嘘つき翔太
ー1ー
京浜島の翼公園、海をはさんで羽田空港の管制塔の灯りが見える。
夜が明けるまで、もう少し時間がかかりそうだ。二台の車が、パーキングに入って来た。
クラウンアスリートとグロリアGTナビエディション、ゆっくりと止まり、一人づつ男が降りてきた。
ソフトウェーブのリーゼントにアディダスのジャージ上下、山下章が煙草を吸いながら公園のベンチに座った。その後をグロリアから、降りた岡本賢史がついていく。モヒカン頭に特攻服だ。
「ケンジ、そろそろ俺たちも、引退って感じだな。」「高校一年の夏からだもんな。集会デビューん時、アキラの原チャはトゥディーだったよな。」暴走族REIの集会の帰り道、コンビニで飲み物を買って海を見に来た二人。
「ケンジは、スーパーカブだよな、スプレーで紫に塗って、キモかったし。」アキラが瓶ビールを取り出した。「おーゴチ、色は変でも早かったろう。その後は川崎のバルカン、店の配達、手伝うって約束で乗りかえてさ。」ケンジの家は代々の八百屋で、小柄でハゲ頭の父、秀夫と、プロレスラーのような母、真由美が三代目を継いでいる。「俺も慌てて、親父とお袋に何回も土下座して、CB400買ってもらってな。」アキラの方は、役所に務める厳格な父、若く綺麗な母であるが。母の優子は元レディースのリーダー時代に、スカウトされた大箱のキャバレーで、歌っている所を、父、章一郎に見初められ結婚した。以来、爪を隠し一般的な中流階級の妻を演じている。
アキラはそんな事は知らず、何も知らない母に迷惑は掛けられないと、家では真面目を装っているのだ。
「単車の頭をアキラが、やってる時は、気合入ったよな。」アキラが瓶ビールの栓を歯で開けた。
ケンジも瓶と格闘したが、栓が抜けず歯が欠けたので、唾を吐いてアキラに差し出した。
「まぁな、その後18になってすぐ免許とって、ケンジのすぐ後に、4リンに乗りかえて。」栓を抜いてもらい、ケンジも瓶ビールを流し込む「高校の卒業と一緒に3月で引退して、後輩に引き継ぎか。」二人ともビールを片手にタバコを吸い、夜明けの海をみていると、公衆トイレの横に、チャリを押した子供の姿が街灯に照らされた。 「こんな時間にほら、ガキがいるぞ。小学校1、2年か?ラジオ体操てっか。」アキラが立上がり不思議な顔をしている。「それは夏休みの行事だし、まだ2時間も有るぜ。」
ケンジが先に歩き出し、アキラも続いた。
少年の居場所に近づいていく、押しているのは、緑のマウンテンバイクで、痩せているが姿勢が良く、ブラウンのジャンバーにベージュのズボンを履いている、ところどころが汚れているのが気になる、そばに行きケンジが声をかけた。「少年、迷子か。」海を見ていた視線を二人に向けた、女の子のような大きな瞳、人形のような顔だが、整った長い上がリ眉毛が気の強さを感じさせる。「少年じゃないよ、東山翔太って言う名前があるんだ、大田区で迷子になるわけ無いだろう。」
(このくそガキ、)小生意気な少年だが、まだ4時前で暗いし、京浜島のそばに民家はない。
呆れたケンジの前に入り、今度はアキラが口をひらいた、ほっておくとケンジが、子供でも叩きそうだ。
「ショウタ君、こんな時間だぞ、両親は心配してないのか。」上がり眉毛がアキラをにらみつけ。
「両親は死んだ、僕を残して。」固まった二人に、ショウタが話し、始めた。
2年前の春、近所に住んでいる酒井さんの別荘が伊豆に有り、子供の居ない夫婦とショウタが、数日前から別荘に行き、くつろいでいた。父の休日に合わせ東山夫婦が伊豆に向かい、雨の夜、東名高速道路、東山夫婦の車は、御殿場インターを超え246の上を通過した後、ハンドル操作を誤ったと思われ、左側ガードレールに接触、回転しながら転落して、畑の真ん中で大破炎上した.当時、幼稚園児だったショウタは、両親の死を受け止める事ができず、親戚の家に引き取られても馴染めず、虐待を受けるようになる。今では食事もろくに与えられず、服も汚れたままだと言う。話を聞き終えた、二人の目の下に涙が溜まっている。アキラは、こんな辛い思いをしている、幼い子供を、何とかしなければと、強い使命感に駆られる。「ショウタ君、送って行こう、俺たちが話してやる、話して分かんなきゃな、ケンジ」拳を固めるとケンジも頷いた。クラウンアスリートのトランクにマウンテンバイクを押し込み、ショウタを助手席に乗せ、親指を立てた。「ケンジ、とりあえず大森銀座な、グロリア置いて一台でいこうぜ。」
ケンジも親指を立てて、空ぶかしの後、ホイルスピンさせ、357に向かって走り出した。アキラはゆっくりとクラウンを転がした、ショウタはおとなしく助手席に収まっている、(任せときよ。)疲れているのかもしれない、女の子のような横顔を時々見ていた。
大森銀座アーケード、八百岡本の前で待っていると、店の裏の駐車場に、グロリアを置いたケンジがリアシートに滑り込んだ。「行くか、で、ショウタ君どっちだ、」助手席で、前を指差しているショウタにアキラが聞き直す。「JR超えたら、山王だぜ、金持ちのデカイ家だらけの。」頷くショウタ。
アキラは金持ちの叔母が、虐待かよ、よけい腹が立ってきた。JRの桁下を超え、左にクランクして上り坂を上がりきり、山王公園の横をすぎると右手に目的の家が有った。
