彼女はわたくしの可愛い妹ですが?
久し振りの投稿になりますが、見ていただければ幸いです。
今話題の悪役令嬢ものに乗ってみたつもりなのですか、気が付いたら何かだいぶずれていました。
「今この時をもって、私、ブライアン・コヴィントンとアレクサンドラ・スタンフォードの婚約を破棄し、ヴィヴィアナ・レイトンと新たに婚約を結ぶことを宣言する!」
「……何を仰っておりますの、この馬鹿は?」
ぽろりと本音が口から零れる。
隣にいた友人たちはそれがはっきりと聞こえていたらしく、扇で口元を隠しながらクスクスと品良く忍び笑いを漏らしていた。
「このお目出度いパーティーでとうとう馬鹿をやりましたのね。呆れてものも言えませんわ」
出席者たちが揃って何も言えなくなるほどに阿呆な宣言をしたにも関わらず堂々と立っている姿は、もう阿呆の一言に尽きるというか、残念過ぎて手の施しようがないとも言える。
ああ、どうやってこの事態を収拾すればいいかと遠い目で考えていると、ブライアン・コヴィントンこと馬鹿王子がわたくしの方まで歩いてくるのが見えた。同じく馬鹿な側近候補を引き連れて。
「あら?」
その馬鹿王子の背に隠れる少女を見て間抜けな声を出していると、忌ま忌ましいとでも言いたげに顔を歪めている男たちまで視界に入ってしまう。
「アレクサンドラ・スタンフォード」
「何でございましょうか、ばか、……ごほんっ、第二王子殿下」
危ない危ない。思わず馬鹿王子と言ってしまうところだった。わたくしが言いかけた言葉に気が付いた友人たちは、今にも爆笑しそうに肩を大きく震わせている。
というか馬鹿王子はさっさと退いてくれないだろうか。ちらりと見えた後ろにいる少女は、もしかしたらわたくしの、
「お前は何故自分が婚約破棄されたのかを理解しているのか?」
「いいえ、全く。それよりも、婚約破棄をしたと仰っるのならばお前と呼ぶのはお止め下さいませ。淑女に対して余りにも無礼が過ぎますよ」
「何を言うか。お前なんぞ淑女の風上にも置けぬくせに、よくもぬけぬけと」
いきなり罵倒されました。意味わかりません。
それよりも、やはり馬鹿王子の後ろにいるのはあの子ではありませんか。そして、なんでそんな今にも王子を殺したいといった表情をしているのですか。
もうお姉ちゃん意味わかりません。
「お前は身分が低い子爵家の令嬢だというだけでヴィヴィアナ嬢を苛め、挙げ句階段から突き落としたというではないか」
「はあ?」
突然語り出した馬鹿王子の言葉にすっとんきょうな声を出したわたくしは決して悪くない。誰が何と言おうが悪くない。
わたくしにとってあの子_ヴィヴィアナ・レイトンは守るべき存在で愛すべき存在で、何よりも大切な妹なのだ。
訳あってヴィーは今は子爵家にいるが、御父様と二人でどうやってヴィーと御養母様をスタンフォード家に迎え入れるかを画策している最中。それなのにヴィーを苛めたり傷付けたり、階段から突き落としたりしてスタンフォード家に迎えられないような状態にこのわたくしがする筈がないだろう。何を勘違いしているのだ、この馬鹿は。
もう一度言おう、何を勘違いしているのだ、この馬鹿は。
呆然としているわたくしに更なる思い違いをしたらしい馬鹿は、胸を張り、ふんぞり返ってわたくしを見下す。
(一応)失礼かと思いますが、小物感が半端ないです。(一応)王子様なのに。
「こんな女と婚約をしていただけで私の人生の汚点にしかならない。婚約は破棄させてもらうぞ」
「婚約破棄に関しては別に構いませんわ。というか有難うございます。わたくしとて貴方と婚約なんてしたくもありませんでしたの」
「な、」
「しかし、王家からの命令ならば仕方がないと諦めていたので、本当に有難うございます。婚約破棄してくださって」
長年思っていたことを少しだけ暴露すると、馬鹿王子は面白いくらいに顔を赤らめている。中の上レベルの顔が残念なことになっています。
まるで猿のよう。
ですが、今は王子が猿であろうがなかろうがそんなことはどうでもいいです。
「ヴィー?一体どうしたの?」
何故最愛の妹があんな馬鹿王子と共にいるのですか。わたくしよりもあんなのが良いというのですか。可愛い可愛いわたくしの妹が、まさかあんなのに惚れたというのですか。
「うっ、」
考えているだけで泣けてきます。視界がぼやけて涙目になっているのが、鏡がなくても手に取るように分かります。
「お、御姉様!」
「ヴィー……」
この世の絶望を見てしまったというような顔をした可愛い可愛い妹が此方に駆け寄ってくる。
どうやら妹は馬鹿が好きなわけではないようです。「おいっ、」と止めようとした馬鹿を物凄い形相で振り払ってわたくしの方に突進してきました。
「御姉様、やはり公衆の面前での婚約破棄は辛かったですよね。申し訳ありません」
「ヴィーは、わたくしが嫌いなのですか?」
「そんなこと有り得ませんわ!」
肯定されたら恥も外聞もなく泣き喚きたくなるようなことを、それでも聞かなければと思って口にしたら、打てば響くような早さで否定の言葉が返ってきた。
「それでは、何故?」
「……全ては、全てはあの馬鹿が悪いのです!」
「わ、私?」
