㉓
「リーク、まだ来ないのかな」
生徒会室には行きづらく、エリシアは訓練場に来ていた。
(リークが来たら、一番に謝ろう。そして、最後まで一緒にやって欲しいってお願いしよう)
リクスのことだから途中で投げ出すことはなく、きっと来てくれるはずだ。そう信じて一人で練習を始めることにした。
「エリシア」
期待をこめて振り返ったものの、現れたのは兄姉だった。いつもの取り巻きたちはおらず、二人だけだ。
「まだ交代の時間じゃ……」
「妹が心配で様子を見に来ちゃ悪いの?」
取り巻きの目がないアメリアは、言葉とは裏腹な不機嫌な顔でエリシアを見た。
「あの、リークがすぐそこまで来ているかもしれないから迎えに……」
嫌な予感がして、エリシアはその場から逃げようとした。
「おっと」
ダリオンに進路を塞がれ、立ち止まる。
「大丈夫よ。リクスが来たら知らせるように取り巻きたちに言ってあるから」
取り巻きたちに入口を見張らせ、三人だけにしてもらった。はたから見れば、兄妹水入らずで過ごすためだと思われるだろう。しかし、それは違う。
ダリオンが震えるエリシアの腕を取り、逃がさないとばかりに力をこめた。
「痛いっ……」
悲鳴をあげるエリシアには構わず、ダリオンは顔を覗き込んだ。
「なあ、ルミナリエが魔力を取り戻したのって、俺たちと同じことをしたからじゃないよな?」
「し、知らない!」
顔を逸らせば、ダリオンがくっと笑ってペンダントを取り出した。禍々しい黒い宝石がついたペンダントは、ノクー産のもので、黒魔術がかけられている。
エリシアは、兄姉からこのペンダントを媒介にして魔力を吸い取られていた。対象に触れる面積が多いほど魔力を吸い取れるらしく、二人はエリシアを抱きしめて吸い取る。
屋敷にいたころはぞんざいに行われていたが、寮に入ったエリシアと接触するためにわざわざ優しい兄姉の演技をしてまで魔力を取りに来るのだから驚いたものだ。
「まあ、ルミナリエがノクーと接触したなんて報告はないしな。じゃあたまたまか」
エリシアの言葉を信じたらしい。ダリオンは眉をひそめてエリシアを見ると、腕を離した。
祖父が亡くなってから、フローレンスの周辺はきな臭くなった。ダリオンがノクー産のペンダントを密かに持っているのも、フローレンスが密かに繋がっているからに違いない。
しかしエリシアは、大人しく魔力を差し出しやり過ごすしかない。全ては魔法学園に入るため。そしてリクスと思い出を作るため。その一心で耐えながら生きてきた。
「しかし、あの男、どうやって魔力を? 本当に忌々しい。せっかくノクーの戦場に引きずり出してマナを奪ってやったのに……」
「!?」
ダリオンの言葉に、エリシアは顔を青くした。
「まさか……リークが魔力を失った原因って……」
エリシアの様子を見たダリオンが鼻で笑う。
「なんだ。お前、まだ気づいていなかったのか。すべて父上の計画だ。ノクーの土地に引き込み、一斉に黒魔術でマナを奪う。念入りに計画してきたおかげで上手くいったよ」
「なんてことを……。リークは二大侯爵家の跡取りなのよ……?」
がくがくと震えるエリシアに、ダリオンは笑ったまま続けた。
「フローレンスをないがしろにするからだ。フローレンス・ルミナリエと名の通り、我が家の名前が先にくるのはフローレンスが上だから。それなのに皇族はルミナリエを優遇した。我が家のありがたさを見せつけるために祭事を拒否したのに、あろうことか魔法省の次期長官にはリクス・ルミナリエの名があがっていた」
「そんな理由でリークを!?」
「当然だろう。フローレンスをバカにして。あいつに魔力がなければルミナリエも力を落とす。実際、次の長官には皇族がつくという慣習に戻ったしな」
勝ち誇ったかのように話すダリオンを、エリシアは睨んだ。
「それでも、リークが副長官だわ」
そう言った瞬間にバシッとダリオンに頬を叩かれた。うずくまってその痛みに耐えていると、アメリアからクスクスと笑いが漏れた。
「まあ、あの男が第二皇子に重宝されたままなのは気に食わなかったけど、私が第三皇子の婚約者になったのだから、好きにはさせないわ」
「そうだ。フローレンス家は返り咲いて、魔法国家の中心を担う」
