そして、本当の人生へ
四十歳の誕生日の朝。 俺は王都の自宅の窓辺で、エレナと並んで、いつものように紅茶を飲んでいた。
外では春の風が木々を揺らし、遠くで鐘の音が聞こえる。
騎士団の任務には、あの誘拐事件以降、関わっていない。
今は文官として、王国の記録管理を任されている。
穏やかで、静かな日々――それは、俺の三度目の人生で最も長く、豊かな時間だった。
「あなた、最近ますます穏やかになったわね」
エレナが微笑みながらカップを傾ける。
彼女との結婚生活は、まるで長編小説のようだった。
一枚一枚、静かにページをめくるように日々を重ね、笑い、涙し、また笑った。
幸福ポイント。 もう、その残量を気にすることはなくなっていた。
不幸を避けすぎず、幸福を追いすぎず。 時に失敗し、時に涙を流しながら、それでも前を向いて生きてきた。
ジュリアン.ヴァルモン伯爵と夫人セリーヌは、今や王国の外交を担う立派な夫婦となり、時折手紙をくれる。
「あなたのおかげで、私たちは出会い、今の幸せな人生を歩めています」
その言葉を読むたびに、俺は静かに笑った。
あれは、俺が選んだ“必要な不幸”だったのだから。
彼らの活躍は、王国の未来を左右するほどのものだった。
ジュリアンは冷静な分析力と誠実な交渉術でセリーヌはと優雅な振る舞いで、信頼を得ていた。
二人は隣国との和平交渉に臨み、戦争寸前だった国境問題を平和的に解決した。
その報告書を文官として受け取ったとき、俺は胸の奥で静かに誇りを感じた。
彼らが築いた未来は、俺が手放した過去の延長線上にある。
だが、それでいい。
俺は、自分の役割を果たしたのだ。
「外交任務、無事に終わったよ」
ジュリアンから届いた手紙には、セリーヌの筆跡でこう添えられていた。
「エドガーさま、あなたのアドバイスが、私たちの人生を導いてくれました」
その言葉に、俺は紅茶を一口飲みながら、静かに目を閉じた。
幸福も不幸も、受け入れて生きてきた。
それが、三度目の人生で得た最大の教訓だった。
* **
──五十歳。 王国の歴史書に、俺の名が記された。
騎士団副団長としての功績、文官としての改革、そして詐欺摘発の記録。
特に文官としての業績は、王国の行政制度に大きな影響を与えた。
犯罪予防の仕組み、文書管理の効率化、地方役所との連携強化
―― それらは、今も王国の礎となっている。
だが、それを誇ることはなかった。
俺にとって何よりも大切だったのは、エレナと過ごす静かな日常だった。
庭に咲く花を眺め、手を取り合って笑い合う――それだけで、十分だった。
──六十歳。 体は少しずつ衰え、歩く速度も遅くなった。
けれど、朝になれば必ずエレナと並んで紅茶を飲み、王都の空を見上げる。
その空は、三度目の人生で出会ったどの景色よりも美しかった。
* **
そして、ある晩。 眠るように意識が遠のいていく中、白銀の光が再び俺を包んだ。
「おかえりなさい、エドガー」
女神エリシアが、柔らかく微笑んでいた。
その姿は、初めて会ったときよりも、どこか優しく見えた。
「あなたは、幸福も不幸も、すべてを受け入れて生き抜きました」
「三度目の人生で、ようやく“本来の人生”を歩めたのですね」
俺は、穏やかに頷いた。
「ありがとう。俺は……幸せだったよ」
エリシアはそっと手を差し伸べ、静かに告げる。
「さあ、次は“あなた自身の選択”で歩む世界へ」
──幸福も、不幸も、すべてを受け入れた先にある、真の人生。
俺は、静かにその扉を開いた。
光の向こうに広がる、新しい世界へ――
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