第25話 極めて傲慢たる奴隷の要求
学舎の中庭にあるバラ園。
もはや彼女とダンジョン以外で会う定番と言えば、この場所になった。
ゲームでも、学園内でリゼットと主人公たちが遭遇する場所と言ったら、バラ園だったように思う。
だからこそ、私は初めて彼女に会った時もバラ園へ向かった。
(ここに居てくれないと正直詰みだったけど……)
当てずっぽうで行った先には、ぶすくれた顔のリゼットがいた。
「わざわざ追いかけて来るんじゃないわよ……」
「あんな子供みたいに泣きべそかかれたら、気になって様子を見に来たくもなります」
「フンッ、わたくしの泣き顔がそんなに滑稽だった? 良い度胸してるわ、平民」
瞬間、リゼットの拳が飛んで来たけれど、ここしばらく教官にしごかれた成果か、咄嗟に避けることができた。
(いや、リゼットにいつものキレがないだけかな)
「次にわたくしを子供扱いしたら、叩き切ってあげるわ」
不機嫌さが増した顔でそんなことを言われれば、普段は背筋に悪寒が奔って震え上がるものなのだけが、今ばかりは毛ほども怖くない。
リゼットの瞳の奥に宿る光が、あまりにも弱々しく、何かに迷っているのがわかってしまったからだ。
「……ご主人様」
私は、いつもより低いトーンで彼女を呼んだ。
「何よ……」
リゼットはまだ固い声で返事をする。
私は、彼女の目を見て、正直な思いを告げた。
「貴方は、強い。単に腕っぷしがどうという話ではなく、私がこれまで出会った誰よりも、芯があってブレない。そんな、心が強い人だと……そう、思ってました」
「過去形なのね」
「今のままでは――」
私は、一歩、彼女に近づいた。
リゼットは、僅かに後ずさる。
「……何が言いたいのよ」
「強くあってください。こんな平民に心配されるような、か弱いお嬢様に成り下がらないでください」
安直な慰めが彼女の救いになるわけがない。
彼女は強くありたいと願い、そうあろうと努力を続けてきた。
「勝手なことを言うわね。お前に、わたくしの何がわかるの?」
「何も。貴方を縛る過去や苦悩を、私は知らない。知らなくても良い」
リゼットは虚をつかれたように目を見開いた。
私は、そんな彼女の反応も気にせず一方的に言葉をぶつける。
「私、これでもプライドは高い方なんです。自分の主人が、悲劇のヒロイン面した女だなんて、耐えられない」
私は、もう一歩、近づく。
彼女は戸惑いで目を揺らしながら、もう、引くことはなかった。
「平民……お前は、わたくしに何を期待しているの?」
「ただ、あなたの覇道を、私に示してください」
それは、我ながら傲慢で、あまりにも身の程知らずな要求だった。
彼女が、たった一人で抱え続けてきた想いを全て無視して、私はただ『強くあれ』と身勝手な事を言っている。
「やはり、お前は普通じゃないわね……」
俯く彼女が、どんな表情をしていたのか、私にはわからない。
けれど、顔を上げたリゼットは、少しだけ吹っ切れた顔をしていた。
「平民、仮にもわたくしの奴隷を名乗っておきながら、自分だけ要求を通そうだなんて虫が良いわね」
急にすまし顔になったリゼットは、突然恐ろしいことを言い始めた。
「怖いですね。私にできることなら可能な限り頑張りますけども」
調子に乗って早まったことをしたかもしれない。
思い返してみれば、リゼットに何かを頼まれたことなんてほとんどない。
(いったいどんな無理難題がくるんだ?)
そんな私の考えはわかりやすく顔に出ていたらしいく、リゼットはいつものツンとした顔になる。
「そんなに突拍子もないことを言う気はないわよ。貴方じゃないのだから」
「私ってそんなイメージですか?」
「そうね。いつもおかしなことばかり言うわ。さっきもね……」
「それは、大変失礼しました。以後善処いたします」
恭しく礼をしてみると、リゼットはそんな私を鼻で笑った。
いつもの調子に戻って来て、私もまた口が軽くなる。
悪い癖だなぁと思いつつ、彼女とこうしている空気感が好きでやめられそうもない。
調子に乗り過ぎるとまた拳やら足が飛び出してくるが、それもまた一興だろうか。
(もしかすると、私ってマゾヒストなのか?)
あまり歓迎したくはない自己認識ではある。
私が下らないことを考えている内に、少しばかりの沈黙が流れるが、そこに嫌なものはなかった。
むしろ穏やかなになった雰囲気の中、リゼットは呟くように言う。
「平民、わたくしに、追いつきなさい」
たったそれだけ。
それが、彼女の要求だった。
(なんて嬉しいことを言ってくれるんだか……)
無意識に私は笑っていた。
一緒に強くなろうでも、隣に居て欲しいでもない。
ただ、「追いつけ」と言った。
プリンス・ヴァイブスの最強にして最凶のラスボス。
あの、リゼット・ベルナールに、追いつく。
なんて難しい要求をしてくれるんだろう。
「お前は、わたくしの盾になるのでしょう? 盾が後ろにいるのでは、話にならないわ」
「ごもっとも」
また大きく笑って私は何度も頷く。
その通りだろう。剣よりも後ろにいる盾など、いったい何の意味があろうか。
「承知しました、ご主人様。あらゆる苦難を越えて、貴方に追いつき、必ず盾として、ともに戦場に立ち続けて見せます」
リゼットは、すっと右手の小指を私へ差し出した。
「貴族は大切な誓いを立てる時、小指と、人差し指を絡めるのよ。覚えておきなさい」
(指切りげんまんってことか……針を飲まされないように頑張ろう)
私は、リゼットの小指に人差し指を絡めた。
絡み合った指で共有した小さな熱を、私は生涯忘れないだろう。
「それではまずは、叔父上に一泡吹かせるとしましょう」




