表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東方鼯鼠転空記  作者: 平成の野衾(ノブ)
世に放たれし空の色
10/30

第九話 案の定

 暗い部屋に敷いた布団の中で本当にこれでよかったのだろうかと、目を閉じて考える。

 あいつが寝てしまってから、俺は寝ようと思い布団を敷いたまでは良かったのだが、いざ眠ろうとするとどうにも気になって眠気が飛んでしまうので仕方なく、そのまま考え事をすることにした訳なのだが……本当に呑気なやつだ、いい意味でも、悪い意味でも。

 今日はいろいろと考え込む様な話をした筈なのに、よくもこう、何事も無かったかのようにしていられるんだか……


 天井を見て一言、


「俺もお前みたいに気楽でいられれば良いんだがな」


 そう吐息する。


 しばらく天井を見つめて、ようやく微睡みかけてきた頃、突然茶鼯が苦しげな、小さく掠れた声で何かを発した。


「うう゛ なんで……」


 その声に慌てて俺は上体を起こした。

 額に汗をかき、歯を食いしばって何かを訴えようとしているかの様なその表情にこちらの胸も苦しくなる。

 きっと悪い夢でも見ているのだろうそうだと分かったところで俺はやりきれない気持ちで見ている事しかできなかった。


 俺には夢の内容をどうにかしてやることは出来ない。


(こんなときに役に立つこうを一つでも知っていればすぐにでも用意してやるのだが……)


 なんの取っ掛かりもなく思い浮かんだその単語に、後を追いかけるようにして疑問が届く。

 なぜここで香という単語がすぐに浮かんだのだろうか。普通なら云われて初めて認識するような馴染みのない単語のはずなのにどうして……月明かりに照らされた部屋を見ているうちににわかに想起される情景があった。

 昔、俺が子どもの頃、といってもまだ学も学ばぬガキであったが、その頃の俺はよく怖い思いをしたものだ。それは夜の暗闇も例外でなく、度々道理も分からない静けさがが、月明かりに照らされてぼうっと立っていたのを見たものだ。あの光景は今でも背筋が伸びるよ。

 そんなときには母親が香を焚いてくれたことが、今に繋がったということか。

 懐かしいな。


「……なんで……なんで……」


 忘れ去られた思い出に浸っている間にもこいつは魘されている。ただ、何もできない。それが悔しさとして身より心に滲みてゆく。


 この状況で不適切かもしれないが、こいつが何にうなされているのかが無性に気になってくる。

 なにやらかなり苦しそうな、哀しそうな、そんな風に見えるのだけれど……


「……なんで……置いて……の……」


 置いていく……一体何のことだろう。


 分からない。でも、どうしてだろう、何故かわからないがこの後俺が何をするべきなのか分かったような気がする。

 ――簡単なことじゃないか――




 ――俺がこいつを撫でると、今まで苦しげだった息遣いが心なしか落ち着いてきたような気がする。


「俺にはこれくらいしか出来ないけれど」


 ただ、こいつが俺の前で苦しんでいるのは見たくない……そう思った。


「ふふ……むにゃ……」


 もうすっかり落ち着いたな。やっぱりこいつはこうしているほうが良い。

 ……よし、俺もそろそろ寝るとするか。


 どこか暖かい充実感とともに静かな闇へと意識を預けるのであった。



















「ふぁ~、よく寝た――」


 って、あれ?玄武さんは?


 起きてすぐに彼が家に居ないことに気が付いた。

 というのも、この家はくるりとその場で視線を回せばそれだけで家全体が見えてしまうから状況の把握は雑作もないことだ。

 もう少し家を観察してみる。

 部屋の隅のほうに昨晩のちゃぶ台が片付けてあり、台所には作り置きされた料理がまとめて置いてある。ああやって無造作に置いてあるのを見るとラップをかけたくなるけど、そういえばラップ自体此処にはないのか~と、思う。


 おお、なんと原始的!


