束を破らせたりはしないだろう。相当な事情があれば別だろうが。
と、なれば本当に完成したということになるのか……末怖ろしいな。
確かに、「じゃあ後はよろしくね」といって施工を任せたあと一、二度様子を覗いにいったきりだからどんなペースで作業をしてるのかは知らないよ、だけれどもまさかあの時はこんなに早く建ててくるとは思ってもいなかったから正直未だに信じがたい。だいだいさぁ…………<無限ループって怖くね?
……
「……うわ!なんだ!」
問題の現場に向かって歩いていると、突然特大の蜘蛛の巣に突進したような妙に気持ちの悪い感覚が全身を駆け巡った。
思わず身体を目で探るも特にこれといってキラリと光るようなものもなく、何らいつもと変わらない着物姿である。先程まで動き回っていたので多少なりと汚れているがまあそれも直に消えて無くなる――妖怪というのは便利なもので、そもそも実体が他者に依存ためにで自分のイメージさえしっかり確立していれば洗濯はおろか、身体を洗わなくとも自然と清潔そのものの状態を維持できるのだからすごいものだ……とはいえ流石に髪くらいは流したくなるけれど……しかしその逆も然りだから気を付けなければ――僕はその不思議な感覚の正体を推想していくうちにあることが想起された。
「どうやら気づいたみたいだね」
ちょうどタイミングを見計らったようにサキがそう話しかけてくる。
「なんだか結界?を通った感じがするけど、当たってる?」
僕の問いかけにサキは満足そうに頷いて、「華飛天に仕掛けてもらったんだよ」と言った。
「えっ!母さんがここに来たの!?」「華飛天が!?」
はもった……お互いの顔を見る。が、すぐに目を逸らした。
変なところで気が合うな。
しかし、今日は驚きの連続だな。
まあ、いつものことか。
とと、そんなことより、
「母さんが来てるんなら早く言ってよ~」
もう此処の皆には僕の母さんが華飛天だってことは周知のことだろう?
誰かさんのおかげでね……
「あれ?久しぶりに会いたかった?」
サキが足を止めて気を使ったように聞いてくる。
「いや、そういうことじゃないけど……」
僕は止まらずにそう答える。サキもまた歩き出す。
せっかく来てたんならいくつか聞いておきたいこともあったっていうだけだよ。
「ふっ、あんたも親離れしないねぇ」
いやいや志佳よ、何か勘違いをしていないか?
いいか、僕はマザコンではないんだからね!
まあ、それはとりあえずいいとして、
「この結界は一体どんなものなの?」
この質問にサキが、「まあ魔除けならぬ人除け結界ってところかな」と、答える。
ふーん、といった感じに僕は僕はうなずく。そして、「それだけ?」と聞いた。
なんだか人除けって意味だけじゃないような気がするんだよね。それだったら僕が結界を通った時に違和感を感じるのはおかしいし……それにわざわざ結界なんか張らなくてもそもそも人は来ないだろうからね。
「まあ、本当のところをいうと華飛天とどっちがより強い結界を張れるか競争していくうちにこうなっただけなんだ」
「へえー、サキもそんなことするんだ!」
てっきり勝負事は嫌いなのかと思ってた。
あれ?さっきは母さんが仕掛けたって言わなかったか?うーん、まあいいか。
しかし、どんな競争だよ……なんか訳のわからない効果とかついてないか?大丈夫か?長くいると幻覚を見るとかないか?もう二度と出られないとかないか? いや、流石にそれはないか(笑)……ない…よな?
