⑨
「君は本当にリクスしか目に入っていないみたいだね」
二人きりになった生徒会室で、アーセルはなぜか距離を詰めてきた。
「いや~それほどでも」
皇子殿下と部屋に二人きりなんてまずいのでは? そう思いながらエリシアは後ずさりをする。
「褒めてないよ?」
ついに壁に追い詰められたエリシアは、アーセルと壁に挟まれる態勢になった。
エリシアの頭上の壁に手を付き、冷ややかな目でアーセルが見下ろす。さすがのエリシアからも作り笑いが消えた。
「ほんと、今さらリクスに近付いてどういうつもりだろうね?」
「どうもこうも、お話しているまでですが」
「フローレンス・ルミナリエ? あれを先に放り投げたのはフローレンス家だろう?」
皇族として繕うこともなくフローレンス家への嫌悪感を見せるアーセルに、エリシアも負けじと視線を合わせる。
「それはわたしの意志ではありません」
エリシアの主張を無視すると、アーセルはエリシアを壁に縫い留めていた右手を解放させた。
「次の魔法省長官はリクスではなく私だが、あいつは私の近衛として副長官に付くことが決まっている」
「そうなんですね」
さすがリーク! と心の中でにやついたのが顔にも出たのだろう。エリシアはアーセルに睨まれた。
「フローレンスはそれを阻む気だろう! 弟と婚姻関係を結び、ジークを魔法省長官に押し上げようと画策している……そうだろう?」
「なるほど?」
エリシアも納得する説明だった。
皇帝は二大侯爵の均衡は崩れていないと言っているが、ルミナリエ家の方が力を持っているのは一目瞭然だ。フローレンス侯爵はリクスの魔力がないことを追及して、ルミナリエ侯爵を魔法省長官から引きずり落とそうとしたが失敗した。
しかし彼の言う通り次期副長官がリクスなら、アメリアの婚約者であるジークを担ぎ上げてアーセルごと引きずり降ろそうとするかもしれない。
(だから殿下はフローレンスのわたしを警戒しているのね?)
実際、そう望むフローレンス派の貴族だっているだろう。学園での兄姉の人気さからもそれが見て取れる。
「君が病弱を理由にリクスとの婚約を断ったのも、もともとルミナリエと歩み寄る気はないということだろう?」
「……なんて?」
アーセルがおかしなことを言い出した。聞き違いかと絶句するエリシアに構わず、アーセルは話を続けた。
「リクスは有能だったから、隣国ノクーとの小競り合いにも出陣することはわかっていた。あわよくばリクスが戦死すれば良いとフローレンス家は思っていたんだろう! アメリア嬢をリクスの婚約者に推したのも、ジークとの婚約に持ち込むまでがセットだった」
(はあ?)
エリシアがリクスの死を望むはずがない。腹が立ったが、あんまり不敬だと捕まりそうなので心の中で悪態をつく。
ちなみにノクーとは、黒魔術を使うきな臭い国だ。たびたび衝突が起きるが、アストラル帝国の皇太子が友好国ヴェンダの王女を妃に迎えることにより、二国で牽制できている。今のところ大きな戦争にはならなそうだ。
二年前、ノクーが国境線を侵したことで戦闘になった。リクスはアーセルとともに参戦して、ノクーを追い払った。しかしそのときに魔力を暴走させたリクスはマナを失ってしまったのだ。
「戦死とはいかずとも思惑通りになり、フローレンス家はリクスとの婚約破棄を迫った。そればかりか、娘が傷物になったと弟との婚約を迫った。もはや脅しだ!」
「なるほど」
後半はエリシアも知っている話だ。アーセルの話を頭の中で繋げて理解した。
それならばフローレンスに良い印象がなくとも仕方ない。
「認めるか」
エリシアを追及しようとするアーセルの瞳がぎょっとした。エリシアが不敵に笑っていたからだ。
「そのことはわたしには関係ございません」
「なっ!? 君もフローレンスの人間だろう!」
責め立てるアーセルに、エリシアは笑みを崩さない。
「わたしはただ、リークと祭典の再現を実現したいだけです」
「……先ほどの申請書か。私が通すとでも?」
「ならばわたしにも奥の手があります」
「君は何を言っているんだ? 奥の手?」
明らかにエリシアのまとう空気が変わり、アーセルは困惑している。後ずさるアーセルを今度はエリシアが詰め寄った。
「ええ。これはわたしの祖父と皇帝陛下が交わした親書です」
エリシアは鞄から祖父の遺言書を取り出した。二枚目の便せんをアーセルの目の前に突き出す。便せんには星を象った王家の紋章だけでなく、もちろん皇帝の誓約魔法がかかっている。
アーセルは一目見ただけで理解したのだろう。驚き、固まっている。
アーセルが伸ばした手から守るように手紙を下げる。エリシアは笑みを深めた。
「約束が果たされるまでこの魔法は解けません」
「な!? なぜ父上がそのような……!」
動揺を隠せないアーセルが今度はエリシアの手から手紙を奪い取ることに成功し、中身に目を通す。
アーセル自身も時の魔法を扱うが、誓約魔法は誰にも解くことができない。だから破ったり捨てたりできないことも承知しているのだろう。ぶるぶると震える手でエリシアを見た。
「父上を……脅したのか?」
便せんには「学園生活で困ったことがあれば息子を頼ること。息子はエリシア嬢の願いに添うこと」と皇帝の一筆がしたためられている。
エリシアにもよくわかっていない。祖父の遺言の手紙は便せんが一枚だけのはずだった。学園に入学する直前、突如としてエリシアの手元に現れたのだ。だから家族も二枚目の存在は知らない。
「孫思いのおじいさまだったんですよ」
祖父と皇帝の関係はわからない。一侯爵にここまでしてくれるのだから、仲が良かったのだろう。そして、時の魔法ならばエリシアの手元に届くタイミングも操作できるのかもしれない。しかしそれは全てエリシアの憶測だ。
とりあえずにっこりと微笑めば、アーセルに鋭い目を向けられる。
「この悪女め! 病弱? 無能? はっ、フローレンス家もとんだ娘を隠していたものだ!」
(フローレンス家、すっかり皇族に嫌われているなあ)
冷たい言葉を投げかけるアーセルを見つめ、しみじみ思う。
(二大侯爵家だから邪険にできないんだろうな。あっ、だからリクスのお父様が魔法省長官に?)
ピーンとエリシアの中でまた繋がる。
(それでも、わたしだって引き下がるわけにはいかないのよ)
エリシアはアーセルの言う通りの悪女らしい笑みを作ると、人差し指を自身の唇へと向けた。
「なんとでもおっしゃってください。さあ殿下、わたしのお願い聞いてもらいますよ?」
アーセルの頬が引きつるのを見て、悪女らしく笑えたのだろうとエリシアは思った。




