第十三話 光射す事無き場所へ②
「もちろん……初めからそのつもりだよ」
僕の問いかけに志佳はそう答えた。
互いに帰るつもりが無いことを確認したところで、僕等は先へと進む。
さて、どんなものが待ち構えていることやら…
一抹の不安を感じつつも、それ以上に昂る好奇心で僕は足を運ぶ。
一歩、あの道へ足を踏み込んだ途端、僕は何者かの気配を感じた。
二歩、三歩……歩幅を重ねるにつれてその気配がだんだんと強くなっていく。
(この気配、何処かで……)
「これって……」
先に声を発したのは志佳だった。
「華飛天……なの?」
!
そうだ!これは母さんの気配だ!
母さんの気配…………久しぶりすぎてすっかり忘れていた。……よし、覚えた、これで次からはすぐに判るだろう。
このとき、僕の脳裏にあの都で感じた気配が過る。
……あのエレベーターで感じた気配、やっぱりそうだったのか。となればあれがこういうことで、これがそうなって……僕の中でいくつもの事象が一本の糸で繋がっていく。
「ふぅ…なるほど、そういうことか」
まだ重要なピースが幾つかそろっていないような感じがして少しもやもやは残るけど、それでも今ある情報だけでもあらかたの怪奇の説明はつく。なぁに、分かってしまえばなんということはないじゃないか、ちょっと話が常識を逸脱しているというだけだ……そんなのこの世界にきてから毎日のことだし……まあ気にするようなことじゃあない。
「何か分かったの?」
僕の独り言を聞いたらしく、志佳がそう尋ねてくる。
「うん、あくまで可能性として聞いてほしいんだけど……」
と、間違っていたときの為の逃げ道を用意しておく。
「……たぶん……いや、絶対にこの場所はあの都の施設か何かだと思う」
「都……あー、あのちっちゃな集落の事? 最近は変な結界のせいで近づけなくなくなって困ってたんだよね~。いつの間にそんなもの使えるようになったんだか……おかげで生まれたばっかの妖怪が食べるものもないし、そのせいでろくに妖力を蓄えられなくて結構ジリ貧でさぁ……まあでも、定期的にこっちに攻めてくる奴らがいるからまだいいけど……で、そこがどうしたの?」
はは、なんか今さらっととんでもないものを聞いたような気がする。人間…食べ物…………うぅ、寒気が。
でも、それが本来の妖怪なんだよね。人を食らう化物、人を惑わす怪、人々の恐怖の象徴……そして僕も……いや、だめだ、そんなことは考えるな……僕は誰も傷つけたりしない。大丈夫だ……
「す―――………、は―――………」
一旦止まって大きく深呼吸をする。
(……ふう、だいぶ落ち着いた)
僕はまた歩き出す。
そうだよ僕はもともと人間だった訳だし、そんな僕が人間に危害を加えるなんてあるわけ無いじゃん。
へーきへーき、心配ご無用だよ。
「…さっきから何やってんの?」
「気にしないで、こっちのことだから……志佳は食べたりしないよね?」
「はぁ?」
「何でもない」
きっと志佳は大丈夫だ、きっと人間のことなんて何とも思ってないさ。
で、何の話だっけ?
……ああ、そうだそうだ、此処と都の関係性だった。
「でさぁ、都との関係なんだけど」
「うん」
「と、その前に今の都ってどうなってるか知らないんだよね?」
これを先に伝えておかないと。
「まだ引っ張るのっ!」
「いや、だって順番が……」
「……はぁ」
なんだよ今の意味深な間は!(笑)
だって仕方ないじゃん、あそこを集落とか言ってる時点でこのまま話を進めていってもすぐに噛み合わなくなるのは分かりきってるし。
ってことで説明を……
「すぅー、いっ……(割愛)」
「いやいや、それ冗談でしょー」
「ほんとだって!」
なんで信じてくれないかなぁ。だってあそこはもう集落っていえる範疇にないんだってば!
もう、頭が固いって!……そういえば年を重ねれば重ねるほど頭が固くなって偏屈になるって誰かが……|チラッ
……うーん、偏屈……ではないな。
「なんか変なこと考えてない…?」
(ばれた?!)
「えっ、いや~、なな、何でもないよぉ!」
(や、やばい声が裏返ってしまった!)