ビシッ、と人差し指を馬鹿に向けて、ヴィーは隙あらば殺さんとばかりに鋭い視線で睨み付ける。いきなり渦中の人(婚約破棄の話では紛うことなき当事者であったが、わたくしと妹の会話では唐突に巻き込まれた他人)となった馬鹿は、自分を指差して間抜けな顔を曝している。
「ええ、そうですわ!私の綺麗で可憐で美しくて凛々しくて賢くて優しくて誰にでも分け隔てなく接する完璧な私の御姉様が、何故貴方のような何をやっても上の下、いえ、中の上が限度で大して格好良くもない頭も良くない運動はそこそこな男の婚約者にならなければいけないのです?御姉様には、御姉様並みに美しく隣に立っても違和感のない美形であり御姉様に勝るとも劣らない賢さを持ち、かつどんなことがあろうとも御姉様を守れるだけの力を持ち、更に言えば筆頭侯爵家に釣り合うだけの家柄の男性であることが好ましいです。というよりも、それが御姉様の婚約者になるにあたっての最低条件です。それなのに貴方が御姉様と釣り合うのはせいぜい家柄と年齢だけ。それ以外は何もかもが御姉様に劣る程度の小物のくせして、何御姉様の婚約者なんていう物凄く羨ましい、垂涎ものの地位にいるのですか?貴方如きが?」
「えっと、取り敢えず落ち着いて下さいね、ヴィー。一応あんなのでも王子なのですから、貴女が不敬罪とかいうもので捕まってしまうのは嫌ですよ。いざとなれば権力を思う存分振るって助けますが、人生に汚点はひとつでも少ない方がいいのですから」
「御姉様!」
感極まったように瞳を潤ませたヴィーは大層可愛らしい。わたくしは御母様譲りの青みがかった銀髪に同じく青みがかった灰色の瞳、冷たさを感じさせる美貌の所為で『氷の女王様』とか呼ばれてしまっているが、蜂蜜色のふんわりとした髪にピンクオパールのような大きな瞳の可愛らしい容姿のヴィーは『春の天使』と呼ばれている。
ヴィーにそのあだ名を付けた生徒にわたくしは拍手を送りたい。この子にそれ以上に似合いのあだ名はないだろう。
ひとまず、ノンブレスで言い切られた内容はよく聞き取れなかったが、ヴィーはわたくしを嫌ったわけではないのだと分かって安心した。
可愛い可愛い、それこそ目に入れても痛くないほどに溺愛している妹にそんなこと言われたら、お姉ちゃんは立ち直れません。
「な、なぜだ、ヴィー」
「私の愛称を呼ばないで下さい」
目に見えるほど狼狽えている馬鹿を容赦なく切り捨てたヴィーは、嘲りを多分に含んだ笑みを向ける。
「もしも貴方が本気で御姉様を愛しているのならば、貴方が御姉様の婚約者であることを認めましたよ。ええ、渋々ですが」
にこやかに渋々を強調していますね、私の可愛い妹は。そんなに馬鹿が気に食わないのでしょうか。
「しかし、貴方には御姉様という完璧な婚約者がいながら私に現を抜かし、挙げ句、御姉様と婚約破棄ですって?馬鹿ではございませんの?………………まあ、私が仕組んだことですが」
何やら怖い発言が聞こえた気もしますが、貴族たるもの腹黒で策士であるくらいで丁度良いのですから、まあ、いいでしょう。
「そもそも私は国王陛下に貴方のことを一任されておりましたの。学園外でも貴方の出来のよろしくないことと御姉様の素晴しさは夜会に出ればすぐに分かりますから。だから御父様に頼み込んで国王陛下に会わせていただき、今後のことを話し合いましたの」
にっこりと綺麗な笑顔を浮かべていますが、ヴィー、貴女は国王陛下相手に何をやったのですか。馬鹿に驚愕の目を向けられた国王陛下が気まずそうに、胃のあたりに手をあてて視線を反らしましたよ。
「それに、私がいつ御姉様が私を苛めたなんて言いましたの?適当に言葉を濁しただけで勝手に御姉様が私を苛めたと勘違いし、他の証人も証拠も探さずに御姉様を悪者にするとは良い度胸ですね。私に喧嘩を売っております?」
「い、いや、」
「まあ、貴方のことなんてどうでもよいのですけど。貴方は今、自身の口で御姉様と婚約破棄をすると仰いましたよね、言質は取りましたからね」
「え、ええっと、ヴィー?」
「はい、なんですか、御姉様!」
戸惑いがちに声をかければ、馬鹿に向けていた冷えきるような目は瞬きの間に変化して、きらきらとした目でヴィーがわたくしの顔を覗き込む。
「貴女はわたくしと第二王子殿下の婚約を破棄させたかったのですか?」
「そうですわ、御姉様!あの掃いて捨てるほどいる程度の男ではなく、御姉様に釣り合うような男でなければ、私は認めませんの。しかもアレは王子です。アレが馬鹿では御姉様に途轍もない負担がかかってしまいますもの。あれならまだ第三王子の方がましです」
とうとうアレ呼ばわりされた馬鹿が、信じがたい真実を聞いて、大理石に両手両膝をついて絶望している。周りの側近候補たちはなんとか立ち直らせようとしているが、当分は無理でしょう。
「ですので御姉様、この不肖私が、御姉様の婚約を破棄させていただきましたの」
輝くような頬笑みを浮かべた可愛い妹に、わたくしは微笑んで告げました。
「有難う、ヴィー。でもね、この事態の収拾はどうするの?」
第二王子と筆頭侯爵家令嬢の婚約破棄から、子爵家令嬢でありながら実は侯爵家令嬢の妹であった少女の暴露、国王陛下の引き攣った顔に第二王子の絶望した姿という急展開のオンパレードであった周囲は、完全に置いていかれていた。