第18話 リスタート
「……平民、戻るわよ」
放心状態のガービンに興味を失ったリゼットは、出口へ向けて歩き出した。
本来は十五層のボスに挑む予定であったが、こうも疲弊していては引き返す他ない。
外へ戻るリゼットの判断に異論はなかった。しかし、私には引っかかることがある。
「彼らは、置いていくんですか?」
ガービンの言では、彼のパーティーメンバーが奥で負傷しているということだった。
唯一動けるガービンがこんな様子では、無事に外へ戻ってこられるかわかったものではない。
「足手まといを連れて帰る余裕はないわ」
私は、リゼットの言葉に胸を抉られた。
実質的に、その『足手まとい』には、私自身も含まれるのだろう。その自覚があった。
しかし、今は、そんなくだらない個人的な感傷は横に置くべきだ。
(リゼットの判断は間違ってない。甘いことを考えるな)
私たちがいる地点から、外へ出る転移魔法陣までは少なくとも四半刻は歩かなければいけない。
ダンジョンにおける身の危険は当人の責任。仮にガービンたちが戻ってこられなくても、私たちが責を問われることはない。
「……わかりました。帰りましょう、ご主人様」
私の我儘でリゼットの負担を増やすわけにはいかなかった。
「たたっ、たのう! おいへはないへふへ!」
足元に水溜りを作ったガービンは、置いていかれるとわかった途端に私の脚に縋り付こうと手を伸ばした。
しかし、手が届くことはなく、勢いのままべシャッと地面に突っ伏す。
好ましくない相手とは言え、その哀愁漂う姿には同情を禁じえない。
(悪いけど、こっちも満身創痍なんだよ)
私は、後ろ髪を引かれながら、足を引きずるように歩き、リゼットの背を追った。
(何が主人公だ……笑わせるな…………)
◆
ダンジョンを出ると、空はすっかり闇に染まっていた。
雲で覆われた空には月明かりもなく、どこか物悲しい。
「すみません、ご主人様……お手を煩わせました」
帰る途中、自力で歩くことができなくなった私は、リゼットに肩を貸してもらいながら、どうにかここまでたどり着いた。
リゼットには目立った外傷はなかったが、その顔には色濃い疲労が滲んでいる。
「わたくしを守るために負った傷でしょう……悪かったわね……」
その時、私は言わなくても良いことを口走ってしまった。
「……私が飛び出さずとも、お一人でどうにかできたのではありませんか?」
「――っ……」
リゼットは息を呑み、それから、何も答えなかった。
自分の発言をこれほどまでに後悔したのは、初めてだった。
一度吐き出した言葉を元に戻すことなどできない。
私は、黙ってリゼットの肩から手を離し自力で立った。
「否定してもらえないと、なかなか堪えるものがありますね」
リゼットの素直すぎる反応に、私は思わず苦笑いを浮かべた。
彼女は気まずそうな、それでいてどこか少し申し訳なさそうな、そんな困った表情をしている。
「私は、あなたと対等とは言わずとも、それなりに貢献できているつもりになっていた。でも、思い上がりだったみたいですね」
「……貢献はしてくれていたわ。身体強化も、回復魔法も、それにあの勘の良さだって」
「でも、居なくてもどうとでもなる。そうでしょう?」
やはり、リゼットは答えない。
(なんで、君の方がそんな顔をするんだろうね……)
彼女は、瞳を揺らし食い入るように私を見つめていた。
まるで、おもちゃを取り上げられてムスッとした子供のような顔だ。
(そんな顔をするくらいなら、嘘でも「お前が必要だ」って言ってくれたらいいのに)
でも、彼女はそんなことを決して言わない。
彼女は、そんな自分の弱さを簡単に人には見せたりしない。
どこまでも気高くあろうとする――それが、リゼット・ベルナールだ。
「……そういう所が気に入ってたんだよね」
苦笑と共に私の口から出たのは、そんな言葉だった。
リゼットは、そんな私を見て口を真一文字に結んで、訝しげな表情を浮かべている。
私の言葉の意味がわからなかったのか、そもそも聞こえなかったのか。
わざわざ同じことを二度も言う気はないし、聞かれても困る。
(さぁ、もう十分ウジウジしただろう。次だ。今がダメなら、次に進めよう)
「《ヒール》」
まともに動かない左肩へ右手を当てて、回復魔法を唱える。
まだ完全に傷を治せるほど魔力は戻っていないが、格好つけられるくらいには治しておきたかった。
雲に覆われていたはずの空の隙間から、いつの間にやら少しばかりの月光が漏れ出ている。
月の姿はまだほとんど見えないが、どうせなら綺麗な満月であればいいなと思った。
「リゼット・ベルナール公爵令嬢。改めて、あなたにお願いしたいことがございます」
「……何かしら?」
そして、私は半年間ずっと言えずにいたことを彼女に伝えた。
「私を、あなたのパーティーメンバーにしていただけませんか?」
(そうだ、本当は、ずっとこれが言いたかったんだ)
私は回復奴隷なんかじゃなく、彼女と対等な仲間になりたかった。
そして、私はその矜持を持って、五十層を踏破してみせる。
リスタートだ――。