「……」
あー、この間は信じてないやつだな。話を逸らさねば……
「コホン、それでこの場所なんだけど……」
「……」
なんだろう……無言の圧力を感じる。
いやいや、きっと気のせいだろう、そうだろう。
「……」
こ、怖い……これは何としても話題を変えなければ……
「でね、さっき話した都全体の動力源が」
「この先にあるってこと?(もうどうでもよくなった)」
「そういうこと」
ふう、これで一安心か。
話を本題に戻そう。
理由はわからないがこの場所は母さんの妖力で満たされているんだよね。
そしてあそこの設備はすべて妖力で動いている。前に玄武さんが話してた契約だか何だかいうやつも関係しているのかもしれない。
さて、真相は目前だ。
……少し後……
おっ、なんだか道が開けてきたぞ!
これで僕の予想が正しいかがわかる。
はたしてどんな突拍子もないものがあるのやら……なんだか見たこともないような装置がずら――――っと並んでたりして!
そう考えるとなんだか楽しみになるじゃないか!(相変わらずの機械好き)
「ふふふ……」
「……ふふふ」
志佳はこのときこの鼯鼠のことを本気で気持ち悪いと思った。
だってそうでしょ?
何もないところでいきなりニヤニヤしながら笑ってるんだよ!ホンット気持ち悪いと思わない?
もしかしてこの高濃度の妖力に当てられて気が狂った?
だったら面倒だし、いっそ……
「……ふふふふふふ……」
ああもういつまで笑ってるつもりなの!いいかげんに腹が立ってきたわ、早く止めなさいよっ……
『ゴフッ』
「痛った!何すんのさ!」
あ、ようやく止まった……あのまま止まらなかったらこいつを此処に置いてすぐにでも帰ろうかとも考えてたけど、そこまでしなくても大丈夫そうかな?
少なくとも気が狂った訳ではなさそうだしね(それどころか逆にピンピンしてるし……)
うーん、表に出さないようにしてるから套逸は気づいてないかもしれないけど、私だってここに居るだけで内側から体力を削られるんだよ、それを全く意に介していないとしたら……少し不気味ささえ感じてしまう。
でもなんだか少し羨ましいなぁ。
生まれながらにこんなに強力な力をもって、それでいてその力に負けていないなんて……当の本人はそれを自覚してるのかは分からないけども。
ふふ、私が他人に憧れるなんてね。
声には出さないが思わず笑みが零れる。
「あのさぁ、僕は志佳と違って相手の考えが読めるわけじゃないんだから何か言いたいことがあるんなら口で言ってよ」
「あえて言わないでいたのにそれを聞きたい?」
「あっ、やっぱいいです」
「はぁ……」
まったく、男のくせにそんなにブレブレで…もっと胸を張って堂々としていればいいのに……
と、そんなことはいいとして、早く済まして地上に戻りましょうか。そこでのほほんとしているこいつならいざ知らず、私のほうはこのままのんびりした調子で進んだら遠からず気が参っちゃうって。
「ささ、早く行こよ」
「う、うん(急にどうしたんだろう)」
よし!どうせこの場所もまた華飛天が何か変なことに手を出しているだけだろうからすぐに帰れるでしょ。
彼女は力だけをみれば私なんかの比じゃないくらいなんだけど……変わってるからなぁ。
「人間と妖怪の共存」だなんて自分の存在を否定するようなことを言って……
彼女と私はかなり長い付き合いだけど、昔はそんな事は言ってなかったし考えてもいなかったのに、あるとき急に、それこそ狐にでも取り憑かれたように人間も案外面白いかもしれないって言ってきたもんだからびっくりしたよ。そのときにはもう私達はある程度の力を持った所謂大妖怪なんて呼ばれるような存在になっていたから、たとえ人間がいなくても何とかやってける状態だったんだよね。だから私はあまり深く考えずに、「いいんじゃない」そう言ったんだよね。
そのせいで周りからのけ者にされてしまったわけなんだけど……
そのとき、私はとんでもない間違いをしてしまったのではないか……そんな気持ちに囚われて、彼女に顔向けすることを避けるようになっていた。
そんな関係が続いたある日、彼女は人間との間に子を身籠ったと、ただの独り言のように小さく呟いた。その言葉を聞いたとき、私は久しぶりに彼女の顔をはっきりと見た。
彼女は横を向いてただ遠くを見つめていただけだったけど、その横顔を見た瞬間に私は間違ったことはしてなかったんだって悟った……
だから私は、
「名付け親なら任せて」
と、軽い口調でそう言った。
彼女はただ微笑んだだけだったけど私達にはそれだけで十分だった。
私が相手の心を読めるようになったのはそれから少ししての出来事だったかな。きっと華飛天からの滅茶苦茶な感謝状だったんじゃないかなと、思う。
まったく、『力を持たせる程度の能力』なんてホントに滅茶苦茶なんだから。
私は前を行く套逸のことを見る。
「……ちゃんと約束は果たしたよ」
こんなこと考えてたら久しぶりに会いたくなってきたなぁ。
「うわーっ!」
!
