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東方鼯鼠転空記  作者: 平成の野衾(ノブ)
世に放たれし空の色
12/30

第十一話 お酒お飲むなら二十歳から

「俺と戦え」

「え?」


 唐突なシンボルエンカウントに、僕は一瞬この鬼が何を言っているのか分からなくなった。


 はぁ?一体全体どうして出会って早々に戦わなければいけないんだよ!……訳が分からないっての。


 それ以前に鬼に生身で戦って勝てる奴はいるのか?


 少し考えてみる。

 だめだ、桃太郎くらいしか思いつかない……

 どうしてここで桃太郎が出てくるんだか、まあ幼稚園児でも知ってる有名な童話だし、そういうことだろう。……僕の知識って幼稚園児並みなのか。

 でも酒呑童子とか鬼子母神とかも知ってるもん! 名前だけだけど……

 僕の思考が本題からどんどんと脱線していると、志佳が前へ出て、


「彼と戦うのは止めておいたほうが良いよ」


 と、言った。

 おいおい!そんなこと言ったら相手を余計に相手をけしかけてるようなもんじゃないか。そっちこそ止めてくれよ! と、彼女に念を送る。志佳のことだからきっとこうすればすぐに気づくと思ったわけだ。しかし、彼女は振り返って、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、「まあ、あなたが勝てるはずないものね」と、小馬鹿にしたような口振りで言う。

 ふん、挑発してその気にさせようとしていることは分かっているもんね。簡単に乗せられたりしないよ! だから僕は、「そうそう、僕弱いから」と言って回避する。

 しかし、彼女の方もそれで食い下がるような易しい人ではなく、今度は「もう少し『付き合いがいいと思ってた』のに」などと言ってきた。


(イラッ!)


 流石にこの発言は無視できない……

 付き合いがいいと思ってたのってどういうつもりだ?まるで僕が人付き合いの出来ないただのコミュ障なやつみたいじゃないか。

 脳裏に過去の自分の影が映る。

 あの頃へは……戻りたくない。

 これが志佳の誘導であるということには、このときの僕の頭では気づくことができなくなっていた。だけど、例え気づけていたとしても多分答えは変わらなかったと思う。

 僕は、


「受けてたとう!」


 こう答えた。いや、これ以外には考えられなかっのでそう言ったという方が正確かもしれない。

 とりあえず後悔はしていない。




志佳は僕の答えを聞くやいなや、「それじゃあみんな避難して見よー」と言った。


 避難、という言葉が引っかかるが、ともかく今回の作戦はこうだ。

 僕だって何も考えずに突っ込んでいくようなまねをするつもりは無いのでね少しくらいは作戦も考えるさ。

 で、鬼に金棒という言葉があるくらいだから、まあ普通の鬼なら体術を基本として攻撃を仕掛けてくるだろうということが想像できる。こういうのと対峙するなら相手にペースを奪われないようにすることが最優先だろう。だから、まず相手の先制を許さないために、開戦と同時に幾つか火球を投げつけてみるとしよう。

 そうすればきっと何らかの方法で防ぐか、あるいは避けると思うからそのときの相手の動きを見てその後の動きを予想して何とかする。こんな感じのことを繰り返していればそのうち勝てるだろうというのが僕の考えだ。正直その場しのぎのほぼノープランの作戦だけどまあ何とかなるだろう。

 楽観主義な考え方もときには良いんじゃないかなと思う。


 ふと相手を見れば腕を伸ばしたりしてウォーミングアップをしていた。この様子を見る限りだと、やっぱり妖術を使った攻撃はしてこないだろうと思う。僕の方も妖力を少し開放して準備しておく。

 

(短期決戦にするぞ……)


 少し離れたところから志佳が、「準備は出来たー?」と声をかけてくる。いつの間にか彼女の周りにたくさんの人……いや妖が集まって、片や木の枝に腰掛けて、片や何処からか持ってきた岩を椅子代わりにしてこちらを見ている。

