第27話 痛快
◆ side.リゼット
(なんなのかしら、この疎外感)
目の前で平民と、叔父上がわかり合ったような顔で互いに頷いている。
(師弟関係が良いのは悪いことじゃないわ。……わかっているのだけど)
自分にだけ懐くと思っていたペットが、気づいたら別の人間に尻尾を振っているのを見てしまったような……。
(わたくしったら、何を考えているのかしら)
あの子は、わたくしとの約束を果たそうと必死なだけだろう。
それは良い事だ。しかし、どういうわけかあの子がニコニコしながら誰かと話しているのを見ていたら、喉に小骨が引っかかったような感じがする。
(なんなのかしらこの感じ、不快だわ……)
「お待たせしました。また、手合わせをお願いします!」
何か身になる教えを受けてきたらしく、その顔はやる気に満ちている。
その顔を見て、言う必要はないと思いながらも、つい、わたくしは口をすべらせた。
「平民。お前、あまり誰彼構わず尻尾を振るんじゃないわよ」
「えぇ?」
私に何を言われているのか全く理解できていない顔で首をかしげている。
「……なんでもないわ。さっさと再開するわよ」
(なんだか口が軽くなっているわね。この平民の悪い影響かしら……)
わたくしは迂闊な自分の口を引き締めて、訓練に意識を戻した。
訓練を始めたのは早朝だったはずだが、いつの間にか陽が空の高くまで昇っている。
まばらに雲はあれど、青く晴れた、よく澄んだ空だった。
「ハァァッ!」
ガンッと盾と剣のかち合う鈍い音が響く。
わたくしの剣は思いのほか強く弾き返され、身体の重心をずらされた。
「やるじゃない、平民」
剣を弾かれたその勢いを殺すことなく、自らの身体の回転へと転換させる。
そして、その回転の遠心力を全て乗せた回し蹴りで彼女の盾を蹴った。
「――ッグ⁉」
わたくしの身体は反動で後ろに流され、一時的に平民との間に距離ができる。
しかし、その距離は助走をつけるために最適な間合い。
わたくしに蹴り飛ばされた勢いを殺せず、たたらを踏む平民の背後を取るように距離を詰めた。
でも――。
「そう来ると、わかってましたよ! 《アクセル》!」
(ここで加速⁉)
悠々と距離を詰めるつもりだったわたくしは、急速に接近する平民に対して反応が遅れた。
今度は、身体ごと盾に弾かれる。
身体が軋むような痛みとともに、わたくしは地面を転がされた。
「あ、あれ……?」
狙ってやっただろうに、あの子の方が驚いた顔をしていた。
「――っぅ」
久方ぶりに身体を襲った激痛に、苦悶の声が漏れる。
平民は、そんなわたくしへ慌てて駆け寄って、ヒールをかけた。
この日、わたくしは初めて同世代の者に負かされた。
なぜだかわたくしは、小さく笑っていた。
◆ side.リーナ
「ようやっと、百遍やりゃあ一回くらいはリゼットの足元を掬えるようになったかの」
教官はニッと口角を吊り上げて、私たちの方へ歩み寄る。
「こ、これって私が勝ったんですか?」
「喧嘩を売ってるのかしら平民。誰がどう見ても、そうよ」
億劫そうに立ち上がったリゼットは、言葉とは裏腹にどこか機嫌良さそうにそう言った。
彼女の珍しい表情も相まって、私はやはり夢なのではないかと思考が止まる。
「いひゃい……」
ボケッとしている顔が気に入らなかったのか、頬をリゼットに摘まみ上げられた。
しっかり強めに引っ張って貰ったおかげで、私はこれが夢ではなく現実だと、強制的に受け入れることになる。
(夢じゃないらしい……え? じゃあ、喜んでいいの、これ? 頑張ったんじゃない、私⁉)
「よ、よぉぉおし‼」
とりあえず、ガッツポーズを取っておく。
(私、あのリゼット・ベルナールにタイマンで勝っちゃったよ……)
リゼットの方は魔法無し、さらに不意打ち気味の捨て身特攻でギャンブルに勝っただけの話。
それでも、勝ちは勝ちだ。
(私、やろうと思えば、支援魔法以外もちゃんと上達するんだ!)