何事!
突然套逸が大きな声を出して走り出した。
いったい何があったのだろう……私も後に続く。
「……うわーっ!」
なんだ此処!
「ひっろーい!」
そして、
「なんもねー!!」
えー、嘘だろ……ままま、まさかね、そんな、ねぇ…さすがに何も無いなんてこと、ないよね?
そ、そうだ、きっと暗闇に目が霞んでるだけだそうに違いない。
僕は両手で入念に目をこする。
よし、これで…………だめだ、やっぱり何もない。
「何やってるのさ」
「だって何も無いんだもん」
膨らみに膨らんだ想像を一瞬にして崩し去られた僕は答えにならない応えをした。
ははは、またかよ……これじゃあ結局どっちに行っても変わらなかったじゃないか!
ああ、暑いしもう帰ろうかな……と、殆ど放心状態な中で僕はそんなことを考えていた。
しかし、志佳の意見は違っていたようだ。
「いや、何かあるよ」
彼女はこのだだっ広いくうかをにらみながら、確かにそう言った。
「……え?」
このただただ暑いだけの地下空間に、一体何があるというのだろうか。
まあ、これがよくSFなんかで描かれる地球空洞説の証拠とかいうんなら話は別だろうけどさぁ……あんまりそういうの興味ないし。
「だってさぁ、明らかに怪しいじゃん」
「どこが?」
「全部だよ」
「全部?」
「そう全部」
全部、かぁ……まあ確かに考えてみれば何もないっていうほうが怪しいくらい大量の伏線があった気もするな。
でも、何もないしなぁ……あっ!そうだもしかしたら此処も入り口と同じような方法で隠されてるんじゃないか!?
だとしたら炎で……試してみる価値はあるな。
と、その前に……ここら一帯に充満している妖力に引火性がないことを確かめないと、下手したら本当に爆死しかねないし(苦笑)
はぁ、妖力って用途に合わせて性質を変えられたりと普段は便利なんだけど、こういう場合はその万能さのせいでいろいろ面倒くさいんだよね。
妖力の性質っていうのは、例えば相手の目を欺きたいって思ったら幻影を見せるような性質になるし、炎を出したければ引火性を持った性質になるし、何もしたくなければ何の性質も持たなくなるし……と、そんな感じに用途に合わせて変幻自在に変わるんだ。
で、種族によってそれぞれ得意不得意な変化があるって感じかな。だから狐や狸、それから貉や猫は、化けるや化かすことが得意であったりするので昔話なんかでもよくそんなことが書かれているけど、天狗や鬼なんかが人を化かしたという話は聞いたことがない。
まあ、あくまで僕が此処でいろいろしていくうちにふと思いついただけのものなんだけどね。
それはいいとして、どやって確かめようか?
