棺のいらない恋
「ねぇ、私のどこが好き?」
そんな彼女からの何気ない問いかけがキッカケだった。
たまたまフリマアプリで知り合い、住所地が近かった事から
直接近くの駅で会って商品の受け渡しをする事になった。
とても珍しい海外のアーティストのCD。
国内で好きなのは自分くらいかと思っていたら、
まさか同じ県内で同じくらいの年代の女性が。
本当はもう代金は受け取らなくても良かったのだけど、
タダにしてしまうのも変な話なので、一応受け取った。
その後、フリマアプリの受け取り評価から、
彼女からのコメントがあった。
「とてもレアな名盤を大切に保管されており、
アーティストに対するリスペクトを感じました。
まるで私に渡す為に大切にして来てくれたような、
とまで言ってしまうと言い過ぎかも知れませんが、
商品を通じて人間性までがわかるようでした。
最高の出品者様でした。もちろん最高評価です。
また、似たようなマニアックな趣味が合えば
その時にはよろしくお願いします。」
正直、フリマアプリの単なる評価コメントにしては
あまりに熱が入り過ぎている。
直接会った事で特別感があるのかも知れないが、
こうした事は僕自身も無い事では無かったので
彼女の熱量には心を打たれた。
しかし、それ以降は全く連絡は来ず、
直接の連絡先も交換しなかった為、
人に対する感謝の念が強い人なのだ、
と自分を納得させていた。
次の転機は4か月後だった。
昔に古い家具町で買ったアンティークの椅子があったのだが、
何気無く応募した懸賞で最新のゲーミングチェアが当選し、
コレを例のフリマアプリに出品した所、
またあの女性からの購入があったのだ。
とは言え前回のCDと違い、大物の家具だ。
さすがに駅で受け渡しと言うわけには行かない。
そもそもあちらは僕の事など覚えているのだろうか。
彼女から取引メッセージが届いた。
「お久しぶりです!
ずっと探していた私の大好きな海外ブランドの
1点モノの椅子が出品されていると思い、
即購入を決意したのですが、まさかまた
あのCDを購入したあなたの出品とは・・・。
もしご迷惑でなければ、
おウチまで取りに伺わせて頂いてよろしいですか?」
どうやら彼女は覚えてくれていたようだ。
しかし、うちに引き取りに来るとはどういう事だろう。
自家用車か、レンタカーか。
それともまさか、徒歩で来てそのまま抱えて帰るのか!?
僕はその引き取りの方法を聞いた所、
「徒歩で行き、そのまま持って帰ります。」
との事だったので、それならばと
レンタカーを借りるから直接お持ちします。
代金と別にもしご迷惑で無ければランチでも頂ければ
それを送料の代わりとさせて頂きますと返信した。
彼女からの返事はすぐに来た。
願っても無い事だとの事で、何となく僕は
単なる取引以上の何かになるんじゃないかとの期待から
少しデートを意識したようなカッコ付けた服装で向かった。
彼女の住所は大まかには地図アプリで確認したが、
あまり事前に調べ過ぎるのも気が引けた為、
具体的な場所については当日のお楽しみとしていた。
そして当日、6時間プランでレンタカーを借りた僕は椅子を車に乗せて
指定された住所地へと向かった。
特に何の変哲も無いマンションが密集した一人暮らし向けの町だった。
近隣のパーキングに車を停めて、電話をかける。
「もしもし、今近くのコインパーキングに着きました。
ここから歩いてそちらに向かいましょうか?」
すると僕の背後にあるレンタカーに何かが当たり
「コンコン」と音がした。
振り向くと、そこにはあの女性が笑って手を振っていた。
「フフ、お久しぶりです。この駐車場に来ると思って、
ずっと待っていたんです。
途中で停めようとする車があったから、予約済ですって言って
追い返しちゃいました。」
おどけてみせるその顔に僕の緊張もほどけて、
「えー、それちょっとかわいそうじゃないですか?」
と、こちらも少しからかうような感じで返した。
何だか、こうした時には案外とすんなりと行くものだ。
もちろん2回目ではあるのだが、前回それほどまでに
込み入った話をしたわけでも無いのに、この距離感。
向こうだって何かを期待しているのかも知れないが、
それはこちらだって同じだ。
だけど急に距離を詰め過ぎてそれが壊れるのは怖いから、
少しずつ様子を伺う。
「とりあえず、部屋までお持ちしますね。」
木彫りで、中々に重量のある椅子のため、
実際に持ってみるとこれが意外に重かった。
こんなものを徒歩で来て持ち帰る事を想定していた女性に
「コレ、結構重いから徒歩で来てたら詰んでましたよ。」