「で、害はないのか?」
「それは……大丈夫だと思う」
「なんか今変な間があったような気がするんだけど」
アハハハ、とでも言うようにサキはお空へと目を外らす。
(あっ、ダメだなこりゃ)
この反応は声を出してなくとも分かる。絶対に彼女自身どんな状況になってるのか分かってないよ。
果たしてそれでいいのか?いやよくない。絶対にいいはずが無い。
「解術したほうが良いんじゃない?」
「それが……」
……できない。だ、そうだ。
一体どういうことなのか訳を聞くと、概ねこんなような返事が返ってきた。
僕の母さん……もとい華飛天と久しぶりに勝負をしたところ、お互い楽しくなって歯止めが効かなくなったそうだ――この時点でもうあまりいい予感はしないがサキの話はまだ続く――それでしばらくそんな感じのことを続けていたのだが、周りからの静止によってふと正気に戻って手を止めたのであった。
しかしそのときにはもう時すでに遅し、事態は彼女等の想像を超えたものになっていた。
長くなるので要点だけまとめるが、
要点一「重なる力」
彼女等は夢我夢中に技を競い合う中で、自分たちがどんな術を行ったのか把握できなくなっていた。その結果、互いの放った術が干渉しあい違った性質に変移したことに気が付かないまましばらくの時が経過したのだ。
それが事態を悪化させた。
要点二「大地の力」
科の辺りの山は地下に大きな例脈が走っていて、たびたび地上にもその影響が現れるんだとか……そんなところの上で強い力を見境なしにぶつけ合ったものだから、本来ならまだしばらく眠り続けているはずのその例脈が活性化することとなった。
要点三「消えない力」
術者の意図とは違う働きの力、予てより大地に宿る強大な力……その力と力が偶然にも共鳴しあい、そしてその結果、術が術者から完全に剥離された状態になった。
通常なら術者からの力の供給を絶たれた時点で術は効力を失い自然と消滅するのだが……
……ここには幸い?にもほぼ無限の力がある。しかもその力が術と共鳴しあっているときたもんだ。
これは勝てない(確信)
と、まあ大まかにまとめるとこんな感じのことを順番もごちゃごちゃでほとんど支離滅裂な早口で言われたのであった。
いやー、理解するだけで大変だったよ。
話は戻って、
「要するに、もっと自制しろってことだな」
「ま、まあ……アハハ…消えたい」
うん、自暴自棄になっているサキはいいとして、
「母さんは? 居ないみたいだけど」
「儂に何か用かの?」
「うわぁ!」
びっくりしたー! 急に後ろから声をかけないでくれよ! ほんとに心臓が止まるかと思った……
「何をそんなに驚いておる、まったく……おぬしも相変わらずじゃな」
「そっちこそ」
何年ぶりかな。
「帰ったんじゃなかったのかよ」
「なんじゃ?居ないほうがよかったかの」
「それは……」
「こいつさっきまで華飛天のことばっか気にしてたよ♪」
「ちょっ!志佳!」
そういうのよくないよ!だって、だって……そういうんじゃないんだから!
思わぬところから横槍を入れられてすっかりアタフタしている僕のことを、志佳が遠目に「してやったり」といった風にニヤニヤしながら見てくる。
くっ、我慢しろ……ここで余計なことを言ったらダメだ、ダメだけど…………あっ…ニヤリ
「そういえば志佳も母さんが来るって聞いたときは凄く嬉しそうだったけど?」
「そっ!そんなことないもん!!」
おっ、動揺してる、ちょろいな(笑)
さて、仕返しもしたことだしここからは真面目にいくか。……今まではふざけてたのかって?まあいいじゃないの細かいことは。<切り替え早っ
さてさて、
「久しぶり……顔見せてなくってごめんね」
遠くのほうで今だにぶつぶつ何か言っている志佳のことは放っておいて――それよりいつまでああしてるつもりなんだよ――母さんに声をかける。
「そうじゃな、しかしおぬしも随分と近くに腰を据えたものじゃな」
「まあ、成り行きで……」
と、いってもいつかは此処を出ていくだろうけど。
そう思いつつも既に何年も居座っているのかぁ……まあ、いいか。
こんなことだと何か大きな事変でも起きない限りはたぶん此処に居ることになるんだろうな。
「相変わらずはっきりしない奴じゃな」
「まあいいじゃないの」
「あのー、お取込み中悪いんだけどこっちも手伝ってくれるかな」
僕が母さんと感動の再開(なんだか泣けない)をしていると横からサキがそう口を挟んでくる。
ムムム、遂にサキまでもからかい始めたな!昔はもっと誠実だった筈なのだが?
だれのせいでこうなったんだか……
少し振り返ってみる。
サキのことを全力でからかう僕、サキに些細な悪戯をしていた志佳、他人の揚げ足を撮ってばかりの僕……
うん、志佳が悪い。
「なんでそうなるの!」by 志佳
さてはて何の事やら……だっt
閑話休題
「手伝えと言われてもじゃな、儂がやったらあっという間に終わってしまうぞ?」
いやいやだったら尚更手伝えっての!