 ……本当にそうか?なんだかこちらを見ているのはごく一部の者だけで、大半はその後ろで宴会のようなものを始めているような気がするんだけど。

 まあその宴会をしている殆どは鬼で、鬼以外の妖怪はそこから少し離れたところでまた別のテリトリーを形成している。

 う~ん、こんなにたくさんの人の前で戦わないといけないのかと思うとなんだか緊張するな。

 それよりこの人たち何処から集まってきたんだろうか。う~ん、きっとこの辺りに元から居たんだろうという事は想像できるのだけど一体どうしてこの短時間だけでこんなに集まったのかって言うことが気になる。


 僕が余所見をしている間に相手側もOKを出したらしく志佳が、


「それじゃあ」


 と言うと、さっきまで酒を片手にガヤガヤと五月蝿くしていた鬼たちが水を打ったように静かになる。


「さん……」


 僕は全身の力を抜いて感覚を研ぎ澄ませて備える。


「にい……」


 相手と目を合わせる。互いに睨みあうような容になった。


「いち……」


 腕の付け根から指先へと、力を伝えていく。


「始め!」

「いけ!」


 作戦通り、僕は開始の合図とともに相手へ向かって火球を飛ばす。先制攻撃だね。

 それと同時に地面を強くけって後ろ向きに飛び退き相手との距離をとっておく。

 僕の放った火球は狙った通りに飛んで行き、相手の胸に吸い込まれるようにしてぶつかった。

 …実は…あの火球には思い付きでやったちょっとした仕掛けがしてあってね……まあそれはすぐに分かることだから今はいいか。



 火球は相手にぶつかると同時に、ボワァという音と共に中心から辺りに炎が溢れ出てきた。その熱で膨張した空気が落ち葉を巻き込みながら空へと舞い上がり、舞い上がった落ち葉がチリチリと炎に焼かれて灰になっていく。それによってあたり一帯はもやが掛かったようになって視界が遮られた。

 さっき距離をとったのもこの灰に巻き込まれないようにするためだ。

 その光景を見ていた人………というか鬼たちから、おおという歓声が上がった。一旦はね。その後すぐ舞い上がった灰が横からの風に流されて見物人のほうへと流れていくと、ゲホゲホと咳き込む声が聞こえてきて少し離れたところからそれを見ていた鬼たちは腹を抱えて笑っていたのだが、まあこれも神の悪戯というやつか、急に風向きが変わって次の瞬間にはさっきまでとは立場が逆転することになった。といってもさっきまで灰を被っていた方は笑っている余裕なんてなさそうだが。


(ごめんねー……)


 恐らく当たらないだろうと踏んで思い付きでやったことが何だか関係のない人に迷惑をかけることになってしまって申し訳ないなぁと思う。


 そういえばさっきの仕掛け玉の種明かしをまだしていなかっったね。実はあの火球にはうちがわに能力で炎が入り込まないようにした空間を設けて、そこに妖力を詰め込んだものだったんだよ。それで何かにぶつかったときに能力の保護が無くなって中にあった妖力に引火したってわけ。


 おっといけね、戦ってる途中だっていうのにそんなことを考えているのはまずいな。

 よし! じゃあ集中し直してと……


「隙ありー!」


 その声が聴こえた瞬間、あたかもスローモーションの動画を見ているかのように時間がゆっくりになった。僕は無意識のうちに背中のマントを掴み、それにありったけの妖力を込めて振りかぶっていた。

 少しして意識が追いついてくると、目の端で煙を突っ切り僕に向かって殴りかかってくる鬼の姿が見えた。

 間一髪、今にも僕の横腹へ当たるという距離のところで、僕の振りかぶったマントが旋風を巻き起こしながらそこへと突っ込み、こちらに向かって突き出された拳の軌道を僕の身体から僅かに逸らした。

 次の瞬間、僕はその衝撃で横に吹き飛ばされたのだが、そのとき相手の顔がチラりと見えた。

 その顔は僕がこの奇襲を躱したことへの驚きからか、はたまた僕の力に負けてしまったことへの憤りからか、その目は大きく見開かれ、歯は食いしばられていた。

 僕は吹き飛びながらも無理やり身体を捻って下を向き、着地と同時に脚にありったけの力を込めて、ザザザッと滑るようにして止まった。


「うぐぐ、足が痛てぇ……」


 流石に草履じゃきついって。ほら、だって滑ってきた所の地面が削られちゃうくらいの衝撃なんだよ!そんなものを草履で軽減しきれるわけないだろ。それに横から砂利が入ってくるし……まあでも歩くだけなら柔らかくていいんだけども。


 それになんて力なんだ……


 あっ、また気がそれた。今のところ何も仕掛けてこないってことは相手も体勢を崩してるってことかな。


 そう思って僕は相手のほうを見る。


(あれ?)