と言うと、
「えー、でも私結構体力あるから、休み休み行けば
何とかなるような気がしますー。」
と答えた。
何気ないやり取りが自然で、心地よかった。
彼女もそう思ってくれているのだろうか。
僕は、一歩踏み込んでみる事にした。
「でも、カレンさんって気さくな方ですよね。
僕、初対面でこんなに打ち解ける事って無いですよ。」
「あら、それは私もそうですよ。
購入したものからもわかる通り、私って少し変わってるから、
あまり深い友達とかもいませんから。
いわゆるキョロ充みたいな、周りの目をうかがいながら
どう立ち回るかを考えてる日常です(笑)」
「あー、それわかります、僕もですよ(笑)」
自然な笑顔と心からの共感。
あぁ、この人なんだ、と思った。
部屋に着くと、シンプルな中にこだわりのある、
良い意味で自分らしさを追求した部屋だった。
よく心理学なんかの本で、部屋はその人の鏡だと言う。
そうであるならこの人は、自分を大切にしている人だ。
そういうタイプは案外嫌いじゃない。
「あ、椅子、そこに置いといて下さい。」
キッチンに向かった彼女が言った。
そしてそのままケトルからお湯を注ぎ、
ハーブティーを僕に差し出した。
「あの、もしよろしければどうぞ。
重いものをお運び頂いてお疲れかと思いますので、
少しリラックスして頂ければと思いまして。」
ティーバッグは自分で茶葉を入れるタイプで、
彼女らしいこだわりがありそうなものだった。
僕は聞いた。
「お好きなんですか、ハーブティーとか。」
「えぇ、普段人と付き合うのに疲れて帰って来た時、
浄化の意味合いでオリジナルハーブティーを飲むんです(笑)
まぁ実際に、他人との接触って悪いものも貰っちゃうじゃないですか。」
何となく、言わんとしている事はわかったつもりだった。
「あぁ、でもそれを言えば僕だって、その他人なんですが(笑)」
彼女は少し困りながら言った。
「えっと、レオンさんは別、って言うか・・・、あ、
レオンさん、もし嫌でなければ本名は何でしょうか?
何だかこうしてリアルにお会いしてるのにいまだに
ネットネームって言うのもおかしいかな、って。」
「あぁ、僕、空人って言います。
名前の通り、飛行機とか好きなんで、親グッジョブって感じで。
カレンさんも、もしよければ聞いても良いですか?」
「あー、えーと、私は、その・・・
理琉花と言います。」
一瞬、彼女も距離の詰め方に戸惑いが見られた。
そりゃそうだ。別にネットネームのまま呼び合っても
直接取引とその後の食事くらい、困る事はほぼ無い。
それを本名を聞いて来たと言う事は、こちらも期待してしまうわけで。
「へぇ、りるかさんかぁ、可愛らしいですね。」
「あ、ありがとうございますっ。あ、あの空人さんも、
カッコ良いと、思います・・・。
あ、何か、告白みたいになっちゃった。
私、何言ってるんだろう・・・・。」
「・・・・。」
「・・・・。」
暫くの沈黙。
彼女の好意は明らかだ。
だけど、いきなり距離を詰め過ぎてしまえば拒否された時に
次に繋げる言葉が見つけ辛い。
「りるかさんみたいな人なら、僕、良いですけどね。
何かそこら辺の量産型みたいな子達よりもシッカリと
中身があって自分があるって言うか。」
「えー!?そ、そんな風に言われた事、あー、
いや、変わった子、とかはよく言われますけど、その・・」
ええい、ダメだ。
このまままどろっこしい会話を続けていても多分埒が開かない。
ここはハッキリと、言ってしまおう。僕はそう決意した。
「あの、りるかさん、もし良ければ、これからも、
たまに会いませんか?家も近いですし、趣味も合うみたいだし。
何より、りるかさんの人間性が凄く良いなと思います。」
人によっては、いやいや早すぎるだろう、とツッコむ所だろう。
だけどこういった事は、ある程度勢いも大事だ。
ダメならダメで、元々なのだ。
「えっと、その、まだ心の整理が付いていないんですが、
そらとさんさえ良ければ私も、その、定期的にたまに遊んだりとか
えと、オシャレなカフェ、とか、行ったり?しましょう、か?」
まだ少し心の整理が付いていない感じだけど、これはOKだろう。
こうして僕は、彼女と定期的に会うようになった。
それから、約1年━。
もうすっかり恋人らしくなった二人。
手だって普通に繋ぐし、一通りの恋人らしい事もやっている。
そして遊園地デートの際に言われたのが、冒頭のセリフだ。
「ねぇ、私のどこが好き?」
「んー、全部って言いたい所だけど、それじゃ納得しないだろ?」
「うん、ちゃんと全部、具体的に挙げていって?
