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東方鼯鼠転空記  作者: 平成の野衾(ノブ)
世に放たれし空の色
13/30

第十二話 光射す事無き場所へ①

 僕は今、とある洞穴の中で一人、腕を枕に仰向けになっている。

 外では蝉が煩いくらいに鳴いている筈なのだが、この場所だけは不思議なまでの静寂を保っている。

 きっと入り口が狭いうえに中でL字に折れているせいだろうと僕は勝手な予想を立てる。

 実はこの場所、少し前ふとした拍子に発見したばかりなのだが、夏場はなかなかに居心地が良いから気がつくと此処でだら〜としていることが多い。

 とはいっても何もしないでいる事はなんだか耐え難いので、ある程度体の熱が取れたら外へ出て、ぶらぶら歩いて活動圏を広げていく。これがここ最近の日課になっていきている。

 

 うん、そろそろ外行くか。

 いつものように体を起こして、僕は洞穴の出口へと歩いていった。




「よいしょっと……ふう、相変わらず外は暑いなー」


 洞窟の出口を這いずるようにして出て、手でひさしを作り空を仰ぎながらそう言う。


(少し早すぎたかもしれないなぁ……)


 太陽がほぼ真上にあるじゃないか。つまりこの後が一番暑くなるっていうことだよな?


 暑いのは苦手だ。

 さて、どうしたものか……まあせっかく出てきたことだし木陰を縫いながら地道に行くとして、


「それじゃあ、今日は何処へ行こうか……この辺りはあらかた廻ったしね、今日はちょっと遠くまで行ってみるとするか!」










「…………とぉぉぉ」


 ん?今何か聞こえたような……


「いちぃぃぃぃ!!」


 なんだなんだ!?


「えぇい!」

「うわぁ!」


『ベシッ』


 遠くから何かが僕の腹に向かって弾丸タックルを仕掛けてきたので軽く尻尾で叩き落してやった。


「フミャ!!」


 何やらおかしな音を立て地面に激突したそれを無視して先へと進む。まったく僕に危害を加えるようなことをするのが悪い。今回は手加減してるんだから悪く思わないでよね。


「う〜、いきなり何するのさ」


 すぐに立て直してそう言ってきた彼女に向き直って僕は、「自業自得でしょ」と言う。

 すると彼女は、「ぶー」と、わざとらしく頬を膨らませてくる。


 ……最近になって彼女の子供っぽさが更にひどくなってきたように思う。

 で、その彼女というのは、


「それで志佳も急に何しに来たの?今から出かけるところなんだけど」


 そう、志佳の事である。初めて出会ったときから少し子供っぽい節があるように思っていたがしばらく此処で一緒に過ごしているうちに、それがじわじわと際立ってきたように感じる。


「もー、套逸のせいでこっちは色々大変なんだからね!」


 さてはて、なんのことやら。

 僕は目線を空の方へと向ける。


「とぼけないでよ! 今日こそはこっちの手伝いしてもらうんだからね!」


 まったく、こうして彼女が僕に突っ込んでくるのは一体何回目なのだろう。もはや数えるのも馬鹿々々しいくらいあるだろうな。

 いつもなら何かと理由をつけて抜け出しているのだけれど、今日くらいは手伝ってみるとするか。


「はいはい、それじゃあ何してほしいの?」

「おっ、珍しく乗り気だねぇ」

「たまにはね」


 そう、たまには、ね? 今回やればしばらくの間はやらなくてもいいよな(自分勝手)

 とまあそんな理由で今回ばかりは手伝うことにしたのである。

 

「それじゃあ、えーっと……何してもらおう……?」

「考えてこなかったのかよ!」

「仕方ないじゃん!今日もいつもみたいに断られると思ってたし」


 うん、否定できないところが情けない。

 いやいや待てよ……初めから手伝わせるつもりがなかったならこのまま出かけてもいいんじゃないのか?

 そう思い立った僕は、


「それじゃあ、僕はこの辺で」


 そう言って適当な方向を向いて走り出す。


「はいはい行ってらっしゃ…………え?」


 きょとんとしている彼女を残して僕は行き先も決めずに走り去る。


 ああ、なぜだろう少し罪悪感が……

 いやいや、今回のは段取りが悪い志佳がいけないんだからね!僕は何にも悪くない!悪くないといったら悪くないのである!!

