第8話 第一層③
私たちが隠し通路を通り終えると、まるで逆再生するかのように崩れた壁が元通りに壁を形成していった。
このダンジョンでは、漁夫の利を許してはくれないらしい。
「お~、こんな風になるんですね。どういう原理なんでしょうか?」
「ダンジョンの構造なんてもの、わたくしに分かるわけがないでしょう? 五百年以上研究され続けて、まだ九割以上が謎に包まれている場所なのよ」
「ご主人様なら何でも知っているかと」
「買いかぶり過ぎよ」
「そうですか? 私の中では、ご主人様は世界最強のお嬢様であると専らの評判なんですが」
軽口を叩く私を、リゼットは半眼で睨んでいる。
しかし、そろそろ足を踏まれる程度ではご褒美になりつつある私は、若干期待に近い気持ちで彼女の反応を待った。
「いっそ斬りつけてやろうかしら。どうせ治せるものね、平民?」
(それは流石にご褒美にならないです……)
「あはは……ご主人様、靴をお舐めしましょうか?」
「……バカ言ってないで先に行くわよ」
呆れ顔で溜息をつき、リゼットは先へ進んでいく。
(おや、珍しく許された)
私は彼女の背を追って、ダンジョンの先へと進んでいく。
しかし、隠し通路を抜けてしまえば、第一層は終わったも同然。すぐ先に開けた空間が見えてくる。
その中央には、六芒星が描かれた石板のようなものが設置されていた。
ちなみにスタート地点にも似たものが用意されていて、ダンジョンの外に戻ることが出来るようになっている。
「転移魔法陣……これで一層は攻略したということかしら? 思ったよりも呆気ないものね。……いえ、貴方の洞察力のおかげかしら」
「えっ……」
予想外の素直な褒め言葉に、私は度肝を抜かれた。
(ど、どうしよう。なんか今日、褒められすぎて怖い……)
「その目は何かしら? わたくしは、良い働きには相応の評価をするわよ。その逆も、また然り、というだけでね」
なんでもかんでも褒められるより、たまにこうして功績を認められる方が喜びも際立つものだ。
私は、思わず心の中ではガッツポーズをとっていた。
「いつまでもこんな場所に用はないわ。今日のところは戻るわよ」
そう言って魔法陣に乗ろうとする彼女を私は引き留める。
「もう少しだけここを調べてみませんか?」
「どういうこと?」
「いえ、もしかしたらまた隠し通路があったりするかもしれませんし」
(隠れているのは通路じゃないけどね)
隠し通路を探した時のように、私は壁を触りながらぐるりと部屋を周る。
反対側からは私を真似るようにリゼットが歩いて来ていた。
「これは……」
どうやらリゼットの方が先に仕掛けを見つけたようで、彼女は壁に手を押し込んだ。
「貴方、随分と勘が良いみたいね」
崩れた壁の先には、宝箱が現れる。
中身はゲーム序盤ではとても優秀なアイテムで、私にとっては必須級の代物だ。
◆
一層を攻略した私たちがダンジョンから帰還すると、そこにいたのは驚愕した顔の教員だった。
「も、もう一層を攻略したのか⁉ まだ半刻も経っていないぞ……」
どうやら私たちが一番乗りだったようで、他には誰も帰還者と思しき生徒はいない。
(私がギミックを知っていたし、リゼットの飛びぬけた戦闘力でほとんどノンストップだったからなぁ)
こちらを遠巻きに見ている生徒もいるが、彼らはおそらくダンジョンに入ることを恐れて居残ってしまった者たちだろう。教員と同じか、それ以上に驚いた顔をしている。
「嘘だろ、そんなに簡単に攻略できるもんなのか?」
「よく見ろ。あれ、例の――」
「ベ、ベルナール公爵家の⁉」
「バカ、声がデカいって!」
私たちの方を見て、二人の生徒がヒソヒソと話している。
(聞こえてますよぉ……)
リゼットがそんな二人の生徒を一瞥すると、それだけで彼らは震え上がって何処かへ走り去って行った。彼女の冷たい瞳の先に、絶望でも見えたのかもしれない。
「わたくし達が最初の帰還者みたいね」
「と、当然だ。無限迷宮と呼ばれる一層を、初見でこれほど早く攻略した者など、歴代でもどれだけいるか……」
「そう。平民、貴方の能力は私の予想以上だったみたいね」
(無事に『守護の首飾り』を手に入れることが出来て良かった。これがあるのとないのとでは、私の戦闘スタイルが大きく変わる)
帰還の直前に見つけた隠し箱には、所持者の防御力を向上させるバフ効果を付与されたアクセサリーが入っていた。
これはゲームにあった通りのもので、支援職である私がダンジョンを安全に回る上で重要なアイテムとして活躍する。
ちなみに、この学園ダンジョンは一度攻略した階層に後戻りはできない。
もしも一層で守護の首飾りを手に入れ忘れた場合、二度と同じチャンスは訪れないということだ。
ゲームならデータをリセットして初めからやり直せたが、現実となった今はそうはいかないだろう。
「あなたの支援能力と洞察力はわたくしにとっても利になるものだわ。平民、貴方にその気があるのなら、明日以降もわたくしと共にダンジョンに挑んでちょうだい」
(無事に首飾りは手に入ったし、出来れば早く三層に行って、もう一つの装備を――)
「平民! 聞いてるのかしら⁉」
「あ、はい‼」
(やばい、全然聞いてなかった)
「ごめんなさい、考えごとを……」
私の返事を聞いたリゼットは、過去一番の溜息をついた。
「平民、明日からもわたくしと行動する気はある?」
「え? そりゃあ、もちろんですとも。ご主人様が許してくださるなら、この奴隷めはどこへでもお供させていただく所存ですよ?」
最初は実戦を怖がっていた私も、一度ダンジョンに潜ってしまえば、もうその魅力に夢中だった。
レベルアップによるステータスの上昇と新しい魔法の習得。それに便利なアイテムまで獲得できる。ゲーム好きにはたまらない場所だ。
「逃げるなら今よ? わたくしは、限界までお前を使い潰すわ」
「私は結構タフですよ」
「……そうみたいね」
なんだか拗ねた顔のリゼットに、私は首をかしげることになった。




