第3話 ヒロイン補正
リゼットに踏みつけられながらも、私は難局を乗り越える手立てを考えようとしていた。
しかし、こうも手酷く痛めつけられては頭が回らない。
(せめて、リゼットの足からどうにか逃れないと)
そんな時、1人の乱入者が現れた。
「オイ! これはいったい何の騒ぎだ!」
ハンカチ王子こと、シャルルだ。
まだ中庭に留まっていたようで、私の叫び声を聞いてやって来たのだろう。
「おや、シャルル殿下。ごきげんよう。本日はお日柄も良く」
頭上からは、なんとも空々しいリゼットの挨拶が聞こえてくる。
「リゼット、貴様いったい何をしている!」
「わたくしですか? ちょっとした躾、でしょうか?」
「躾だって⁉ 人を足蹴にすることがか⁉」
「存外に踏み心地は良いですよ。汚い音が出るのは難点ですが」
リゼットは「ほら」と言って、私を踏む力をまた強める。
圧迫されて、私の口から勝手に「うぐぇ」と潰されたカエルのような声が出た。
「あらヤダ、一番汚い音が出た……ふふ」
「や、やめるんだ! 可哀想だろ!」
底冷えするような笑みを浮かべるリゼットに、シャルルは完全に及び腰になっている。
「どうしてその子を虐める! その子が何をしたってんだ!」
「ですから虐めではなく、躾です。貴族に対する礼を失した平民が、一体どんな目に合うのか、わたくしが、先んじて教えて差し上げているのですよ」
「バカな事を……ここはエリシア中央学園だ! 身分に関係なく、生徒たちが対等に扱われる学び舎だぞ!」
この学園では、教師や切磋琢磨するべき学生同士が、身分を気にして忖度をしないよう、表向きには全ての生徒が平等に扱われる事になっている。
その話は、私が学園へ入学する前にも教員から説明があった。
しかし、そんな絵空事、実現するわけがない。学のない平民だった以前の私ならともかく、前世の記憶を取り戻し『社会』というもの知っている今ならそれが分かる。
人は、権力というものに従順だ。
「殿下。そのような戯言を信じて間違いを犯した者が、どうなるとお思いです? ここがエリシア王国の国土である以上、身分という鎖からは何人も逃れることはできません」
まさかそんなことも理解して居ないのかと、リゼットは呆れを隠そうともしない溜息をついた。
そのリゼットの態度と、彼女の言葉を否定しきれない自分に憤ったように、シャルルは端整な顔を歪めていた。
そして怒りを抑えきれなくなったシャルルは、浅はかにも踏んではならない地雷を踏みぬく。
「それは…………お前が、学園で権力を振りかざしたいだけじゃないのか? 血狂い令嬢」
「殿下……今、なんと?」
ピシリという幻聴が聞こえてくるような、バラ園の空気が凍てつく感覚に襲われた。
(おいおい! それはリゼットの前では禁句だろうが!)
攻略対象の男どもには興味ないが、前世でプリブスをプレイしていたときから、私はリゼットというキャラが好きだった。唯一の推しキャラと言ってもいい。
だから、リゼットのキャラクター設定についてだけは多少の覚えがある。
性格に難はあれど、自身の美学を大切にし、良くも悪くも一本筋の通った考え方をする。それが、私の知るリゼットという人物だ。
わけのわからんことを言うイケメンたちより、私にはよっぽどリゼットの方が好感を持てた。
だが、そんな彼女には触れてはならない逆鱗がある。一度その逆鱗に触れれば、あとはもう、辺り一面が血の海になりかねない。
そのトリガーが、リゼットを『血狂い』と呼ぶことだ。
(畜生シャルルのアホ! 私が巻き込まれるだろうが!)
