RE: バースデイ・イヴ
見覚えがあるぞ、あのシルエットに。ユウヤはそう直感し、足を止めた。
手を額に当てる。目を細める。背景の夕日のせいでシルエットの顔は見づらい。一日の終わりを告げる夕方時分。コロニー内のスピーカーからはご丁寧にもカラスの鳴き声が流される。空はだんだん茜色に染まる。さっきまで煌煌と照っていた太陽は、次第に真っ赤な夕日へと色を変える。ユウヤのいる公園のみならずコロニーは夕方一色に染まりつつあった。
地球の夕焼けを再現したという景色だった。
帰宅しようと歩いていたところで呼び止められた。それが過去のどこかで聞いたことがある気がして、しかもシルエットに見覚えがある。ユウヤは足を止めざるを得なかったのだった。
公園の中。池にかかるアーチ型の、通称メガネ橋の上。夕日をバックに立つシルエットは、そうだ、はるか過去に見たことがある。いつ、どこであったのか。ユウヤは記憶をたぐった。それでもなお、いつか、どこかでとしか判然としない。
シルエットの人物が誰か分からないのでユウヤは立ち止まり、黙っていた。ただ橋の上の、見にくい人物を眺めて。その人物は人物で、ユウヤに一声かけたきり、だんまりを決め込んでいた。さびしそうであるとユウヤは感じた。どうしてそう感じたのか、ともかくもユウヤは声をかけた。
「誰だったかな」
シルエットは一瞬、たじろいだ。大げさな、とユウヤは思う。たじろぎ方がまるで昔観た映画のようにあからさまだった。
いかな夕日をバックにしていても分かるほどだった。一声かけられたときと、それにいま髪の毛が揺れたので、相手は女の子であるとユウヤは確信する。
それでもシルエットは無言なのでユウヤはしびれを切らした。
「帰っていいかな。こう見えても大学生なんだ。授業で疲れているし、親の手伝いをしなくちゃいけない」
言い終わる前にシルエットが叫んだ。
「——あの、わたし!」
「それじゃ」
ユウヤは冷たく言った。その声に聞き覚えがあったくせに。なじみある声であると、おぼろげに気付いた。それでいてその場を離れようとした。足早に、半ばかけあしで。
いたずらしてガラス戸を割った子供の逃げ足が速いように、あるいは花瓶を壊した猫の逃げ足が速いように、ユウヤの足は動いた。
「あの! 待ってください!」
逃げるユウヤに縋るように、シルエットの声がメガネ橋からかけ降りてくる。
「何だよ。あんた一体誰……」
振り向いたその刹那。ふわっと、良い匂いがユウヤの鼻に届く。そしてユウヤは思い出す。さっきまで夕日を背負っていたこの人物の名前を。声を。匂いを。そして、全てを。