100個は見つけてくれないと、ジェットコースター10回ね。」
「いやいや、勘弁してくれよー、本当絶叫系は無理━
パァーーーーーンッ!!!!!!!!!
突然の銃声。
悲鳴を上げる人々。
咄嗟に振り向いたら、メガネの冴えない男が銃を持っていた。
逃げようと彼女に言う為、肩を持った。
いや、持てなかった。
ドサッと言う音が隣でした。
彼女が膝から崩れていた。
え?
頭の中は0.5秒で理解と逃げなきゃと、彼女が撃たれた?と言う、
ワケのわからない事を瞬間的に理論立てて組み立て、今一番に
すべき事を弾き出そうとするが、最適解なんてわかるわけが無い。
僕は逃げもせずに、すぐに彼女の肩を抱き寄せて、名前を叫んだ。
「りるかーーーー!!
大丈夫か!?」
彼女は一瞬、何が起きたのかわからないと言うような驚いた顔をした後、
少しずつ目が閉じる。
「りるか!?りるか!!おい、死ぬな、りるか!!」
俺は蘇生を試みる事すら出来ず、ただその数秒、彼女を揺さぶり続けた。
銃を持った男は自らのこめかみに銃を突き付けて自〇した。
しかし僕にとっては今はそんな事はどうでも良かった。
りるかを、りるかを、いや、大丈夫だ。
絶対に僕がりるかを、死なせはしない!!
すぐに心臓マッサージを始める。
しかしそこへ威厳のある50代の男性が走り寄って来る。
「キミ、彼氏か。マッサージは私が行う。私は救命士資格がある。
キミはすぐに病院に連絡を。それと周りの人を巻き込んで、
園の救護班も要請して貰って。すぐだ!冷静に、すぐやって!!」
僕はワケがわからず、とにかく指示に従いやる事をやって行った。
正直この時の事は覚えてはいないが、男性の指示があったから、
一通りのやるべき事を冷静にこなせていた。
しかし頭の中は空虚に何も考えられず、ただ目の前の事をこなしていた。
やがて夕暮れ、到着した救急車に乗り込みながら僕はりるかの隣でずっと
手を握り続けた。
しかし彼女の手はみるみる冷たくなっていった。
「何故?何故りるかが?あのりるかを撃った男は自〇していた。
この何故?は、わかるのか!?」
冷静さを欠いた中でもただひたすらに心臓がドクドクと蠢き、
僕はりるかが息を吹き返す事だけを祈り続けていた。
やがて、緊急手術室に入る彼女の担架を見送りながら、
僕は予感していた。
もう彼女は助からない。
ここからの奇跡の生還が無いのなら、せめて、
この手術の時間の間だって、彼女の側にいたい。
しかしそれは叶わず、やがて1時間後、医者が出て来た。
「申し訳御座いません。最善は尽くしましたが、彼女様は」
知っているよ。別に期待もしていなかった。
それでも最善を尽くしてくれた事にはお礼しか無い。
半ばヤケクソ気味に、「ありがとうございました!!」と言い、
一つ下の地下のエレベーターに運ばれる彼女の遺体と共に
僕は霊安室へと向かった。
この後、死に化粧とかがあるのだろう。
彼女のご家族が来るまでの時間が、りるかと二人でいられる時間だ。
返事の無い彼女はとても安らかで、僕は不思議な気持ちになった。
「なぁ、りるか。突然だったな・・・今はもう、どこも痛くないのか?
