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 海堂竜人は、フェリーの甲板の手すりに腕を預けて、ぼんやりとしていた。辺りはすでに暗く、夜風が竜人の頬を優しく撫でる。遠くの島で灯る小さな明かりは、夜の闇にキラキラと光り、美しい夜景と化していた。その夜景をしばらく眺めていた竜人だが、それに特別な感情を抱く事も無ければ、興味も持つ気には慣れなかった。

 ふと、一粒の滴が頬を伝った。夜景がぼやける。涙かと思ったが、その滴は雨だった。視線をあげると、分厚い雨雲が空を覆い隠しているのが分かる。雨は一滴一滴、確実に竜人の体を濡らし、程なく激しい通り雨を降らせた。やがて、それまで甲板にいた乗客は雨から身を守る為に船内に入ってしまった。竜人の母、桐子もその一人だった。母親が何度呼びかけても、竜人はてこでも動かない。仕方なしに桐子は歩みよろうとしたのだが、夫である茂雄の竜人に対する気遣いにより、肩を抱かれたまま行ってしまったのだ。

 濡れると分かっているのに、竜人は手すりから身を乗り出し、雨が海に落ちて行く様子を見ていた。しかし、海は真っ暗な闇と同化していたので、目を凝らしてみるのがやっとだった。竜人は顔に冷たい雨が当たるのにも構わず、夢中になってそれを見続けていた。

 だから、背後から近づく影に気づく事ができなかった。

 竜人は頭の頭部の辺りでガツッ、という鈍い音を聞いた。目のまえで極彩色の火花が散ったが、辛うじて体勢を保つ。ドクドクと生暖かい液体が目にかかり、視界を赤く染めた時初めて、その音の正体が分かった。頭を割られたのだ。驚くぐらい瞬時に状況を把握したせいで、竜人はパニックに陥ってしまった。止せばいいのに血を手で拭おうと手を離した。案の定である。竜人は見事にバランスを崩され、その身は宙に放り出された。

 それは、ほんの一瞬の出来事だった。真っ暗な闇との距離が縮まり、その身体が海に落ちる前に、竜人は気を失った。もう竜人には、落ちているのか、上を向いているのか、逆さになっているのかも分からない。夜の海の静かな波は、そのまま竜人をどこかへ連れ去ってしまった。雨は、その暗い波に、大粒の滴を流し続けた。


 もしあの時、桐子が茂雄を振り切ってまで息子を船内に入れていれば、こんな事にはならなかっただろう。しかし、息子が海に落ちた事も知らずに、悠々と茂雄とともに酒を飲みながら今後に付いて話し合っていた。顔いっぱいに笑みを浮かばせて。

 それから、自分の息子がいない事に気づくのは翌日の朝だった。



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