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冬が近いことを知らせる風は、実に冷たい。

厚いコートにマフラーを巻き、更に手袋を付けてみても、頬や耳を冷やしては赤く染めていく。

陽の光さえ、もはや暖を取るには弱くなってしまった。

昼間でも吐く息が白くなっている。


あれから一週間が経ち、俺の風邪はすっかり治った。

定春の言っていた原始的な方法というのは本当にシンプルなもので、スマホで調べた彼女の事務所に手紙を書くというものだった。

つまりはファンレターを模したラブレターだ。

俺はそんなんじゃねえと言ったが、ドアの向こうで話を聞いていた優一が『完全にラブレターだろ!』と言い張って聞かなかった。

顔は見えなかったが、嬉しそうな表情をしていたに違いない。


そうして事務所の人に読まれるだろうから、彼女にしか解らないように日時と場所を指定し、そこで待っていることを記しておいた。

向こうの予定も分からない状態で指定したもんだから、実際に来てくれるかは、ほぼ賭けだ。

休日が無難かとも思ったが、彼女に出逢ったのは学校のあった平日の放課後だ。

だから曜日は決めずに一週間放課後の時間帯に、つまり16~17時にあの森林公園で待っていることをそれとなく書いた。

その一週間の間に食事当番の日が入っているため、長く居られないのが残念だ。


とにもかくにも、ラブレターを投函してから配達される頃を見計らい、その日から俺は森林公園の大木の下、彼女との出逢いの場所で待っているのだ。

待ち続けて3日目、弱い陽射しも届かない木の下で、ただひたすら立っているのは意外にも楽しくなってきていた。

彼女と会ったら何を話そうか、何を聞こうか、そんなことを考えながら待つのも悪くない。

1日目は流石に恥ずかしさや緊張があったが、段々慣れてくるとこの状況を楽しめるようになった。

慣れとは恐ろしいものだと誰かが言っていたが、今の俺は“そんなことねえよ!”と、笑顔で弾き返せそうだ。

だがそんな自信も、日を経るに従って薄らいでいった。


彼女を待ち続けて6日目、諦めの色が滲み出てきた。

出逢った平日は過ぎ、休日になってしまったせいで余計に可能性を感じられなくなっていた。

前日の放課後、森林公園に行く前に学校で優一が俺に言った。


『もし現れなかったら、俺が一生お前の傍にいてやるからな!』


励ましのつもりなのだろうが、俺にとっては一生こいつに振り回されるという、一大危機を思い知らされたのだった。

どうか、彼女が現れてくれますように。

日に日に気温が下がっていく放課後の時間を、大木の下で祈るように過ごしていた。


7日目の朝、起きるのが酷く億劫に感じた。

今日で最後だ。

会えなかったとしても、またチャンスはやってくだろう。

それでも、俺の言葉は届かなかったんじゃないか。そんな不安が胸に湧いてきてしまう。

彼女を責めるつもりはないが、焦りに紛れた苛立ちは確実に募っていた。

俺を励ましてくれる友人たちにまで、被害が及び始める始末だ。


「幸弥、諦めんなよ!きっと来てくれるって!」


「分かってる。ちょっとうるさいからお前少し黙ってろ」


優一が掛けてくる言葉に胸が毛羽立つように逆撫でされ、当たり散らしてしまう。

まるで小学生だ。

うまくいかない現状に焦って苛立って八つ当たりまでして。

しょげた優一の顔を見て、後悔すると同時に一瞬だけ罪悪感が生まれる。


「……悪い」


それだけ言い置いて、俺は重い足取りで昇降口へ向かった。

背後から優一と定春の何か言いたそうな空気を感じたが、振り返らずに教室を出た。

昇降口は風避けのため扉が閉めてある。

だが閉じられた扉の隙間からひゅーひゅーと、いかにも冷たそうな音を立てて僅かに入り込んできている。

もうすぐ、秋も終わるんだろう。

体温を奪う寒さは、人の心をも冷やしていくようで。

手のひらから何かがこぼれ落ちていくような、不思議な感覚を覚える。

失くしたものの正体も解らないまま、色が薄れた世界へ踏み出した。

前髪をかき上げる風に目を瞑りながら耐え、なんとなく、彼女はもう来ないんだろうと思った。


期待もしないまま、最後の時間を森林公園で過ごす。

別にいつだって来れるのに、次に来た時には別の場所になっているような予感がした。

この空間にいられるのは、今日が最後だ。

口からこぼれる白い息が、少しずつ荒くなっていく。

マフラーに顔を埋めては目をきつく閉じて。

もう来なくていい。来ないでくれ。そうすれば、この胸の痛みもきっとなくなる。

震える身体が、寒さと込み上げる感情をごちゃ混ぜにしていく。

息が荒い。マフラーに篭る熱が外気で冷やされていく。

また風邪を引くんじゃないか。

荒い息が酷くなったようで、だけどそれは俺のものじゃないことに気付いて。


心臓がひとつ、大きく跳ねた。


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