りるか、ごめんな、守ってやれなくて・・・。ごめん。
こんな頼りない彼氏と付き合ってしまったばかりに・・・クソ。」
こうして忙しい時間が終わり、ただ静かな空間に二人残されて初めて、
とめどなく涙が流れ始めた。
彼女のあの質問が頭に浮かんだ。
「ねぇ、私のどこが好き?」
そんなの、全部に決まってる。
今それを言えば、まだ天国に行っておらずここら辺を漂ってるりるかに
言葉は届くだろうか?それを願い僕は独り言を呟く。
「どこが好きかなんて、全部に決まってるだろ・・・。」
やがて病院の関係者やご家族が到着し、僕は彼女と二人の時間が無くなり
そして一旦自宅へ帰り、通夜や葬式の準備をする事になった。
そんな僕の元に、一人の男が訪れた。
「ピンポーン」
最初は一人暮らしのマンションのインターホンが鳴った。
りるかの家族だろうか?
だけどまたりるかの元に戻る事は伝えてあるのに、何故だ。
玄関の扉を開けるとそこには、50代くらいの紳士が立っていた。
「こんばんわ。夜分遅くに失礼致します。
わたくし、所属も名前も明かせないのですが、
りるかさんが生前に登録していた、スペアの体とAI意識を用いて
彼女をこの世に復元する事を意図した、まぁ現段階ではあくまで
『実験』に過ぎませんが、いかがでしょうか。彼女の遺志を継ぎ、
復元されたりるか様の親元になっては頂けませんでしょうか。」
僕は突然の申し出にワケがわからず、頭がフリーズした。
それからしばらく丁寧な説明を受けた。
僕が理解した事を挙げると
・りるかは生前、自分の細胞と意識をこの研究団体に実験体として
提供していた。
・この団体はどうやらネットの深い部分、アンダーグラウンドにある、
ディープウェブ?だかと言う特定の人しか見られない所で、
最新の学会にすらまだ上がっていない、いや倫理的に議題にすらならない
個人の完全復元再生を研究しているらしい。
・りるかはこうした怪しい話が大好物だから、
見つけた時にコレだ!と思い、登録してしまったのだろう。
と言う所だった。
ただでさえ彼女の急な死によって頭がグチャグチャな所にこんな話、
上記を理解しただけでもまだ、冷静だったと思おう。
りるかが、復活する・・・。
だけど彼女の意識や細胞を再生するって、それは同じりるかなのか?
いや、違うだろう?
「彼女の体にはマイクロチップが埋め込まれており、
そこからリアルタイムに彼女が体験した経験や記憶は蓄積され
それらのデータは同期している為、あなたとのデートも、
記憶として彼女の中には復元されます。」
本当によくわからない話だった。
だけど、もし違うのだとしても、試してみる価値はあるか?
いや、だけど復元した彼女は一人の人間になるわけで、
しかもりるかは死亡したと言う体で書類等は処理される。
復元したりるかとやらは、戸籍とかはどうするんだ?
「それは、我々の方で用意してあります。
孤児と言う形にはなりますが、彼女と同じ名前で、
まぁ勤務先等はまた新たに一から探す事にはなりますが、
彼女のこれまでの職業スキルの履歴もありますから、
転職先を探すような感じになりますね。
あまり時間がありませんから、私はこれで。
後日、早ければ明日の朝にでも、彼女はここに来ます。
どうか、同じりるかさんとして接して下さい。
彼女は ”りるかさんそのもの” ですから。」
ワケがわからない説明の後、男性は帰って行った。
早ければ明日の朝には?いやそんなの、じゃありるかの通夜は?
葬式とか、その間も、その復元したりるかは存在しているのか?