ショウタを先頭にアキラ、ケンジと門の前に立ち、三人で親指を立てた、表札は東山になっていたが気にもせず、アキラがインターホンを押した。「ショウタ君を送って来ましたけど。」いきなりドアが開き、30代と思われるモデルのような女性が現れた。「ありがとうございます、ショウタ大丈夫なの。」ガウン姿の華奢な体でショウタを抱きしめる、なんともセクシーだ。
大人の色気に揺らめいた。アキラは、騙されないぞ。こいつが虐待する叔母だな。と決めつけた。
「ショウタ君の事で話があるんだ、玄関先じゃあ話にくい。」それはどうもと、女性はリビングに二人を案内した、なぜかショウタは女性の横に、コバンザメの様にひっついている。
アキラとケンジが、3人掛ソファーに股を開いて座ると、幅がいっぱいになった。小さなテーブルを挟んで、向かい合う1人用ソファーに女性とショウタが座っている。アキラが怒りの溜まった目で話し出した。「ショウタ君の気持ちを、考えてください、まだ小学生になったばっかりだ。」女性の目に?マークが浮かんでいる。
アキラは続ける。「両親がなくなって、幼くてそれが受け入れられなくて。」驚いた女性が口を、はさんだ。「どちらの、親御さんが亡くなられたのか、知りませんが、うちのショウタがご迷惑を、おかけしたのですね。」
ケンジがアキラの腕を押さえた、小声でつぶやく「眉毛見ろよ。」女性とショウタを見比べた、アキラが声を漏らす。「エー」人形のような目鼻立ち、気の強そうな長い上がり眉毛、間違いなくそっくり親子だ。
笑いながらショウタが言う。「アキラ兄ちゃんと、ケンジ兄ちゃん親切だけど、何か勘違いしてるみたいだよ。」
アキラは顔を真っ赤して、怯えながら「お母さんですよね。」なんとか聞いた。「そうなんです。1人息子で甘やかして育ててしまって。」ショウタの母、東山玲子の話によると、昨夜の夜、マウンテンバイクにカーナビを付けて欲しいと言うショウタと、自転車にカーナビは付かないと、父紀之と口論となり、買ってくれないなら、ストライキと家を飛び出したらしい。(やられたか。)ショウタにからかわれた事がわかった二人は、居場所が無くなり、股を閉じもう一人ソファーに座れる空間ができた。
「それじゃあ、送り届けたので。」二人は背中を丸め、玄関に向いながら、山王の豪邸と金持ち家族を恨めしく思った。玄関を出た二人に、「どうもありがとうございました。」と母、スレンダーな玲子の横にコバンザメのショウタが、薄っすらと夜が明けた山王の高級住宅で、親指を立てている。
ー2-
ケンジが乗り込むとアキラがクラウンをスタートさせた「嘘つきショウタめ、きっちり騙された。俺の涙返せつーの。」ケンジも頷き、タバコを2本くわえ火を付ける。一本をアキラの口に突っ込む。「山王のでっかい家と表札見たとき、変な感じしたんだよ!」クラウンは新聞配達の自転車を避けながら、大森銀座の八百岡本の駐車場に向かっていた。
アーケードの酒屋の自販機でビールを買って、外階段から二階のケンジの部屋に潜り込む。
集会の後はいつもの事で、空き瓶はアキラが持ち帰り始末する。今日二度目の乾杯をし、飲み始めて少しすると、階下店の方で2tトラックの音がする。父、秀夫が仕入れから帰ってきた。二人は視線を合わすと、腕、肩をストレッチをしながら、階段を降りた。
ケンジが店のシャッターを開け、アキラがトラックのアオリを切った。「アキラ君、おはよう。いつもすまんな。」秀夫の頭も、笑顔もテカテカに輝いている。「就職したら手伝えないから、いまだけよ。」
二人は高校卒業後、白ブタ蒲田の宅急便に、就職が決まっている。手馴れた荷降ろし三人がかりで10分で終わった頃。
「ドスン!」母、真由美が店の奥から現れる。瞬間、ケンジとアキラは外階段を、駆け上がって二階に避難。「お前たち、また集会行ったんだろう。」怒鳴り声が追いかけてきた。「危ねー、ケンジのおかんは、怖えーからな。」真由美の怒りは瞬間湯沸かし器だが、一時間もすれば忘れて、陽気なおばさんに戻る。
二階の二人は、トマト、キュウリ、レタスをペティーナイフで刻んで、マヨネーズ、粉末ガーリックにコショウをかける。ヘルシーなつまみで、飲み直した。マヨラーのアキラが、フォーク片手に、「ショウタのお母さん、すげえキレイだったな、田中麗奈似だよな。」鼻の下にビールの泡を、つけたケンジが「んー、黒木メイサ似かな、ガウン着た腰のクビレが、俺の太腿ぐらいだった、すゲーよ。」
暖房で暖まった部屋、ショウタ&母の話で盛り上がった二人は、どちらともなく眠りに落ちていた。
アキラはぐっすり眠っていたが、時間のあるときは店をてつだうケンジは、起き出し片付けをして店番に降りた。父と母は交代して、食事、買い物に出掛ける。
大森銀座が出来る前からの老舗、八百岡本は狭い店内に多種類の品を揃えている。仕入れ帳を見ながら、今日の売値を確認してるケンジ、店の左側からカーナビ付きのマウンテンバイクが現れた。
すまなそうな顔でショウタが、「ごめんなさい」と謝っている。一瞬考えたケンジだが、たかが子供の嘘、謝ってたら良いかと単純に許してしまう、あっさりした性格だ。ショウタの話だと、途中で嘘をバラそうとしたが、二人があまりにも真剣なので引けなくなったと言う。「で、学校どうした?」と聞くと、寝不足だからと言って仮病で休んだらしい。嘘をついたお詫びに店を手伝うと言うショウタ。