 

 さっきの場所から動いてないんじゃないか……それならどうして攻撃してこないんだ?

 僕と相手の目があった。


「うわ、来たよ」


 僕が立ち上がってボーと向うを眺めていると唐突にこちらに向かって走ってきた。距離にして100メートルは優にありそうなものを、凄い勢いで。

 よし、こっちも行くぞ!

 さっきのことでこのマントがかなり強いことが分かったから僕はマントに妖力を込めつつ走り出す。


「ええぃ!」


 僕がマントを振りかぶって、今にも真っ向からぶつかるというところで、


「そこまで!」


 と聞き慣れない声で静止が入った。

 僕のこの獣耳は割と細かな音の違いまで聞き取れるので声の違いを聞き取ることには自信がある。

 相手の方はすぐに飛びのき僕との距離をとったのだが、僕は一度本気で振りかぶった手を引っ込むこともできず、そのままの勢いでマントは空を切った。これが普通のマントならまだしも僕が妖力をかけたものだから文字どおりの意味で空を切ったのである。僕のマントが通ったところから空気が切り裂かれるような音と共に赤茶けた色を帯びた衝撃波が地面と平行に走って、それの当たった木々の高さが軒並み一センチくらい低くなったような気がした。

 まあ、気のせいだろう。

 で、さっき僕らの戦いを止めたのは誰だろう? 声からすると女の人っぽい感じだけど。

 そう思って声のしたほうを向く。そこにいたのは女の鬼だった。まあ、なんとなく分かってたけど。


「初めまして」


 とりあえず近寄ってそう声をかけてみる。


「初めまして……じゃないわよ! ……あなた達いったい何してたの!」


 初めの方は僕に向かって、後の方は僕以外の人に向かってそう言った。


「う~んと、ちょっと戦いを……」


 と、さっきまで僕と戦っていた鬼が恐々としながら小声で言うと、『パチン』と指を手を叩いたような音が辺りに響いて、ポワァとその鬼の頬が赤くなっていくのが見えた。周りにいた人たちから、「うわぁ」とか、「あれは痛い」とかいう声が聞こえてきた。あまりにも早すぎて僕には見えなかったけど、きっと平手打ちか何かしたのだろう。鬼の平手打ちとか想像しただけで身の毛がよだつんだけど……そんなことを考えているとその鬼がくるりとこちらに向きなおって、一歩、二歩と真剣な面持ちでこちらに向かって歩いてきた。


(なになに! ……ッまさか僕にもアレをするつもりか!)


 そう思うと急に怖くなって僕はじりじりと後ずさりをした。だが、次の瞬間には僕の目の前に来ていた。


 あっ、死んだな……僕が本気でそう思っていると……


「ごめんなさい!!」


 唐突に深々と頭を下げて謝られた。


「えっ、えっ!?」


 あまりに急な展開に僕は訳が分からなくなって、まともな思考が出来なくなっていた。


「きっとあの子がまた勝手に戦いたいとか言って無理やり戦わされたんでしょう……」


 だんだんと状況が理解できるようになってきた。


「……あの子にはきつく言っておきますので」

「あぁ、いいっていいって」


 僕は言葉の続きを遮ってこう言う。


「僕のほうも乗り気だったわけだし」

「えっ、そうなんですか!」

「そうだよ、だからあまり怒らないであげて」

「まあ、貴方がそれでよいと言うのなら……」


 なんだか母親みたいな鬼だなぁ。

 遠くで〈ありがとうございます〉と、さっき平手打ちを食らっていた鬼が手を合わせてこちらに頭を下げているのが見える。周りにいたほかの鬼たちも〈良かったじゃないか〉と、その鬼の肩をたたいて共感している。