どうしろって言うんだよ。
今日はあまりにたくさんの事があり過ぎて、
僕は何かを思考する間も無く、そのまま眠りに就いてしまった。
「う、うん・・・。」
僕は朝日の光と遠くから聞こえる音に目を覚ました。
トントントントンと小気味よく響くそれは、包丁の音だ。
「あ、そらと!起きたんだね、おはよう。」
そこには、りるかが居た。
僕の好きな雑煮風の味噌汁を作る彼女。
りるかと朝を迎える時には定番の風景だった。
「え、あ、あぁ、復元した、りるか・・・・。
えっと、りるか、なのか?」
「あぁ、うん、複雑だよね。私だってそうだよ。
だけどね、私がした選択、決断だし、これはこれとして、
第二の人生を生きないとだな、って。」
彼女は雑煮風味噌汁と一緒に生姜焼きやポテトサラダも作っていた。
いそいそとテーブルに皿を運び、話し始める。
「今日、私のお通夜だよね。
うん、わかってる。私だって複雑だよ。自分が死んでるなんてさ。
だけど、私はここにいるの。すぐには受け入れられないかも知れない。
だけど、私は、りるかは、確かにここに居るんだよ。
ねぇ、いつかこの事実を受け入れられたら、また私の事、
好きになってくれたら嬉しいな。私だってまだこの現実、
飲み込めて無いんだけどね。だからこそ、不安なの。
だってあなたしか居ないんだもの、今の私を受け入れてくれるのは。」
いきなりこんな状況を受け入れるも何も、
そもそも今日の通夜をどんな心境で行けば良いのか。
だけど、昨日あの謎の男性から聞いていた話からすると、
このりるかは昨日のデートの記憶までの全てを持ち、
彼女の細胞から作られたりるかだ。
どんな技術を使ってこうなっているのかはわからないが、
じゃあこの存在は一体誰なんだ?と言えば、もうそれは
りるか、としか答えられないわけだ。
「僕、通夜に行ってる間、どうする?」
「そうだね・・・私も顔隠して、友人として行こうかな。
自分の死に顔を見るのってどんな経験かわからないけど、
私もそらとが見てる光景をちゃんと一緒に見たいから。」
「全然、違わないんだな。確かにりるかならそう言うし、
最初に会った頃から、りるかはずっとりるかだった。
そしてそれは今、目の前のりるかも変わらずにずっと、
りるかであり続けている。」
「まぁ、受け入れられないのはわかるよ。
私自身、正直、何だコレって感じだもん。
でもさ、悪い予感って本当に当たるよねぇ。
私、こうなるような気がしていたから、
あの怪しい団体に登録していたの。
こんな事そらとに言っても、
そんなの退会しろって言ってたでしょ?」
その通りだ。
りるかが殺される前の僕なら、そんなワケのわからないもの、
すぐに退会しろと言った。
だけど目の前のりるかは、どこまでも寸分違わず、りるかのままだ。
僕は警察に呼ばれて色々と聞かれたが、
そもそもりるかが恨まれていただとかトラブルとか、
そういった事が無かった事はりるかから聞いていたし、
今朝来たりるかもそう言っていた。
警察も怨恨の可能性は低く、どうやら犯人は困窮しており
社会へ対しての恨みから幸せそうなカップルを狙ったのでは無いか、
との暫定的な憶測を語ってくれた。
そしてその後僕は、りるかと共にりるかの通夜へと向かった。
「ねぇ、大丈夫かな?
これくらい隠したら、私だってバレないかな?」
色付きメガネにマスク、髪型も普段なら絶対にしないものにして、
メイクも変えた。声色は頑張って変えると言う。
「それじゃあ、行こうか。
あまり長時間いて違和感があるようならココに帰って来ても良いし、
僕も一緒に帰って来ても良いから。」
「うん、わかった、ありがとうね。だけど私、ちゃんと見たいんだ。
一度自分が死んだって事を、ちゃんとこの目で見たいの。」
「わかった、それじゃあ、行こう。」
通夜会場となった市民会館ではりるかの家族や親戚、そして同僚等、
りるかに縁のある人達が言葉を交わし、りるかを偲んでいた。
僕は受付で記帳をし、りるかは偽名を使った。
「あぁ、私が、・・・死んでる。」
りるかは僕にだけ聞こえるように静かに言った。
そしてそっと頬に触れて、ジッと見つめた。
「こんなに綺麗に死に化粧をしてもらって。
何か、私の一生ってここで終わっていたら、何だったのかな。」
彼女の今の複雑な心境は推し量るに余りある。
少なくとも意識は残り続けるとしても、
社会的な彼女は一度死んだも同然だ。
いや、むしろ。
このオリジナルの”畑山りるか”は甦ってはいけないのだ。
今僕の隣にいる”畑山りるか”は、同名の別人として生きるのだ。
だけどその中身は変わらず続いた意識だ。
「何か、さ。本当に実感無いなぁ。
あそこにいるお父さんやお母さんにも、
もうパパママって言えないんだね。
今の私が行っても、「同姓同名の激似の気持ち悪い人だ。」
りるかが寂しそうな顔をした。
そうだ、僕からすればりるかはまだ存在し続けるし、記憶もある。
だけどここに居る人達はそんな事は知らずに、
りるかはもう亡き者としてその死を悼んでいるのだ。
そうした視点に立って見た時、目の前で棺に眠るりるかに、
僕はどういう感情を向けたら良いのかわからなくなった。
亡骸・・・あくまで魂の入れ物?