 いつまでも此処にボケーっと座ってる訳にはいかないな。

 

「よいしょっと」


 毎度思うけど、この掛け声はなんだか爺臭いな(笑)

 それはそうと、いざ立ち上がってみるとやっぱり狭い!


 いくら一人暮らしとはいえどこれは無い。

 ここで改めて台所へと目を向ければ料理に挟まれた紙切が目に入る。何かと思い近づいて見てみれば、どうやらメモ書きのようで、『茶鼫へ』と書いてあった。

 それは四つ折りになっており、一折、開けてみれば『腹が減ったらこれを食べろ』と、書いてあり、もう一折開けば、『今日は遅くなるからそのつもりでいてくれ』と書いてある。


 ……これは、どう捉えれば正解なのだろうか……なんだかセンスが有るような無いような――僕は普通にそのまま書けばそれでいいと思うのだけど。


 しかし、玄武さん居ないのか……最後くらい話をしていきたかったのだけど。

 まあ、もう一日くらい居てもいいか、うん。

 ……なんかまんまと玄武さんの思惑どうりになってるような気がする。

 僕はメモを元に戻して外出そとでの支度を始めた。


 メモの裏にまだ続きがあるとは、このとき露ほども考えてはいなかった。

 そこに、『白髪の男にいは気をつけろ』と書いてあることを知っていたなら、この後起こることを未然に防げたかもしれないというのに……


「よし! こんなもんか」


 僕は毛布を片づけ、台所にあった弁当箱を拝借して、いくつかおかずをを放り込んみ、弁当箱と一緒に置いてあった風呂敷でそれを包んで、「いざ都に繰り出さん!」というふうに意気揚々と玄関から外に足を踏み出したのである。


結局耳が出たままなのに気が付いて慌てて家に戻るのだけど。


「危うく正体がばれるところだったよ」


 変身を解いたつもりは無かったのだけど、油断してた。


 気を取り直して変身。

 おっし、これで大丈夫……だよな?

 しかし、もしあのまま気づかなかったらと思うと……末恐ろしいよ。兎にも角にも、これでもう大丈夫かな?見た目も妖力もちゃんと抑えられてるし、心配ないだろう。


 そういえば、いつの間にか妖力とかの気配を探れるようになっていたのだがそれは……えっ?ただの自慢かよ、だって? 

 いやいや、そうじゃないんだよ、あの、何が云いたいのかというとだな、人と妖怪では気配が違ってきてる気がするということなんだよ。

 つまりはどういうことかというと、もし人間にも僕のように判る人がいたら……どう頑張ってそれを隠しても意味はないっていうこと。

 それでも隠さないのはダメだと思うから隠すのだけどね。


 閑話休題


 さてと、それじゃあ出発と行きますか!だいぶ遅れましたけど。僕ってまだこの場所のこと驚くほど知らないからイマイチどこへ行ったらいいのかよく分からない。ただ、裏を返せば何も考えずに何処へでも行けるともいえるのかな。

 まあ、分からないものを此処でブツクサ考えてるだけ時間の無駄だし、テキトーに商店街まで行ってそこでいろいろ情報収集でもするか。


 思い立ったらすぐ行動、僕は商店街に向かって歩き出した。

 此処から商店街まではそう遠くないが、家にいれば商店街の喧騒は聞こえなくなる程度の距離はあった。僕の両サイドには畑が広がっているが、今は時期じゃないのか、すっかり収穫されきって水も引かれていないので土がカチカチになってひび割れている。