「で、解き方が分かるんなら放っておいたらどうなるかも分かるんじゃないの?」
「ふむ、そうじゃな」
「えー!私は聞いたときは分からないって言ってたじゃない!」
「まあまあ良いではないか」
もう!と、ふくれっ面になってビシバシと遺憾の意を示しているサキのことを、母さんはのらりくらりと言い包めて楽しんでいる。
僕はそんな彼女等を横目で見ながら志佳に、「いつもこんな感じなの?」と聞いた。「まあね」と答えた志佳は、しばらくその様子を眺めていた後に「でもいつもより楽しそう」と呟いた。
「まったく……早いとこ後始末したいんじゃなかったのかよ」
「……だいたいねぇ……」
(あっ、だめだこりゃ)
白熱しきっててこっちの声、何にも聞こえてないよ……よし、これはあれだ、突然大きな音を立てると水を打ったようになるあの現象を此処で再現すればいいんだ。
テキトーにクラッカー効果とか言ってみたりして(笑)
よし、それじゃあ……いち、にの、えぇっい!
『……ドゥ――ン』
あ、あっれーおっかしいなーこんな身の毛もよだつ重低音を出したつもりはないぞー(汗)
「カアー、カアー」
鴉が五月蝿いぐらいに鳴いている。
どうしてだろう、凄く胸騒ぎがする……
一体あの音は……
「……たたた、大変だー!」
嫌な予感というものは当たるもので……
「一体どうしたの!」「なにごとじゃ?!」
山の向こうから走って来た一人の鬼にサキと志佳が詰め寄る。
「あの人間どもが……」
やはり……
「……一斉に攻撃を仕掛けてきやがった!」
こうなるのか……僕が何とかしなければ。あの都と一番かかわりの深いであろう僕が……
ふう、定めかな……こうなることは初めから分かり切ったことだったのだろうか……
なんにせよ此処にいる仲間を守ることが今の僕にできる最善策だろう……と、僕は思う。
「みんなを屋敷に集めて……」
「わかったわ、でもどうし…て……何をしているの?」
僕は地面にしゃがみこんで懐から取り出した小石を円形に並べる。
「妖力石じゃな」
「うん、稽古の合間に拾い集めておいたんだ」
いつの間にそんなことを……と呟いている志佳の言葉と同時に、
「そんなものを何に使うのさ」
サキがそう僕に問うが僕は苦笑いをするだけで何も言わない。
何も僕は無意味にミステリーサークルを作っている訳ではないのだ。
彼女たちを巻き込むわけにはいかない……たとえ僕が空を飛んで行ったとしても、それくらいでは彼女たちがついてくるのは防げないだろう。
だから、
たとえ少し危険であろうとも……
たとえ彼女たちにこっぴどく叱られようとも……
たとえ僕の命がここで尽きようとも……
彼女たちを巻き込むわけにはいかないのだ。
だから、できるだけ明るく、心配いらないと思ってもらうために、
「それじゃあ、みんなをよろしくね」
と、一言。
僕はあの円の中に立ち、目を閉じ、胸に手を当て能力発動のために全身へと力を巡らせる。先ほど置いた石が僕の力と共鳴し、淡い光を放ちながらカタカタと震える。
……次第に強さを増していく光が最高潮に達したかと思われたとき、
「ちょっと何やってるの!」「華飛天!」
サキと志佳が何やら騒いでいるらいし音が聞こえる。
しかし術の行使に集中している僕には彼女たちの言葉もただの雑音にしか聞こえていない。
そのとき『ス……』と何かが僕の裾を掴むのを感じた。
術の行使のために研ぎ澄まされた感覚がその者の正体をすぐに感じ取る。
僕がどうして……と尋ねる間もなく、眩い光が辺りを満たし、次の瞬間その場に残ったのは、もはや何の役にも立たないただの小石の円だけであった。
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%〈鼯鼠移動中〉%
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
スタッ、と降り立ったその地は、思わず両手で目を抑えて大声で叫ばざるをえないと体現するのが最もふさわしい惨劇の跡であった。
僕も恐らく彼女がいなければそうなっていたことだろう。
「母さん、分かっていてどうしてこんな危険なことを」