 僕がそんな自己暗示をかけながら走っていると、「ちょっと、待ちなさいよ!」と、あっけなく追いつかれ、肩に飛びつかれてしまった。


「うわぁっとと!あっぶね」


 突然肩に飛びつかれたもんだから突んのめって前に倒れそうになった。

 うー、変な汗が出たよ……ああ心臓に悪いっ。

 そんなことより問題なのは、


「追いつかれた……」


 割とこれショックだったりする。自分よりも小さい(少なくとも見た目は)女の子に走りで負けるとは……


「もう、追いつかれたじゃないよ。何処に行くつもりなのさ」


 と、彼女は腰に手を当てて、ほっぺたを膨らませながら言う。

 

「ぷっ」


 その姿が可笑しくて、僕は不覚にも吹き出してしまった。

 何が可笑しいのかは僕にも分からない。でもなぜだか、こう、どうしても笑いが……ぷぷぷ。


「ねえ、ちゃんと聞いてるの!」

「はは、ごめんごめん」

「あー!全く悪かったと思ってないでしょー」

「へへ、分かる?」


 志佳は、「そんなのあたりまえだよ」とでも言うようにフンと胸を張った。

 はあ、可愛いじゃないか。

 仕方ない、逃げるのは諦めるとするか。

 さてさて、手伝うのは良いのだけれど……何をさせられることやら。

 とはいっても大体予想はつくのだけれど……




 実はこの前こんなことがあったんだよ……


















 季節は春。

 それはよく晴れた日の、とある昼下がりの出来事である。




『ドンッ!……ミシミシッ、ガラガラガラ……』


 突如として空耳では済まされないような轟音がこの山全体を大きな地響きとともに木霊していった。


「一体全体何事だ!?」


 僕は音の出処を探るべく、空へと向かって飛び上がった。


「ありゃあ、何があったんだ……」


 飛び上がってすぐ、ある異変に気づいた。


(山が……切れてる……)


 さっきまで僕がいたのと同じ山の裏側が、あたかも彫刻刀で削り取ったかのように綺麗な扇状を作って切り崩されていた。正しくは崩れていた、というべきなのかもしれないが、この、僕が見た光景は単なる山崩れには見えなかったから、あえてこういう言い方をしたわけである。


「……よっと」


 着地の際に周囲の落ち葉を舞い上がらせながら僕は扇の扇端にあたる場所の近くにあった空地へと降り立つ。

 その場所から山の麓へ向かって徐々に広がりながら山が切り取られている様子がはっきりと見て取れる。


(一体何があったんだ)


 そう思って僕はクルリと空地を見廻してみる。


「……此処は」


 この場所に物凄く見覚えがある……間違いなく此処はこの前僕が戦った場所だ。

 どうしてこんな事に……この前は何とも無かったのに。


 心当たりは…な…………いや、一つだけある。

 あの戦いがあったとき、僕が渾身の力を込めて作った衝撃波が、正にこの場所を通過していったはずだ……でも、まさかね?もしその事が関係しているとしても、どうして今になってこんな大惨事に……




 まさか、あの衝撃波で斬られた所が、今まではダルマ落としの要領でピッタリ上に乗っていたけれど、ほんの些細なきっかけで、それこそドミノ倒しの様に連鎖的に崩れていってこうなったとかでは無いよな?

 まさか……ね?

 しかし、もし僕の予想が正しいとしたら、この惨事の原因は僕ということに……


(逃げなきゃ)


 僕の思考がそこまで到達したときには既に僕の周りは野次馬根性――あるいは単なる好奇心かもしれないが――で集まってきた妖怪共で溢れかえっていた。

 おいおい、いつの間にこんなに沢山集まって来たんだよ!

 これは、今この場を立ち去れば逆に怪しまれるやつなんじゃ……これってもしかして詰み?


 いやいや、まだ僕の技が原因でこうなったとは決まってないし……知らぬ存ぜぬで押し通せばいけるかな。

 知らん振り、知らん振り!


「何が知らん振りだって?」

「うわぁ!」


 びっくりした〜、これは完全な不意打ちだよ。

 まったく、志佳は相手の考えてることがわかるんだから声かけないでほしいってことも分かるでしょ!

 

「そう思うなら自分で心を読まれないようにする努力をしたらいいじゃん」


 随分と簡単に言ってくれるじゃないか。そんな簡単にできるかっての!