 でもちょっと待てよ……確か田んぼの土が固い状態なのはせいぜい一年のうちでも二、三ヶ月位しかなかったような気がする。と、前世の記憶がいっている。

 それでだ、畑がそうなる時期は確か冬場だったような……しかし冬にしてはずいぶんと暖かいな。まあその方が僕としてはありがたいのだけどね。




 ……しばらく行くと騒がしい声やら物音やらが聞こえてきた。八百屋が客引きをする声、それに負けじと魚屋も声を張り上げている。


「うちの野菜は何を買ってもはずれ無し! 毎日の野菜で健康生活!」

「魚! うちの魚は味よし! 鮮度よしだよ! さあ買った買った!」


 僕が前の世界で住んでいた場所の近くにはこんな感じに全力で商売してる店なんて一つも無かったからなんか、新鮮だな。


 気づけばもう商店街の中か。さて、そろそろ情報集めを始めるとするか。

 そういえばこの都って外から人が来ることってあるのかな?僕の予想ではこの都によその人が入ってくることはほぼないと思うんだよね。

 つまりどういうことかっていうと、下手に詮索しすぎると僕が外から来たっていうことがすぐに判ってしまうってこと。大体、見た目だって浮いてるし。もしね、もしもだよ、そんなことになったら「お前はどこから来た」「どうやってここに来た」なんて色々聞かれて万事休すって事になりかねない。

 何としてもそれは避けなければ……

 よし、となれば情報収集のメインは聞き込みではなく、道行く人の話ていることを聞きするってことで。

 ほらそこ! 盗み聞きとか言わない!(笑)


 閑話休題


 さてと、何か有力な情報はないかなぁ。




「……あそこの店っていつもあんな感じよねぇ」

「そうよね~、気合がはいっているのは良いけど、なんだか押し売りみたいでちょっと怖いわよね~」

「品揃えはいいのにね~」

「そうよね~、そういえば……」




 だめだこりゃ、主婦の会話を聞いたところでなんの意味もない。早々と雲行きが怪しくなってきた。

 う~ん、あと何回か試してみて、それでだめそうだったら何か他の方法を考えようかな。といってもきっと何も思いつかないだろうからのらりくらりと歩くことになると思うけど。

 気を取り直してもう一度やってみるか。

 














「ダぁメだ~」


 そう嘆きながら公園の落ち葉の上に倒れ込む。

 何人かが僕の事を見たがそんなことはどうでもいい。

 僕がダメだって言ったから、きっと「ああ失敗したんだね、お疲れさま」とか思ってるんだろうけどー応言わせていただく、僕の作戦は成功した。ちゃあんと僕のほしい情報は手に入ったよ。

 だったらどうしてそんなに落ち込んでいるのか、それはその情報が僕にとってあまりにも絶望的なものだったからで、ちょっとややる気が無くなってしまっただけだ。

 具体的にはこの都にある特徴的な建物は、商店街の他には位の高い人しか入れないような建物くらいしか無いらしいってことで、あとは畑と家があるばかりらしい……

 ああもう、初手詰まりだよ。


「どうしようかな」


 やろうと思ってたことが出来なくなっちゃたからつまんないなー。

 よし、こうしているのもなんだからちょっと端のほうまで行ってみるか。

 そうと決まればいつまでも此処に横になってる訳にはいかないな!さてと、それじゃあどっちに行こうかな。そうだ!迷ったときはこれっていうのがあるじゃないか。何処かにいい感じの枝とかないかな……

 そう思い、僕は真直ぐで、適当な長さのある枝を探して周りを見回した。


「これでいいか」


 いい感じの長さの枝が見つかったので僕は通りに出る。そこでさっき拾った木の枝を地面に立てて、それをパッと放した。

 それは右に向かって傾き、一瞬空を切ったかと思えば『カランッ』と音を立てて地面に倒れた。

 僕は右に向かって歩き始めた。






 しばらくは似たような店が軒を連ねていたが、だんだんと店もまばらになってきて人も少なくなってきた。

 

(大丈夫かな……このまま行って「何もありませんでしたー」とかじゃ無いよね?)