 なんだか変な気持ちだけど、でもまあ役に立ったんならそれでいいか。


「僕は套逸、この名前はあそこに居る志佳にさっきつけて貰ったんだよ」

「あらそうなの」

「そうそう、それで貴女は?」


 なんだかさっきから母親感が漂うこの鬼の彼女にそう尋ねてみる。


「ああ、ごめんなさい。私は浅紀穂弦あさきほずるまあ、よろしくね」

「こちらこそよろしく」


 今度はちゃんと僕から名乗ったよー、と僕は志佳に向かって自慢顔でアピールをする。


 ……志佳に、「何やってんの」って顔をされた。悲しい。






 さてと、そんなおふざけはいいとして、


「ねえ、サキ」

「……もしかして私のこと?」

「うん、駄目かな」

「いいけど、そんな呼ばれ方したの初めてだから」

「僕もそんな呼び方するの初めて」


 あだ名なんて今まで使ったこと無いからなぁ。

 じゃあどうして急にそんなことをしたのかというと、新しいことに挑戦して、過去の自分とは別の生き方をしてみたいからかな。

 ……前にも言ったことあったっけ。


「……変なやつ」

「どういうことだよ!」

「そのままの意味です」


 う~ん、デジャブを感じる。

 まあいいか。


「ところで」

「?」

「サキって此処ではどういう立場?」


 さっきの感じを見る限りだと、かなり立場が高いような印象を受けるんだよね。まあ単純に力で……いや、何でもない。


「私の立場かぁ、そういえば今まで考えたことなかったな」

「ふ~ん」


 自分の立場を考える必要もないほどってことか。

 たとえ会社の社長だったとしてもそんな風にはならないと思うけどなぁ。


「でも子供より上の立場にいるのは親として当然のことではないのかな?」

「そうだね~、それで誰の親として?」


 さっきの鬼は勿論そうだろうけど、それだけではないだろう。

 まああの鬼が鬼の大将とかなら別だろうけど……さっき戦った感じではそういう印象は受けなかったし、多分違うと思う。それに大将とかのいかにも”ボス”ってのは最後に出てくるもんでしょ。

 ゲームじゃないけどさぁ……

 でも実際に戦なんかでは大将の首を取ったらそれで勝ちなんだから普通は初めから出てきたりはしないでしょ。


 閑話休題


 で、誰の親なんだ?


「此処に居る全部かな」


 凄いな、ザッと見ただけで十人は下らない人数いるぞ此処には!


「こんなに居て大変だったでしょ?」


 みんなもう大人だから今は大したことないと思うけど、この人数子供の世話をしていたと考えると……おっそろしいなあ、おい(しかも鬼だろ……)


「昔は大変だったよ……」


 と、懐かしそうにサキは言う。


「やっぱそうだよね」


 やっぱりこれだけいると大変だよな。ここまでやってきたんだからホント尊敬するよ。

 鬼の大家族かぁ、もし人間だったら恐ろしくて逃げだすような状況だな。まあ、一部の変人を除いてね。


僕がサキと話していると、後から「ほら、みんな待ってるよー」と、志佳に声をかけられた。


「みんなって?」


 僕は後ろを向いた。

 するとそこでは鬼たちがこちらを見ながら酒を飲み交わしている姿が見えた。その中から一人の鬼が歩いてきて、「ほら飲め」と言って手に持った酒を渡してきた。

 よく見ればその鬼はさっき僕と戦ったあの鬼だった。


「あっ、さっきの」

「よう」


 なんだ、やけに親しげじゃないか。いつからそんなに、仲良くなった?


「一度拳を交えればもう仲間、らしいよ」


 僕の疑問を察してか志佳がそう言ってきた。

 なるほど、そういう事か。


「だから僕を……」

「……」


 志佳は何も応えなかった。

 僕は志佳の遠回りな優しさに少し胸が熱くなるのを感じた。


(まったく、素直じゃないんだから)


 ……あれ? どうしてかな……なんだか目尻が熱くなって視界がぼやけてきた。

 

「おいおい、急にどうしたんだよ!」


 あの鬼が聞く。


「え……何、が?」

 

 なぜだろう声がうまく出てこない。


「どうして泣いてるんだって聞いてるんだよ」


 泣い、てる?