 まったく、普通そういうのは相手の心が読める方が気を使ってくれるもんじゃないのか?


「あなたお得意の能力を使えば簡単じゃない」


 あっ、言われてみれば確かにそのとおりかもしれない……あれ?


「なぜその事を」


 まだ此処では誰にも言ってないはずなのに……


「はぁ、だから早く心を読まれないようにすればいいって言ってるのに……」


 確かにそうだな。こんな感じだといつまでも「楽だ」なんて呑気に言ってることはできなさそうだ。


「そうそう……それで何を知らん振りしようとしたのかな?」


 能力発動……僕の「出し入れを操る程度の能力」で他人へ自分の思考が漏れ出すのを防ぐ。

 感覚的に成功したと分かる。


 やっぱり僕のこの能力チートなんじゃないのかな。


「これでもう僕の心は読めまい!」

「はいはいそうですね」


 うわ冷たっ!


「それでこの山なんだけど、どうしたい?」

「どうしたいと申しますと?」


 何が言いたいんだろう……僕は一応心を読まれないようにしてこの山に起きたことに僕が関係しているかのもしれないってことを読まれないようにしたけど、きっと志佳も馬鹿ではないだろうし、僕がこの惨事の元凶であろうということは大方予想がついていると思う。

 僕にこの山のことを謝らせたいならストレートにそう言えばいいのに、どうしてわざわざこんな回りくどい方法で聞いてくるんだろうか……なんだか少し怖い。もしかして僕は試されているのか? だとしたらなんて答えるのが正解なんだろう……


 ……


 ……


 分からん。


「だから、套逸がこんなにしちゃったんだからどうしたらいいか考えてよ」


 やっぱり気づいてたかー。


「う~んそうだなぁ、これだけ木材があれば家とか建てられるんじゃない?」

「家ねぇ~、平凡だね」


 平凡な考え方しかできなくてわるうござんした。

 

「家の他には……屋敷?山小屋?ロッジ?」


 って、これじゃあ家とほぼ変わらないじゃないか!

 そこまで家が欲しいのかぁ、僕は。


 しかし、個人的にはロッジがあると嬉しいかもしれない。落ち着けそうだし、やっぱりあの都で久しぶりにちゃんと屋根の下で寝たらなんだか少し懐かしいなぁって感じがしたんだよね。まあ僕も此処に長居するつもりはないから何を作るにしてもそれの完成を見て少ししたら多分出ていくと思うし。


「うーん、最後のやつががいい」

「どうして?」


 先述したとおり、僕としてもロッジにしてくれる嬉しいけど。


「よく解んないけど、なんだか面白そうだから♪」


 そういえばカタカナ言葉を知らないんだったな。

 う〜ん、今度教えとくか。


 こうして妖怪の間での近代化が急速に進むのであった。てきな(笑)


 ……冗談はさておき、


「ロッジも殆ど家と変わらないけどいいの?」


 問題はそこなんだよな。まずロッジを選んだ理由だって単なる興味本位みたいだし。


「でも家とは違うんでしょ?」

「まぁ、違うといえば違うし……家の中で区分が違うというか、なんというか……」

「ふ~ん、まあそれでいいや」

「いいのかよ!」


 なんだか彼女の基準がよく分からない……

 家は嫌でも家もどきは大丈夫……やっぱりよく分からない。

 よし、ロッジにすると決まったことだしロッジがどういうものなのか教えておかないと……ロッジという名の何かになりかねないし。

 それだけは防がねば……


「それじゃあ、ロッジがどういうものか教えるよ」


 僕がそう言うと彼女は、「ほーい!」と言って、斜め下へまっすぐ伸ばした腕を肘でカクッと折って指先をこめかみの辺りへともっていき、敬礼のようなポーズをとった。

 相変わらず志佳といると和むよなー。

 まあ、それはいいとして、


「ロッジっていうのはね」

「うんうん」

「まず、……(中略)……なものなんだよ」

「へーそうなんだ!」


 ふう、長かったー。これでちゃんと伝わってればいいけど……


「もう一回教えて!」


 世の中そんなに甘くなかった。


「ああもう! これが最後だからね!」

「うん!」


 まったく、返事だけはいっちょ前なんだよ(笑)