 

 なんだか不安になってきた。

 そろそろ何かしら面白そうな物が見えてもいいように思うのだけど……さすがにそんな簡単には見つからないか。

 そんなことを考えながら僕は前に進み続ける。僕とすれ違う人はもうほとんどいなくなった。

 しばらく歩いて、もう家もなくなって、人っ子一人いなくなったところで僕は引き返そうと思って足を止め、後ろを向いた。

 僕がもと来た道を戻ろうとすると、白髪の若い男が僕を追い越すようにして通り過ぎた。

 その瞬間ときであった。僕は突如として脱力感にとらわれ。それに屈服しないよう咄嗟に妖力を開放して体勢を立て直す。


(今のは一体……)


 そう僕が疑問に思う間もなく、その男の姿は消えていた。


 いや、正確には僕の後ろに回り込んでいたというべきか。


 後ろから並々ならぬ気配を感じ取って振り返れば、そこには先程消えたと思ったあの男が立っていた。

 手に刀を持ち、更にはいかにも戦うに満々といった感じに!


「まま、まあ、おち、落ち着いて」


 咄嗟に口から飛び出した言葉に対して、


「妖怪なんぞと話をするものか」


 と言ってきた。

 ぅおい!なんで僕が妖怪だって知ってるんだよ!?

 どうしよう……厄介なことになった。こんなところで戦う訳にはいかないし、それにこの男、今の僕が戦って勝てる相手じゃないような気がする。

 まず気配からしてただもののそれじゃない。それもあってかなりの距離があるにもかかわらず、なぜか今すぐにでもあの刀で切り付けられそうな恐怖に襲われる。

 何とか無事に収束させる方法はないものか。

 しかし、

 

「一体あなたは誰なんですか」

「この期に及んでそんなことを聞くとは、命乞いでもしたらどうなんだ」


 命乞いだって!随分と上からものを言うじゃないか!


 はは!穏便に済ませるつもりでいたけどなんだかこいつ気に入らないからもうどうなってもいいや!


 僕だって本気を出せばこんな人を見下したような奴に負けるはずないもんね。


「自分から負けを認めるようなことをする訳ないだろうがこの馬鹿が」

「どうせお前は負けるんだ、何か問題が…きさま!今俺のことを馬鹿と言ったな馬鹿と!」


 ああもう煩い五月蠅い!さっさと倒してしまおうっと。


 ということで僕は抑え込んでいた妖力を開放していく。それに伴って耳と尻尾も姿を見せる。尻尾に関しては多少かさばるが隠しているとそれだけで妖力が持ってかれるからまだほとんど妖力のない僕にはちょっと困るんだよね。将来的には隠したままで戦えるくらいになりたい。

 相手が相手だから能力を使って力を吸収することもできないし、立ち回りには十分に気を付けないと。

 初めての相手にしては不足ないな。


「それじゃあ……」






「……僕に喧嘩を売ったこと、後悔させてあげる!」

「やれるもんならやってッ!!」


 僕は開戦の宣言をするとともにありったけの力を込めて男に火球をぶつけた。

 僕が一番最初に使えるようになった術だ。それだけ練習してきた術でもある。


 ブワァっと激しく広がった火炎に耐えられるものなど居るまい。

 暖められた空気が風となって押し寄せる。そこに男の気配はなかった。

 案外あっけなかったな。


 風に流され消えてゆく煙を見つめ、少し気が緩む……




「……あぁまいッ」

「!!」


 後ろから声がする。


 そんな!いつの間に!確かに当たったはずなのに。


 完全に油断していた僕はワンテンポ遅れて後ろを振り向く。が、


「そんなところに突っ立てていいのか、なッ!」

「うぐふッ」


 振り返りざまに蹴りを入れられて横向きに吹き飛ばされる。


 なんて力なんだ……こんなんじゃまともに戦って勝てるはずがないじゃないか!

 早く次の手を考えないと……


「これならどうだ!」


 宙を舞いながらに姿勢を立て直した僕は火事場の馬鹿力で空中に留まり次の攻撃の宣言をする。


 突如として地上が一面炎に包まれた。


「なっ」


 今度こそ決まった!


