5話 ヨカッタデスネー
クラスメイトの女の子からの衝撃お願い宣言から約15分間の出来事といえば、
教室に入ってきた担任の先生がクラス内の騒がしさと何故か絶望し血涙を流す生徒を見るなり
「きゃああああああああああああああああああ入学式の日そうそう学級崩壊ですか⁈良いですかかってこいです!レッツファイトです私!」
などと、狂言?を叫びながらファインディングポーズをとる担任を生暖かい目で見つめる女子生徒。
ていうか、この女子達の視線のバリエーション豊富すぎやしない?
え、女子ってこんなに視線の種類の移り変わり激しいの?
え、驚きなんだけど…
そして、担任が落ち着かせるのに5分くらい用して、やっと正気に戻った担任は今までの事をなかった事にしようとしてるのか単に恥ずかしくて空気を変えようとしたのか、一つ咳払いをしてから、
「皆さん入学おめでとうございます。私は今年度このクラスの担任になりますアリシア・ハートゥーンです。」
あの慌てっぷりはどこへやら、
すっかり別人みたいに落ち着いて祝辞と自己紹介を述べる担任をみんなが優しい目で、あるいは、微笑ましい眼差しで見つめている。
何故かって?
それは……
「先生の事はちゃんと先生と呼んで欲しいのです!決して”ちゃん”付けで呼んではいけませんからね!」
それは、
身長が145センチしか無くて、凄い童顔な女の子だからだ。
ぱっと見、もろ小学生だ。
そんな見た目の女の子が自分達の担任の先生だという事にクラスの生徒、ほぼ全員が残念…
では無くいい心の癒しを見つけた、
みたいな表情をしている。
「いいですか?皆さん、私のことはアリシア先生、もしくはハートゥーン先生と呼んでくださいね!」
「アーちゃん先生と呼べという事ですね!分かります!」
見事生徒の大半が声を揃えてテストの問題が絶対に正解している時の様な確信に満ちた声で返答する。
そんな、『確信犯です!』とありありと顔に書いてある生徒に向かって、アーちゃん先生は…
「分かってないじゃないですかー!!」
と、おきまりのセリフで返すが今更生徒側に遠慮とかそんな感じのものは既に無いと言っても過言じゃ無いくらいに、ええと…つまり…えと、遠慮が無かった。
そんな、まるでコントみたいなやり取りに、密かに笑っている王女様がいたとか居ないとか。
まあ、後には何故か、そう何故か鼻血を机の上に池みたいに作ってノックアウトしている男子が複数名いた。
しかも、僕達の席が見える場所付近一帯のだけが。
ー閑話休題ー
そんな、騒がしい15分間を経て今現在何をしているのかといえば…
「お願いします!この私の…………違った、この国の平和と未来の為に是非!是非女装して下さい!」
両手のひらを床に付け、ついでに言うなれば頭を床に着くか着かないかのギリギリまで下げて僕に拝み倒していた。
言うなれば、簡単な話土下座している。
それも、暴虐の限りを尽くしたと言われる帝都を滅ぼし新たな都、今の豊かで平和な王都を創り上げた英雄ともいえる人物を親に持つ(正確には持っていた)この国の現王女が、だ。
どれだけ、凄いことかお分かりいただけただろうか?
あと付け加えると、凄い銀髪碧眼の可愛い女の子に土下座されながら、NO!と言い続けている僕に向けられる白い目と数多の殺気、
こんな事があろうことか既に5分も続いていた。
誰かいい加減僕の心労が限界突破しそうなの事に気がついて欲しい。
「すいませんが、流石にこの国の平和とか言われると荷が重いと言いますか…なんと言いますか…ね?それに女装なんかしなくても女子に頼めば済むのでは無いでしょうか?」
セリフの最後にいくにつれてちょっと何を言っているか分からないアンド尻すぼみになっていく僕に対して、
シュヴィはと言うと…
「いいえ!平和の為とか言いましたが其処まで重く考えなくても良いんです!ちょっと女装して立ってるだけで良いので!あと、女子じゃ駄目なのです!それじゃあ私のしゅ……いえ違います、えーと、あれです!貴方の力を買っているのです!」
早口に捲したてるシュヴィ。
何故か、とても正論の様に感じられるが、僕はある事を突っ込まずにはいられなかった。
「ところどころ本音が漏れてるから!隠しきれてないから!一回私の趣味って言おうとしたでしょ⁈」
グフゥ…
と、あらかた美少女が、というか女子が出してはいけない類の声を漏らすシュヴィは1度目を瞑り深く深呼吸して、そして…
カッ!