「そっか」その気になったケンジは、店番をさせて早めに、インスタントラーメンでも食べることにした。「玉ねぎをザルに並べといて、お客さん来たら呼んでな。」言い残し店の奥に入っていき、台所でラーメンを作り食べ始めた。ケンジが麺を食べ終わり、汁を飲んでいると店の方が騒がしい、店に出て見るとお客さんだらけだ。
「これください。」と中年の女性に言われ、見るとザルには、玉ねぎ、ジャガイモ、人参が混ざっている、他のザルはトマト、キューリ、ピーマンと混ざっている。「カレー作るのにいいわよね。」と言う主婦がいる、(どうしょう、単価調べて足し算かよ。)呆気に取られるケンジだが、
「お兄さん早く」と買い物客は待ってくれない。
パニック状態になったケンジは細かい計算ができない、仕方なく安めに、200円、250円と言い値で捌いていく。「ありがとうございました」とショウタは笑顔で、野菜をポリ袋に詰めて渡している。店の行列がまたお客を呼び、次から次に野菜がうれていく、(このくそがき。)と思いながら、大忙しで小一時間、ようやくお客さんが片付くと、イタズラをしたショウタに、文句を言おうと思っていたケンジも疲れてしまった。「いたずらショウタめ」と言うと「八百屋のニューマーケティングだよ。」胸を張って、親指を立てるショウタ。
ー3-
ケンジとショウタが、話をしながら売れた野菜を補充し並べていると、父秀夫が食事から戻った。「こんな時間によく売れたな?」と不思議がっている。ケンジは「ニューマーケットつうか、お客さんのニーズだよな」と、わけの分からない事を言っている。「そんで、レジ打つ暇なかったからよろしく。」
計算できなかった事を誤魔化し、ショウタと店を、出ようとしたところで、真由美が両手に買い物袋を下げヨーカドーから帰ってきた。話の終のところだけ聞いて、いきなり怒鳴る「ケンジ、またレジごまかしたんか。」ケンジは慌ててショウタの手を引っ張り、外階段から二階に逃げ込んだ。
扉を閉めて一安心すると、階段を駆け上がる音で目覚めたアキラが、驚いている。「なんで、嘘つきショウタが、ケンジどうなってんだ。」ケンジは冷蔵庫から麦茶を出し3つのコップに注ぎながら、店での事を分かりやすく話した。「ケンジよー、二回もおちょくられて、よく許すなあ?まあ、店繁盛して計算出来ないのは、ショウタのせいじゃないか。」笑って、そう言うアキラは、漢字が小学生並しか書けないのだ。そこでショウタが、口をはさんだ「あのさー、告白ってした事ある?」
顔を赤らめ下を向いて、もじもじしている。
またまた驚くアキラは「小学校2年で、恋しちゃうわけだ。」
ケンジが麦茶を飲みながら、「何か、ショウタが手紙渡したい子がいるんだってよ、もう少ししたら山王小学校の下校時間らしい。」興味を引かれたアキラは、ショウタの肩を揺すりながら「どんな子だ、可愛い子か?」うなずくショウタ「ソバカスが有って、痩せてて、胸が小さいんだ。」納得したアキラたちは、下校時間に山王小学校の正門前に3人で行く事になった。
30分後、チャリにまたがった3人、アキラとケンジは店の配達自転車、ショウタはカーナビ付きのマウンテンバイクだ。ショウタを先頭に、池上通りを渡り、坂を立ちこぎで上がっていく、交差点を曲がると小学校の正門が見えてくる。手前の路地にチャリを止めたアキラ「で、どうするわけ」
すぐ後ろに続いたケンジが「今日、ショウタは学校サボったから、見られちゃまずい、池田由美ちゃんが来たら教えるからアキラが手紙を渡してくれ。」
ショウタが恥ずかしそうに折りたたんだ紙を差し出した「お願いします。」頷いたアキラに手紙を渡したショウタは、路地から顔だけ出して、正門をみている。アキラとケンジはタバコを吸いながら来るのを待った。
「来たよ。」ショウタの声でアキラも顔を出してみると、4人の女の子が歩いて来る。
「わかった行ってくぞ。」歩き出したアキラを見送って、ショウタとケンジは路地に隠れ覗いている。「池田由美ちゃんているかな。」4人の女の子の前に、立ちふさがるアキラに、不思議な顔をする少女たち。「私が池田由美ですけど。」他の子より背の高い子が言った。「この手紙、ショウタからなんだけど。」手紙を渡しながら、何か様子がおかしい、このガキ化粧してるのか?。
「ショウタ君は私が担任ですけど。」慌てたアキラはショウタに聞いた、特徴をつぶやきながら少女を見た「ソバカスが有って、痩せてて、胸が小さいか。」言い終わらないうちに左ピンタを食らったアキラ、鬼のような形相で睨まれている。「あなた、セクハラですよ!ゆるせません。」
いらん事を言った後に後悔するアキラ、だが担任教師の怒りは止まらない。「この紙に書いてある、やましたあきらってあなたなの?」背中を丸めて上目遣いに「アキラは俺だけど。」
言ったところにもう一発ピンタを食らって「あなたとは初対面でしょう?つきあって下さいって、ストーカーでもしてたの?」小柄で可愛い池田由美は熱血教師、いい加減な事は許さない。
アキラが助けを求めようと、路地の方を見ると、ショウタとケンジが親指を立てて笑っている。
「また、はめられたぜ」道の真ん中で揉めているので、通行人が立ち止まり、渋滞ができている。