 この後もう六回ほど聞き返されたのは、ただの余談である。






_________

%<鼯鼠説明中>%

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄






 とりあえず、僕の知っていることは全部伝えた。と、いうよりもう何も話したくない。

 あとは人手を集めて実際に取り掛かるだけだという旨の説明はもうしてあるから後は彼女に任せて大丈夫だろう。


「あのさぁ」


 僕は志佳に声をかけた。


「なに」

「後は任せた!」


 僕は走った。理由は……察してほしい。

 ただ、こうしているとなんだか楽しい。

 だから、僕は走り続ける。


 走っていると突然、


「うわぁっ!!」


『ストン……』


 地面が抜けて何処かへ落ちる。


「痛ててて」


 ああもう、いったい何が……此処は……洞窟か? 出口は、大丈夫そうだな。――此処が冒頭の洞穴である。この時はまだ夏中此処に入り浸ることになるとは露程も考えていなかったが――

 さてと、出口が大丈夫なのは確認したし、ちょと中の探索でもしてみるか。

 そう思い、少し奥の方を覗き込む。


(暗いな、でも見えない事はない)


 ぶるる、なんだか寒気が……

 怖いとかそういうんじゃなくて、直接、直接足下からそおーっと冷気が忍び寄ってきたような感じがしたのだ。

 なんだかこれ以上近づくなって言われてるみたい。

 まあそれでも行くんだけどね(社会不適合者の心理)


 それじゃあ手元を照らす用の灯りがほしいな。いや、このままでも十分見えるんだけど、何となく灯りがあったほうが安心感があるというかなんというか……まあ未だに人間らしさが抜けてないってことかな。

 と、いうことで僕は火の玉を出す。

 この火、狐火と違って実態がある本物の炎だから、何処かにぶつけないようにしないと単なる放火魔になってしまうから気をつけないといけない。でないと……他所から来た鼯鼠、山へ火を放ち逃走……なんていう大見出しで新聞が出てしまう。

 まあ新聞なんて此処には無いんだけどね(笑)


 何はともあれこれで大分明るくなった。それに炎のおかげか、さっきまでの寒気が不思議と消えたような気がする。


「お邪魔しまーす!」


 このときどうしてこう言ったのかは分からない。たぶん理由なんて無いんだと思う。人の家に上がるときに挨拶をするというような、そんな当たり前のことをしただけで、気に留めるようなことは何もないといった感じかな。後になって、「このとき違和感に気づけていたらなぁ」と思ったりしたのだけれど、まあ後の祭りというやつか。

 それはさておき、此処の様子なのだが黒くてごつごつとした岩石のようなもので周りを囲われていて、広さは大人が一人横になったり背伸びをしたりするくらいなら何とかできるだろうといったところだ。そこから奥に向かって道といえなくもないものが続いている。

 道といえなくもないという表現をしたのは、この道――他に適当な表現が思いつかないので道というが――は特に人為的な何かがあるわけではないのだけれど、かといって急に狭くなっていたり天井が低くなっていたりすることもないのでこういった表現になったわけだ。

 で、僕は今からここへ突撃しようついうわけだ。

 下へと向かって緩やかに傾斜しているこの道を進んで行く……


……


……


「……暑いな」


 下へ下へと進んでいくにつれて段々と周囲の気温が上がっていく、はじめのうちは変化も穏やかで、特に気になるようなことはなかったのだけれど、今はもう真夏のよく晴れた日の沖縄くらいの暑さになっている。と、思う……沖縄には行ったことがないからあまり自信をもって言えない。

 身体中の毛穴という毛穴からことごとく汗がジワジワと染み出してくる。

 入るときに灯した炎はとうの昔に消している。


(一体何なんだ……これじゃあまるで灼熱地獄のようじゃないか)


 進めば進むだけ上がる気温に負けじと、僕は手のひらを団扇のようにパタパタと扇ぎながら先へと進む。











(あれ、行き止まりだ)