 そう思ったのもつかの間、男は手に持った刀をがむしゃらに振り回して炎を切り消した……そんな馬鹿な!

 またも攻撃を躱された僕は軽いショックを受けるとともに飛行の限界を感じ地に落ちてゆく。


 最後の悪足搔きのつもりで僕は能力を使って相手の意識を外に出して気絶させようと試みた。

 能力をつかった事でまた倒れるかもしれないけれど、でも、いま此処で死ぬ訳にはいかない。

 いや、倒れてなるものか!例え耐えがたい苦痛に苛まれようともいまこの場を生き残りあそこへ帰ろうじゃないか!


「キサマ! 何をした!」


 やっぱり気絶させるまでには至らなかったか……しかし何らかの効果はあったみたいだ。

 地面に手をついて肩で息をしているじゃないか……僕だってああしたいくらいだけれど。

 負担が大きすぎたのか案の定僕の意識は心を離れようとしていた。

 ぶっ倒れる前に何とかして話をつけないと。


「質問をするならさっき僕が聞いたことに答えてよ」

「なんの話だ」

「あんたは何者?」


 これだけの力を持っているんだ、ただの平民ってことはないだろう。


「……」

「あんたが一体何者であっても殺したりはしないから」


 頭痛がしてきたことも相まって少し早口になりながも何とか平静を装い催促する。


「……妖怪の退治屋」


 そうか、どうりでこんなに戦い慣れてるわけだ。なんとなく予想はしてたからさほど驚かないけど。

 それよりよくこんなに若い人、まだ青年と呼べるような人が妖怪退治をしてるなんて、傍目からは判らないよ。


「何もしないんだな」

「どうして?」


 何かする必要あるか?それに殺したりしないってさっき言っておいたはずなんだけど。


「だって俺はお前ら妖怪を数えられないくらい殺してきてるんだぞ」


 そういうことか。


「そうかもね」

「どうして、」

「殺さないのかって?」


 青年が頷く。

 確かにこの青年がたくさんの妖怪を殺してきたのかと思うと憎しみに似た感情が少しは出てくる。だけど僕も元は人間たった身、こういう人間が未知のものに恐怖を感じてそれを排除しようとする気持ちも痛いほどわかる。

 だから、


「殺さないし、何もしない」

「なぜだ」


 きっとこの青年からしたら敵である妖怪に情けをかけられたような屈辱なのだろう。それに気づくと彼の命は僕の選択次第でいとも容易く途切れてしまうものなのだと分かった。気づかぬうちに僕はこの場の支配者になっていたのだ。

 自然と口角が上がていく。

 自分では気づかないうちに僕はこの雰囲気を楽しんでいた。

 このとき初めて僕は、自分がもう人間ではないことを悟った。そして人間であるこの青年が僕の敵であることも……ここまで考えたとき、僕の中で禍々しい感情がうごめくのを感じた。

 でも、どうやら僕はまだ妖怪になりきれないらしい。だって、僕には彼を手にかけることはできない。彼の生きてきた人生を想像してしまうから、彼の未来を考えてしまうから……

 だから、


「ただの気分さ」


 そう答える。

 これでいい。僕は妖怪、だけど僕の心はまだ人間だから。

 少し心が晴れたような気がする。青年からはもう僕に対する敵意は伝わってこない。

 僕は青年に呼びかける。


「明日には此処を出ていくからそれまでは大目に見てくれないかな」

「……その言葉、どこまで信じられる?」


 僕は苦笑いをするだけで答えなかった。


「もし明日の正午までにこの都を去らなければ、今度こそ仕留めてやる」

「うん、ありがとう」


 お互いの目を見る。自然と笑いたくなってきた。


「それじゃあ行くよ」

「待て!まずは俺を自由にしろ」


 僕は思わず腹を抱えて笑ってしまった。もう頭痛とか倒れそうとかどうでもよくなった。


「なんだよ」

「いや、その、君はもうとっくのとうに動けるようになってるよ」

「なんだって!」


 僕の言葉を聞くなり彼は跳ねるようにして起き上がった。

 僕は彼を気絶させるつもりで本気で能力を使ったのだけど、まあ周知の通りそれは失敗して一瞬たりとも気絶させられなかった。

 とはいえ初めのうちは能力の影響で動けなくなってなようだけど、すぐに僕も維持できなくなって動ける状態になってたんだよね。

 いや~、なんで起き上がらないのかなーって疑問に思ってたけどまさか動けることに気づいてなかったとは(笑)