一番簡単なのは火をつけることなんだけど、それじゃあ元も子もないし……どうにかして一部にだけ火をつけられないものかなぁ。
「何か考え事?」
「ん?ああ、このまま火をつけても大丈夫かなぁって」
「試してみれば」
「いやいやいやいや……」
簡単に言ってくれるねぇ、それができればこんなに悩まないっての。
「つけた瞬間に吹き飛ぶからさ」
「駄目じゃないか!」
まったく危なすぎるよ、ふう、危ない危ない、あそこでホイホイと彼女の言うとおりにしてたら今頃二人ともこの世からグッバイして次に会うのは冥界でってことになってしまう。
「大丈夫だよ、私は結界で防ぐから」
なるほどなるほどそれでそんなことが……って、
「それじゃあ僕が死んでしまうよ!」
「はは、バレた?」
「いや、分かるでしょ」
「だよねー」
まったく何処の三流コントだよこれは(笑)
ああ、彼女といると命がいくつあっても足りないよ……死んでも生き返れる蘇りの石てきなものないかなぁ(切実)
そういえば、
「どうして確実に爆発するってわかったの?」
「う~ん、年の功ってやつかな」
でた~長く生きればなんでもできるっていう謎の法則。
ホントそういうの卑怯だよなー。
「どこが」
「あれ、口に出てた?」
「まあね」
はは、こういう癖も何とかしないとな。
「それより、いつ気づいたの?」
「あの道に入った瞬間…かな」
「……」
いやいや、いくら何でも早すぎだろ……なんなん、確かに僕でも気配は感じたよ、でも流石にあの時点で気づくわけないじゃん。
はぁ、やっぱり卑怯だ~。
で、それじゃあどうするべきかなー。いっそ思い切って突っ込んでみるか?
まあ、何もしないよりは数千倍マシかな。
と、いうことで、
「それじゃあ、行ってら」
「えっ!ちょとまっ……」
僕は彼女の背中を両手で押した。
「さっきのお返し♪」
「はぁ?!……」
彼女は僕に対する抗議の声をあげながら消えていった…………はぁ?!
えっ!えっ!何!どうして!どこいったの!
「ししし、志佳?居るの……」
僕は志佳の消えたほうへ声をかける。
……
……
……だめだ、返事がない。まるで空に話しかけているようだ……って実際に空気に話しかけてるのか(笑)
さて、どうしたものかねぇ、このまま突っ込むわけにも行かないだろうし……ここで待つか?
そうだな、それが良さそう。もし志佳が出て来なかったら……それはそのときに考えよう。
そういう風にまとめて自分がとんでもない過ちをした可能性を否定する。
僕は地面に腰を下ろそうとした……
そのときだった!
突然何もないただの空間から白い手がと出してきた!!
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
僕は抵抗する間もなくその手に引きずり込まれた。
ああもう、一難去らずにまた一難かよ……ったく一息くらいつかせてくれよな。
「ってて……志佳もそんな荒っぽいことして引きずり込むことないじゃないか」
僕はぶつけた頭をいたわりながらそう呟く。
「お生憎様……」
「!!」
志佳のものでは無い女性の声がした。
「彼女は此処にはいないわ」
何処かで聞いたことがある声だ……この声やはり、
「八意さん、あなた達が関係しているんだね」
「ふふ、勘がいいじゃない?」
勘も何も、はじめから怪しすぎでしょうが!
そんなことより、
「志佳は、志佳は何処だ!」
「はあ……だから此処には居ないって言ってるでしょ」
からかうのは止めてくれ、この短時間の間に志佳を何処かへ連れ出すことは不可能だっていうことは小学生でも分かるようなことだぞ。
できたとして、せいぜい何処か大きな岩の後ろとかに身動きをとれないようにして隠すくらいだ。
……しかし八意さんが嘘をつく可能性は、なっ、……いや、ある(笑)前科だってあるじゃないか。
やっぱり、志佳はどこかにいるはず……
「まったく、私ってそんなに信用ないかしら」
「無いね」
僕の心を読んだかのようにそう呟いた彼女に、僕が即答でそう答えると、
「……少しくらいは否定してくれてもいいじゃない」
と、こめかみの辺りをピクピクと痙攣させながら言った。
いやいや、流れ的に?そう答えるのが普通じゃない? 何をそんなにむきになっているのやら。
「まあ、他人から信用されるように努力したら?」
「……まあいいわ、あの妖怪なら今頃どこか遠くの山奥で途方に暮れているんじゃないかしら」
う~ん、この感じだと本当に個々には居なさそうだな。さっきからずっと気配を探っているのに志佳の気配は全く感じられないし。
「遠くって何処さ」
「分からないわ、だって送る先は選べないんだもの」
また随分と物騒なことをしてくれるじゃないか。
「でも、志佳は無事なんだね」
「そうねえ、大丈夫なんじゃないかしら。だってこの転移結界を掛けたのはあなたの母親なんだから」
「!!」
「ふふ、だいぶ驚いてるみたいね。でもあなたも気付いてるんじゃない? だから此処に来たんでしょ?」
たしかに、彼女の言ったとおりかもしれない。僕自身この先に何があるんだろうっていうことで頭がいっぱいになっていて気が付かなかったけど、きっとその気持ちの根底には母さんの気配っていうのが有ったのかもしれない。
……しかしどうも引っかかる。さっき彼女は「転移結界」と言った。
結界である以上、その性質は術者によって決められていて、他人がどうこうできるようなものじゃないはず。
人間は通して妖怪は何処かへ送る。この結界はたぶんそんな感じだと思う。
それで、どういうことかっていうと、妖怪である僕がどうしてその結界を通り抜けることが出来たのかってこと。
それから、どうして八意さんが此処にいるのかってこと……
なんだか気味が悪い。ずっと後をつけられていたんじゃないか、そんな気さえしてしまう。
ま、細かいことは別にいいか。
「それで、ここは一体何なんだ?」
見たところ何もないようだけど。
「それは、教えられないわ」
「……まあいいか(大体想像はついてるし)」
「そう……」
「で、何か用?」
用事があるから引きずり込んだんだろ?