いよいよ、なりふり構っていられなくなった私は、これ以上シャルルが愚を重ねる前に、強制的に二人の会話をぶった斬る。
「ベルナール公爵令嬢!!」
未だ全身を襲う痛みをも吹き飛ばすように、私は声を張り上げた。
「……愚民、今わたくしは機嫌が悪い。次の発言には気をつけなさい」
抑揚のない静かな言葉が、やけに耳に残った。
そして、ようやっと腹から足を退けてもらえた私は、迷うことなく最速でその場に平伏する。
「先ほどは、とんだご無礼を働き、誠に申し訳ございませんでした! この愚民を、貴方様の奴隷として扱き使っていただきたく存じます! 何卒!」
怒りが霧散する、というほどではないが、リゼットが纏っていた暴力的な威圧が少しばかり軽くなった。
リゼットは顔を顰め、らしからぬ困惑顔をしている。
「正気?」
(そういう表情もするんだな……ゲームじゃ見たことない顔だ)
「き、君! 何を血迷ったことを言っている⁉ そんなことをしなくとも君のことは俺が守る! だから、そんな真似はやめるんだ!」
しかし、ようやく私が話したかった本題に入れそうなところで、やはりと言うべきかバカ王子がしゃしゃり出てきた。
(こいつ、助けに来たのか邪魔しに来たのかどっちなんだ?)
尻を蹴り上げてやりたい気持ちを抑えて、私はシャルルの方へ向き直る。
「殿下、あなたは何やら勘違いをしておられます。私は、自ら望んでベルナール公爵令嬢に踏んでいただいていたのですよ」
「「……は?」」
シャルルを撒くつもりで適当なことを言ってみただけなのだが、リゼットにまで驚かれてしまった。
「だ、だが、君は苦しそうにしていた! 怪我もしているだろう!」
「そういうプレイでして。怪我も……私なら、直ぐに治せますから」
そして、私は右手に魔力を込めた。
「《ヒール》」
その一言で、身体の痛みが徐々に和らいでいく。人前で、仮にも女子が腹を出すわけにもいかないから目視確認はできないが、おそらく踏みつけられてできたであろう痣もほとんど消えているはずだ。
これが、平民である私が、本来貴族が通うエリシア中央学園に入学できた唯一の理由。
(記憶を取り戻してから魔法を使ったのは初めてだ。なんかちょっと緊張した)
使えると分かっていても、精神が前世の記憶に引っ張られているせいで、本当に発動できるか不安だった。
ところで、このプリブスの世界において、魔法は使用者の魔力、ゲームで言うところのMPを消費して発動される。
元がコマンドバトルのゲームであるためか、魔法陣を描いたり、長ったらしい詠唱をすることはない。ただ魔力を込めて魔法名を唱えるだけで術が発動する。
(詠唱とか肝心な時に噛みそうで怖いし、なくて良かったぁ)
「バカな!? 無詠唱!?」
「なるほど」
驚愕の表情を浮かべるシャルルと、何やら納得したような顔をするリゼット。
主にシャルルの反応を見て、私は逆に驚かされた。
(は? 待って、何その反応?! まさか……!)
「おそらく史上初になる回復魔法の無詠唱術師……どおりで特別推薦枠が使われるわけね」
それまで私を冷たい目で見ていたリゼットの瞳に、少しばかりの光が差した。
少しは私に興味を持ってもらえたようで何よりではあるのだが、この展開は私にとってもあまりに予想外だった。
(普通は詠唱あるんかい!)
前世の記憶を取り戻す前から、当然のように魔法を無詠唱で使えていたから、それが普通なんだと思っていた。
それに、もしかしたらゲームのシナリオ上でそんな説明もあったのかもしれないが、前世の私が世界観の説明まで一々読んでいるわけがない。
おかげで、自分の異常性に気づけなかった。
(まさかこんな逆ドッキリみたいな状況になるとは思ってなった……。これが転生特典って奴ですかね? いや、主人公補正かな?)
しかし、そうとなればアドバンテージをここぞとばかりに使わせてもらう。
「ベルナール公爵令嬢。いかがでしょうか? これで少しは、私にご興味をお持ちいただけましたか?」
そして、私はリゼットの前で片膝をつく。
「どうか、私を貴方の下で仕えさせていただきたい。それのためなら、奴隷にでもなります」
すると、リゼットは小さく息を吐き、真一文字に閉口する。
それから少しの沈黙の後、彼女はめんどくさそうに言った。
「良いわ。少しだけ、お前を試してあげる」
こうして、私はリゼットの仮奴隷となった。