 これはもう笑うしかないでしょ。


「ええい! うるさいうるさい!!いい加減に笑うのをやめろ――」

「そんなこと、いわ、れても、だって、おか、しいんだもん」

「くっそーッ、わが愛刀、喰らええ」


『ゴンッ』


 僕が笑い転げていると横から刀で殴られた刀といってもまださやから出していないので切れるわけではない。


「痛ってー!!いきなり鞘で殴るなんてひどいじゃないか」

「お前が悪いんだろ!」

「だってそれは……痛い痛い!!」

「いい加減」


『ゴンッ』


「笑うのを」


『ゴンッ』


「やめろー!」


『グキッ』


「痛いって! ほんとに冗談抜きで、骨折れるって」

「そんなもん、知るかー!」


 ……そんな感じのやり取りがしばらく続いた後――最後のほうはもう笑っていられないような状況になったのだけど――何とか無事?に事態は収束して、僕の提案どおり明日の昼までは此処にいられるようになった。

 もう此処には来れないのかと思うと少し寂しい気もするけれど、でも実際のところはここを出ていく正式な口実ができて少しうれしかったりする。

 それはさておき、あのバカに殴られたところがズキズキ痛む。いや、殴られたところよりもむしろ耳の痛みのほうが酷い。いくら鞘で僕を殴っても意味がなかったので、あいつは自慢の愛刀(・・・・・)をその場に投げ捨てて――自慢の愛刀とは何だったのか……まあ僕が切られなかっただけましか。そう思うとなんだか急に怖くなってきたな――それで空いた手で僕の両耳を本気で引っ張ってきたんだよ。

 ――思い出すだけで身の毛がよだつ。ああ、動物が耳を触られるのを嫌がる理由がよくわかったよ。

 で、問題の彼はというと、僕が少し目を離した隙に消えるようにして居なくなっていた。まったく忍者かよ……まだ名前も聞いてないっていうのにそそっかしいなぁ。

 僕はその場に腰を下ろし、しばらく小休憩をすることとした。




 粗方の疲れが取れたところで僕は来た道を引き返していった……


 ……


 ……いよいよ商店街に差し掛かって人が増えてくると、さっきのいざこざを見ている人がいなくて本当によかったと思う。

 




 ――しかし、何かおかしい。通行人の様子が不自然なような気がする。

 なんだか遠巻きにされてるっていうか、指でさされて囁々(ひそひそ)話をされてるっていうか……ハッ! まさか!

 空気が凍りついた。

 僕はゆっくりと頭に手を伸ばす。


 ……


 ……


 ……

 

 よかった、どうやら耳は出ていないようだ。

 首を後ろに回して足元を見る。


 ……


 ……


 ……


 こっちも大丈夫そうだ。

 だったらどうして……些かの疑問は残るが僕は気持ちを切り替えて歩き続ける。


 少しして後ろから誰かが駆けてくる足音が聞こえてきたので、立ち止まって振り返る。


 けれどそこにはただ僕のことを遠くから見ている人がいるばかりで、さっきまで走っていた様子で息を荒げている人は居なかった。

 おかしいな~、確かに足音がしてした様な気がするんだけどなぁ。

 まあいっか。

 ともかく、早く玄武さんの家に戻って今日あった事を話さないと。




 _________

 %〈鼯鼠移動中〉%

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 


「ただいまー」


 ……


 まだ帰ってきてないのか。

 そういえばいつ返ってくるんだっけ?あのメモには何か書いてあったかなー。

 確認してみるか。

 

 そう思い立った僕は台所ヘと向い、朝と同じようにメモを見る。

 

「あった、これだ」


 そこには今日は遅くなるということが朝と同じく書いてあった。

 少し高い位置に持っていたのもあってか、裏の文字が薄っすらと見えた。


(あれ? 裏に何か書いてあるぞ……これは!)