……体が軽いとその分踏ん張りがきかないから、掴まれたら防ぎようがないのだけど。
「別に用があるわけではないわよ」
「じゃあどうして」
「結界の力で何処かにとばせるかと思って……」
「あー、そういうこと、それじゃあ僕ってお邪魔?」
「いいえ、そうでもないわ」
「じゃあ僕は……」
?
あれ、用はないんじゃ?
てっきり邪魔だから早く帰ってくれって言われるかと思ってた。
う~ん、用はないけど邪魔ではない、か……それって置もn……うん、自分でマイナスなことを考えるるのはやめよう。
「ちょうどいい機会だし貴方に伝えておきたいことがあるわ」
「なに?」
「私たちはそう遠くないうちにこの星を出るわ」
なんだ?急にどうした。
星を出る?それってどういう意味だ?!
ここにきて急になぞかけか!僕そういうの苦手なんだよ。
「う~ん……」
「何をそんなに考え込んでるのよ」
「だって急に合言葉みたいなこと言われたから」
「私は何も面倒なことしてないわよ」
それじゃあ本当に宇宙に行くってことか?
はは! そんなことが簡単にできてたまるか。それに、あの口ぶりだともう此処には戻ってきませんって言ってるみたいじゃないか。
しかし、あそこの技術力だと容易にやりかねない。と、いうより今までやっていなかったことのほうが不思議だ。
そういえばあそこがあんな感じになったのもつい最近なんだっけ?だとしたらあまり不思議ではないか。
「で、その動機は?」
「私もよくは知らないんだけどなんでも穢れがどうとかって月夜見様が……」
穢れ……なんか急に宗教用語的なものが聞こえてきたような……
それにその月夜見ってやつもあまり好かない。何か変な宗教的なもので人をだましてそうな感じがする。
まだ一度も見たことすらないのに何言ってんだって感じかもしれないけど。
「止めといた方がいいんじゃない?」
「どうして?」
「なんとなくだけど……」
「なんとなくであまり口出ししないでほしものだけど」
「ごめん……」
あまり声を荒げてないのにその言葉に物凄い凄みを感じる。
「まあいいわ、月夜見様が言うには穢れというものは生物から永遠を奪い変化をもたらすものらしいの」
「ふむふむ」
「それで、穢れは生きることと死ぬことらしいわ」
なるほどね……って、
「それとこの星を出ていくこととは何の関係があるのさ」
「それを今から説明するところよ」
あっはい。さーせん(笑)
「こほん、それでこの地上にはずっと昔から穢れが蔓延っているわ。そんな世界にいる私たちも穢れの影響を受ける」
「だから寿命があると?」
「そういうこと」
僕が口を挟むと、彼女はうなずいてこう続ける。
「それで穢れのない場所を目指すのだそうよ」
「ふ~ん」
なんだか途方もない夢物語を聞かされたような気がする。
はあ、なんだか疲れた。そろそろ帰ろうかな……志佳のことも気になるし。
「それで、いつ出ていくつもり?」
「わからないわ、少なくともあと何年かは掛かるでしょうね」
「そうなんだ」
案外先の話なんだな。まあ頭の片隅にでも留めておくとするか。
「それじゃあ僕はもう行こうかな」
「……」
「引き止めないんだね」
明らかな機密漏洩だけどいいのかな?まあ何もしないならそのほうがありがたいけどね。
彼女の気が変わらないうちにそそくさと退散させてもらうとしましょう。
あっ、そうだ、この際だしついでに……
「この前貰った薬ってまだある?」
と、聞いておこう。聞くだけなら誰も文句は言わないだろう。
それに出来るものなら沢山貯蔵しておきたいし。
「捨ててしまったわ」
「そっかー……」
ああ、残念だ。
まあ、取っておかなければいけない道理もないし、仕方ないか。
「ちょっと危険な副作用も見つかったし……」
えっ、ちょと! そんなの聞いたことないんだけど!
