「私の婚約者に色目を使わないで!」とビンタをされましたので
「私の婚約者に色目を使わないで!このアバズレ!」
振り抜かれるブレイナの右腕。バシンと大きな音が校舎裏に響きわたる。冷たい空気に触れ、左頬の表面がヒリヒリと痛む。
私は顔を正面にゆっくりと戻し、若干身長の低いプレイナを細い目で見下ろした。ブレイナは私の瞳に一瞬ビクッと肩をふるわせると、顔を振って思い切りにらみ返してきた。
「――私、あなたの婚約者に色目を使ったことなんて、一度もないわ。そんなどうでも良いことで暴力をふるうために、私を呼び出したのかしら」
「嘘言わないでよ!私見たのよ!あなたがブルグド様と話して、笑い合っている所!」
「……天才的な言い分ね。クラスメイトと話して笑う事が禁止されている世界、なんて生きづらそうなのかしら」
「お黙りなさい!あなたの魂胆は分かっているのよ!ブルグド様が格好いいから、ワンチャン狙っているのでしょう!この雌豚!」
私が豚ならあなたは馬と鹿のハーフかしら。格好いいだの格好悪いだの、そんな次元での恋愛が許されるのは平民だけでしょうに。ブレイナは平民のような純粋な心を持たれているのね。感心なことだわ。
「とにかく!二度とブルグド様に近づかないことよ!もし次話していたら、ビンタ程度じゃ済ませないわ!」
「へぇ、一体何をされると言うのかしら。楽しみでお昼寝がはかどりそうだわ」
「……あなた、反省していないわね。いいわ。少し体験させてあげる」
ブレイナは両手で私の肩を突き飛ばす。思ったよりも強い勢い。私は手と尻を地面にくっつける事となった。
「私はね、力が強いのよ。ぬるま湯で育ってきたあんたとは違う。幼少期から騎士団に混ざって鍛えられていたの。――あなた長女でしょう?あなたには分からないでしょうけど、四女ぐらいになると嫁のもらい手もなくなってくるの。だからやりたくもない訓練で力をつけるしかなかったわ」
ブレイナは一度言葉を切り、昔を思い出したのか、空を見上げた。
「それで?まさかどうでもいい昔話を延々と聞かせられるのが、私に課せられる罰なのかしら。それは結構堪えるわね」
「お黙りなさい!――そんな私を救ってくれたのがブルグド様なのよ!『優しいところが好きだ』と言ってくれて、私を地獄の底から救ってくれたの!」
「わぁ、おめでとう。――それで?もう帰っていいかしら?」
「だからね、私、ブルグド様に近寄る蝿はちゃんと処分することにしているの。あなたもよイリア!」
ブレイナはそう言うと、地面に座っている私の肩をさらに押し、上半身を土に叩きつける。そのままの勢いで私の腹に馬乗りになった。ブレイナの体重が腹部にズシンとのしかかる。
「あら、あなた小柄なのに案外重たいのね」
「黙れ!その余裕そうな面、今涙でぐしゃぐしゃにしてあげるわ!」
ブレイナが右手を振り下ろす。両腕を顔の前に挙げてガード。でも、そんなのお構いなしにビシバシと上から殴りつけられる。その暴力の前に、私はなすすべがない。顔に腹に、乱雑に攻撃がたたき込まれ、痛みが体を覆った。
「……ブレイナ?」
私の足下、つまり馬乗りになっているブレイナの背後から男性の声がする。
やっと来たのね。重役出勤にも程があるわ。
「ブ、ブルグド様。こ、これは違うのです!」
ブレイナが声のした方に振り返り、思い切りうろたえる。それはそうだろう。そこにいたのは最愛のブルグド様なのだから。
「何が違うと言うのだ!」
「ブルグド様をお守りしようと……」
「僕はそんなの頼んでいない!何をしているんだ君は――」
ブレイナは私の上から飛び退き、横の地面に正座した。彼女は目から鼻から、ありとあらゆる液体を垂れ流していた。ブルグドも顔を俯かせ、目元が光ったように見えた。
私はゆっくり起き上がりながら自分に付いた土を腕で払う。口の中が切れていたので、血をペッと吐き出した。
「こんなことしなくても良かったでしょうに。馬鹿な子」
私はポツリとつぶやいた。
******
ブレイナはその後生徒会に引き渡された。厳正にして公正な生徒会長殿が、規則通りの裁決を下すことになるだろう。
勘の良い方は気が付いているかも知れないが、ブルグドを呼んだのは私だ。もともとブレイナのゆがんだ愛情は噂話として聞いたことがあったので、保険として少し時間を遅らせて校舎裏に呼び出していたのだ。
我ながら良い判断だったと思う。――思うのだが、最近困ったことがある。生徒会長に目をつけられている気がするのだ。いつもどこからか視線を感じ、振り返るとそこには生徒会長がいるのだ。私は何も問題を起こしていないと言うのに。自意識過剰だと嬉しいのだけれど。
はぁ、また面倒な事に巻き込まれるのかしら……
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