第13話 妨害
「おい、聞いたか? あの二人、もう十五層に挑戦するらしいぞ?」
「嘘だろ⁉ ついこの間、十三層を踏破したって噂が流れたばっかりだぞ」
「いや、それがこの間、あの二人が話してるところにたまたま通りがかって、十五層に行く準備をするだとかって話してるのを聞いた奴がいるんだと」
「これで十五層も攻略なんてしたら、上級生もいよいよ顔負けだな……」
「十五層って言ったら、三年生でも半分近くは到達できないらしい」
「つーか、俺もお前も、たぶん到達できないで卒業する側だろ」
「お、お前と一緒にするなっての! 俺は三十層まで行って、卒業後は王国騎士団に入るんだ!」
「でも今、お前の到達階層、俺と同じで二層じゃん。無理無理。大人しく文官目指せって」
学園の中庭のベンチに腰掛ける男子生徒二人が、真後ろに噂の当人たちがいるとも知らずにデカい声で喋り倒している。
喋ることに夢中な男子生徒二人は、周囲の人の目など気にしても居ないのだろう。
背中合わせに設置されたベンチであるため、後ろに誰かが座っても顔は分からない。
しかし、一度振り向けば、この学園ではよく目立つ銀髪と真紅の髪の女生徒が並んでいることに彼らも気づくはずだ。
(どうしよう、下手なこと喋り出す前に気づかせてあげようかな?)
「しかし、どっちも顔は良いんだけど――」
しかし、時すでに遅し。
そして、彼らが口をすべらせるのとほぼ同時に、何も気にした様子のないリゼットが喋り出した。
「平民、十五層で見つけた門の先。今回も大物が待っていると思うかしら?」
「ん? ああっと……ええ、まぁ。五層、十層と続けて大物が居ましたからね。間違いなく居るでしょう」
五層には巨大なスライム。十層には毒をまき散らす大蛇。
そして、ゲームの通りならば、十五層には初めての人型モンスターであるオークが待ち構えているはずだ。
(名前はなんだっけなぁ……アルミスオーク? たしか大斧を持ってたはず)
そこまで考えたところで、後ろに座っていた生徒たちが静かに立ち上がり忍び足で逃げていく気配を感じた。
ダンジョンに潜り続けた成果か、私にも多少、目に頼らず気配を辿るという技術が身に着きつつある。
「平民、お前は学園内で不用意に他人の噂話をしないことね。どこで本人が聞き耳を立てているか、分かったものではないわ」
「あ~……そうですね。気を付けます」
わざと聞こえるように言ったであろうリゼットの言葉を聞き届け、男たちは脱兎のごとく走り去っていった。
――私たちが学園に入学してから、既に半年の時が流れていた。
「しかし、わたくしたちには、それよりも気にするべきことがあるのだけれど」
「また、あの方たちに妨害されますかねぇ」
◆
昼休憩に中庭で少しばかり休息を取った私たちは、いよいよ十五層に挑んでいた。
対峙するのは、群れで行動する狼型のモンスター。素早い上に仲間と連携を取る厄介な敵だ。
私とリゼットは分断されないように慎重に動きながら、対処に追われていた。
そこへ、五人の男たちが乱入して来る。十五層に潜っていた別パーティーだ。
「オラ、退けぇぇええ」
彼らは、モンスターと戦闘中の私とリゼットの間に割り込むと、その後ろに引き連れて来たモンスターを私たちに押し付けてダンジョンの先へと進んでいった。
(やっぱり今日も来たか)
「平民、しばらく耐えなさい! それから補助を!」
「了解です。《プロテクト》、《プルス・アクセル》!」
プロテクトで自分の耐久値を上げつつ、新しく習得したアクセルの上位魔法プルス・アクセルでリゼットの速度を飛躍的に向上させる。
半年前の時点でも、リゼットは十分すぎるほど人並み外れた健脚を持っていたが、今はさらに速い。
彼女は、すばしっこく動く狼型のモンスターを相手取り、その速度を上回る速さで周囲の敵を蹂躙していった。
◆
ダンジョンの攻略は卒業後の進路に大きく影響する。エリシア中央学園に通う生徒の中では、常識中の常識だ。