アキラは考えた。(まずいぜ、落ち着かさないと、とりあえず謝るか。)「どうもすいません。」
いきなり土下座されて由美は驚くと同時に、怒りが嘘のように消えていく、気がつくと自分のした事を反省していた。「あたしこそ、すいません」生徒たちを先に帰し、二人が隠れていた路地を曲がったところ、遥か先に逃げていく、ショウタとケンジのチャリに乗った後ろ姿が見えた。
「あれが犯人です。俺、名前ぐらいは漢字で書けますから。」アキラはトチリながら、ショウタのイタズラを説明した。真面目に話を聞く眼差しに、顔が赤くなる、マザコンのアキラは年上の女性に弱い。
ー4-
ショウタの担任、由美先生に挨拶をして、さっそうと配達自転車で走り出すアキラ、右手を横に出し親指を立てる。(オレ決まったな!)と思った瞬間、片手運転のためバランスを崩し電柱にぶつかりそうになる。
八百岡本の駐車場にチャリを置いたアキラは、クラウンアスリートに乗り換え、セルを回すと乱暴にクラッチをつなぐ。ショウタとケンジにコケにされた怒りは収まらない。店にも二階にも顔を出さずに、自宅マンションに向い走り出した。(アイツ等め)と思いながらも、由美に叩かれた左頬をさする。(オレ惚れちゃったかなと思うが、こんな出会いじゃ二度と会えないな。)怒りと両方で頭が沸騰している。
大森海岸R15沿い、海側のマンション街に北から回り込んだクラウンが徐行し左に曲がった。コの字型の建物で真ん中が駐車場になっている。慎重に車を止めたアキラはエレベーターホールに向かう、途中出会った住民への挨拶は欠かさない。
9階の突き当たりブザーを押すと、母の優子が出迎えた「おかえりなさい。」と言っている容姿はハイレグのピンクのレオタードで、ハイポジションのポニーテールだ。テレビのスピーカーからビリーの声が聞こえる。エアロビクスの最中らしい。「ただいま。」とアキラは目のやり場がない。細身でスタイルの良い優子からどうやって自分が生まれたのか、不思議だ。「コーヒーいれるね。」
とキッチンに立ちビリーズブートキャンプの号令に合わせ後ろ向きで腰を振る優子。退屈な時アキラを挑発して、遊んでいるのだ。(あれ、アキラの奴、頬っぺた赤くして、また喧嘩に負けて来たんかな?外見はあたしに似てマーマーだけど、根性ないからなあ。)そのレオタードの後ろ姿を盗み見ながら。
(ケンジとショウタとはもう遊ばねーし、由美先生にはもう会えないし。休みの間オレも運動でもすっかな。おふくろの尻見て喜んでるようじゃダメだぜ。)中学校時代、陸上部に所属していたアキラは次の日から、マラソンを始める事にした。母、優子もレオタードで付き合うと言うが、丁重にお断りした。
大森海岸から東京方面に横浜方面に、早朝から走って行く。途中コンビニに寄り給水給食し昼前まで走れる所まで走り、着替えをしてビールを飲みながら電車で帰って来る。
家ではパソコンと読書とDVD、生活が変わりアキラなりにに充実していく。一方のショウタは毎日のように八百岡本に行っているようで、大森銀座のアイドル的存在に成りつつ有るらしい。
そして、一週間が立つた日に、アキラが大森海岸の改札を出た所、ケンジとショウタが待っていた。「アキラ、すまなかった。おふくろさんに聞いたら毎日マラソンして、昼過ぎに電車で帰って来るて聞いたからさあ、待ってた。」「ごめんなさい。」二人して頭を下げている。
驚いたアキラだが「まあ、日々努力って元ランナーの四家清文さんが言ってるから、頑張りなさい。」
避けるように歩道橋に向かう。それを追う二人「ショウタが相談が有るって、今度はマジで、何かヤバそうなんだ。」少しマラソンで疲れた足を引きずる様に、アキラは階段をあがっていく。
「君たちの問題は君たちで解決しなさい。」歩道橋を渡るアキラを追いかけながら。
「酒井さんが闇金に手出して、組の人間が出入りしているらしいんだ。」下り階段の手前で立ち止まったアキラ「それは大変な話だ、日々努力だよ。」背を向けると右手を横に出して親指を立てる。
(もう騙されるか!っうの。)気取って階段を降りて行くが、下り切る手前で、前につんのめって転びそうになる。諦めた二人は呆然とアキラを見つめていた。
ー5-
翌日もいつものように5時に起きたアキラ、軽い食事をして、ランニングウエアーに着替える。
トイレを済ましてストレッチをしていると、シースルーのネグリジェ姿で、母優子が気だるそうに起きてきた。
寝起きの色気は、すごいものだ。「昨日ケンちゃんから電話有って、最近遊んで無いのね。喧嘩したの?」昨日の事が気になるアキラだが「あいつはショウタって言うガキと、べったりだよ。喧嘩したわけじゃないから、おれは俺。」アキラの態度で様子がわかった優子、八百岡本に人気のある小学生が、入り浸っているのも知っていた。「じゃあ、行ってくるわ」落ち着かなくなったアキラは今日は遠出をやめ、近隣の大田スタジアムを走る事にした。
大田スタジアムの外周歩道は2.3km信号が無いのでタイムトライに適している。最初は慣らしながら、少しずつ加速していく10kmを3回走り3度目は50分を切っている、中学の時と同等のタイムだ。「よしゃあ、」気分良く汗を拭いていると、携帯が鳴り出す、見るとケンジからだった。
