第4話 魔法学
リゼットと共に行動するようになってから1週間ほど。私は今日も、彼女の後ろに金魚のフンのように引っ付いて歩いている。
それはまさしく悪役令嬢に侍るモブの如し。
「リゼット様、本日のお昼は如何します?」
「食堂で食べるに決まっているでしょう。他に何があるというの?」
「いえ、ご要望とあらば、焼きそばパンでも買ってこようかと」
「必要ないわ」
(まあ、本当に頼まれたら私が困るんだけど)
この世界には、焼きそばなんてものはたぶんない。
「それにしても……ヤキソバ? 聞いたことがないわね。平民の食べ物かしら?」
「ええ、まあそんなところです。焼きそばパンは、低いカーストの人間が、上位の存在に献上する定番メニューですね」
「ふ~ん……まあ、どうでもいいわ。平民の貧相な料理など、わたくしの口に合うはずがないもの」
バラ園でのあの衝撃的な出会いから考えれば、私の存在は思っていたよりリゼットに受け入れられている。
暴力の被害を受けるようなこともなく、それどころか何かをするように命じられることもない。
本当に、私はただ彼女について歩いているだけだ。
(何も期待されていないってことなのか。いや、どちらかというと、私の扱いに困っているのかも)
悪役令嬢というと、下っ端を引き連れて悪事に加担させるか、自分の手を汚さず下っ端に悪事の実行を命じる卑劣なキャラクターを想像するものだが、リゼットはその真逆だ。
一匹狼で他の生徒を寄せ付けず、自身の能力によってあらゆる問題を単身で突破する。
なにせゲームのシナリオでは、ダンジョン探索ですら、他の生徒たちがパーティーを結成して複数人で攻略する中、リゼットだけはソロで主人公パーティーと渡り合っている。
孤高の存在だった彼女が、手元に落ちてきた駒の使い方に戸惑っているというのは、想像してみるとちょっと可愛らしくも思えてくる。
「平民、そう言えば今日の魔法学の講義はちゃんと聞いていたかしら?」
「もちろんです。私には魔法を教わる師がいなかったもので、初めて聞く情報ばかりでした」
「そうでしょうね。そもそも平民が魔法を発動できること自体が稀よ」
エリシア中央学園におけるカリキュラムは、主に魔法学、史学、算学、語学、そして、身体訓練。
本来、平民で学の無いリーナ・フローライトには苦しい内容ばかりなのだが、前世の記憶を得た今の私にとって算学はヌルゲー、他の学問も異世界の勉学と思うと純粋に楽しめてスポンジのように講義内容を吸収できた。
今日の魔法学の講義によれば、この世界の魔法というのは、生物が生まれ持つ『魔力』の消費、そして自然に流れる『マナ』の吸収、最後に世界の理に干渉するための『詠唱』の3条件をクリアすることで発動する……らしい。
やはり詠唱をすっ飛ばしている私は、異常ということだ。
だが、無詠唱術者というのは私以外にも存在しているらしい。
そして、やはりと言うべきか、リゼットはその稀有な存在の一人だった。
「平民、わたくしたちと無詠唱を使えない凡夫の違いはなんだと思う?」
無詠唱が使える者と、そうでない者の違い。
ここがゲームの世界である事を知っている私からすれば、『モブキャラじゃないから』というメタな発想になる。
しかし、これはリゼットに言ったところで意味が伝わらない回答だろう。
では、他にどんな答えが相応しいか。私は少しの沈黙の後に、それらしい答えに行き着いた。
「世界への干渉力の強さでしょうか?」
私の答えを聞いたリゼットは、目を細めた。それから、「然り」と短く正解を告げる。
魔法を発動する3条件の1つ『詠唱』は、世界の理に干渉するためのパスワードみたいなものだ。
この場合、世界の理とは『セキュリティ』と言い換えてもいい。そして、パスワードを使わずにセキュリティを突破できる私たちは、管理権限の高いスーパーユーザーということになるだろう。
では管理権限の違いは何処から来るのか、それに関しては今の私には答えが出せそうもない。
(『ゲーム制作者がそうしたから』と言ってしまえばそれまでかもしれないけど、もうこの世界は私からすれば現実なんだ。そんな答えでは、どうにも味気ない)
そんな私の想いを掬い上げるように、リゼットは言う。
「わたくしたちは世界に選ばれた存在なのよ。平民、その幸福と、力を持った者の責務を自覚なさい」
私の隣を歩いていたリゼットは、立ち止まって私の目を見ていた。その瞳には、燃えるような使命感が宿っている。
その気高さに、私は鳥肌が立ってしまった。
これだ。これこそが私がリゼット・ベルナールを好きになった最たる理由なんだ。
(ノブレス・オブリージュ。やっぱりリゼットって、ちゃんとした貴族なんだよね)
「やっぱリゼット様しか勝たん」
私は思わずそんな事を呟いてしまい、目の前のリゼットに顔を顰められるのであった。
「どういう意味かしら?」
「失礼しました。今の話を聞いて、私の中でご主人様への忠誠がさらに強まったというだけのことです。お気になさらないで下さい」
「……お前は、もう少しわたくしを畏怖するべきね」
そう言って、彼女は私を置いて先に歩き出してしまう。
私は黙って彼女の後を追い、2人で食堂の中に入った。
食堂の中は、昼食を食べに来た多くの学生たちで溢れていたが、リゼットが現れた瞬間に一瞬だけ時が止まる。
そして、彼女が歩く先は、人垣が割れて道が開かれていく。
「平民、これが正しい反応よ」
「さすがご主人様。人徳のなせる業ですね」
わざとらしく笑顔でそう答えると、彼女は小さく溜息をついた。