 まるで僕に起きることを暗示していたかのような文章を見て僕は思わず身震いしてしまった。

 なんで朝のうちに気づかなかったのだろう。ああもう!これを見ていればあんな面倒なことにならずに済んだのに。

 まてよ、僕がこれを見逃したのも玄武さんがこんな面倒なことをしたからじゃないのか!これは玄武さんが悪い!

 何はともあれ、今は玄武さんを待つしかなさそうだ。










 なんだか外が騒がしいな。

 一体何事だろう。

 辺りがすっかり暗くなってきた頃、家の周りが段々と騒がしくなってきた。


 気になるし、ちょっと様子を見てみるか。


 玄関から様子を窺うと何やら嫌なことが起こる予感がしたので、水瓶の上の小窓から様子を窺うことにした。

 といってもその小窓の位置が高すぎてどうしても届かなかったので軽く空を飛んで覗き込んだ。

 するとそこには片手に松明を掲げ、反対の手に農具を持った人がこの家を取り囲むように列んでいた。


「ちょっとこっりゃヤバイかもしれないな」


 思わず言葉が漏れる。

 魔女狩りをしに来たような村人たちの中に、昼間僕の正体を見破ったあの青年がいた。


 はぁ、やはり裏切られたか……まあ、分かってはいたけど。


 彼らは何か話しているようだが、此処からでは内容までは聞き取れない。

 きっとどのタイミングで突入するか考えてるのだろう。……できるだけ早く此処を離れないといけないな。 

 さて、この包囲網をどうやって突破するかな……いつも通り姿を隠してこっそり行くか。

 ……いや待てよ、初めてあの青年にあったときのことを考えるとこれは最善策では無いような気がする。もしこんどもあの時と同じような事になったら今度こそヤバそうだ。

 この人数の相手をするのは……遠慮させていただきたい。

 となると一体どうやってこの場から穏便に逃れられるか、他に策は、ない、か……八方塞がりってやつだな。


 はぁ、やっぱり僕はとことんついてないのかな~。


 おっと、そんなこと言ってる場合じゃないな。今は本当に切羽詰った状況なんだから。


 ああもう、ほんとに、どうしよう。


 そんなことを考えていると、急に今までガヤガヤとしていた外が静まり返った。

 これは……ついに仕掛けてくるか。

 まったく、どうして玄武さんはこうも重要な時にいないんだよ。

 このとき、僕の頭の中で幾つかの可能性が浮かび上がってきた。


 もしかして、玄武さんもグルなんじゃないか?


 もしかして、初めからこのつもりで僕をここに連れてきたんじゃないか?


 もしかして、僕の父親というのも嘘なんじゃないか?


 もしかして……


 一瞬のうちにいろいろなことを考えすぎて頭がパンクしそうになる。そんなとき、


『パリンッ』


 と、ガラスの割れる音、それと伴に外にいた人々が一瞬にして姿を消す。


(いったい何が起こったんだ……)


 それが、そのときの僕の率直な感想であった。


「助けに来たわよ」


 その声は……


「八意さん?」

「そうよ、本当は来たくなかったけどこの人が五月蝿うるさくて」


 そう言って彼女が指さした先にいたのは、


「玄武さん!」

「待たせたな」

「どうして僕が危険だってわかったの?」

「嫌な予感がしたんですって」

「そうなんだ」

 

 すごいなぁ玄武さん。でも嫌な予感って結構当たるもんだよね。全く嬉しくないけど……

 そんなことより!