「どした?えー、ショウタが居ない?」ケンジの慌てようが伝わってくる。(これはフカシじゃないな)「わかった、シャワー浴びたら直ぐ行く。」やっぱりケンジの事は心配になる、小学校からの付き合いだ、嘘つきショウタもケンジが連むんだから、可愛い子供なんだろうと思う。
疲れた足をこき使う様に自宅まで走った。エレベーターが待ちどうしい、ブザーを押すと母優子が迎えに出た。今日はレオパード柄のワンピースだ。「おかえりなさい。」と言いながらアキラの表情の硬さが気になった優子。(何かあったんだな。)シャワーを5分で浴びて、作業服に着替えた。動きやすいし、ポケットが多いから便利だ、そして生地が強い。
クラウンのキーを片手に「ショウタがいないって、ケンジが慌ててるんだ。近所のおばさんが闇金に追い込みかけられてるとか言ってたけどな、関係無いと思うよ。ケンジはショボイ所有るし。」
母優子の返事も待たずに、飛び出していくアキラ、髪の毛は濡れたままだ。
一人になった優子はアキラの言葉が気になってしょうがない。昔の馴染みで電話をかける事にした。
何年かぶりの番号は、ワンコールで威勢のいい若い衆の声が出た。「はい、今田組」
わざと甘えた声で「登志和居るかしら。」無言のまま、少し待たされてから「久しぶりやな優子ちゃん、登志和は勘弁してくれんか、若いもんが驚きよる。」強面で巨漢の次期組長、青木だが昔の恋人優子には弱みがある。「そっか、お偉いさんだもんね、聞きたい事あってさー。」山王の子供の行方不明と闇金の事を話し、アキラが飛び出して行った事を告げた。「なるほどアキラか、うちは誘拐はやらんし、山王のお客はおらんな、待てよ、そういえば。」思い出した青木は、一週間前に関西系の組の物が来て、賭場で借金まみれになった奴が今田組のシマに住んでる。迷惑かけ無いように追い込みかけますと、挨拶に来たという。「名前は酒井って言った、山王だったな。」思った情報が得られず、気落ちした優子だったが「子供の事で何かわかったら連絡ちょうだいね。」色っぽい声で言った。「かなわんな優子ちゃん、まあ、うちのシマ内のことや、まかしとき。」受話器を置いて、ソファーに座り直し、章一郎のタバコに手を伸ばす。三年続いた禁煙をやぶる優子だった。
ー6-
R15から八幡通り経由、大森銀座商店街に向かうアキラのクラウンアスリート、八百岡本の前に呆然と立ち尽くすケンジがいた。「乗れ、走りながら話は聞くぜ。」スイッチが入ったロボットのようにケンジがサイドシートに乗り込んだ。商店街を徐行で走りながら、アキラが言う。「焦らないで、わかりやすく話してくれ。」うなずくケンジ「ごめんアキラ。」それからショウタの事を説明しだした。
小さい頃から世話をしてくれていた、近所の酒井さん宅に柄の悪い男達が出入りするようになり、平和な山王に胡散臭い空気が漂うようになっていた。いつものように八百岡本に行こうとマウンテンバイクにまたがったショウタを、やつれた酒井婦人が呼び止めた。「もう、うちに来てはいけないよ、遊べなくてゴメンネ、さよなら元気でね。」言い終わらないうちに、婦人は玄関から出てきた男に引きずり込まれた。「またんか、ワレ。」掴まれそうになった。ショウタは慌てて逃げてきた。それが昨日の出来事だった。
クラウンはJRの桁下を超え、池上通りから山王口を左に曲がる。一つ目の信号を超えると右手に山王小学校がある。春休み中だが校庭開放だろう、正門が空いていて数人の生徒が遊んでいる。アキラは子供の中にショウタを探しながら職員室の前にクラウンを止めた。
机に向い書き物をしていた女性が振り返っる。池田由美先生だった。アキラは二階に向けて叫んだ。
「由美先生、ショウタ見なかった。」ベランダに出てきた由美「ショウタ君どうかしたの。」
今度はケンジだ「うち来るはずがいないんだ。」家にも電話したら、予定どうり、マウンテンバイクで出かけている。「私も行きます、ショウタ君は教え子ですから。」呆気に取られている二人をよそに、コート片手にパンプスを履き、リアシートに滑り込んだ。
クラウンはゆっくりと校庭を出ると、池上通り戻り山王二丁目を右に登って行く。「ケンジ、その柄の悪い連中って武史さんとこの人間じゃないの。」二本のタバコに火を点け、一本をケンジの口にくわえさせる「喋ってるのが関西弁だったって、ショウタが。」山王公園の横を通り過ぎようとした所、見慣れたチャリを見つけた、ショウタのカーナビ付きマウンテンバイクだ。「これはやばいかも」
ケンジが緊張した表情でマウンテンバイクを押して東山邸まで運んだ。
玄関に出てきた玲子婦人が心配そうに携帯電話を握りしめている。ここはケンジに任せて、アキラは徒歩で酒井宅を見に行った。外周を回っても人の気配がしない、インターホン押してみる。反応がない。ドアを叩いてみる。無人だ。最後は拳で殴りつける。
東山邸に戻って酒井宅が所有している別荘の住所聞いた後、クラウンは池上通りを南下していた。
「ケンジ、今田組の武史さんに電話して酒井の事聞いてみてくれ。」環状八号線を右に曲がってガソリンスタンドで給油してコンビニでパンと飲み物を買った。
クラウンが東名高速に向かって走り出した頃、ケンジの電話が終わった。「関西系のでっかい組だって。賭場ではめて闇金で元気にさせて、また賭場ではめる。借金がもう家と別荘じゃ済まないらしいよ。」
