第1話 TS転生しちゃったらしい
「おっと、お嬢さん。落とし物、ダゼ?」
陽光を浴びて輝く眩いブロンドヘア。深いサファイアブルーの瞳は、星空を閉じ込めたような澄んだ輝きを放つ。
その瞳に見つめられるだけで、心が吸い込まれそうに――ならない。
(なるわけねぇだろ!!)
キラキラした笑顔でハンカチを差し出す金髪男。
その瞳の奥に、絶対的な自信と、他人への支配欲が透けて見える。
前世の上司とよく似た、自己中心的で、他人を振り回すタイプ。
(この野郎、やっぱ気に食わないわ)
「……どうも」
金髪男からひったくるようにハンカチを奪い、汚れを払うように目の前でパンパンと叩く。
「はぇ?」
目を見開いて固まる男を尻目に、俺はスカートが翻るのも構わず駆け出した。
◇
俺は、日高一二三。三十路手前のしがないサラリーマンだった。
理不尽な上司に頭を下げ、無茶な納期に追われる日々。
唯一の癒やしは、ゲームの時間だった。
『兄貴、早く! シャルル様の次のイベントが見たい!』
『あんな俺様野郎のどこがいいんだ? こいつ、俺の上司と話し方が似ててめっちゃ不快なんだけど……最初だけ優しくて、後からオラついてくるところとかそっくりだわ。今戦ってる女の子の方が可愛くて良いだろ。めっちゃ強いし』
『リゼットは主人公の邪魔をする悪役令嬢でしょ!』
乙女ゲーム『プリンス・ヴァイブス』、略して『プリブス』。
やたら気障ったらしいイケメンたちに、主人公の女の子がチヤホヤされる逆ハーレムストーリー。
攻略対象の男たちに前世の妹は熱を上げていたが、俺には理解不能だった。
そんなプリブスには、ダンジョン探索をメインとした冒険要素が取り入れられている。
ゲームが下手でシナリオパートしかプレイできない妹に強請られ、俺は仕方なく冒険パートをプレイするようになった。
しかし、マニアックなマップ探索に、やけに難易度の高い敵とのバトル、乙女ゲーとは思えないやり込み要素が満載で、いつの間にか俺もプリブスにハマっていた。
(だからって……TS転生させるか普通⁉)
しかも、ゲームの主人公、リーナ・フローライトに――。
自室の鏡に映るのは、銀色の髪を持つ、いかにも庇護欲をそそる美少女。
白を基調とした、西洋の軍服とセーラー服を足して割ったような制服は、ゲームで良く見慣れたものだ。
転生に気づいた日、俺はいるかもわからない神様を呪った。
だが、俺にはこの『プリブス』における圧倒的なアドバンテージがある。
ダンジョンのギミック、隠しアイテムの場所、ボスモンスターの弱点。
その全てが、頭の中に入っている。
この知識は、俺がこの世界を生き抜くための最強の武器だ。
(正規シナリオ? そんなのガン無視して好き勝手に生きてやらァ!!)
そんなわけで、私、リーナ・フローライトが、前世の記憶を取り戻したのは、エリシア中央学園に入学した、正にその日だった。
学園の外観、中央にそびえる時計台を見た瞬間から、「あれ? 初めて来たはずなのに、知ってる気がする?」なんて思っていた。
さらに異変が起こったのは入学式の最中。
入学生代表を務めたエリシア王国の王子、シャルル・エリシアの演説を聞いた時だ。
なんだか視界がグワングワンと揺れ、その場に倒れかけた。
それから、私は最悪な体調のまま入学式を乗り切り、やっとの思いで学園の寮へ戻った。
そして、トドメになったのが、自室の鏡で自分の姿を見た時だ。
その瞬間に、私の、否、俺の…………。
(っって、めんどくせぇぇ! ちょっと考え事する度に、自分の一人称に困る! ……もう私で良いか)
とにかく、あの瞬間、私の意識の中に、日高一二三の記憶が蘇った。
前世と現世で性別が異なるせいで、まだ自分のアイデンティティが揺らいでいる最中であったりする――。
そんな私は、現在、寮の自室で悶絶している途中であった。
「あ~もうっ! 世界の強制力的なものが働いてるのか? ポケットからハンカチが落ちる要素なんて何もなかったのに、アレのせいでシャルルの野郎と関わっちまった!」
ゲームのシナリオは妹が楽しんでいるのを横目で見ていた程度で、しっかりと把握していないが、今日のイベントの事は覚えている。
『王子様にハンカチを拾ってもらう』という、ベタ過ぎるシチュエーションが印象に残っていた。
(正規のシナリオだと、あれをきっかけにシャルルと仲良くなっていくんだったか)
前世の記憶を取り戻した私に、あの気障すぎる輩と仲良くやっていく自信はない。それは、他の攻略対象にしたって同じだ。
喋り方がネットリしてるし、女を思い通りにできると思ってそうな態度(偏見)も気に入らない。あと、イケメン過ぎてウザい(私怨)。
「でもなぁ~、私、支援職なんだよなぁ」
学園の地下には、ダンジョンと呼ばれる巨大な魔窟が存在している。
生徒たちは学園の卒業までに、ダンジョンを何回層まで踏破できたかによって、その後の進路が大きく変わる。
10階層なら非戦闘職。20階層なら町の衛兵。30階層なら王城の騎士。
ざっくりしたイメージだが、そんな感じで卒業後の就職先の選択肢が広がる。
私にとって、ここはもう現実の世界。
卒業後の選択肢は増やしておきたいものだ。
(でも、支援特化の私だけでダンジョンを進むことは難しいわけで)
「だからって、いけ好かないイケメンどもに姫プされるのなんて嫌だ!」
そうして、私は、頭を抱える事になるのだった。
だが、私は思い至る。
「――いや、一人だけいる。とんでもないのが」
とある、最強のキャラクターの存在に……。