アメリアがダリオンの隣に並び立ち、二人はエリシアを見下ろした。
「まあ、あんたはその光景を見られないか? ノクーの貴族に嫁ぐんだから」
アメリアの言葉に眩暈がした。エリシアがノクーに嫁ぐのは、ダリオンが持つペンダントとの交換だということを知っていたからだ。エリシアが物のように取引されるのには理由があった。
「若い女ばかり集める変態老人だが、何も残らないお前に嫁ぎ先があって良かったな」
「おじいさまの遺言さえなければもっと早くに厄介払いできたのに! こんな平民の子が妹なんて知られたら恥ずかしくて学園を歩けないわ!」
アメリアの金切り声をぼんやりと聞く。
エリシアは婚外子だった。現侯爵であるエリシアの父が、気まぐれにメイドだった母に手を出して身ごもった子供。婚姻統制を無視してメイドに手を出したことを隠そうと、エリシアの父はそのメイド――母を屋敷から追い出した。
エリシアは小さな町でずっと母と二人で暮らしていた。ある日母が病気で他界すると、祖父である前侯爵が迎えに来たのだ。そこでエリシアは自身の父と、自分に魔力があることを知った。
魔法国家であるアストラル帝国にとって、魔力を持つものは重用される。だからこそ祖父は保護してくれたのだとエリシアは思っている。
フローレンス侯爵家には歓迎されず、祖父と離れで暮らすようになった。自身の存在が父と義母の関係を悪化させ、兄姉からは憎悪をぶつけられた。
それでも、祖父と過ごした時間は優しいものだった。
祖父が他界してからは離れに閉じ込められ外へ出してもらえなくなった。それでも生きてこられたのは祖父の遺言のおかげだ。そして、あの家はエリシアを生かしておくほうが得策だと思ったようだった。
「まあ、落ち着け」
ダリオンがアメリアを宥める声にハッとする。エリシアはダリオンに腕を取られ、無理やり立ち上がらされた。
「こいつにフローレンスの血が流れるのはおぞましいが、おかげで魔力を吸い取れる」
(あ……)
身構えるエリシアをダリオンが抱き寄せる。
「平民のお前に魔力なんて似つかわしくないからな。大好きなルミナリエとお揃いにしてやるよ」
一気に魔力を吸い取られ、ぐらりと世界が回る。必死に立っていると、アメリアが叫んだ。
「お兄様! 学園祭までまだ補給しなきゃいけないんだから、搾り取っちゃだめよ!」
「わかってるさ。本番はこれからだからな。さあ、今日は邪魔者もいない。たっぷり魔力をもらうぞ」
ダリオンはアメリアを手招きすると、エリシアとまとめて抱きしめた。
容赦なく魔力を奪っていく二人に、エリシアは抗いながらも意識を混濁させた。そしてダリオンに倒れ込む。
「あら、気を失ったわ」
「ち、やはり平民は魔力量も少ないな」
「ふふ、でもこれだけあれば、派手に魔法を使えるわ。また来るわね、エリシア」
二人はエリシアを地面に捨て置くと、そのまま去って行った。
(早く起きないと……)
もしかしたらリクスがくるかもしれない。そう思うのに、身体が動かない。
エリシアはダリオンの話を思い返した。
(ノクーと繋がっていると思っていたけど、まさかリークに酷いことをしていたなんて!)
アーセルはフローレンス家が第三皇子を使ってのし上がろうとしていると言っていた。それでもルミナリエ家の力や皇族との繫がりを考えれば、不可能に思えた。しかし事態はエリシアが考えるよりずっと悪いほうに進んでいるようだ。
(許せない……)
そう思っても、エリシアには何もできない。決定的な証拠がないからこそ、アーセルも動けないのだろう。
(わたしができることは……)
「シア!」
慌てた様子のリクスが目に飛び込んで、エリシアは安堵で微笑んだ。
すぐにエリシアの側まで来て、上半身を抱き起してくれた。
「来てくれた」
「大丈夫か? 今、医務室に!」
変わらないリクスの優しさに、エリシアは泣きそうな顔で微笑んだ。
「この前は怒っちゃってごめんね」
「今はそんなことどうでもいい」
リクスはエリシアの膝裏に手を回すと、身体を横に抱きかかえた。
「リークにだけは誤解されたくなくて」
「わかったから話すな」
そう言ってエリシアに向けたリクスの表情は優しい。安心したエリシアは、そのまま意識を手放した。