「外にいた人たちはどうしたの!」

「大丈夫よ、ただ動けなくなているだけ、初めにあなたに使ったのと同じものを薄めただけのものだから」

「ふーん、そうなんだ」


 それじゃあ消えたと思ったのはただ動けなくなって倒れたから小窓からは見えなかっただけってことか。


「って、そんなもの使って大丈夫なのかよ!」

「大丈夫よ、私が保証するわ」


 保証するって……確かにその毒を作ったのはあんたかもしれないけどさぁ、仮にも自分たちの仲間だろ?もし何かあったらどうするつもりだよ。

 ……妖怪の僕が人間の心配をしてどうするんだろう。


 まあ、しかし何とか逃げられそうだな。


「それじゃあ早く行こうよ!」

「それもそうね」


 そう言って八意さんは家の中に入ってきて……あれ? どうして中に入ってくるんだ?


「何してるの?」

「そこに立って」

「えっ」


 八意さんは大まかに家の中心あたりを目測して僕にそこに立ってくれと言ってきた。

 そんなところに立って一体何をすると言うんだよ……


「いいから」

「うん」


 なんか何考えてるかバレてるような気がする。

 まあいっか。


「これで良いんでしょ、この次は?」

「はい」

「なにこれ」


 何か丸薬みたいなものを渡された。

 これで一体どうしろと……


「それはあなたかが用意してくれた血液から作ったあなた用の妖力増強剤よ!」


 彼女は意気揚々とこの薬の名前を宣言したが、


「そんなものを渡してなんのつもり?」

「あなたの血を調べているうちにどんな能力を持っているかが解かったのよ」

「能力?お前そんなもの持ってたのか!」

「う、うん」


 玄武さんが小声で「羨ましいとか言っている」のが聞こえてきたが、聞こえないふりをする。

 そんなことより血液だけでそんなことまで解るのとは……末恐ろしいな。でもそれと此処から逃げるのとはなんの関係があるんだろう?


「あなたの能力を使えばここから逃げるなんて簡単でしょう?」


 その発想はなかった!でもそんなことをしたら妖力が足りなくなってきえてしまう危険があるような……

 僕はさっきもらった丸薬を見る。

 なるほど、そういうことか。


「分かったかしら?」

「うん、これを飲んであとは能力で此処から出て行けってことでしょ」

「そんなところね」

「話についていけでないんだが……」


 そういえば玄武さんはまだ僕の能力が何か知らないのか。

 ちゃんと説明した方がいいかな。


「何をボケーっとしてるのかしら、そろそろ薬の効き目が切れて外にいる人達が押しかけてくるわよ」

「……分かった」

 

 どうやら玄武さんに事情を説明している時間はないようだ。

 まあ玄武さんには八意に事情を聞いてもらうとしよう。


「それじゃあ、また会う日まで?」

「そうね」


 僕は丸薬を口に入れて飲み込んだ。

 体の奥底から力が湧き上がってくるのを感じた。いや、魂が震えていると言ったほうが良いかもしれない。

 ただ、あまりいい感じはしない。


 しかし、これなら行けそうだ!


 僕は溢れんばかりの力を堪能しながら能力で自分自身をこの都から追い出すことに集中したはっきりと何処に行きたいか想像して――というのも僕は某「魔法使いと・・」シリーズの「姿・・・・」が失敗したときのことを思い出して一人身震いして自分はそうならいように必要以上に自分がどこに行きたいかを強く念じているのである。

 あれとは根本的に原理が違うから大丈夫だろうとは思うが、念のためだ。

 僕は目を閉じて能力を行使した。


 一瞬のうちに辺りの空気感が変わった。どうやら成功したようだ。僕は目を開いた。

 目の前には落ち葉の絨毯が敷かれ、赤と茶のコントラストがまだ人の手が及んでいないことを伝えていた。

 自然とはどうしてこうも美しいのだろうか。






「気に入ったかしら?」


 どうやら、ここには先客がいたようだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