うなずいたアキラは左に曲がり東名高速に乗り込む「で、今田組のシマだから挨拶に来たって、悪度すぎて気持ち悪いって言ってたよ。」
アキラは慎重にステアリング握りながら少しずつ加減していった。
(焦ったら、負ける、ビビりそうになったらブチ切れればいい)自分に言い聞かせながら、昨日話を聞いとけば、こんな事にならなかったと自分を責めていた。
「由美先生、だいたいの様子はわかったと思うけど、ショウタは酒井のおばさんと喋ってるとこ見られてるからな。」だから危険だと言う言葉を飲み込んだ。
「大丈夫よね、ショウタくんは特別な子だから。」由美の言葉の後、無言が続いた車。、流れの良い東名高速、クラウンは目立たない走りで、厚木ICをクリアした。ケンジがつぶやく。「家と別荘、取り上げてもたんない借金てどこまで行くんだろう。」灰皿でタバコを消したアキラ。「最後は保険金かな。」
ー7-
洗濯、掃除を終え、リビングで二杯目のコーヒーを飲み干し、またタバコに火をつけた。
子供の行方不明と闇金とアキラは、どう絡まっているのか、分からないから、母優子は気になってしょうがない。青木にもう一度電話しようと、携帯電話を見つめた時、着メロが鳴り出す、ジョージ・マックレーのロックユアベイビー、慌てて耳に当てると待っていた当人だった。「優子ちゃん待たせたな」青木の話では、やはり闇金の追い込みに巻き込まれ、子供が誘拐された。山王の自宅は空家で伊豆の別荘に連れて行かれたらしい。
「まあ、関西の事務所に持って行かれたら、うちでも手出しはできんしな。」アキラとケンジはそれを追って伊豆に向かっている最中だ。「アキラはうちの武史の後輩らしいよ、心配なら迎えに行かそうか。」迷うことなく優子は「お願いできるかな。」と答えていた。「よしゃあ、すぐ行かす。」気が短い青木のすぐは本当にすぐだ。慌てて革のパンツスーツに着替え、ローヒールをつっかけた。シャネルのバック片手にマンションの玄関から出ると、小型のトラックが止まっていた。「あ、どうぞ武史です。」
(え、何これ)驚く優子。それを悟った武史は、「まあ、どうぞ急ぎますから、話は中で。」ドアを開けて三人席の真ん中にズレる。運転席には短髪を立てた、色の黒い男がハンドルを握っている。二人とも作業服だ。「それじゃ行きますよ、俺は功介、大森一中だからアキラの三年先輩だね。」
優子が乗リ込むと、車をスタートさせながら自己紹介をした。「武史は同級生、で、このトラックはエルフていうんだ。」エンジンをフルチューンナップしてあって180kmは楽に出るらしい、そしてエアサスは乗り心地も悪くない。「青木の兄貴が言うにはね、関西には連れてかないでこっちでカタ付けるじゃないかってさ。」武史が青木からの情報を話す。西の連中は5人、車は550ベンツ1台と酒井のゴルフだ。別荘の位置も確認できている。エルフは功介のスムーズな運転で、気がつくともう環八から東名高速に入っていた。武史が足元のクーラーボックスからスーパードライを3本出した。「どうぞ。」
優子も貰ってプルトップを引いた。高速では中央車線を走るが、前車に追いつくと右に追い越し、中央に戻るを繰り返していた120kmは楽に超えている。バージニアスリムライトをくわえた功介、「このスピードで走れば、伊豆の手前、沼津くらいでアキラ達に追いつくと、思いますよ。」火をつけながら、禁煙じゃないからと、煙を吐き出すと同時に、頭上の空気清浄機が動き出す。厚木、二宮、大井松田インターの看板を通り越していく。スーパードライを飲み干した優子もクールに火をつけた。「ケンちゃんと喧嘩したみたいで、一週間ぐらい会わないでいて、今日電話が来たらいきなり飛び出しってたんですよ。」
エルフは御殿場インターを過ぎ、左にウインカーを出す功介。「それで、ほってるうちにこんな事になって、アキラは責任感じてるのか。」料金所をetcでクリアしてR246に切り替える。左のウインドウを下げた武史。「アキラはそんなに無茶しないんじゃないかって、族の後輩が言ってたよ。」
R414に変わり、沼津市内に入ったところで、前方を走る黒いアスリートを見つけた。スピードを落として車間距離を大きく開ける功介、車はまばらにしか走っていない。「居たな、出来る事なら、顔を合わさない方が良いですよね。」うなずく優子だった。
ー8-
沼津の街中を抜けて、別荘地へ進むクラウンアスリート、カーナビを頼りにハンドルを左にきるアキラ「この坂上がった右側みたいだな。」うなずくケンジ「手前か回り込むかして、歩いて見に行った方がいいよね。」怒りの表情の由美は「子供を誘拐なんて許せません。警察に電話しましょう。」真剣な顔がまた可愛いなあと思いながら、我に返ったアキラ。「とにかくショウタの無事を確認しないとな。」
と言った時、前方右側の崖を黒色のゴルフが後ろ向きに落ちてきた。「やべーェ、あれだ。」
クラウンをバス停に突っ込んで、運転席から飛び降りるアキラ、ケンジと由美も続いた。
ゴルフは左右、前後に揺れながら、大小の段で弾みながら加速してい。、大きくバウンドした時に、衝撃で左のドアが開きショウタが回るように飛び出した。運転席にはシートベルトで縛りられた女性が一瞬見えた。回転したゴルフは逆さになり、地面に叩きつけられ爆発した。