 僕は服の袖で目をこする。


「あ……」


 袖が、濡れていた。


(ああ、僕泣いてるんだ……)


 このとき初めて、僕は自分が泣いてることに気づいた。

 だけど、どうしてだろう、全く苦しくない。むしろ心地良いくらいだ。


 でも、いつまでも泣いている訳にはいかない。

 僕は頬をつたい落ちる涙を拭って、「それちょうだい」と言った。


「おう」


 と言って差し出されたその手には、波々と酒をまれた酒坏が握られていた。


「ありがとう」


 僕はそれを受け取って、陽の光の反射する透き通ったこの酒を、一口で飲んだ。

 初めて飲んだ作の味はほんのりと甘かった。
















 あかい空――夕日が眩しい。


 広大な砂漠――水が欲しい。


 純黒の夜――何も見えない。


 此処は一体何処なんだ……
















「ふわぁああ」


 僕は眠りから覚めて、大きく欠伸をする。

 何か夢を見ていたようだけど思い出せない。

 まあ、いいか。

 頭を上げて正面に見えたものはゴツゴツとした黒い岩の壁だった。更に目線を上へともっていくと、そこにはさっきの壁から弧を描くようにして黒い岩の天井が続いていた。

 右の方から陽の光が差し込んでいる。

 此処は……洞穴?

 僕は首を回して洞穴の奥を見る。


「うわっ!」


(誰かがいる……)


 洞穴の奥の、入り口から入ってきた光が届かないところに人影が見える。


「だ、誰?」


 恐る恐る声をかけるものの返事がない。

 僕はその人影の方をじっと見てその正体を探ろうとするが、こちらのほうが明るいため暗い所にあるものがよく見えなくなっている。

 僕がその陰に集中していると後から、


「えいっ」


 と、肩を叩かれた。


「ヒェ!」

『ゴツン』

「シー!」


 予期せぬ所から急に声をかけられたということと、肩を叩かれたということに僕は思わず変な声を出して飛び上がってしまった。

 こんな狭い所で飛び上がったら当然頭をぶつけるわけで、僕は痛い頭をさすりながら声の主の方を向く。

 するとそこには志佳が口に指を当てて僕のことを手招きしている。


「何さ、急に後から声をかけないでほしいんだけど」


 と言って僕は志佳の方に近づく。


「ごめんごめん」


 と、彼女が謝ってくる。

 なんかあまり悪かったと思ってないように聞こえるんだけど、気の所為かなぁ。


「気のせいじゃないよ」

「はぁ……そこは否定しようよ!」

「溜息はよくないよー」


 まったく、やっぱり子供っぽいな。

 まあ、そんなのも可愛らしいけど……あっ、ロリコンとかじゃないからね(笑)


「套逸って時々変な言葉使うよね」

「例えば?」

「ロリコンとか」


 うっ、よりにもよってそこを聞いてくるか。

 それは説明しづらい……いや、説明することは簡単なんだけど説明した後に向けられるであろう視線のことを考えると……やっぱり説明しづらい。

 とは言ってもここで渋っているとそれはそれで怪しいしなぁ。

 説明するべきか、それとも何とかして誤魔化すべきかと僕の心は右へ左へ忙しなく揺れていた。

 

「で、答えは決まった?」


 と、彼女が聞いてくる。


(しまった! 彼女は心が読めるんだった!)


 焦った僕はつい反射的にロリコンの定義のようなものを思い浮かべてしまった。

 

「ふ~ん、そんな意味なんだ」

「えっと、これはその、あれで……」


 ああもう、何やってるんだよ僕は。

 きっと呆れるるだろな……そう思って彼女の方を向く。

 する僕の目には、「私ってそんなに若くみえる、ウフフ」と、半ばトリップしながら一人で勝手にニヤニヤしている彼女がいた。

 まあ悪い意味で取られないのはいいんだけど、何か、ちょっと怖いかも。

 僕は彼女の目の前で手を振ってみる。


 ……


 が、彼女の目はどこか遠くを見つめていて、僕が目の前で手を振っても無反応だ。

 ダメだ、完全に自分の世界に入り込んじゃってるよ。これは自然に返ってくるのを待つしかないか?