と目を開けると、
「いいえ!趣味と言いかけたのではありません!趣味と実益を兼ねて、と言いかけたのです!」
「変わらないよ!」
なおもギャーギャーと言い合っていると、教室の入り口から、一限という名のLHRを始める為戻っきたアーちゃん先生は、戸を開けたまま固まった。
そして…
「学級崩壊ですか⁈良いでしょう!かかってこいです!ファイトです私!」
かれこれ20分前とまるで同じ様に、取り乱し狂気乱舞するちみっこい、可愛らしい先生をなだめて透かす生徒たち。
このクラス、実は結構役割分担がハッキリしていたりする。
「すいません、取り乱しました」
恥ずかしそうに小ちゃくなりながら謝罪をする先生は、元来の小ささと今の縮こまり方で教卓に隠れていて全く見えず、教卓が話している様にすら見える。
本人としては無自覚無意識のうちにそうなっていて、それを見た生徒たちから更に可愛いと言われているとは露も知らずに。
いや〜、無意識とは怖いものだね!
「これから、諸連絡をしますから、よく聞いていて下さいね」
視線の生暖かさに気が付いたアーちゃん先生は、何事もなかったかの様にサラリとLHRに入った。
隣に座っているヒイロが僕に先生に気づかれない様に小さな声で話しかけてきた。
「可愛い女の子からお願いされて、しかも女装してくれとかいうお願いで……ヨカッタデスネー」
最後だけカタコトにわけのわからない事を言い出す我が妹に、僕は困った様な(実際困っているんだけど)微笑を浮かべて、
「良いわけ無いでしょ、だって女装だよ?良いのヒイロは?兄が女装させられても」
すると、少し唸りながら時々ブツブツ言いながら考え込みだした。
時折聞こえてくる、「兄さんの女装…」とか「確かにレア…」とか「でも、兄が女装」とか「写真に…」とか不穏な呟きが聞こえて来て、何故か背中に冷たいものが走る。
「す、少しだけなら…良いかも、です。ほ、ほら!人助けも立派な善行ですし、一日一善という言葉もありますし…ね?」
ヒイロが己の欲望に堕ちた。
先ほどまでの葛藤は何処へやら目を泳がせながら盛大な言い訳を披露しだした。
「ヒイロの裏切り者ー!」
先生に気づかれない様になので小さめの声になっているが、元々僕の隣にいて話をしていたヒイロはしっかりと聞こえた様で慌てて言い返してくる。
「裏切りとはなんですか!ただ私は一日一善という言葉があるように気乗りしていない兄さんの背中を押してあげただけです!崖の方に!」
「崖って女装する事をあらわしてるよね!そっちに押しちゃ駄目でしょ!陸の方に引っ張ってよ!」
段々声が大きくなり言い合いがヒートアップする。
すると、いつの間にか後ろに立っていた先生が、
「真面目に話を聞いてください!」
と、言いながら出席名簿を僕の頭に向かって振り下ろしてきた。
ガツンッと音がする。
痛い、凄い痛い、帰りたい。
頭を押さえている僕を見ながら、教卓に帰っていくアーちゃん先生。
そして、一言。
「先生のお話はちゃんと聞きましょうね?」
謎の威圧感が僕に有無を言わさなかった。
「「はい…」」
ヒイロも大人しく返事をして、その場は丸く?収まった。
その後、恙無く話は終わり、
放課後となった。
僕はヒイロに勧められたこともあり、再度猛アタックをかましてきたシュヴィに「分かりました、引き受けます」と返事を返した。
すると、まるで咲き誇る花のように可憐でいて凛とした笑顔で、
「ありがとうアオハ」
と言われてしまい僕はたじろいた。
それに、
「こちらこそ」
と、謎の返事をすると満足そうに鞄を持ち、「また明日!」と言いながら手を振って帰って行った。
しばらく惚けていると、横からヒイロに肘鉄をかまされた。
抗議の色を込めてヒイロを見ると、
「美少女に鼻の下を伸ばしているからです。ヨカッタデスネー、ありがとうといわれて」
「だって、ヒイロがやったほうが良いって…」
僕が抗議しても、
既にヒイロは
「ヨカッタデスネー」
と、
不貞腐れながら壊れた人形の様に繰り返すしか反応をしめさなかった。