⑤
魔法学園は魔法を学ぶ場だ。座学や技術・実地に加え、多くの生徒が魔法省に就職するため、団体行動で学ぶことも多い。
今日は一年生初めての技術の授業だ。みな動きやすい乗馬用の服に、学年を示す白いローブを身に付けている。
それぞれの属性の確認・現時点での能力を測るため、一人一人が教師の前に出て魔法を的に当てている。
(フィオナ様は水魔法なのね)
順番を待つエリシアは、フィオナが器用に水魔法を操るのを見て感心した。
どうやら家柄だけではなく、魔法の腕もいいらしい。
「次、エリシア・フローレンスさん」
「はい!」
眼鏡の女教師に呼ばれて、元気よく返事をする。
よし、と気合いを入れるとともに、エリシアへ一気に注目が集まった。
すれ違いざまに後ろへと下がるフィオナは、披露を終えた生徒たちがいる一番前で止まり、腕組みをしてエリシアを見据えた。
(うう、緊張する)
エリシアもフローレンス家の一員なので花魔法が使える。
手を前に出し、呪文を唱える。
昔リクスに扱い方を学んだが、使うのは久しぶりだ。昔の感覚を呼び起こすように目を閉じた。
「成長を促せ、緑の精霊よ。――グロウ・ツリー!」
ぶわっと魔法陣から蔦が生えたかと思えば、木の幹へと姿を変え、メキメキと一直線に細く伸びた。
おお! と生徒たちからは歓声があがる。
しかし、その魔法は失速しつつ、的とは正反対の場所へぐわんと進路を変えると、地面へと墜落した。
「あちゃー」
魔法操作はやはり難しいと、エリシアが頭をかく。それどころか、今の魔法で体力を消耗してばてた。その場に座り込んでしまう。
教師はぽかんと固まっていた。
「……ノーコン」
生徒の一人がぼそっと呟いたことで、どっと笑いがおこった。
「見たか? 今の! 本当にフローレンス侯爵家の令嬢か!?」
「無能でご兄妹の足を引っ張っているという噂は本当だったようだな」
「どうしてあんなのがエリート校に入学できたんだ?」
「裏口入学だろう」
それは否定できない。
前侯爵の遺言の効力でエリシアがこの学園に入れたのは確かだ。
しかし、魔力がある時点でエリシアは入学条件を満たしている。裏口入学は言い過ぎだ。
「うーん、体力をつけないと……」
生徒たちがまだ笑っているが、エリシアはあっけらかんとしている。そこにフィオナが走って来た。
「あなた! そんなレベルでリクス様と祭典を再現しようとしていたの!?」
「確かにコントロールができないと……うん、練習あるのみ!」
「呆れた……すごく前向きね」
フィオナの嫌味も通じず、意気込むエリシアに彼女が半目になる。
「心配してくれてありがとう!」
「心配などしておりません!」
にこにこフィオナを見れば、怒られてしまった。
「ではフローレンスさんには補佐をつけましょう」
「え?」
我に返った教師が、顎に手をあてて奥にいた人物を呼び込んだ。リクスだ。一気に生徒たちがざわつく。
「そっか、リークは他人の魔力を操作できる特殊能力を持っていたものね」
昔、エリシアがリクスに魔法を習ったのも、彼がその能力持ちだったからだ。
腑に落ちていると、令嬢たちから教師へ非難の声があがる。
「どうしてこの人だけ!」
「そうですわ! ずるいですわ!」
きゃんきゃん叫ぶ令嬢たちを、リクスの冷たい眼差しが一蹴した。
「基礎ができてるやつに俺の補助は必要ない」
ぴしゃりと放たれた言葉に、令嬢たちは言動を翻した。
「落ちこぼれに慈悲をおかけするなんて、お優しい!」
「お手をわずらわせるんじゃないわよ!」
令嬢たちはふん、と踵を返して授業に戻っていく。教師もやれやれと溜息をついていた。
「リークはその能力でいつも後輩の面倒を見てあげているの? 優しいところ、変わってないね」
授業に戻っていくクラスメイトたちを見送ると、エリシアはリクスに向き直った。笑顔を向けるも、リクスの無表情は変わらない。
「俺が魔法学の授業に出ても仕方ないからな。学園にいる以上、暇を持て余しているなら他のことで役に立てということだろう」
魔力はなくともその特殊能力だけでもすごいのに、そんな風に自分を卑下する。エリシアはむうっと頬を膨らませた。
「もう、何でそんな言い方するかな。リークにしかできないことでしょ? おかげで落ちこぼれは見捨てられずに済むんだから」
「お前のことな」
「えへへ」
嫌味に笑って返すエリシアに、リクスはふいっと顔を背ける。
「いいからさっさとやるぞ」
「はーい!」
リクスの後をついて行き、広い訓練場の隅へと移動した。
「まずは的に当てられるようにするぞ」
「うん」
「待て」
先ほどと同じ魔法を唱えようとしてリクスに止められる。
「花でやれ」
「うん?」
「いいから、言う通りに」
「はいっ!」
リクスに言われるまま、魔法で花を生み出す。先ほどよりもすんなり魔法が扱いやすいことにエリシアは驚いた。
(そういえば、わたしが得意な魔法はこっちだったかも?)
リクスは覚えているのだろうか? そう思って彼を見れば、早くやれとばかりに睨まれてしまった。
仕方なく聞くのは諦めて、呪文を唱える。
「咲き誇れ、花の精霊よ、ブルーム!」
花びらが渦を作りながら的に向かって一点になろうとするも、途中でバラバラになってしまった。でも先ほどのノーコンよりはよっぽどマシだった。
「もっと的に集中しろ」
エリシアの肩にリクスの手が置かれる。
「もう一度」
促されるまま呪文を唱えれば、リクスの魔力操作により魔法が的に当たった。
「当たった!」
嬉しくなったエリシアは、後ろのリクスを振り返る。
「ふふ! 昔を思い出すなあ。よくこうやって教えてくれたよね?」
「……お前、昔から魔力操作苦手だったよな」
「……! うん! それなのにリークはお姉様じゃなくて、落ちこぼれのわたしに一緒に祭典をやろうって言ってくれたよね」
リクスから昔話が出て浮かれるも、彼の表情は固いままだ。
「……忘れた」
「そっか」
「知らない」じゃなくて、「忘れた」だ。
エリシアがにかっと笑うと、リクスは眉をぴくりと動かした。そしてエリシアの両肩を掴んで前を向かせる。
「集中しないともう教えないぞ」
「集中します!」
それは困ると、急いで魔力を練って的にぶつけようとするも、やっぱり上手くいかない。
「やり方を変えてみたらどうだ」
「え?」
「まず俺がやってみせる。詠唱しろ」
「う、うん」
リクスの手が肩に置かれ、言われるまま唱えた。
すると、エリシアの花の魔法は渦から矢の形に変えた。そのまま一直線に進むと、ドンッと音を立てて的に当たった。
「すごい……こんな方法が?」
感動で瞳をキラキラさせてリクスを振り返れば、頭を掴まれすぐに前を向かされる。
「やってみろ」
「うん!」
頷いて、リクスが見せてくれた矢をイメージしながら魔法を練る。
「咲き誇れ、花の精霊よ! ブルーム!」
エリシアの手から先ほどよりも小さい花の矢が形成される。威力も衰えているが、その矢はまっすぐに飛んでいき、的を捕らえた。
矢がぱんっと的に当たる。
「やっ……たあ~! 当たったよ、リーク! ……リーク?」
ガッツポーズで振り返ったエリシアに、リクスはどこか遠い目をしていた。