「儂にも関係があることだからじゃ」
「それは……」
玄武さんのこと? と、聞こうとしたがやめた。
そのなもの愚問だと思ったのだ。
代わりに、
「彼らに物申す必要がありそうだね」
と言った。
さて、目的地は……っふ、あそこだな。
こんな状況で笑ってしまったことは正直自分でも信じられない。
ただ、本当に宇宙を目指しているだなんて考えるとすこし可笑しくなってしまったのだ。
「あそこが目的地というわけか」
永琳さん、僕がすべてを聞くまでそこで待っていてくださいよ。
そう心の中で思いながら僕は眼前にそびえる一機のロケットを見上げた。
「……だれか来ているようじゃが」
おっと、無駄な時間を過ごしているうちに使者が来たということか。
ほう、剣士か……意外だな、科学力になめ腐っている連中のことだからレーザー銃にガチガチの武装で来るものかと思っていたのだが……
まあ近距離戦となればこちらのほうが有利だ。
さて、お手並み拝見といきますか。
相手との距離もあることから、僕は特に焦ることもなくゆっくりと戦闘態勢に移る。
「気をつけるのじゃ、何やら只者ならぬ気配を感じる」
母さんが僕に耳打ちする。
「そんなに心配することは……っな!消えた!?」
「後ろじゃ!」
「うわぁっと」
間一髪で躱したものの、完全に油断しきっていたところを狙われた僕は態勢を崩してしまった。その一瞬の隙を見逃さず僕の心臓に向かって真っ直ぐに刃が突き立てられる。
咄嗟の判断で僕は大きく空へと飛び上がった。しかしこの距離では刃が届くほうが早いだろう。そんなことは始から分っているのだ……今は急所さえ外れればそれでいい。
『グサッ』
案の定刃が鈍い音を立てて僕の下腹部へと突き刺さる。僕が移動していたせいで刃が腹を抉りながら抜けていく。
「グァハッ!」
口から血があふれ出る。水平感覚がとれなくなった僕は地面に堕ちる。刺された腹からはドクドクト血が溢れだし一瞬にして僕の着物は夕焼けより赤い紅へと染まり、なをも流血は止まらない。僕の周りに紅い池ができる。動脈をやられたか……これは助からないな。
ここであのときの質問をされたなら、今は明確に答えが出せる。
そんなもの分かったところで何もできないのだ。しかしこのまま終わるわけにはいかない!
「母さん、今だ!」
留処なく溢れてくる血を吐き出して僕はそう叫ぶ。
「分かっておるわ!」
母さんが何やら複雑に手を動かしたかと思ったら次の瞬間あの剣士が膝をついてバタリと倒れるのが見えた。
生まれてこのかた初めて母さんが本気になったのを見た気がする。
ああ、こんなところで死ぬのかよ……もう痛みすら感じないぜ……視界だってハッキリとしてきて……あれ?なんではっきりと物が見えるんだ?
んん? いつの間にか傷口が塞がっている…だと……あれほどの重症がどうやって?
「おい、おぬし大丈夫か!」
「あ――ぁ、ダメ……」
どういうわけか傷口は塞がっていたが今はもう動きたくない気分だったのでそう言う。
「ええぃだらしがない、待っておれ、すぐに動けるようにしてやるからの」
「あはは」
母さんも鬼畜だなあ……内心ではもう此処から一歩も動きたくないのだが、まだ都の連中を止められていないことを思い出して何とか渇を入れて気持ちを切り替える。
それよりも、
「あんなに強い術があるなら初めから使えばいいのに」
本当に、そうしていれば怪我せずに済んだじゃないか。
僕は上体を起こしながらそう言う。
「なんじゃ起きれるではないか」
「いいでしょ、別に」
「そうじゃな。して、なぜ初めからあの術を使わなかったのかというとな、あれは使わなかったのではなくて使えなかったのじゃ」
「どういうこと?」
「まあ、詳しい話は後でするとしてじゃ、とりあえず今は先を急ぐぞ」
「う、うん」
(まあいいか、助かったんだし)
と、いうことで僕らはまた歩きだした。
「おー、痛てぇ」
傷口は塞がっているといえどあれだけの怪我だったのだ、痛みくらいはしばらく残る。
「うーん、生きるって大変」
「急にどうした?」
「なんてでもない」
さぁて!僕らに手を出したこと後悔させなくちゃね。