「そ、その副作用って……ど、どんな……?」
僕は恐る恐る彼女へ尋ねる……
ああもう、やめてくれよなんだか変な汗が出てきちゃたじゃないか……
周りは耐え難いほど熱いはずなのになのに僕は寒気を感じて思わず手を擦り合わせた。
「それは……」
と、言いながら彼女は僕の体を上から下へ右から左へ縦横無尽に観察した。
その間僕は底知れぬ、恐怖とも好奇心ともつかない感情にとらわれていた。
ひととおり観察しきったところで彼女はこんなことを言った。
「どうやら一回きりだと影響はは無いようね、まあ運がよかったじゃない」
なぁんだ、心配する必要はないのか。
これでひとまずは安心かな。
と、緊張が解けて胸をなでおろす。
「ところで、その副作用ってどんなものだったのさ」
「ふふ、気になる?」
「……なんか怖いな」
「嫌なら止めてもいいのよ?」
「教えてよ」
まあ、どうせ今の僕には関係ないし、まあとくに聞かない道理はない……かな?
「なら教えてあげるわ。あの薬の副作用は……」
「副作用は?」
「副作用は精神力の低下よ」
「……」
僕は思わず固まってしまった。
……えぇ、まじかよ、それって命にかかわることなんじゃ……
SAN値低下のお知らせ。
あああ、あっぶねぇ……妖怪にとって一番大切な物ともいえる精神力が減るなんて……ああ、頭が痛い……
SAN値低下のお知らせ。
「ちょっと!大丈夫!?」
「ふぇぇ? だぁいじょうぶだょぉっ、へへへ」
「……(これは駄目ね、何とかしないと)」
八意永琳、医師の名誉にかけてこの狂人を直して見せましょう。
「口開けて……」
「ふぁは?」
「ふふ、いい子ね……ほいっと、ハイ呑み込んで」
「『ゴクン』…………うっ……ゲホッゲホゲホ!……何すんだよ!」
どうやら正気を取り戻したらしい彼に、永琳は落ち着き払って声をかける。
「お帰りなさい」
彼は記憶がはっきりしないらしく、「何処から?」と言った。それに対して、
「意識の彼方からよ」
と、答えた。
僕は彼女の言っていることが分からなかった。
彼女は何を言っているのだろうか。
しかしそんなことより、
「いったい何食わせた!うえっ、なんかすっごい苦いものが息をするたびに口の中に広がるんだけど……」
「純度百%デナトニウムですけど」
は? なにそれおいしいの?いや不味いか(笑)
「変なものを食べさせるのは止めてくれ」
切実にそう頼みたい。
「あら、でもそのおかげで助かったのよ」
「それは結果論でしょ」
結果だけを見れば確かに僕が感謝するべきなのかもしれないけど、それでも他に何か方法があったんじゃないか?
「そういえば貴方連れは放っておいていいの?」
「ああっ、志佳! すっかり忘れてた」
「ふふ、私はこれで失礼するわ」
「うん、僕も志佳を探さないと」
とはいってもあんまり心配はしてないんだけどね。
さ・て・と、今日はすっごく疲れた。志佳の捜索はまた明日でもいいかな。
場所は変わって何処かの山奥……
「あ~、だーれーかーきーて――――」
一匹の狐が途方に暮れているのであった。
※このあと、哨戒班によって発見されたものの、実は大して離れた場所でなかったというオチ。