「車と先生頼むぜ、手出すなよ。」ガードレールを飛び越え走り出したアキラ。顔を見合わせるケンジと由美だった。唖然としたケンジだが気を取り直し、クラウンの運転席乗り込む。由美もサイドシートに滑り込んだ。イグニッションキーを回し動き出そうとハンドルを切ろうとした時、前方からシルバーメタリックの、ベンツ550が夕日を浴びながら降りてきた。クラウンには目もくれず500mくらい通り越した所で止まり、柄の悪そうな男たちが4人降りて崖下を見ていた。ケンジは気づかれないよう、静かにクラウンアスリートを出し、ミラーで男たちを見ている。その時、一人が指をさし何かを叫んだ後、次々とガードレールを乗り越え崖を降って行った。
「見つかったみたいだ、回り込むよ。」坂を上り右にハンドルを切るケンジ、遥か彼方でベンツ550も左折し姿を消した。崖を転がる様に走り降りて来たアキラ呼吸が荒い、俯せて泣いているショウタを起こした。「大丈夫か。」肩を掴むと、くしゃくしゃの泣き顔でショウタが「アキラ兄ちゃん、おばちゃんが。」と抱きついてきた。「わかった、だけど今は逃げないと、歩けるか。」左の足首をさすりながら。「痛いんだ」靴下を下げて見ると、紫色に腫れている。「ヨシ、早くオブされ。」後ろを向いて、ショウタを背負った、立ち上がり振り返ると、人相の悪い男たちが崖を降りて来る。しかし運動不足が一目で分かる。「行くぜ、捕まるかっーの。」ショウタを背負い走り出したアキラ。森林に向かって突き進む、その時、後方でピストルの銃声が三発した。「マジかよ、卑怯な奴らだな。」木をかわしながら進んでいるアキラの足元の土が爆ぜた。夕暮れの森林の中視界が悪く、土はぬかるんで足場が悪い。何度も足を取られ膝をつく、膝から下は泥だらけだ。「ショウタ、痛いか。」アキラの肩を握り直したショウタ。
「うん、大丈夫。」我慢しているのが、背中から伝わってくる。(絶対助けてやる、このレースは負けらんねえ。)また銃声がした、右の樹木の革を銃弾が切り裂く。完全に陽は沈み暗闇に包まれたケモノ道をアキラは走っていた、飛び出した枝で何ヶ所か顔を切り出血している。「アキラ兄ちゃんごめんなさい。」笑ったつもりだが笑顔が作れなかったアキラ。「そんな事はいいつーの、俺たち仲間なんだから。」背中でショウタが、声を殺して泣いているのが分かる、首筋に涙の雫が垂れる、気づかないふりをしてアキラは走り続けた。
ー9-
功介の運転するエルフが、別荘地に向かい左折した時、すれ違いにシルバーのベンツ550が降りて来て左に曲がった。運転手一人、大阪ナンバーが見て取れた。交差点を曲がりきると、前方遥か向こう坂の上の方でクラウンアスリートが右に曲がっていくのが見えた。
「どうなってんだ。」右側の崖下から煙が上がっている、バス停にエルフを突っ込み、功介が降りていく。武史と優子も続いた。ガードレールまで行き燃え上がるゴルフを見て功介が言う。
「あら、ひでーな。」武史が指をさし「功ちゃん、あそこ」森林の方向に子供をおぶって走っているアキラらしい男、その後を追う極道物が四人拳銃を持っているようだ。「そうゆうことか。」車に戻りアシックスニューヨークに履き替える功介、ダッシュボードからガムテープを2本出し腕輪の様に両腕にはめる。運転席の後ろから束ねたロープを出す。その時下で三発の銃声がした。「急いだ方が良さそうだ。」うなずく武史、功介の顔が引き締まり鋭くなっている。
「で、俺は。」ロープを肩に担いで功介「武史が見られたら西と戦争が始まっちまうよ。車でクラウン追ってくれ。」言い終わると、ガードレールを飛び越え崖を走り降りていく。胸の前で手を組んだ優子が「あの人は何。」武史が、すかさず答える「運送屋さん。大丈夫さ、功ちゃんなら。」功介は崖を降り足音を殺して森林に入って行った。樹木の間をすり抜けるように進んで行くと、右側の前方に小太りでスーツを着た男が、拳銃を片手に歩いているのが見えた。(マジかよこいつ)
音を立てず小太りの後ろに近づいた功介は、肩に担いでいたロープをフルスイングで後頭部に叩き付けた。突然の衝撃に小太りは拳銃を放り出し頭を押さえた、前屈みになったケツを思い切り蹴りつける。
大木に顔面から突っ込んだ小太りは鼻血を出してのたうっている、みぞうちを蹴飛ばしてから、仰向けにして後ろ手にガムテープで縛る、足も同じに縛りテープを一本使ってしまう。落ちていたS&Wを背中のベルトに差込み歩き出した。(後、三人か)音を立てずに低姿勢で走る、功介は左前方に、長身、猫背、痩せぎすの男が歩いているのをを見つけた、右手にはワルサーPPKを構えている。
後ろから近づき、二重にしたロープを首に回すと力任せにねじった、長身は後ろに引き倒されワルサーを放り出し、首に巻き付いたロープを外そうとあがいている、功介は両肩に足を乗せ引っ張る。数分後、白目を向いて口から泡を吹く。長身をガムテープで縛り上げた、脈が有るのを確認してから、ワルサーをサイドポケット突っ込み歩き出した。(後二人か、間に合うかな。)
