②
魔法国家・アストラル帝国は、貴族によって支えられている。
一昔前までは平民でも魔法が使えれば爵位を与えられたが、現在は婚姻で統制され、貴族しか魔力を持って生まれない。貴族はみな金色の瞳を有しており、それは魔力を宿している証だ。
エリシアの瞳ももちろん金色だ。だからこそ、この国立魔法学園に入学できたわけだが。
「君があの病弱だというフローレンス家の深窓のご令嬢?」
「はい。エリシア・フローレンスです。アーセル第二皇子殿下」
にこやかに声をかけてきたアーセルの眉がぴくりと動いた。
「社交界にも出ない君が、よく僕を知っているね」
「タイピンの星が生徒会長を示す三つ、そしてリークが付き従う黒髪の皇族……現在学園に通われる皇族は第二皇子殿下お一人ですから」
にぱっと三本指を示して説明すると、アーセルが不敵に微笑んだ。
「ふうん。さすが侯爵家。屋敷を出ずとも教育はしっかりしているね。でも、そんな君ならリクスに声をかけたらどうなるかことくらいわかるよね? フローレンス家のご令嬢」
ピシリと周囲の空気が固まったが、エリシアは首を傾げた。
「幼馴染に声をかけてはいけませんでしたか?」
アーセルが笑顔のまま顔を固める。何とも言えない空気にエリシアはますます首を傾げた。
「……病気の割には元気そうじゃないか」
空気を破りようやく口を開いたリクスに、エリシアはぱっと顔を輝かせる。
「回復したから!」
「いまさら何の用だ」
リクスの口調は重たく、表情も暗い。久しぶりの再会を喜んでいるのはエリシアだけのようだ。
ご令嬢のバリケードがあるため、これ以上は近づけない。エリシアはリクスへ届けるように声を張り上げた。
「約束したでしょう?」
「……約束?」
リクスの眉間の皺が深くなったが、エリシアは笑顔のまま答えた。
「フローレンス・ルミナリエを二人で務めるって!」
「――! そんな約束、知らない!」
リクスがなぜか傷付いたような表情をしたのをエリシアは見逃さなかった。
顔を背けてその場を立ち去ろうとするリクスを呼び止める。
「待って、リーク!」
「リクス様は知らないとおっしゃっているじゃない!」
進路を塞いだフィオナと目が合うと、彼女はハッとして言った。
「思い出しましたわ、あなた――」
「妹が迷惑をかけてすまない!」
フィオナの言葉を遮って登場したのは、エリシアの兄・ダリオンだった。
「きゃあ! ダリオン様よ!」
ご令嬢たちから黄色い声が上がる。気づけば周りに生徒たちが集まってきていたらしい。人だかりができて、ちょっとした騒ぎになっている。
「さあこちらへおいで」
兄のダリオンは、ローズピンクの肩までのボブ髪を手でなびかせながら、エリシアへと手を差し出した。
「きゃあ! 素敵!」
その甘いマスクからご令嬢たちに人気があるとは聞いていたが、エリシアが目の当たりにするのは初めてだった。
口をあんぐりと開けていると、今度は取り巻きを引き連れた姉が出てきた。
「もう、エリシア! 急にいなくなって、どこかで倒れているんじゃないかと心配したのよ!」
ぎゅうとエリシアを抱きしめた姉・アメリアにも歓声が沸き起こる。
アメリアもローズピンクのふわりとした美しい髪が似合う美人で、その優雅さから「フローレンス家の花魔法に相応しい女神」と称えられている。もちろんそんな人気ぶりは初見のエリシアだ。
兄と姉は学園で絶大に人気なんだなあとアメリアの腕の中で思う。
そんな学園もよく見れば、生徒たちが三分している。生徒会側にいる生徒、兄姉側にいる生徒、少数のどちらでもない生徒たち――。
この国は、フローレンス家、ルミナリエ家の二大侯爵がいがみ合っているため、貴族たちもそれに合わせて派閥ができている。
(学園内でもそうなんだわ)
この国の縮図を見ているようで、エリシアは溜息をついた。
「きゃあ! 出来損ないの妹でも可愛がっておられるという噂は本当だったんだわ!」
「尊いわ! なんて麗しいご兄妹なんでしょう!」
そんな声がフローレンス派閥から聞こえた。
「妹のエリシア様は魔力が弱くて、ろくに魔法も使えないらしいわ」
「病弱なら仕方ないのでは?」
(敵対するルミナリエ側じゃなく、派閥内からこういう声が聞こえるのだから、品格が知れるわよね)
じっと陰口を聞くエリシアの頭を、アメリアが優しく撫でた。
「気にすることないわ、エリシア」
(とにかく、お兄様とお姉さまが出てきたならこれ以上は無理ね)
ダリオンは大人しくアメリアに抱かれたままのエリシアに目をやると、アーセルの前に歩み出た。
「殿下、お騒がせしました。妹はこちらで引き取りますので」
「ああ」
「殿下、エリシアは病弱で引きこもっていましたので、ご容赦くださいね」
アメリアがにっこりと声をかけると、アーセルの視線が冷やりとする感覚をエリシアは覚えた。
「ああ、アメリア嬢。エリシア嬢は二家間のことを知らずに過ごしてきたのかな?」
「あら、もう義妹と呼んでくださっても構いませんのに」
アーセルの嫌味にアメリアも嫌味で返す。
「ははは、卒業したら呼ばせてもらうよ」
二人の応酬に生徒たちがシンと静まり返る。その空気の中、アーセルの乾いた笑いだけが響いた。
「……では失礼します」
ダリオンは会釈をすると、妹二人を連れてその場を去って行った。
「……あれがフローレンス家の深窓のご令嬢?」
警戒を含んだ表情でアーセルは兄妹たちを見送った。
「ルミナリエ家の奴に声をかけるなんて、何を考えているんだ!」
フローレンス家の馬車がある馬車停めまで来ると、兄妹と少数の取り巻きだけになった。
「まあまあお兄様、エリシアは私の元婚約者だからご挨拶しただけだわ。ねえ、エリシア?」
「はい……申し訳ありませんでした」
リクスは姉の元婚約者――そしてエリシアの初恋の人だ。
ぎゅっと痛む胸を押さえるように制服のタイを握りしめ、頭を下げる。
「とにかく、お前に何かあってからじゃ遅い。もし倒れでもしたら、屋敷に連れ戻すからな」
「……はい」
冗談じゃない! 心の中で叫びながら返事をする。
「じゃあ、学園生活楽しんでね」
アメリアはエリシアの頭を撫でると、ダリオンと馬車に乗り込んだ。今日は入学式だけで、授業はない。
「いいか! 今日みたいなお二人の邪魔は、二度とするなよ!」
取り巻きたちは二人を見送ると、エリシアを睨んで立ち去った。同じフローレンスの娘なのに、真逆の扱いだ。
エリシアは一人になると、その場にへたり込んだ。
「……っ、はあ。もう、この体力のなさ、何とかしなくちゃね」
そう。目的のための課題は山積みだ。あんなのを気にしている時間などエリシアにはなかった。
沢山のお話の中からお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じていただけたら、ブックマークをよろしくお願いいたします!