いやでも、少なくとも僕の愛していたりるかはこの遺体で、
あの時まで一緒に笑い合って━。
「ねぇ、私のどこが好き?」
不意に、りるかが僕に聞いて来た。
いきなりの場違いな質問に即答出来ずにいると、
「ふふ、まぁ、霊安室で言ってくれてたんだろうなぁ。
知ってるよ、全部好き、でしょ?」
「あぁ、そうだよ。僕はりるかの全部が好きだ。」
「じゃあ、私が死ぬまで本当にずっと愛してくれるんだよね。」
「そうだね。こんな言い方はおかしいかも知れないけれど、
甦って来てくれてありがとう。
りるかの第二の人生の唯一のパートナーとして、
君を一生幸せにする事を誓うよ。」
━翌日、葬式が執り行われたようだ。━
ようだ、と言うのは、まだ恋人であった僕がそれに出席するのは
少しおかしいと思ったから、誘われはしたが行かなかった。
何より、今ここにりるかがいるのに、あのりるかの骨を見るのは
何だか心が崩壊してしまいそうだと思ったからだ。
あれから5年が経った。
結婚、の言葉がりるかから出るが、僕は違和感が蓄積していた。
僕しか頼るものがいない為仕方ないのだが、あまりにりるかが
僕にあらゆる事を頼り依存し過ぎる事に息苦しさや、僕自身、
あの当時はわからなかったのだが、正直飽きが来てしまい、
彼女の事を一生愛して面倒を見る、
という事に自信を無くしてしまっていた。
そんな折に、些細な事から喧嘩が始まった。
「私にはそらとしか居ないんだよ!?
それなのに数日も家を空けるとか、ヒドくない!?」
「りるかお前だって、もう一人の社会人として会社や
サークルに居場所があるじゃないか。
単なる独りぼっちじゃないんだから、自分の時間を楽しめよ!」
それは些細なものだった。
しかし、積もり積もった不満は思わぬ行動力を促してしまった。
このりるかの戸籍は作られたもの。
そうであるならば、彼女は存在していなくても本来は問題ないもの。
そうした鬱屈とした理論が頭の中で展開され、ついに僕は
後ろに隠し持った包丁でりるかを刺した。
しばらく争った後、彼女がようやく静かになった時、
その寝顔のような死に顔は5年前に見たあの顔と同じだった。
とは言え、人体は人体だ。
隠していれば、いずれはバレる。
僕はどうしたものかと衝動的にやってしまった事に後悔を持ちながらも、
それでも自分のやった事は間違ってはいないと独善を振りかざした。
そこへ、チャイムが鳴った。
「ピンポーン」
こんな夜中に、誰だろう。
するとそこへドアを開けてやって来たのは、
あの時りるかの復元を宣った初老の男性だった。
「あぁ、やってしまいましたねぇ。」
「ご、ごめんなさい・・・その、警察には言わないで欲しいんです。
僕には僕の事情が・・・。」
「えぇ、言いませんよ。
この遺体は私どもで持ち帰り、研究材料とします。
何せ彼女を実験体にしてから、様々な研究が進んでおりまして。
それで、だけどあなた、一生りるかさんを愛する、んでしたよね?」
「いや、だけどもう殺してしまったから・・・。」
「あぁ、その事ですが。」
男性の後ろから影がのぞく。
まさか・・・・・・・・・・・・・・・。
「こんばんわ、そらと君。りるかだよ。」
何と、彼女の復元体はまだ居たのか・・・!?
「一度殺された人は、二度目に殺される可能性も高い事がわかっていてね。
だから、彼女の復元は何体でも作れるように万全な体制にしているよ。
そらと君、彼女の事を”一生愛する”んだよね?」
僕は目の前が真っ暗になり、そのまま意識を失った。
誓いは祈りとなり、それは神に届く。
そしてそれはやがて現実となり
逃げられない呪いへと変化するだろう。
人を愛するという事は、その運命を背負う事。
自身へかけた呪いを呪いながら、
人は永遠に消える事の無い業の中を生きる。
そしてそれは終わらぬ連鎖となり、地獄が完成する。
これこそが人類に課された無間地獄の正体なのだ。
ー詠み人知らず。ー
終わり。