ゲームの主人公は、支援魔法しか使えなかった。
盾を装備させることはできても、ゲーム上では単に防御力が上がるだけで、何か盾を使った攻撃ができたりするわけじゃない。
けれど、ゲームの枠を超えて、私は盾を持って前へ出られるのだと自信が持てた。
(ただ敵を引きつけて耐久する以外にも、私にはできることがある!)
もしかすると、この先の努力次第で、私は盾スキルだって習得できるのかもしれない。
そんな希望が少しだけ見えた――。
「さて、小娘。自信を付けたところで、そろそろ本番と行こうではないか?」
未知の可能性に胸を高鳴らせる私だったが、教官の一声でいっきに肝が冷える。
早朝から始まるリゼットと私の戦いは、あくまでもウォーミングアップ。
もっとも辛い稽古は、午後から始まる。
バルタザール教官から、一気に濃密な殺気が解き放たれた。
「では、いつも通り。二人とも、立てなくなるまで、ワシと戦え」
「ま、また自信喪失しない程度でお願います」
「貴様ら次第だ」
午後からは、私とリゼット対バルタザール教官の2対1の戦いが始まる。
あのリゼットと、仮にもゲームの主人公である私のバディを相手に、教官は今日まで無敗記録を打ち立てている。
(このバケモンを倒せる気は、まだ全然しない……)
「行くわよ、平民!」
リゼットが、先陣を切って飛び出した――。
結果から言えば、今日も私とリゼットは教官に惨敗した。
「………………げふっ」
情けない声を出して、私は力の入らなくなって四肢をだらりとさせたまま地に突っ伏している。
リゼットの方も、倒れるまではいかずとも、片膝をついて苦しそうに肩を上下させている。私と手合わせしているときには、決してこんなことにはならない。リゼットの様子を見ているだけでも、教官の力量が私たち二人を合わせても遥か高見にあることがよくわかる。
私とリゼットの連携は確実に以前より良くなった。
彼女が何を考えて次にどう動くのか、身をもって彼女の技を受け続けたことで、言葉を交えずとも私のすべきことが直感でわかる。
阿吽の呼吸とまではいわずとも、目で通じ合うくらいのことはできているはずだ。
なのに、私たちの連携は、目の前の一人の男に全く通用しない。
「今さらですけど、教官って何者なんですか?」
「平民、もしかして、何も知らずに叔父上に弟子入りしたの?」
「まあ、評判の良い教官だったというか……」
本当は、訓練を付けてくれそうな人物の心当たりが、バルタザール教官しかいなかっただけだ。
「叔父上は、学生時代にダンジョンの四十四層まで踏破した傑物よ。ここ百年以上で最も深淵に近づいた猛者として、卒業後に伯爵位を叙爵されているわ」
「どおりで……」
技量以前に、内部ステータスが根本的に違いすぎる。
レベル90の敵にレベル30で挑むような真似をしていたわけだ。
どう足掻いても勝ちようがない。とんだバケモンだ。
「父は家督を弟である叔父上に譲ろうとも考えていたみたいだけれど、本人が頑として断ったそうよ」
「教官らしいエピソードですね」
「ええ」
もうゲームの主人公はバルタザール教官ってことにしても良いぐらいだろう。
聞いてみたら腐るほど学生時代の武勇伝が出てきそうだ。
「ほーれ二人とも、いつまで休憩しとる? あと一戦くらいはいけっだろうよ?」
退屈そうな教官の声が後方から聞こえてくる。
私たち2人をまとめて相手にしているのに、まだ疲れた様子もない。
「ご主人様が教官を苦手に思ってる理由って、もしかして抵抗しても勝てないからですか?」
「………………黙りなさい」
話を聞かない上に抵抗しても意味がない相手。
なるほど。厄介にも程がある。
「二人がかりでも、一泡吹かせるには、せめて三十層くらいには行けるようにならないと無理そうですね」
「なら、すぐね」
十五層までくるのに半年かかった。
三十層までは単純計算で倍の時間がかかる――というわけにもいくまい。
階層が深まるほどに、ダンジョンは広くなり、危険度も増していく。
(それでも、私の答えは決まっている)
「ええ、そうですね。きっと」