 チェッ……せっかく頑張って此処まで来たっていうのに何なんだよ……ああもうホント暑すぎぃ!早く此処から出ようっと。

 頑張ってやってきたこの苦労を馬鹿にされたような気がして、なんだか胸くそ悪くなった僕は、わざと足を強く踏み下ろして来た道を戻っていく。


「まったく、とんだ無駄足をしてしまった……」










「うぅ、寒っ」


 奥はあれだけ暑いくせになんでこっちはこんなに寒いんだ……寒暖差アレルギーのある人は絶対倒れるぞこれ。

 ああ、もうこんなところ絶対に来るもんか。


「ハ、ハクチュンッ」


 早く外行こ……


















 ……とまあそんな事があったのさ。


 しかし、思い返してみると不思議な場所だったよなぁ。

どうして奥はあんなにも暑いのか、それなのにどうして入り口はあんなにも寒いのか、とても興味深い……


「いつまで回想に耽ってるつもり?」


 ああ、そういえば志佳のことをすっかり忘れてた。

 ふむ、あの場所についてはまた今度考えるとしまして、


「それで、何してほしいか決まった?」


 僕が回想している間かなりの時間があったはずだ。さすがに決まっているだろう。


「うーん、特に困ってることもないし、何もしなくていいや」

「……」


 おいおい、流石にその答えはないだろ。

 人をその気にさせといて最後には裏切るとか、ちょっと信じられないわー。


 と、いうより一度手伝うと言った手前、何かしないとこっちが落ち着かないんだ。こうなったら意地でも何かしてやるからね、覚悟しろ!(うん、なんか違う)


 その前に、


「そういえば何しに来たのさ」


 流石に理由もなしに引き止めたりはしないだろう。


「え、なんとなくだけど」

「……はぁ」


 まあ、そうだろうな。僕も『なんとなく』その答えが返ってくると思ってたよ。でも、ちょうどいい。そう答えたということはつまり、


「今は暇なんだね?」

「まあ、そうだね」


 よしよし、それなら好都合だ。


「ちょと付き合ってくれないか」


 僕はそう言うと彼女の手を引いてあの場所へ向かってずかずかと歩いていく。


「え?」


 僕の急な行動に彼女は少し動揺しているようだけどそんなことは重要じゃない。今は突如として僕の脳内に浮かんできたとある可能性について、少し彼女と二人で話をしたいことが……いや試してみたいことがある。

 手伝いは、また今度責任をもってキッチリやらせていただくとしよう。




_________

%<鼯鼠引率中>%

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄




「ねえ、此処のこと知ってる?」


 僕はあの場所……もとい昼まで暑さをしのいでいたあの洞窟まで志佳を引いて行ってそう聞く。

 志佳は少し中を見回した後、無言で首を振った。


「不思議な感じ……何かに追い返されてるみたい」


 やはりそうだ……此処には何かあるに違いない。

 普段は子供っぽくて、隙あらば人に甘えているような彼女が、ここまで真面目な口調で話しているのだ。これは何もないはずはない。


「気にならない?」「気になるねぇ」

「「え?」」


 僕の発した言葉と彼女の発した言葉が重なる。


「フフ、よし行こう!」

「も~、おいてかないでよねー」


 想定外のシンクロがいい意味で真剣な雰囲気を一気に崩し去っていった。

 さてと、


「それ、消しときな」


 初めてここに来た僕がそうしたように、志佳が手に炎を灯したのを僕は制する。


「どうして?」

「行けばわかる」


 いまいち納得できないといった顔をしながらも、彼女は僕の指示に従って炎の火力を下げた。

 あくまでも消すつもりはないらしい。まあそれはいいか。


 僕らはこの場所について話しながらすたすたと緩やかな傾斜を進んで行く……


……


……


「……どう思う?」


 しばらく進んで行くうちに予想通り周囲の気温がだんだんと高くなってきたのでそう聞いてみる。


「う~ん、何かあるってことだけは分かるんだけどなぁ」

「志佳でもそれが限界かー」


 何か知ってるんじゃないかって期待してたんだけど……


「あのさぁ、そういうことだけダダ漏れにしないでよ」


 おっ、食いついてきた。


「口で言ったら使えない奴って言ってるみたいじゃん?」

「そのほうがよっぽどたちが悪いよ!」


 まあ、分かったうえでやってますから。


「サイテー」


 あはは……ふう、そろそろからかうのも止めてちゃんと探索に入るとしますか。「初めからそうしてくれ」と、志佳に目線でうったえられた。

 いやいや、こういうこともしないと気が滅入るでしょ?


「……」


 無視ですか……はーい、センセーこういうの、良くないと思いまーす(笑)


 閑話休題


 とはいってもこの辺りはすでに一度往復してるから特に目新しいものはないと思うのだけど、どうだろうか……少しペースを早めようかな?