日が落ちて暗闇に包まれた森林の中、前方で落ち葉の上を滑るような音がした、静かに近づいて見ると、中肉中背のジャージ姿の男が下り坂で、足を踏み外したようだ。すかさず功介は崖を飛び、起き上がろうとしている中肉男の胸に体重を載せた膝蹴りを食らわす、肋骨の折れる嫌な音がした。あがいている男の顔面を数発殴るとおとなしくなった、手早くロープで縛り上げ、横に落ちているトカレフを左のサイドポケットに突っ込む。
(後一人だ、アキラ頑張れよ)立ち並ぶ木々の間から点々と道路灯の明かりが見えてきた、功介は立ち止まって、耳を澄まし動く影を探した。かすかに足音が聞こえる左の方向に走り出す、近づくと足を引き摺る様に走っているのが分かる。少し進むとアキラが子供を背負って走る姿を見つけた、その後ろには茶色のスーツを着た大きな男がライフルを片手に忍び寄る。
大男がアキラを狙ってライフルを構え足場を固めている、それを見た功介は慌てて、ベルトに刺してあったS&Wを大男に向け狙いを定める。(ふざけるなよ。)一瞬時間が止まった、銃声が二発続き、大男は後ろから右肩を打ち抜かれ、バランスを崩したライフルは空に向いて弾丸を射ち上げた。肩を押さえてのたうつ大男の頚動脈を蹴りつけライフルを奪い取る。(後はベンツか。)
戦力の無い大男はほっておいて、介は走り出した。
ー10-
泥濘に足を取られ何度もつまずくアキラ。息が上がって、汗で体が冷えてくる。
森林を抜け出た所で、いきなり後で銃声が二発響き、驚いたはアキラ、道路灯の影になるように県道脇の草むらに、ショウタを下ろし隠れた。「アキラ兄ちゃん、怖い。」ショウタを囲うようにしてアキラは「大丈夫、すぐケンジが来てくれる。」アキラが携帯を掛けるとケンジがすぐに出た「どこ」
ほっとしたアキラ「県道脇の草むらに隠れてる。」エンジン音で聞こえにくいケンジの声「110しといた、すぐ行くから、無事。」ようやく笑顔になれたアキラ「モチ。」
携帯を切った後ショウタを、抱きいめるように隠れている、少し待つとクラウンアスリートが目の前に止まった、リアシートにショウタを押し込み、アキラも這うように乗り込みドアを閉めた。由美先生が振り返り「大丈夫。」と泣きそうな顔をしている。二人を見てケンジも声をかける「大丈夫か。」リアシートに横たわったアキラ、「運動不足のヤーさんは全部振り切ったぜ。」クラウンアスリートが動き出しT字路の手前まで来た時に、シルバーのベンツ550が左折して来た。運転している男と目が合った、にらみ合う。ベンツ550が右にハンドルを切り完全に道を塞いだ。ケンジが仕方なくクラウンアスリートを止めると、ベンツ550から相撲取りのような男が降りてきた、右手にはコルトBBを構えている。「皆んな伏せて。」ケンジが言った時、サイレンを鳴らしパトカーが曲がって来た。同時に後ろからもパトカーが降りてい来る、挟みうちだ。
引き金に手をかけたが、諦めた相撲取りはコルトBBを地面に置いて両手を上げた。
功介は手前に有った、潰れたドライブイン後で武史を待っていた。パトカーが猛然と走っていき、その後にエルフが来た。3丁の拳銃とライフルを荷台の工具箱にしまう「青木さんにお土産が出来ちゃたな。」功介は苦笑いをした。パトカーに挟まれた相撲取りのような極道者が、両手を上げているのが見える。エルフの運転席の武史が「あの相撲取りが五人目。」助手席に乗り込む功介「そう、五人目がホールドアップでゲームセット、行こうか。」エルフが反対方向に動き出した。「たいした奴だよアキラは、子供を背負って休みもしないで走りきったんだから。」中席に座る優子が頷く、瞳に涙が溢れそうだ。涙は苦手な功介は。「伊豆の土産ってなんだろうな。」クーラーボックスからバドワイザーを出し配る、プルトップを引き一口飲んでからバージニアスリムライトに火を付けた。ハンドルを切りながら武史「わさび漬けか干物かな、道の駅に寄ろうか。」湿っぽい空気はタバコの煙と一緒に窓から吹き飛んでいく。
ー11-
大森銀座は今日も賑わっている、事件から三日立った昼過ぎの八百岡本、真由美と秀夫は店をケンジにまかせて、町内会のバス旅行に出かけている。
店の中では由美先生とショウタが、トマトをザルに並べ、形の悪いのを探し出しては笑っている。
店の奥、台所の入口でアキラとケンジがスーパードライを飲んでいる。バージニアスリムライトに火を付けたアキラ。
「警察の事情調書の時聞いたじゃん、追いかけて来てたはずのヤクザが、森林の中のあっちこっちでガムテープとロープで縛られて転がってたって、それも皆んな丸腰だって言うからおかしいよな。」
ケンジがスーパードライをあおる「確かに銃声してたよな。、ガムテープとロープを使うのは運送屋さんと言えば。」
アキラが続ける「功介さんと武史さん来てたのかな。それに俺んちの今日の朝飯、静岡土産のアジの干物にわさび漬けだぜ、どうなってるんだろう。」
買い物に来た中年のおばさんがショウタと由美先生を見て「可愛いお子さんね。」と言って微笑んでショウタの頭をなぜた、すかさずケンジがからかう
「て事は、この店の主人、俺が旦那さんてか。」真顔になったアキラが立ち上がってケンジの首根っこを掴んで振り回す「てめえコノヤロウ。」冗談のつもりだったケンジもマジになりつかみ合いのケンカが始まる。「何オーてめえ。」
笑顔だった由美先生が呆れ顔で側に来た「あなたたちいい加減にしなさい。」ゲンコツを喰らう二人、それを見ていたショウタの笑い声が大森銀座に響く。