「でも流石にそれは言い過ぎじゃない?」


 彼女は突然正気に戻ったようにそう言う。


「あっ、戻ってきた」

「……何よその言い方」

「別に」


 案外早く戻ってきたな。

 まあこれで済んだなら万事OKかな。

 

「あの、ちょっと聞きたいんだけど」


 ロリコンとかよりも気になることがあるんだよ。


「なぁに?」

「僕、どうして此処に居るの?」

「……え、覚えてないの?」

 

 全く何も覚えてない。

 記憶にある最後の光景は僕があの鬼に腕を引かれて他の鬼たちの所へ行って、その後お酒をつがれたところまでは憶えてる。でもそれ以降のことは何も憶えてない。


「一言で言うなら、酔い潰れてたって感じ」

「そうなんだ」

 

 納得した。お酒なんて生まれて初めて飲んだもんなぁ、前世も含めて。

 初めてのくせに勧められるままにお酒を呑んだらそりゃあ、だめだわ。まあ二日酔いと思われる頭痛とか気だるさも無いし、良かったとするか。


「あのお酒、初めて飲むには強過ぎるくらいだけど、なんとも無いなら大丈夫かな」

「強すぎるというと?」

「人によっては目を廻して倒れるくらい」


 それ、やばいんじゃないのか? 


「害はないから」


 いやいや目を廻して倒れるのも十分害になるとおもうんだけど……


「あれを飲んでも大丈夫なんだからお酒には強いと思っていいと思うよ」


 いや、そういう問題じゃなくて……


「まあまあ、無事なわけだし」


 まあ、それもそうか。


「それで、あそこにいる人は?」


 あんな所で何をしているんだろう。


「はぁ、それも覚えてないのかー」


 志佳は何やら含みを持たせたようにそう言う。


「お酒に酔って手がつけられなくなったあんたを見張っててくれたんじゃん」


 何か今、嫌なものを聞いた気がする……どうか手がつけられなくなったの意味が僕が想像しているものでありませんように。

 この時僕の脳裏には典型的な酔っぱらいおじさんおじさんがふら~りふらりと千鳥足で色んな人に絡んでいる様子が浮かんでいた。


「まあ、そんな風ではなかったかなぁ」

「良かった」


 相手が心を読めると、こういうときに説明の手間が省けるからいいよな。


「やっぱり変なやつ」

「どういう意味だよ!」

「まあまあそうカッカしないで」


 そう思うなら言わなければいいいのに……


「ところでさぁ」

「なに」

「あそこに居たのって、誰?」


 はじめかずっと気になってたんだけどなかなか話を切り出せなかったんだよね。


「ジー……」


 なんだよその目は、そりゃあ今更かもしれないけどさぁ、でもそれは急に驚かしてきた志佳にも責任があるわけで、そこんところは分かっていてもらわないと。

 

「そういうことじゃあなくって」


 真っ向から否定された。

 それじゃあ他にどうしてそんな目をされる理由があるんだ?


「はぁ、ホントにな~んにも覚えてないんだ」

「?」


 また、何か引っかかる言い方をする。

 何か言いたいことがあるなら言えばいいのに。


「さんざん穂弦に迷惑かけてよく言えるよ」


 穂弦……ああサキのことか……って、


「僕一体何を……」


 嫌な予感がする。


「あんたの為にそのことは無かった事にするって決めたんだけど……まあ知りたいなら教えてあげてもいいよ。どうする?」


 どうするって、ああいう言い方されると聞かないほうが気持ち悪いよ。無かった事にすると言っておきつつ実際のところは話したいんじゃないのか?

 う~ん物凄く聞きたくないんだけど、聞かないとなんだか気持ち悪いし……


「それで、どうする?」


 うーん、かなり悩むなあ。でもやっぱりあとで後悔するのは嫌だし……


「教えて」

「わかった」


 そう言うと志佳はニヤニヤしながら「それじゃあ話すよ」と言った。


 ああもう、どんな答えが返ってくるのか……恐ろしい。


「それはねえ……」


 この先の会話は少し刺激的ショッキングなものなので少し省かせてもらう。

 誤解が生まれないように一言だけ断っておく。僕は無実だ。






「そそそ、それ、う、嘘だよね? ハハ、ハハハハハ、はぁ」


 いやいや、ないないきっとこれは志佳が僕のことを誂おうと冗談を言っているだけだ。


「なによ、男のくせにキスくらいでそんなに慌てることないでしょ」


 まあ、一言で言えば志佳のいうとおりただの・・・キスなのだが……


「やっぱり無かった事に」

「ダメ」


 ですよねー。

 はあ、なんかもう嫌だ。まあ最終的に聞くと言ったのは僕なんだからもういっそ腹を括って開き直るしかないか。

 

