3話 準備時間は充分に…
ガンッ!
「クソがっ!」
下水道の薄暗い中をヒタヒタと足音を立てて歩く人影があった。
黒いロングコートを引きずって壁を蹴りながら歩く人は暗くてひっそりとした空間の中では酷く浮いて見えた。
「俺を落としといて楽しそうにしやがって!」
頰は痩せこけ無精髭が生えた初老のロングコートの男性は口を開けば文句ばかり言っていたがある一定のところまで行くといきなり立ち止まり居住まいを正し始めた。
チリンッ
と、下水道の途中だというのに妙に小綺麗な鐘の音が地下下水道に響き渡った。
これを見た人がいたならば言っていたかもしれない、「こんなに隠れて商いしてる意味無くないか⁈」と。
それだけ、この薄暗いジメジメしたねずみ達の巣窟には不釣り合いな澄んだ音色だった。
「あら、久しぶり。いらっしゃい、訳ありなら上へ、楽しみたいなら下へ」
キセルを吹かせながら、折れ曲がってもいない腰をトントンと叩く姿はまるで老婆だ。
見た目は、クリーム色の柔らかげな髪を後ろでひっつめにしていて、黒のノースリーブのワンピースをまとった姿はせいぜい20代後半にみえた。
「なによ、まさかこの姿も気に入らないの?一体どんな姿が好みなのよ、まさかイロモノが好きなのかしら?」
紅い口紅をつけた唇を舌でペロリと舐める。
普通の人なら溢れ出す色香に即刻やられるだろう。
しかし、この男性は「はぁーー」と、とても深い溜息を1つ吐いただけで、手でしっしっと追いやった。
「いつも言ってんだろうが、お前に望む姿は普通の年相応の姿だ!60過ぎのババアに迫られて嬉しいやつこそ本物のイロモノ好きだ」
女性はチッと舌打ちを繰り出して、キセルを吹かせる。
すると、妙齢な美女が居たはずのところにいきなり腰の曲がった老婆が現れた。
「こっちだって、落ちてホームレスな男に興味はないよ。んで、今日は何の用だい」
旧知の仲なのをうかがわせる会話から、唐突に本題を切り出すこの老婆は案外せっかちらしい。
「好きで落ちたんじゃねぇよ…、レティノア、今回はコイツを殺ってほしい」
「ん〜、なんだいコイツは。ずいぶん可愛らしい女の子じゃないか…うっかり殺したくなるねぇ、というかお前はこんな娘っ子1人にてこずってるのかい?だからお前はいつまでたっても出世出来ないんだよ」
頼んだ事以上にお小言の方が割合多く返ってきた返事に、無意識のうちにムッとしてしまう。
なので、自然と声にも険が含まれてしまう事だって仕方がないと思う。
「男だよそいつは、それに俺は出世できないんじゃない、わざとしないだけだ」
「あ〜、はいはい。そういう事は一回でも出世の打診が来た奴が言うセリフさね。んで、こいつが男ってのわ本当かい?お前さんが恥を隠したいがために嘘言ってんじゃないだろうねぇ」
ジロリと睨まれて思わず怯みながら、「んなわきゃねぇだろぉが」と言い返すのが精一杯だった。
「はあ〜、分かったよ。早速取り掛かろうかね、まったくこっちは立て込んでるんだよ。昔馴染みじゃなければ今頃お前は下水道を漂っているだろうね」
と、またまたキセルを吹かせているレティノアはどこか面倒くさそうに一枚の紙を取り出して、星をモチーフにした複雑な図形を書き込み始めた。
あまりの手際の良さに、思わずじっと注視していると、
「気が散るよ。失せな。結果は後で教えてやるさ」
後ろ髪を引かれる思いで地下水道の道へ戻りマンホールから出て少し路地裏をうろうろしていたら1羽のカラスが飛んで来た。
見覚えのあるガラスに向かって手を振って場所を教えると、緩やかに降下して腕に止まった。
『ターゲット、ノ、オトコ、ハ、コンシュウ、ノ、ホコウビ、二、ネラウ、イイ』
と、
言い残すとカラスは白い紙切れになった。
「今週末が勝負だ。俺は絶対返り咲くんだ、クソガキには消えてもらう」
今回もお読みくださりありがとうございます。
今回のお話は敵側の話になります。
さて、このレティノアさんのお店は表入り口から入ると路地裏にある普通のカフェ兼雑貨屋(魔術関連商品)です。裏口からは今回みたいなきな臭いお客さん専門窓口みたいな感じです。
この辺も話が進んだらまた出てくるので引き続き宜しくお願い致します。