8話 人の話は良く聞きましょう
「いいか、準備は怠るなよ。もし不備があったら明日の朝日が拝めなくなると思え!」
暗い地下深くで、1人の小汚い初老の男が怒鳴り散らしていた。
自分はその男の指示に従ってあくせく動き回っていた。
何故自分がこんなホームレス同然の奴に従わなければならないのか時々湧き出すどす黒い感情を時給の額を思い出しどうにか蓋をして押さえ込んでいた。
しかし、俺みたいに物分かりのいいやつばかりなわけもなく…
「んだよ、あのホームレスよお、随分と偉そうにしやがって、俺たちスラムと何がちげぇっつんだよ」
1人、
土埃にまみれて薄汚れている男が愚痴を零す。
言ってしまったが最後、この男の運命は決まった。
いや、決まってしまった…と言うべきだろう。
「この俺を、ホームレス呼ばわりとは大した度胸だなあ!おい!スラムのゴミどもが!この!俺を!ホームレスとっ!ハハハッ!こりゃあ傑作だ!」
何が面白いのかゲラゲラ笑うホームレ…失礼
少し薄汚れたおじさん。
すると、ハァーと深いため息をつき
「ああ、本当傑作だ。史上最低な方の傑作だけどなあ!」
と言いながらどこからか取り出した短剣でスラムの男の首を、
刎ねた。
動脈から溢れ出す紅い血が辺りをビショビショに濡らす。
綺麗に磨かれていた白い大理石の床に紅々とした色がとてもよく映えている。
多分、スラムの男は全く分からないうちに視界が逆転して、そして、絶命していただろう。
切断面から血が噴き出すのが止まる頃にはあたりの喧騒や人の声として成立していないような悲鳴も収まり皆指示された作業に戻っていた。
さっきよりも幾分まじめに。
そうしないとさっきのやつみたいに、あたりに散らばるゴミをくずかごに投げ入れるがごとく始末される。
これは時給はいいが命がいくつあっても足りない仕事だった。
死と隣り合わせどころか手招きされているような気さえしてくる。
「ううう、どうしてこんな事に……」
「おい、ゴミ。なんか言いやがったか、あぁ?」
ポソっと零した泣き言さえ許してもらえないこんな仕事労基違反にも程がある!
そんな本心とは打って変わって根っからの臆病者な僕はかみかみで言うのだった。
「め、めめめめっそうもございませんです!はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
立ち上がり最敬礼を繰り出す僕。
我ながら情けない……
情けなさすぎて泣けてくる。
というより、実際泣いてる。
不甲斐なさすぎて…
そして怖くて。
首チョンパは嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁ!
あそこでさっきのスラムの男の首がオブジェクト化してる!
あの仲間には加わりたくない!
僕は生きたいんだ!
「そーかよぉ、死にたくなけりゃ口動かしてねぇで手動かしやがれ」
フンっと鼻を鳴らして、過ぎ去っていく嵐。
それを最敬礼したまま突っ立っている僕。
緊張がほぐれて膝がガクガクいっている。
正直ちびっていないのが奇跡なぐらいだ。
なんせ、僕ことアルカイド・ヴィザテリアは剣貴族の三男として生まれてこのかた兄達に、そして両親にちやほやされて、そして甘やかされて育ってきた。
あることがきっかけで家を飛び出して、ここ王都までたどり着いた。
そして、貯めていた貯金を切り崩して生活していたが案外早く貯金が底を尽き始めた。
なので、軍資金の調達の為給料の良い仕事を探していたら、この仕事を見つけた。
受付のお姉さんが笑顔で、「この仕事はおやめになった方が…」といっていたが、もはや金額しか頭になかった俺はお姉さんの言葉は耳には届いてなかった。
お姉さんの言葉が頭によぎったのはあのホームレス然とした男が1人目の男を首チョンパした時という、後悔するにも遅すぎる時だった。
「生きて帰れますように…」
そういうと、作業に取り掛かった。
ひたすら大理石の床に魔法陣を書き、へんな筒のついたパイプをあるところに繋ぐという作業をみんなもくもくと真剣に取り組んでいる。
この機械がなにをする為なのか分からずに、ある人物を絶望へ突き落とす準備はどんどんと整って行く…