「だけどサキもよくその後で僕の面倒を見てくれたよな」

「まあ、酔ってるだけだって知ってたからね」


 本当か?


「周りに茶化されてたってのもあるけど」


 うん、そういうことだろうと思った。

 にしても僕はとんでもない事をしてくれたな。何も覚えてないんだから良いじゃないかと思うかもしれないけれど、実際は逆で、僕が覚えてないってことは周りが言ったことしかそのときの状況を知る術がないわけで、たとえそれが冗談で言った嘘だったとしても否定できないわけで……まあつまりはそういう事。


「おっ、あのときの鼯鼠」


 遠くから鬼が二人歩いてくる。

 どちらも見ない顔だ。


「いやあ、あのときはビビったよ」


 と、さっき声をかけてきた鬼が言い、「バカ、そのことは言わないはずだろ」ともう一人の鬼がその鬼を肘で小突きながら小声で言う。

 そのあと、


「そうだったか?」

「そうだよ!」

「いや、覚えてない」

「はぁ……」


 と、かなり大きめのひそひそ話を僕の目の前で初めた。


「コホン」


 僕は軽く咳払いをしてこの二人の会話に割って入る。


「あ、いやその、これは……と、ところで今日はいい天気だよな(汗)」


 隣を小突く。


「ん? ああ、そうだな?」


 必死に隠そうとしている様子は何だか少し面白かったがこのまま放っておくのも何だか忍びないので、「もう知ってるよ」と言った。


 途端にさっきまで慌てておどおどしていた鬼から肩の力が抜けて行くのが見えた。


「なんだよー、知ってたなら初めから言ってくれればよかったのによぉ」


 と肩を叩かれた。


「ははは」


 僕は乾いた笑いをした。

 まあ、これでいいんだよな。昔誰かが黒歴史は多いほうが良いとかそんなことを言っていたような気がする。僕はこのことを黒歴史とすることに決めて将来笑い話になるように、心の奥底へとしまっておくことにした。

 

(暫くはからかわれそうだけど)


「いやあ久しぶりだな!三日ぶりってところか」

「えぇっ!」


 ちょっと待ってくれよ、一体どうしてはじめにそれを言ってくれなかったんだよ! 三日ぶりだって!どこが「大丈夫」だよ! ゼンッゼン大丈夫じゃないじゃないか、そりゃ三日も経てば元気になるって。

 ああもう、そういう事はホント初めに言ってほしいもんだ。


「三日なんてあっという間じゃないか」

「そういうことじゃなくって」


 そりゃあ普通にしてれば三日なんてあっという間かもしれないさ。でもその間ずっと意識がなかったとなれば話は別だろう。


「まあまあ、長い休みだと思って」

「はぁ」


 志佳は考え方がポジティブすぎるよ……

 まあでも、妖怪になってからというもの色んな意味で落ち着けない日々が続いていたしなぁ、もちろん今までにない経験で楽しかったけれど、それ以上に僕は疲れが溜まってきていたと思う。

 そんな中でのこの三日間の休養というものは大いに僕の気分をリフレッシュさせてくれたのかもしれない。現に今僕は凄くスッキリした気分だ。

 それに、やっぱりしっかり眠るということは本当に気持ちのいいものだ。いつもならもう少し寝たいと思っても周りの人がそれを許してくれないから、なかなかこんなにのびのびする機会はなかったしな。

 今回の事はそういう意味では良かったとしてもいいんじゃないかな。

 とまあ、知らぬ間に志佳のポジティブさが移って、なんだか三日の間眠っていたというのも大したことではないような気がしてきた。


 しかし、まだまだ先は長い。


 明日は明日の風邪が吹く。


 今日は明日のためにある。


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