⑳
「よう、これから練習か? 頑張れよ!」
廊下を歩いていると、中立派の生徒たちから次々に声をかけられた。しまいには教師からも「期待しているぞ!」とキラキラした目で言われてしまった。
エリシアは、この学園にも根付く派閥の問題の重さを改めて実感させられた。
(でも、嬉しい!)
重荷だなと思ったが、やはり応援してくれる人がいるというのは良い。今までは遠巻きにされるか、絡まれるかだけだったのだから。
(このこと、リークも知ってるのかな?)
みんなが期待してくれていること。それに、学園祭でリクスの魔力が復活したことを大々的に示せれば、心無い噂を口にするフローレンス派を黙らせられるかもしれない。
(リークに早く伝えたい!)
いつもの訓練場へるんるんと向かっていると、実行委員の一人に声をかけられた。
「エリシア嬢、アーセル殿下がお呼びだ」
勇んだ足を止められ、口を尖らせる。エリシアは仕方なくアーセルの元へと向かった。
「お呼びでしょうか?」
生徒会室に行けば、アーセルが机の上で書類を片付けていた。他の役員はいない。
リクスは訓練場へ向かったのだろう。エリシアが遅れることは、実行委員が伝言してくれると言っていた。
(早くリークに会って、フィオナ様との話をしたかったのに)
不満がまだ顔に出ていたらしい。アーセルはくすりと笑うと、椅子から立ち上がった。
「君、どこかに嫁がされるんだって?」
「どうしてそれを……!」
いきなりアーセルに秘密を暴かれて、エリシアはおののいた。
「また新しい顔が見られたな」
ふっと笑みをこぼしたアーセルがコツコツとエリシアのほうへ歩いて来る。
「ヴェイユ衣装室といえば、王家も御用達のブティックだからね」
「フィオナ……」
アーセルに話したのかとうなだれる。秘密だと約束したのに。
(そういえば、フィオナ様は誰にも言わないとは言っていない。リークに口外しないと言っていたような?)
ふとフィオナとの会話を思い出し、ますますうなだれる。
「大丈夫。リクスには言っていないから安心して?」
「本当ですか?」
ぱっと顔を上げれば、いつの間にかアーセルがすぐ目の前にいた。
「私は、ますます君に興味が出たんだ。悪女の振る舞いで私を脅したかと思えば、色んな表情を見せる。いつも必死でひたむきで……」
「で、殿下?」
じりじりと迫るアーセルに壁へ追い詰められ、縫い留められる。
アーセルに秘密が漏れての一番の懸念は、リクスにも伝わることだ。
(もしかして、今度はわたしが脅される?)
ごくりと息を呑めば、アーセルの顔が近付いて、ひえっとなる。
「その顔をさせているのはリクスだ。君のその目はいつだってリクスを追っている。……誰かにそんなに想われるなんて、うらやましいよ」
「あの、殿下?」
意図がわからない。脅すつもりではないのだろうか。アーセルをじっと見れば、顎に手をかけられた。
「私なら君を助けられる」
「え?」
ぐいっと肩を寄せられると、背を屈めたアーセルが耳元でささやいた。
「私に婚約者はいない。君を指名することくらい可能だよ。君の結婚相手が誰であろうとね」
「わたしはフローレンス家の者ですが……」
「そんなの関係ない」
冗談かと思いつつ答えれば、アーセルはエリシアの耳を解放し、真剣な表情を正面に向けた。
「リクスから離れる嫁ぎ先より、私の妃になれば必然的にリクスの側にいられるよ」
その表情からは、冗談ではないことが伝わる。
「どうしてそこまで」
まごつくエリシアの顎を寄せ、アーセルが至近距離で瞳を覗き込む。
「その目をいつか私だけに向けて欲しい。それが望みだ」
「無理です」
「……」
一瞬の間があり、アーセルはエリシアから顔を逸らすと吹き出した。
「――っは、即答か。ははは。まあ、そういうところが良いね。そんな感じで、いつか私だけを愛してくれないか」
顔を戻したアーセルがエリシアを見つめる。キスしそうなくらいの距離まで顔を近付けられ、彼の吐息が鼻をくすぐった。
「わたしはリークしか好きになれない。一生」
「そんなもの、時間が経てば移ろいゆくものだ」
きっぱりと告げれば、アーセルに鼻で笑われる。エリシアはムッとして言い返した。
「十歳のころからリークが好きなんですよ。見くびらないでください!」
「そんなに好きなのに君はリクスとの婚約を断り、他へ嫁ぐと?」
「病弱なわたしはリークの後継を残せません……それに家の意向には従うしかないのでは?」
アーセルがもう片方の手を壁につき、エリシアはまたそこに縫い留められて身動きできない。
「だったら、なおさら私の申し出を受け入れるべきだ。私は第二皇子だから後継者のことは気負わなくていい。それに、君の気持ちが私に向くまでは手出ししないよ」
「そんなの耐えられません」
「は?」
アーセルがエリシアの本心を聞き出そうと食い入るように見つめる。エリシアはわっと泣きそうな声で叫んだ。
「リークが他の子と結婚して幸せになるところを一番近くで見るなんて、耐えられません!」
「……それが理由?」
ぽかんとしたアーセルがふっとすぐに笑みをこぼす。
「君って子は……本当にリクスが大好きなんだね。キスの一つでもすれば心変わりすると思ったのに」
壁に縫い留められたまま、アーセルの唇がすぐ近くまで迫った。意地悪い笑みでエリシアを見るアーセルは、本気でキスをする気はないのだとわかる。
これもリクスに近付くエリシアを試すためにやったのだろうか。
「あの、いい加減離れて――」
楽しむかのように顔を寄せるアーセルを離れさせようと、胸をぐいぐいと押す。はははと笑うアーセルはびくともしない。
ふざけるアーセルに本気で怒ろうとしたとき、がたんと音がした。
音のしたほうに顔を向ければ、怖い顔のリクスが部屋の入口に立っていた。その金色の瞳には、軽蔑の色が見てとれる。
「――そういうことか」
リクスはそう言い捨てると、すぐに生徒会室を出て行った。
「リーク、待って!」
何か誤解されたに違いない。ようやく離れたアーセルをエリシアは睨んだ。
「私は何も仕組んでいないよ?」
困ったように肩をすくめるアーセルは、嘘をついていないようだ。
(そんなことよりも!)
とにかく今はリクスを追いかけなければいけない。
エリシアは生徒会室を勢いよく飛び出すと、リクスの後を追った。