もちろん、普通に講義を受けて優秀な成績で卒業すれば、それはそれで良い働き口が見つかる事だろう。
しかし、貴族の花形と言えば、王宮に仕える騎士団と魔法師団。
そこへ入ろうと思えば、当然それなりの力量を証明する実績が欲しい。だから上昇志向の強い学生たちはダンジョン攻略に躍起になる。
(私はそんな進路に興味はないけど)
ところで、ダンジョン攻略をする者たちはパーティーを組んで行動するわけだが、それぞれのパーティーは互いに協力的な関係を築くことが出来るだろうか。
答えは、否である。
卒業後の「椅子」の数は、限られている。
ダンジョンの攻略階層という、あまりにも分かりやすい指標で優劣が決まるこの学園では、少しでもライバルには下の階層にいてもらいたいものだ。
出し抜ける者は、出し抜く。利用できる者は、利用する。蹴落とせるなら、とことん落とす。
日高一二三としての視点で見れば、彼らは昇進のために足を引っ張り合うサラリーマンと同じにも見える。
「それにしても、上級生が下級生にまで嫌がらせとは、困ったものです」
「自分たちより年下の女に追い抜かれることが、よほど癪に障るでしょうね」
リゼットは、嘲笑を含めた笑みでそう言った。
貴族社会で育ったリゼットからすれば、こんなことは日常茶飯事なのかもしれない。
「先ほどのパーティーのリーダー、ガービン男爵子息、でしたか? あの方はご主人様が公爵家の令嬢だと知らないんですか?」
「平民、わたくしを知らない学生が居ると思うの?」
「……ですよねぇ」
普通ならば自意識過剰な発言に聞こえるだろうが、その発言者はリゼットであるため説得力が凄まじい。
しかし、リゼットの言葉に納得した私を見て、自分から言い出した彼女の方は少し不服そうな顔をしていた。
(まあ、知名度の話になると、最近は私も人のことを言えたもんじゃないけど)
卒業までに五層をクリアできるのは、学園の七割の学生だけだと言われている。残り三割の学生は、三年間で五層を踏破することなく学園を去る。
では、十層はどうなるかと言えば、なんと学生の全体の半分まで到達者が減る。二年生でも、半分以上の生徒は十一層に足を踏み入れたことがないということだ。
そんな中で、一年生の女子二人だけのパーティーが入学から三ヶ月で十層を踏破した。しかも、それが噂の『血狂い令嬢』と、特別推薦枠で入った平民のペアと来たら話題性は生半可なものではなかった。
私も、あのリゼットの奴隷として、元からそこそこ注目を集めていたようだが、それはまた別の話だ。
(しかし、有名になったからといって良いことは今のところ何もないな)
同級生からは露骨に恐れられ、上級生からは生意気だとやっかまれている。
十一層に入ったあたりからは学生同士の足の引っ張り合いがダンジョン内で横行しており、余計な注目を集めている私たち2人はやたらと標的にされた。
つい先ほどモンスターを押し付けて来たガービンとかいうバカは、とりわけ妨害行為がしつこくて困らされている。
「アレは『学園内では身分に縛られない』という建前を信じてしまっている典型的な愚物なのでしょう。卒業後は、虚仮にした上位貴族が自分より身分の高い存在として社交界に居続けるということも考えられないのよ」
度重なる妨害を受けて、リゼットも大層ご立腹だ。
(いつにも増して目つきが鋭い……いや、完全に目が据わっている)
ところで、相手が王族ともなると話は変わってくるようで、シャルルたちは私たちが足止めを食らっている間、むしろ上級生の手を借りて最近では着々とダンジョンを攻略してきているようだった。
今はまだ十三層にいると聞いたが、この調子では私たちが追いつかれてしまうのも時間の問題だった。
(競争をしているつもりはないけど、アイツらに追い越されるのは癪なんだよね)
「平民、今日のところは一旦――」
「うぁぁぁああああ!」
リゼットが何かを言いかけたところで、ダンジョン内に野太い男の悲鳴が響き渡った。