 そう思い、志佳へ先を急ごうと声を掛けようとすると、彼女がはたと足を止めた。


 ?


 どうしたのだろう。まだまだ先は続いているはずなのに。


「ねえ……此処、どっちに行けばいい?」


 いやいや、一本道で何を言う。


「いや、そのまま道なりにまっすぐに、行け…ば……あれ?」


(なんだこの道……この前ここに来たときはこんな道なかったはず……突然現れた? 志佳が居るからなのか? それとも単に僕が前来たときに気づかなかっただけなのか……)


 志佳が立ち止まった先には、恐らく僕が前に通ったであろう道と、そこから横に枝分かれした道が続いている。この道にはこれといって隠されているような点もないし、あれば気づかないなんてことはないだろう。

 それを僕はどうやって見逃したのだろうか。


 やはり何か怪しいな。


「なにやら不服そうな顔だね」

「うん? ああ、この前はこんな道あったかなーって」


 僕がそう言うと彼女は軽く目を閉じて、何かを考えるような間をおいてこう切り出した。


「……そのとき火は焚いてた?」

「いいや」


 何故そんなことを聞くのだろう。この辺りに来る頃にはすでに暑くなってきていたから消していたはずだ。

 ……そういえば志佳はまだ火を灯したままなんだな。熱くないのか?


「それじゃあたぶんこれが原因かな」


 彼女はそう言って、手のひらに煌々と燃える炎をかざして見せた。


「これは?」


 一見して何の変哲もないただの炎のようだが……これに何か細工でもしてあるのだろうか? それにしてはなの妖しい気配も感じられないけど。

 そう思い、彼女の手の上に乗った炎をしげしげと眺める。

 ……うん、特におかしな点は無いな。いたって普通の暖かい・・・炎だ……ん?暖かい? そういえばどうして狐火を使わないのだろう。狐火だったら熱くもないし、簡単にできる(狐限定だが)し、この場には適してるんじゃないか?

 謎は深まるばかりだ……


「炎には……」


 志佳が何か言っている。どうやら種明かしをしてくれるらしい。


「炎には、邪気を払い、真実を浮かび上がらせる力があるんだよ」


 そう言うと、彼女は手のひらの炎を『サッ』と掴むようにして消した。

 周囲が闇に飲まれる。明るいことに慣れきった目は直ぐにはその光量の変化に対応出来ずに暫くは右も左も分からないような闇が続いた。勿論、脇道など見えるはずもない。

 だんだんと目が慣れてくると、志佳が僕のことを見つめているのが見えた。僕と目が合った彼女は、クイッと視線を横に逸らして「周りを見てみな」と合図をした。

 それを受けて僕は首を回して辺りを窺ってみる。するとすぐにとある事に気が付いた。


(あの道が無いじゃないか)


 そう、消えてしまったのである。跡形もなく、完璧に……

 へー、炎にはそんな効果があったのか! と、僕は一人で合点する。

 どうりで彼女も炎を消そうとしないはずだ。これで謎は一つ解けた。

 ただ、また一つ新しい謎が出てきたな。それはこの場所がどうして炎をかざすまで見えなかったのかということだ。


 いやいや、そんなの決まってるじゃないか、志佳の話を聞いてなかったのか? という声が聞こえてきたような気もするが、よく考えてみてほしい。

 こんな事が自然に起こると思うか? 答えは『ノー』だ。いくら何でも出来すぎている。


 まずは此処の立地だ。僕は偶然にこの場所を発見したけれど、普通に近くを通ったくらいだと全く気づけないと思う。それこそ、普段からよっぽど注意して地面を見ているような人なら別だろうけど……

 次に、入ってすぐに感じた不思議な気配……これについては怪しさしか感じない。

 それに異常なまでの暑さ、よほどの根性がない限り途中で引き返すだろう。

 極め付けはこの脇道だ。

 これだけの伏線を敷いているんだ、いまさら「何もありませんでした」じゃ済まされないぞ!


 よ~し、俄然やる気が湧いてきた!


「ねえ志佳」

「ん?」

「突っ込んじゃおうよ」

「もちろん……初めからそのつもりだよ」


 よし、異論はないな。

 それじゃあ、行くとしますか。


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